Volume3 No.1
Section B : Industrial Application Report
遺跡から出土した鉱物化した染織繊維製品の鉱物化過程解明への粉末X線回折応用研究
A Study on Mineralization Process for Excavated Textile Fibers by X-ray Powder Diffraction
a奈良県立橿原考古学研究所, b(独)国立文化財機構奈良文化財研究所
aArchaeological Institute of Kashihara, Nara-pref., bNara National Research Institute for Cultural Properties
- Abstract
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遺跡発掘により発見される出土品はその素材を問わず、地下埋蔵中に土壌成分や水分など周辺環境からの影響により劣化・腐朽・腐食作用を受けている。とりわけ、出土染織文化財は劣化・腐朽の影響を受けやすく、その遺存状態は千差万別である。本研究は、SPring-8におけるXRD測定を応用し、千数百年に及ぶ地下埋蔵環境中に鉱物化した染織文化財の変化の過程を解明することを目的とした。出土資料と鉱物化を模した資料、そして繊維に染織材料として利用されうる鉱物顔料の一種を用いて、粉末X線回折測定を行った。
キーワード: 出土染織文化財、粉末X線回折、鉱物化過程
背景と研究目的:
近年日本全国では年間約19,800件の発掘調査が行われている(平成23年度)[1]。発掘調査では過去に生きた人々の営みを今に伝える「遺構」や「遺物」が発見され、出土している。
出土品はその素材を問わず、地下埋蔵中に土壌成分や水分など周辺環境からの影響により劣化・腐朽・腐食作用を受け、変質あるいは赤色や褐色,緑色に変色していることがある。とりわけ、装束や用品に用いられる織物からなる出土染織文化財は劣化・腐朽の影響を受けやすく、出土状況も千差万別である。そして、一括りに出土染織文化財と呼んでも、繊維成分が鉄錆や銅錆に置き換わり形だけ保っているものや飴細工のように触れれば崩れてしまうもの[2]、また逆に現代でも使用に耐えうるほどのしなやかさを保ったものなど、その遺存状態もまた千差万別である。
出土染織文化財に限れば、まだ出土後の材質分析等が一般化しつつある段階であり、いまだ劣化・腐朽作用の詳細な解明には到達していない。出土染織文化財に対するX線回折測定は、鉄や青銅に接触した状態で腐食し出土する染織文化財を模して、現代産精練絹織物を鉄片や青銅片と接触させ銹化させた試料を用い、精練絹織物の鉱物化の検討を行った報告がある[2]。これは、現代産品を実験試料として用いたものであり、実際の出土染織文化財のXRD測定から「繊維がいかなる状態であるのか」見極めた研究はほとんど無い。
本研究では、千数百年に及ぶ地下埋蔵環境中に鉱物化した染織文化財(Fig.1)の結晶構造を明らかにし、染織文化財が副葬された環境下で周辺の土壌や金属製品等の副葬品によって被ると考えられる腐朽・腐食作用による変化の過程を解明することが主たる目的である。天然繊維が鉱物化する過程を解明することを目的とし、SPring-8におけるXRD測定を応用した。
本研究で対象とした出土繊維資料は、古墳時代最初期の古墳である下池山古墳より出土した出土繊維資料や後期古墳時代を代表する古墳である藤ノ木古墳出土繊維(出土品のほとんどが国宝)の断片である。下池山古墳は奈良県天理市に所在し、3世紀末~4世紀初めにかけて築造された奈良県内でも最古級に属する古墳の一つである[3]。この古墳では「倭布」(しどり)」と称される最古の日本製縞織物といわれる色彩豊かな縞織物が、青銅鏡に伴って出土している。また、藤ノ木古墳は古墳時代後期に属する古墳であるが、未盗掘の石棺の中から2体の人骨と共に絢爛豪華かつ精緻な装飾を施した膨大な量の金銅製品が発見され[4]、そのほとんどが国宝に指定されている。石棺内には金銅製品などと共に多量の染織品も副葬されていた。それらに付属する染織品の断片が本研究の主たる対象である。
本研究では文化財として扱うべき明確な形態を保持しまとまりのあるものを「資料」とし、そこから分析・測定のために採取したものを「試料」と定義する。
Fig.1 An example of textile excavated from tumulus. This is a textle excavated from Shimoieyama tumulus. An interval of scale is 1 mm.
