SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.2

Section B : Industrial Application Report

硬X線光電子分光法を用いたマンガン系リチウム電池材料の電子状態変化の解明
A Study on Reaction Mechanism of Li2MnO3-based Electrode Materials by Hard X-Ray Photoemission Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.1.2.71
2011B1969 / BL46XU

駒場 慎一a, 藪内 直明a, 青木 良憲a, 吉川 武徳a, 孫 珍永b, 陰地 宏b

Shinichi Komabaa, Naoaki Yabuuchia, Yoshinori Aokia, Takenori Yoshikawaa, Son JinYoungb, Hiroshi Ojib

a東京理科大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aTokyo University of Science, bJASRI

Abstract

 電気自動車用途を志向した次世代大型リチウムイオン二次電池正極材料の候補として挙げられているLi2MnO3系材料について、高輝度放射光X線を用いたHAXPES(Hard X-ray Photoemission Spectroscopy)測定を行い、当該材料の充放電反応機構の解明を試みた。標準試料の測定からマンガンが4価以上の高酸化状態となる場合には明確にMn 1s、Mn 2p光電子スペクトルがともに高エネルギー側へとシフトすることが観測された。しかし、Li[Li0.2Co0.13Ni0.13Mn0.54]O2の充電時においては、明確なスペクトル形状の変化は観察されず、今回の結果からマンガンが4価を超えて高酸化状態になることは無いという結論が得られた。


キーワード: リチウム電池、リチウムマンガン酸化物、電極界面、硬X線光電子分光

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背景と研究目的:

 近年、低炭素社会実現へと向けた取り組みが産学共通の重要課題となっている。その実現へ向けて必要となるのが、内燃機関を有さない電気自動車の普及である。現在、その市販化が進みつつあるが、さらなる普及へと向けて電源として用いられるリチウムイオン電池の高性能化が必要不可欠である。そこでLi2MnO3の組成を有するマンガン系正極材料が次世代の電極材料として期待されている。しかし、従来の材料とは異なり初回充電時に電気化学的な酸素脱離を生じるなど、複雑な機構を有することから、充放電時の電荷補償機構は現在でも活発な議論が続いている。我々のグループでも当該材料に関してこれまでにSPring-8での結晶構造変化の追跡を行い、その複雑な反応機構の解明への取り組みを続け、その成果としてJACSの論文として報告している[1]。これまでに遷移金属イオンの酸化に伴う電子状態変化は主にX線吸収分光法(XAS)、特にX線吸収端近傍構造(XANES)により調査を行ってきた。しかし、XANESではマンガンの局所構造変化の影響によるスペクトル形状の変化が不可避であり、その解釈が困難であるという欠点を有していた[2]。本申請課題ではそのような局所構造の変化を受けにくいと考えられる内殻のMn 1sスペクトルをより直接的に観察することを目的として、HAXPESを用いてマンガンの酸化数変化の検出を試みた。

 

実験:

 Li2MnO3系正極材料の一種としてLi1.2Ni0.13Co0.13Mn0.54O2の合成と評価を行った。共沈法により作製した複合水酸化物前駆体と水酸化リチウムをボールミルで混合した後、空気中で900℃、12時間焼成することで合成した。Li1.2Ni0.13Co0.13Mn0.54O2の合剤電極は炭素材料、結着剤を有機溶媒と混合、スラリーを集電体上に塗布、乾燥することにより作製(φ10 mm、厚さ ~ 50 μm)し、電極シートは必要に応じて電気化学的な手法を用いて酸化還元を行うことにより調製した。充放電を行った合剤電極をグローブボックス内にてセルから取り出し、測定を行った。HAXPESの測定条件は次の通りである。励起エネルギー:7.9499 keV(Au標準試料により補正)、アナライザーのパスエネルギー:100 eV。

 

結果および考察:

 一般的に、リチウム電池材料は充電時に遷移金属が酸化され、その電荷補償のためリチウムを脱離する。その際の遷移金属イオンの酸化に伴う電子状態変化は、主にXANESによるK吸収端の測定が一般的に用いられてきた。しかし、3d遷移金属においてK吸収端では遷移元である内殻1s軌道の電子のエネルギーと、その遷移先となる空孔としての4p軌道両者のエネルギー状態、さらには1s-3d四重極遷移などにも影響を受けることになる。結果として、金属イオンの酸化数の変化、つまりはNet Chargeの変化だけではなく、金属イオンの配位環境、局所構造変化などによっても影響を受けることから、そのスペクトル変化は非常に複雑であり、解釈を複雑にするという欠点を有していた。そこで、より直接的に内殻電子のBinding Energy(B.E.)として、Net Charge変化を遷移先の軌道の影響を受けることなく観測可能となるHAXPESを用いた測定を行った。Fig.1に、各種のマンガン標準試料のMn 1s HAXPESスペクトルとMn 2p HAXPESスペクトル測定結果を示す。Fig.1よりマンガンの酸化数が多くなるにつれ、マンガンスペクトルがともに高エネルギー側へとシフトすることがわかる。

 

 

 

Fig.1. HAXPES spectra of a series of manganese oxides;Mn 1s (a)spectra and Mn 2p (b)spectra.

 

 

 Fig. 2には、Li2MnO3系正極材料の一つであるLi[Li0.2Co0.13Ni0.13Mn0.54]O2の充電深度が4.4 V、4.6 V、4.8 Vの試料、さらに4.8 Vまで充電後2 Vまで放電を行った試料のMn 1s HAXPESスペクトルとMn 2p HAXPESスペクトルを示している。充放電を行う前の試料(As-prepared)では、半値幅が他の試料と比較して大きく、チャージアップの影響が観察されたが、充放電時において特に明確なスペクトル形状の変化は観察されず、その形状とBinding Energyの値は、マンガン標準試料に用いたMnO2のものに非常に近いことがわかる。

 

 

 

Fig.2. HAXPES spectra of LixCo0.13Ni0.13Mn0.54O2-δ during electrochemical cycling; Mn 1s (a)spectra and Mn 2p (b)spectra.

 

 

 先に述べたように、充電深度とともにマンガンのXANESスペクトルは大きく変化するという結果が得られている。XANESからはマンガンの関与が不明瞭な部分が大きかった充放電反応機構であるが、今回のHAXPESの測定結果からは、マンガンのNet Chargeに変化は起きていないという結論を支持しており、マンガンは固体中において4価を超えて酸化されることはなく、充電時の電荷補償に関してマンガンはその役目を担っていない、という結論が直接的に得られたと考えられる。

 

今後の課題:

 これまでの測定結果により、検出深さが深いHAXPESを用いる事で、表面被膜や生成堆積物だけではなく、電池材料の解析を行うために非常に重要となる、固体内部の酸化物の電位状態の解析を光電子分光法により行う事が可能となった。また、今回の測定は内殻の電子状態変化は励起X線源のエネルギーの関係上、マンガンのスペクトルに限られたが、今後は、励起線源のエネルギーが向上すれば、ニッケルやコバルトの変化についてもより詳細な議論が可能となることが期待でき、電池材料のさらなる高性能化において非常に重要な役割を果たすと期待される。

 

参考文献:

[1] N. Yabuuchi,S. Komaba et al.,J. Am. Chem. Soc.,133,pp 4404–4419 (2011).

[2] A. Ito,Y. Sato et al.,Journal of Power Sources,196,pp 6828-6834 (2011).

 

©JASRI

(Received: April 4, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)