SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.2

Section B : Industrial Application Report

X線及び中性子小角散乱の特徴を駆使した高分子電解質膜のナノ〜メソスケールの階層構造解析:燃料電池の特性向上に必要な高分子電解質膜構造の解明
Analysis of Hierarchical Structures in the Polymer Electrolyte Fuel Cell Membranes with Nano to Meso Scales by the Combination of Small Angle X-ray and Neutron Scattering Properties to Reveal the Required Structure of Polymer Electrolyte Membranes for High Performance Fuel Cells

DOI:10.18957/rr.1.2.74
2011B1972 / BL19B2

前川 康成a, 長谷川 伸a, 澤田 真一a, 吉村 公男a, トラン タップa, 大沼 正人b, 大場 洋次郎b

Yasunari Maekawaa, Shin Hasegawaa, Shin-ichi Sawadaa, Kimio Yoshimuraa, Tap Trana, Masato Ohnumab, Yojiro Obab

a(独)日本原子力研究開発機構, b(独)物質・材料研究機構

aJapan Atomic Energy Agency, bNational Institute for Materials Science

Abstract

 放射線グラフト法を駆使して燃料電池用電解質膜を開発するためには、電解質膜の構造に関する基礎的知見が不可欠である。そこで本研究では、SPring-8の所有する超小角X線散乱測定装置を用いて、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)またはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を基材とするグラフト電解質膜の構造を調べた。その結果、ETFE電解質膜では、膜内に導入される親水性グラフト領域は、349-369 nmという長距離の相関長を有することがわかった。


キーワード: 固体高分子型燃料電池、グラフト電解質膜、超小角X線散乱

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背景と研究目的:

 固体高分子型燃料電池(PEFC)は、エネルギー変換効率が高く環境負荷が低いことから、次世代の自動車用電源として期待されている。PEFCでは、電極触媒の反応活性化のために100°C以上での作動が必要である。ところが従来の燃料電池膜であるNafionでは、100°C以上の高温において膜内水が蒸発し、含水率が減少することで伝導度が著しく低下してしまう。そのため、100°C以上においても優れたプロトン伝導性を有する代替電解質膜が模索されている。

 日本原子力研究開発機構では、放射線グラフト法を駆使して燃料電池電解質膜の開発を進めている。最近の研究では、グラフト電解質膜は高温低湿度下(80°C、相対湿度30%)においてもNafionと同等以上の伝導度を示すことを明らかにした[1]。今後、電解質膜の作製条件を最適化し、さらなる伝導性の向上を図るには、膜構造に関する基礎的知見が必要である。これまでに我々は、物質・材料研究機構の所有するMo-SAXS装置およびCr-SAXS装置を用いて、小角X線散乱(SAXS)測定を行い、散乱波数q > 0.07 nm-1 (実相関長d < 90 nm)のスケールにおける構造を調べた[2]。そこで本実験では、SPring-8に設置された微小角X線散乱(USAXS)装置を用いて、0.005 nm-1 < q (d < 1200 nm)という、より大きなスケールでの構造を調べることを目的とした。今回は、ETFEまたはPEEKを基材とする代表的なグラフト型電解質膜を測定対象とし、グラフト率の異なるこれら電解質膜の構造に迫った。

 

実験:

 ETFE電解質膜の作製は、厚さ50 μmの基材ETFE膜(化学式:−{(CH2)2−(CF2)2}n−)へのγ線照射(15 kGy)、スチレンのグラフト重合、クロロスルホン酸によるスルホン化、の手順で行った(図1)。PEEK電解質膜の作製は、厚さ25 μmの基材PEEK膜(化学式:{−O−C6H4−O−C6H4−C(=O)−C6H4−}n)へのγ線照射(30 kGy)、p-スチレンスルホン酸エチル(ETSS)のグラフト重合、加水分解によるスルホン酸基の導入、の手順で行った(図2)。得られた電解質膜を5 mm × 5 mm程度のサイズに切りだし、これを10枚ほど重ねて測定試料とした。

 

 

図1. ETFE電解質膜の作製手順

 

 

図2. PEEK電解質膜の作製手順

 

 