実験:
本研究に用いた試料は、出土繊維が先述の二遺跡より出土した染織文化財片各1試料(いずれも数mg)の計2試料と天然植物繊維は家蚕精練絹糸(Silk)1点と後述する薬品処理を施した大麻(Hemp)および苧麻(Ramie)それぞれ5試料(いずれも数mg)の計11試料、そして、天然鉱物が12試料(いずれも数mg)であった。
出土繊維試料は鉱物化している現状を捉えるための試料である。天然繊維の大麻と苧麻は鉱物化した出土繊維試料に対する比較資料として、地下埋蔵中に鉱物化した繊維製品を模して作製した再現試料である。大麻と苧麻は繊維に人工的に銅錆を形成させるため、銅粉を敷き詰めたpolyethylene terephthalate (PET)製不織布の上に置き、酸(塩酸:HCl)およびアルカリ(水酸化ナトリウム:NaOH)によりpH調整した水溶液を滴下後、密閉し、45°Cの恒温庫内に静置保管した。測定には、任意の期間経過(1ヶ月,6ヶ月,14ヶ月,41ヶ月)ごとに一部を採取し、実験試料とした。家蚕精練絹糸はこれらの比較資料である。
天然鉱物試料は、出土繊維に対して着色(染色)材料あるいは二次的に付着するなどのケースを想定し、X線回折における検出状況を確認するため用いた。天然鉱物は、有色鉱物資料の一例として緑土を用いた。緑土にはセラドナイト(Celadonite)と海緑石(Glauconite)の2種類が知られており、日本各地より採取される。本研究ではセラドナイト8点(採取地:石川県,静岡県(2点),岐阜県(2点),神奈川県(2点),千葉県)、海緑石4点(採取地:山形県,石川県,神奈川県,新潟県)であった。
出土繊維および天然繊維は単繊維数本を資料より採取し0.5 mm径のガラスキャピラリーに詰め、天然鉱物はごく少量採取し乳鉢ですりつぶし0.3 mm径のガラスキャピラリーに詰めた。これらを測定試料として、BL19B2において、粉末X線回折測定装置を用いて測定した。測定にはデバイ-シェラーカメラと分解能50 μmのIPを利用し、回折パターンをIPに撮影し、回折プロファイルを得た。実験条件は、X線エネルギー20 keV,1測定6分で行った。
結果および考察:
本研究では、3通りの実験を行った。第1の実験は、鉱物化した古墳出土資料のXRD測定を行った。劣化や付着物の状況により異なるプロファイルを示した(Fig.2)。藤ノ木古墳出土品と下池山古墳出土品では、同じ材質である絹繊維でありながら各々異なる回折パターンを示した。藤ノ木古墳出土品は回折パターンから硫化水銀(HgS)が確認できた。これは埋蔵環境中に共存した硫化水銀が繊維に付着していたために得られた結果と考えられる。硫化水銀以外の回折線は確認できなかったため、現時点では本研究に用いた藤ノ木古墳出土品は「鉱物化している」状態ではなかった。下池山古墳出土品では、回折パターンから石英(Quartz)およびリン酸銅カルシウム( CuCa10(PO4)7 )と考えられるピークを確認した。試料は1500年近くの長期にわたって地下埋蔵環境中で青銅鏡に接していたことから、青銅鏡中のCuイオンが繊維に浸透しCu化合物が形成された可能性が考えられる。なお、生成物等の詳細は現在解析中である。
第2の実験は、地下埋蔵中に鉱物化した繊維製品を模して作製した植物性繊維のXRD測定を行った。測定結果では、植物繊維の主成分のひとつであるセルロースに由来するCellulose Iαの回折プロファイルが顕著に現れていた。大麻繊維の測定結果をFig.3a, bに、苧麻繊維の測定結果をFig.3c, dに示す。大麻繊維では、実験開始1ヶ月後には、pH2に調整した大麻では変化が現れ始め、散乱角2θ =33, 36, 39, 61°にピークが現れていた。pH10では変化が見られなかった。実験開始41ヶ月後では、pH2に調整した大麻では変化が現れ、ピークが著しく増加し、繊維に何かの変化が生じている様子が確認できた。pH10ではHalite(NaCl)の回折パターンが現れていた。これは試薬が乾燥・固化し、残留していたものと考えられる。苧麻繊維では、実験開始1ヶ月後には、pH2に調整した苧麻では変化が現れ、散乱角2θ =32, 35, 50, 53, 62, 68°にピークが現れていた。大麻とはわずかに散乱角が異なった。pH10では変化が見られなかった。実験開始14ヶ月後では、pH2に調整した苧麻では顕著な変化が現れ、ピークが増加していた。実験開始41ヶ月後では、pH2に調整した苧麻では大麻同様に変化が現れ、ピークが著しく増加した。pH10ではHalite(NaCl)の回折プロファイルが現れていた。大麻と苧麻はほぼ同様な挙動を示した。繊維の種類によって、Cuによる錆化(=鉱物化)の過程には差異がないと考えられる。酸性環境下では、共存するCuからCuイオンが溶出し、繊維の表面にCu化合物が生成されていたと考えられる。Cellulose Iαの回折プロファイルも鮮明に残っていることから、繊維自体に変化は生じていないものと考えられる。
