SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section B : Industrial Application Report

X線吸収微細構造測定による新規Eu原料EuCppm2により作製したEu析出物のないEu添加GaNのEuイオン周辺局所構造の評価
Local Structures around Eu Ions in Eu-Doped GaN Grown Using EuCppm2 without Eu Precipitation Studied by X-ray Absorption Fine Structure

DOI:10.18957/rr.3.1.53
2013B1579 / BL14B2

藤原 康文a, 小泉 淳a, 朱 婉新a, 荒居 孝紀a, 松田 将明a, 稲葉 智宏a, 大渕 博宣b, 本間 徹生b

Yasufumi Fujiwaraa, Atsushi Koizumia, Wanxin Zhua, Takanori Araia, Masaaki Matsudaa, Tomohiro Inabaa, Hironori Ofuchib, Tetsuo Honmab

a大阪大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aOsaka University, bJASRI/SPring-8

 


Abstract

 Eu添加GaNによる赤色発光ダイオードの高輝度化を目的として、高濃度Eu添加とEuイオン周辺局所構造の制御技術の確立を目指している。有機Eu原料EuCppm2を用いて作製したEu添加GaNでは、高濃度にEuを添加するために原料の供給量を増加させるとEuを含む析出物が試料表面にて観察された。これらのEuを含む表面析出物は、熱リン酸や塩酸により取り除くことができた。また、Euを含む表面析出物を取り除くことで、Eu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNと同様なXANESスペクトルが得られたものの、ホワイトラインピーク強度は若干大きく、異なる構造も含まれていることが示された。


キーワード: ユウロピウム、窒化ガリウム、赤色発光デバイス、XAFS


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背景と研究目的:

 GaN系材料は、青色や緑色発光ダイオード(LED)を構成する半導体材料として実用化され、街頭で見かけるような大画面フルカラーLEDディスプレイなどに応用されている。これまで、赤色LEDには、GaN系材料ではなくGaAs基板上に成長されたAlGaInPが用いられてきた。一方、GaN系材料を用いて赤色LEDが実現すれば、同一材料による光の三原色発光が揃うため、半導体微細加工技術を生かしたモノリシック型高精細LEDディスプレイやLED照明などへの応用が可能となる。このため、GaN系材料を用いた赤色発光デバイスの実現は、産業的に極めて重要な研究課題となっている。

 GaN系材料による赤色LED実現に向けた研究は、青色・緑色LEDにおいて活性層として用いられているInGaNの高In組成化を目指してきた。しかしながら、InGaN/GaN間の格子不整合に起因する結晶品質の劣化により発光効率が著しく低下するという問題に直面している。一方、ユウロピウム(以下、Eu)イオンは、3価の状態で赤色領域に光学遷移を有するため、GaNを用いた赤色発光材料の発光中心として注目されている。我々の研究グループでは、Eu添加GaNを活性層としたGaN系LEDの室温動作を世界に先駆けて実現している[1,2]。現状では、GaN系赤色LEDの実現に向けて、数十μWの光出力をmW程度まで増大させることに最後の課題が絞られてきている。

 Eu発光は、添加されたEuイオンの価数やその周辺局所構造に起因する結晶場によって、発光波長や発光効率が変化する。そのため、発光効率の高い局所構造への制御が課題解決へ向けた鍵となっている。これまでに、Eu添加GaNにMgなどの不純物を意図的に添加することでEu発光強度が増加することを見いだしている[3]。その発光強度が増大するメカニズムについては明らかになっていないものの、作製された試料におけるEuイオン周辺局所構造の作る結晶場が関係していると考えられる。

