Volume3 No.1
Section B : Industrial Application Report
ニッケル水素電池用水素吸蔵合金の結晶構造の解析
Crystal Structure Analysis of Hydrogen Absorbing Alloy for Nickel-Metal Hydride (Ni-MH) Battery
FDKトワイセル株式会社
FDK TWICELL Co., Ltd.
- Abstract
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ニッケル水素電池に使用されているA2B7型金属間化合物が主相である超格子水素吸蔵合金の結晶構造の同定を行った。その結果、電池の充放電サイクル寿命改善に著しい効果を示したNiの一部をAlで置換した超格子水素吸蔵合金は、AlがAB5ユニットに優先的に存在することが明らかになった。この結果は、Alの置換がAB5相の格子サイズを広げ、AB2相とのミスマッチを小さくすることから、より安定な水素吸蔵放出が可能になり、電池の充放電サイクル寿命が著しく改善された理由と考えられる。
キーワード: ニッケル水素電池、水素吸蔵合金、粉末X線回折、リートベルト解析
背景と研究目的:
Ni-MH電池の負極材料として希土類元素(RE)-Ni系金属間化合物が広く用いられている。これまではAB5型金属間化合物が用いられてきたが、現在では、高いエネルギー密度や優れた自己放電特性を有するA2B7型金属間化合物が用いられ、我々は超格子水素吸蔵合金と名づけている[1]。A2B7型金属間化合物の結晶構造は、図1に示す通り、AB5型およびAB2型ユニットレイヤーの積層構造として記述され[2]、その特性は、AB5型およびAB2型ユニットの両方のメリットを有し、高い水素吸蔵量と可逆性を両立した優れた水素吸蔵特性が観察されている。
A2B7型金属間化合物は、希土類元素(RE)とMgからなるA成分とNiからなるB成分からなり、異なる添加元素で一部置換される。超格子水素吸蔵合金は、主相がA2B7型(2H)であるが、図1に示すようにAB2型とAB5型のユニットの組み合わせた相は、複数存在することが確認されており[2]、厳密には単相ではないことから、結晶構造解析が困難であった。
今回、SPring-8での放射光X線回折測定とリートベルト解析を組み合わせることにより、微小な相の比率や元素位置の同定を試みた。超格子水素吸蔵合金で耐食性が大幅に向上することで良好なサイクル寿命が確認されているNi部のAl置換[1]について結晶構造の変化を調査し、良好なサイクル特性を引き起こす原因を考察した。
実験:
水素吸蔵合金は、金型鋳造法[3]を用いて作製後、980度で10時間熱処理を行った。水素吸蔵合金を粉砕し、磨り潰して均質な粒径に整えた粉末を内径0.2~0.3 mmのガラスキャピラリーに封入した。測定は、BL02B2ビームラインに設置された大型Debye-Scherrerカメラでイメージングプレートを用いて測定した。X線の入射エネルギー:24.696 keV、X線波長:0.4985 Åの条件で測定した。露光時間は30分に固定した。
解析する合金は相の均質化および解析を容易にするため、希土類元素をNdのみにした Nd0.9Mg0.1Ni3.5を使用し、Niの一部をAlで0.1および0.2置換した合金で解析を行った。
結果及び考察:
Nd0.9Mg0.1Ni3.5合金とNiの一部をAlで置換した合金の放射光X線の回折ピークを図2に示す。また、RIETAN-FP(F. Izumi and K. Momma 2007)を用いて、リートベルト法により解析した結果を表1に示す。
図2に示す通り、元合金に対してAlで置換しても新たなピークは確認できなかった。
図1.AB2型とAB5型のユニットが組み合わせ可能な結晶構造
図2.放射光X線回折のプロファイル
リートベルト法の解析では、相構成として図1で示した相が想定されるため、AB5相とAB2相の組み合わせとなる6相とAB5相の7相と仮定して相構成を算出し、主相のA2B7(2H)について、格子定数やBサイトの原子分率を計算した。S値は、S = Rwp/Reにより定義されるgoodness-of-fit[4]でRwpとReは以下の式で定義される。
Rwp =(Σi wi (yi(obs)-yi(calc))2/Σi wi(yi(obs))2)1/2、 Re = [(N-P)/Σwi(yi(obs)2)(1/2)