 SPring-8のBL19B2ビームラインに設置されたUSAXS装置を用いて、膜試料の散乱プロファイルを0.1 nm-1 < q < 0.005 nm-1 (60 nm < d < 1200 nm)の範囲で室温にて測定した。なお電解質膜は、乾燥状態または飽和含水状態で測定した。比較のため、基材であるETFE膜とPEEK膜、およびグラフト(スチレンまたはETSS)膜も同様にUSAXS測定を行った。露光時間は1試料あたり6分間であり、検出器には二次元検出器PILATUSを用いた。本測定において、ビームサイズは直径0.1 mm、カメラ長は43 mであった。ここで、あらかじめ標準試料であるコラーゲンの測定を行い、X線の波長を0.069 nm(18 keV)として、散乱ピークの位置からカメラ長を較正した。

 

結果および考察:

 図3に乾燥および含水状態のPEEK電解質膜(グラフト率47%)の散乱プロファイルを示す。比較のため、基材に用いたPEEK膜、およびPEEK膜にETSSをグラフト重合したグラフト膜(グラフト率47%)の散乱プロファイルも併せて示した。これら4試料の散乱プロファイルには顕著な違いは見られず、また周期構造を反映する特徴的なピークも観察されなかった。グラフト率を75%と高くした試料(ETSSグラフト膜および電解質膜)においても、散乱プロファイルは基材PEEK膜とほぼ同一であった。このことは、PEEK領域とグラフト領域との散乱コントラストが小さいことを示唆している。このため、今回のSAXS測定からは、PEEK基材電解質膜の構造に関する有用な知見は得られなかった。そこで、ETFE基材の電解質膜のSAXS測定を重点的に行った。

 

 

図3. PEEK膜、グラフト膜(グラフト率47%)、電解質膜のSAXSプロファイル

 

 

 ETFEを基材としたスチレングラフト膜の散乱プロファイルを図4に示す。グラフト率19%、79%、102%、59%の順番にI(q)は上昇した。このI(q)のグラフト率依存性については、現時点では説明できない。いずれのプロファイルにおいても、q = 0.020 nm-1付近にショルダーピークが見られた。図中には示していないが、基材ETFE膜では同程度のq においてピークは現れないことから、これらのピークはポリスチレングラフト鎖の導入に起因すると考えられる。

 

 

図4. グラフト率が異なるスチレングラフト膜のSAXSプロファイル

 

 

 次に電解質膜の散乱プロファイルをグラフト膜の結果と併せて図5, 6に示す。グラフト率59%、102%の電解質膜では、それぞれq = 0.017 nm-1 (d =369 nm)、0.018 nm-1 (d = 349 nm)の位置にショルダーピークが観察された。このことから、ポリスチレンスルホン酸のグラフト領域は349-369 nm という相関長を有することがわかった。乾燥状態と含水状態を比較すると、両者のピーク位置に大きな違いはなかった。これまでのグラフト電解質膜のMo-SAXSおよびCr-SAXS測定では、q = 0.19 nm-1 (d = 33 nm)付近にピークが見られ、これはETFEラメラの非結晶相に導入されたグラフト鎖に起因すると解釈している[2]。今回のUSAXS測定では、より大きなスケールにおいてもグラフト領域が周期構造をもつことが示唆された。

 

 

図5. グラフト率59%のグラフト膜と電解質膜のSAXSプロファイル

 

 

図6. グラフト率102%のグラフト膜と電解質膜のSAXSプロファイル

 

 

 電解質膜のプロトン伝導度を決定する一つの因子は、プロトン伝導経路の幾何学的な連結性である。そのため、今回のSAXS測定において、グラフト領域が長距離の周期構造をもつことを明らかにしたことは、伝導経路の幾何学形状を検討するうえで重要な知見となる。

 

今後の課題:

 今後の予定として、温度および相対湿度の異なる環境下においてSAXS測定を行い、電解質膜構造の環境依存性を調べたい。

 

参考文献:

[1] S. Sawada et al., ECS Transactions, 41, 2125-2133 (2011).

[2] T. Tran et al.,日本化学会第92 春季年会, 2C3-50 (2012).

 

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(Received: April 4, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)