 近年、Eu原料供給量の安定化を目的として、液体状態で使用可能な新規Eu原料であるノルマルプロピルテトラメチルシクロペンタジエニルユウロピウム(EuCppm2、分子式:Eu(C12H19)2)(図1(a))を用いてEu添加GaNを作製した。作製したEu添加GaNに対してEDS分析を行ったところ、高濃度にEuを添加した場合は、Euを含む析出物が試料表面に形成されることが分かった(図2)。そのため、表面にEu析出物が存在することでXAFS測定によって知りたいGaNにドーピングされたEuイオンの周辺局所構造を反映したXAFSスペクトルが得られていない可能性が考えられた。そこで本実験では、試料表面のEuを含む析出物を取り除き、酸素を含まない新規Eu原料EuCppm2を用いて作製したEu添加GaNのXAFS測定を行い、酸素を含むEu原料トリスジピバロイルメタナトユウロピウム(Eu(DPM)3、化学式:Eu(C11H19O2)3)(図1(b))により作製したEu添加GaNとXANESスペクトルを比較することを目的とした。

図1. 酸素を含まないEu原料EuCppm2と酸素を含むEu原料Eu(DPM)3の分子構造

 

実験:

 Eu添加GaN試料は、有機金属気相エピタキシャル法によりGaNを成長する際、新規に合成された酸素を含まないEu原料であるEuCppm2を供給することによって作製した。試料構造は、サファイア基板上に低温GaNバッファ層を成長し、続いて無添加GaNバッファ層、さらに成長温度を1030°CとしてEu添加GaN層を300 nm、キャップ層を30 nm成長した。Eu原料とアンモニアガスとの副反応の抑制を意図して、成長圧力を100, 70, 40, 10 kPaと減圧方向に変化させた試料を作製した。Eu添加GaN試料の成長後、成長したままのAs grown試料と、酸による表面処理を施した試料についてXAFS測定を行った。表面処理は、150°Cに加熱した熱リン酸に3分間浸漬してGaN層ごとEu析出物をエッチングする方法と、塩酸中に浸漬してGaN層をほとんどエッチングしない方法の二種類の処理方法で行った。塩酸によるエッチングでは、エッチング時間を1分、6分、10分と変化させ、エッチング時間依存性について調べた。成長圧力を変化させた試料は、熱リン酸または塩酸でエッチングした試料についてXAFSスペクトルの比較を行った。作製した試料のEu濃度は、蛍光X線強度を標準試料と比較することによって求めた。XAFS測定は、BL14B2にてEu LIII吸収端に対して行い、19素子Ge半導体検出器(19SSD)を用いて蛍光法にて入射X線と試料面の間の角度が3°の条件にて測定した。XAFS解析には、XAFS解析ソフトAthenaを用いた。

図2. EuCppm2を用いて作製したEu添加GaN表面に存在する析出物の(a)SEM像、および(b)EDS面分析像。SEM像で観察される析出物がEuを含むことが分かる。

図3. EuCppm2を用いて作製したEu添加GaN(成長圧力:40 kPa)における熱リン酸処理前後のEu LIII吸収端XANESスペクトル。熱リン酸処理なし(As grown)とEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNのXANESスペクトルも示した。

 

結果および考察:

 新規Eu原料のEuCppm2を用いて作製したEu添加GaNは、高濃度にEuを添加するためにEu原料供給量を増加させた場合、図2(a)のSEM(走査型電子顕微鏡)像で示した表面析出物が観察された。EDS分析を行ったところ、析出物と同じ位置でEu濃度の高い部分が観察された(図2(b))。このことから、析出物はEuを高濃度に含む化合物であることがわかった。これらの試料のXANESスペクトルは、図3に示すようにEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNと比較してホワイトライン強度が高く、さらに高エネルギー側のスペクトル形状が異なっていた。このような形状は、大気に晒したEuNのXANESスペクトルと同じ傾向であり、単純なGa置換型構造ではない別の局所構造を含むことが示唆され、表面のEuを含む析出物によるXAFSスペクトルである可能性が考えられた。そこで、Euを含む析出物の熱リン酸または塩酸による除去を試みた。表1にエッチング前後における蛍光X線強度を標準試料と比較して求めたEu濃度を示す。どちらのエッチング液でも蛍光X線強度から求めたEu濃度が大幅に減少した。この結果は、As grown試料の表面にEu濃度の高い析出物が存在し、エッチングによって取り除かれたことを示していると考えられる。