ここでwiは統計的重み、yi(obs)は観測強度、yi(calc)は理論回折強度、Nは全データ数、Pは精密化するパラメータの数である。
表1.リートベルト法による解析結果
各相の重量分率の上位3相を表に示しているが、主相の比率が74.5-91.2%と全体的に低く、バラツキが大きい問題があった。一般的にS値は1に近いほど解析精度が高いとされ、今回の測定のS値は2.98-3.43とデータの絶対値の信頼は高くないが、Alを置換した時の結晶構造の変化とAlを置換した時の性能データとの相関について議論する。Alを置換した合金は、Al量0.1の合金では主相のA2B7(2H)の比率が置換していない合金に比べて、10%低下し74%と低いが、Al量0.2の合金は、主相の比率が91%と高く、Al量が0.1と0.2では、主相の比率については、逆の結果となった。Al量0.1の合金は、AB2ユニットのc軸長が縮小し、他の合金とは異なる結果となっていた。
図3.A2B7(2H)結晶格子
原因として合金製造時の相の均質化を行う熱処理に問題があり、主相比率が低下し、結晶構造に影響した可能性がある。全体としても収束値が3前後に留まっている原因のひとつであると考えられ、今後、熱処理をはじめとする製造条件や測定条件等の検討が必要であると考えられる。
各水素吸蔵合金の格子サイズの変化を見ると、Alの置換により、格子サイズは、a軸、c軸とも伸張しており、水素吸蔵量を測定するPCT(圧力組成等温)線でAl置換により平衡圧が低下する結果とも一致している。元素の占有サイトを算出した結果、Alは図3に示すAB5ユニット間の原子位置(Ni2)に多く配置していた。Alは主にAB5ユニットに入り、結晶格子を大きくする傾向が認められた。AlがAB5ユニットに優先的に挿入された結果、AB2ユニットとAB5ユニットの格子の大きさの差が小さくなる結果となった。
今回、測定した合金ではないが、既に実用化されているMm0.83Mg0.17Ni3.3でNi部をAlで置換した水素吸蔵合金Mm0.83Mg0.17Ni3.3-xAlx(x=0-0.20)の結果と比較し考察する。尚、MmはMisch Metalの略でLa, Ce, Pr, Ndの混合物である。Al置換量を変化させた水素吸蔵合金を用いて単3サイズの1500 mAhのニッケル水素電池を試作し、1500 mAの電流でピーク電圧から10 mV低下した時点で充電を切り離し、1500 mAの電流で電池を1.0 Vまで放電する充放電サイクルを繰り返し、1サイクル目の容量に対して容量が60%に達した時のサイクル数とAl置換量の関係についてプロットした結果を図4に示す。尚、60%に達した時のサイクル数は、Alがない合金のサイクル数を100とした指数で示している。
図4の結果からも分かるようにNi部の一部をAlで置換することにより電池の充放電サイクル寿命が向上し、Al量が増加するにつれてサイクル寿命が向上した。これはAlがAB5ユニットに入り、Al0.2では、AB5ユニットのc軸長を0.027 Å広げてAB2ユニットとのc軸長差を小さくしており、格子のミスマッチを小さくすることで安定な水素吸蔵放出が可能になったことが原因のひとつであると考える。
図4.Mm0.83Mg0.17Ni3.3Alx合金のAl置換量と電池サイクル寿命の関係
今後の課題:
測定試料の均質化の検討と再測定。解析精度の向上。他元素組成での解析展開を行い、測定および解析の有効活用を検討していく。
参考文献:
[1] S. Yasuoka et.al., J.Power.Sources. 156, 662 (2006).
[2] 早川 博 他、日本金属学会誌 61(1) , 170 (2005).
[3] 石田 潤 他、第48回電池討論会予稿集、48, 304 (2007).
[4] 田村英雄:”水素吸蔵合金-基礎から最先端技術まで” P.250-P.261,NTS出版(1998)
[5] R. A. Young, “The Rietveld Method”, ed. Oxford University Press, Oxford(1993), pp.1-38.
ⒸJASRI
(Received: July 5, 2014; Early edition: September 30, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)