SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section A : Scientific Research Report

SiC(000-1)上のエピタキシャルグラフェンの界面構造の研究
Study of Interface Structure of Epitaxial Graphene Layers on SiC(000-1)

DOI:10.18957/rr.3.1.14
2011B1879 / BL13XU

白澤 徹郎, 高橋 敏男

Tetsuroh Shirasawa, Toshio Takahashi

東京大学物性研究所

Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo


Abstract

 SiC(000-1)表面上のエピタキシャルグラフェンの界面構造を原子レベルで明らかにするために、BL13XUの超高真空表面X線回折計を用いて、3×3及び√3×√3-R30˚界面構造のその場表面X線回折実験を行った。高品質の試料を製作することができなかったため分数次反射を観察できなかったが、鏡面反射ロッドにおいては界面構造からの寄与が観察され、構造解析によって積層方向の構造情報を得ることができた。2つの界面構造とも界面に付加原子層があり、この界面層とグラフェン第一層は強く相互作用していることが示唆された。


キーワード: グラフェン、SiC、表面X線回折、界面構造


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背景と研究目的:

 グラファイトの単原子層であるグラフェンは電子デバイス分野において多くの点で既存材料を凌駕する特性を備えており、実用化を目指した研究開発が進められている。高品質グラフェンの作製法として、シリコンカーバイド(SiC)表面の熱分解によってグラフェンをエピタキシャル成長させる方法が注目を集めている。この手法では、SiC基板を真空中あるいは不活性ガス雰囲気中で高温加熱するだけで、絶縁体と見なせるワイドバンドギャップ半導体SiCの上に、ウェハーサイズのグラフェン層を容易に成長させることができる。グラフェンの持つ特性を産業利用するためには、単層に近い状態を持つグラフェン層の成長が望まれているが、一般にグラフェンの層数が増えて層間相互作用がバルク値に漸近すると、グラフェン特有の電子状態が失われる。しかしSiC(000-1)表面上ではグラフェン層間の相互作用が弱いためにグラフェン層間の面内方位秩序性が悪く、数十層の膜厚になっても単層グラフェンに近い電子輸送特性を持つことが報告されている[1]。しかしグラフェン層の特性を左右する界面構造の詳細は明らかになっていない。本研究では作製条件の違いによって形成する3×3及び√3×√3-R30˚界面構造を原子レベルで明らかにすることを目的とした。


実験:

 BL13XUの超高真空表面X線回折計を用いてその場表面X線回折を行った。試料にはあらかじめSiC(000-1)ウェハーをAr雰囲気中で1300℃まで加熱して約1層のエピタキシャルグラフェン層を成長させたものを持込み、BL13XUの超高真空装置を用いて、600℃で熱処理して√3×√3-R30˚試料の清浄表面を得た。ウェハーサイズは4×8 mm、厚さ0.2 mmであった。X線光源にはアンジュレータビームをSi(111)の二結晶分光器で12.4 keVに単色化したものを用いた。2枚のミラーで高次光除去と集光を行い、さらに実験ハッチ内に設置した2次元屈折レンズを用いて、試料上のビームサイズを50×50 µmに集光した。検出器には2次元ピクセルアレイ検出器であるPILATUS-100Kを用いた。全てのX線回折実験は室温で行った。まず√3×√3-R30˚界面層をもつ試料において8本の結晶トランケーションロッド(CTR)散乱の測定を行った。次にこの試料を900℃で加熱して3×3界面層を作製し、同じく8本のCTR散乱を測定した。非対称CTR散乱測定にはX線入射角を0.5°に固定した微小角入射配置を用いた。00ロッドの測定には対称反射配置を用いた。


結果および考察:

 図1(a),(b)に√3×√3-R30˚及び3×3界面構造の低速電子回折(LEED)パターンを示す。それぞれ長周期界面構造の分数次スポットが見えているが、バックグラウンドが高く、分数次スポットも明瞭でなく、高品質の試料を得ることができなかった。このため、表面X線回折では分数次反射を観察することができなかった。図1(c),(d)に示すように我々の研究室における超高真空装置(<10-8 Pa)では明瞭なLEEDパターンを示す高品質な試料ができていたため、大気輸送中での試料劣化、もしくは超高真空装置の真空度が今ひとつ上がらなかった(〜10-7 Pa)ことが原因と考えられる。



図1.グラフェン/SiC(000-1)試料のLEEDパターン。ビームタイム中に作製した(a) √3×√3-R30˚試料と(b) 3×3試料。実験室で作製した(c) √3×√3-R30˚試料と(d) 3×3試料。


 図2に測定したCTR散乱プロファイルを示す。測定した全ての非対称ロッドにおいて、2つの試料で大きな違いは見られなかった。一方、00ロッドにおいては図2左上に示すように、2つの試料で明瞭な違いが見られ、界面の積層構造に違いがあることが分かった。



図2. CTR散乱プロファイル。赤印は√3×√3-R30˚試料、青印は3×3試料。


 非対称CTR散乱プロファイルはバルク終端構造でほぼ再現することができたため、基板表面付近の格子歪みはほとんど無視できることが示唆された。00ロッドの構造解析によって得られた積層構造を図3に示す。2つの試料ともに、基板上にSiC 1×1あたり約22個の電子数を持つ原子層、その上に電子数4、5個程度の希薄な原子層があり、その上にグラフェン層があるという結果が得られ、構成原子数はほとんど同じであることが分かった。しかし、界面層と基板表面、及び界面層とグラフェン層の層間距離に0.4〜0.5 Å程度の違いがあり、積層構造に明確な違いがあることが分かった。2つの構造ともに、界面層とグラフェン層の層間距離はグラフェンにおける層間距離約3 Åに比べて著しく短く、強く相互作用していることが示唆される。この界面構造は先行報告されていたXRD[2]及び第一原理計算[3]による構造モデルとは異なる。一方、本実験後に提案された、走査型トンネル顕微鏡及び第一原理計算による3×3構造モデル[4]と類似している。このモデルではSiC表面上にSiC積層欠陥があり、その上に3×3あたり1つのSi及びC原子の吸着原子層がある。現在の解析で得られた構造はこの構造をサポートしているが、今後、高品質試料を使った再実験によってより確証を高める必要がある。



図3. 構造解析で得られた積層構造(原子層間隔及びSiC 1×1あたりの電子数)。


今後の課題:

 今回の実験では、高品質の試料を作製することができず、長周期界面構造による分数次反射を測定することができなかった。このため、非対称CTR反射による基板表面近傍の構造と、界面構造の積層方向の解析しか行うことができなかった。今後は、高品質試料を製作してさらに解析の確度を高め、さらに分数次反射を解析することで、長周期界面構造の面内方向も明らかにしたい。界面構造を明らかにした後は、複数層のグラフェン試料を測定してグラフェン層間距離を明らかにして、界面構造と薄膜構造の観点から、マルチレイヤーにおいても単層グラフェンに近い物性が現れる原因を追求したい。


参考文献:

[1] C. Berger et al., Science 312, 1192 (2006).

[2] J. Hass et al., Phys. Rev. B 75, 214109 (2007).

[3] X. Peng and R. Ahuja, Nano Lett. 8, 4464 (2008).

[4] F. Hiebel, L. Magaud, P. Mallet and J-Y Veuillen, J. Phys. D: Appl. Phys. 45, 154003 (2012).



ⒸJASRI


(Received: August 18, 2014; Early edition: October 31, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)