 

表1. Eu添加GaN試料におけるエッチング前後のEu濃度比較

 熱リン酸によるエッチング処理では、表面析出物の下地であるEu添加GaN層ごとエッチングされるため、Euを含む析出物は完全に除去されたと考えられる。熱リン酸処理前後、およびEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNのXANESスペクトルを図3に示す。図3より、熱リン酸処理をすることによって、ホワイトライン強度が減少し、Eu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNと同様なホワイトラインの高エネルギー側の裾に肩を持つ特徴的なスペクトルが得られた。また、ホワイトライン強度には若干の違いが観察され、添加されたEuイオン周辺局所構造の違いを反映しているものと考えられる。

 塩酸によるエッチング処理は、室温で可能なため、熱リン酸よりも手軽であり、活性層となるEu添加GaN層は、ほとんどエッチングされないという利点がある。図4に塩酸処理前後、およびEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNのXANESスペクトルを示す。熱リン酸処理と同様に、ホワイトライン強度の減少や、ホワイトラインの高エネルギー側の裾に肩を持つ特徴的なスペクトルも得られた。このことから、塩酸処理によってもEuを含む表面析出物を効果的に取り除くことができることが分かった。塩酸処理時間に対するXANESスペクトルの依存性を図5に示す。ホワイトラインピーク強度を比較すると、塩酸処理が1分間であってもAs grown試料と比較して低くなり、塩酸処理6分間と同様なスペクトルが得られることが分かった。

図4. EuCppm2を用いて作製したEu添加GaN(成長圧力:70 kPa)における塩酸処理前後のEu LIII吸収端XANESスペクトル。塩酸処理なし(As grown)とEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNのXANESスペクトルも示した。

図5. EuCppm2を用いて作製したEu添加GaN(成長圧力:100 kPa)におけるEu LIII吸収端XANESスペクトルの塩酸処理時間依存性。塩酸処理なし(As grown)とEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaNのXANESスペクトルも示した。

 

 Euを含む表面析出物を取り除いたEu添加GaNについて、XANESスペクトルの成長圧力依存性を図6に示す。ホワイトラインピーク強度は、成長圧力10 kPaの試料を除いて、実線で示したEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaN試料よりもわずかに高かった。このことは、試料表面のEu析出物だけでなく、結晶中に取り込まれたEuの周辺局所構造もEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaN試料とは異なる構造を含むことを示している。また、成長圧力10 kPaでは、実線で示したEu(DPM)3を用いて作製したEu添加GaN試料と同様なXANESスペクトルが観察され、期待していたアンモニアガスとEuCppm2との反応抑制が示唆される結果となった。

図6. EuCppm2を用いて作製したEu添加GaNにおけるEu LIII吸収端XANESスペクトルの成長圧力依存性。

 

今後の課題:

 これまでの新規Eu原料のEuCppm2を用いて作製したEu添加GaNのXAFS測定では、エッチング処理を行っていない試料を用いてきた。これらの試料では、明らかな析出物が観察されない場合でもホワイトライン強度が強く出ることから、試料表面にはEuを含む化合物が形成されていたと考えられる。塩酸よるエッチングは、Euを含む表面析出物の除去に有効であった。また、結晶中に取り込まれたEuについても、異なるEuイオン周辺局所構造が含まれることが分かった。異なるEuイオン周辺局所構造の抑制は今後の課題であり、現在、不純物共添加による添加サイトの制御を試みている。

 

謝辞:

 本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(S)No. 24226009)の援助によって行われた。

 

参考文献:

[1] A. Nishikawa et al., Appl. Phys. Exp., 2, 071004 (2009).

[2] A. Nishikawa et al., Appl. Phys. Lett., 97, 051113 (2010).

[3] D. Lee et al., Appl. Phys. Lett., 100, 171904 (2012).

 

ⒸJASRI

 

(Received: April 28, 2014; Early edition: October 31, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)