第3の実験は、古墳出土の天然繊維資料(出土繊維資料)に付着するケースが想定される鉱物資料のXRD測定を行った。測定後の解析を終えたセラドナイト3試料(Fig.4:石川県,静岡県,岐阜県)と海緑石4点(Fig.5:山形県,石川県,神奈川県,新潟県)では、随伴する各種鉱物の影響と思われる様々なピークが重複し、各資料の鉱物組成は異なっていた。セラドナイトおよび海緑石の回折プロファイルを示す試料(Fig.4cおよびFig.5)も確認できたが、想定されていた鉱物と異なる回折プロファイルを示す試料もあった。この点については試料がそもそも緑土とは異なるものであったか、サンプリングが適当ではなかった可能性が考えられる。採取地によっても結果が異なるため、今後データの精査が必要である。
Fig.2 X-ray Diffraction patterns of Silk Fibres. Blue: Modern Processed silk fibers, Green: Fibers excavated from Fujinoki tumulus, Red: Fibers excavated from Shimoikeyama tumulus.
Fig.3 X-ray Diffraction patterns of mineralized modern Plant Fibres. a: Hemp, The treatment of pH2. b: Hemp, The treatment of pH10. c: Ramie, The treatment of pH2. d: Ramie, The treatment of pH10.
Fig.4 X-ray Diffraction patterns of Green pigment(Celadonite). a: The collecting place was Ishikawa prefecture. b: The collecting place was Shizuoka prefecture. c: The collecting place was Gifu prefecture.
Fig.5 X-ray Diffraction patterns of Green pigment(Glauconite). a: The collecting place was Yamagata prefecture. b: The collecting place was Ishikawa prefecture. c: The collecting place was Kanagawa prefecture. d: The collecting place was Niigata prefecture.
今後の課題:
本研究は、鉱物化過程の一つを想定して実験したに過ぎず、出土資料すべてが同様な状態であるとは考えがたいので、今後、錆化の再現を再度検討し、天然繊維の地下埋蔵中の鉱物化メカニズムを検討する必要がある。そして、繊維製品の長期保存あるいは長期利用を可能とする繊維素材研究の一助となるべく、繊維が形態的に変化せず残った原因の解明を試み、考古学から新素材研究を展開したい。
参考文献:
[1] 文化庁編,月刊文化財 平成25年8月号. (2013).
[2] M.Teshirogi, M.Sato, SEN’I GAKKAISHI, 65(4), 113(2009).
[3] 奈良県立橿原考古学研究所編, 橿原考古学研究所研究成果第9冊下池山古墳の研究(2008).
[4] 奈良県立橿原考古学研究所編, 斑鳩藤ノ木古墳第二次・三次調査報告書 (1993).
ⒸJASRI
(Received: April 21, 2014; Early edition: November 28, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)