Volume3 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
XAFSによるカルシウムシリケート水和物の硬化プロセスの研究
A Study on Solidification Process of Calcium Silicate Hydrates by XAFS
a旭化成建材(株), b旭化成(株), c千葉大学
aASAHI KASEI CONSTRUCTION MATERIALS CO., bASAHI KASEI. CO. LTD., cCHIBA UNIVERSITY
- Abstract
-
軽量気泡コンクリート(ALC)の主成分であるトバモライト(tobermorite 化学組成:5CaO・6SiO2・5H2O)の量と質は、その性能と密接な関係にあり、その反応過程を制御したALCの改良研究が、日本および欧州で活発になされている。今まで、トバモライトに結晶するC-S-Hゲルと結晶化しないC-S-Hゲルの違いをSi-NMRで解析してきた。一方、今回、それらのC-S-Hゲルの違いをCa-XAFS法で調べた。その結果、それらのXANESのホワイトライン近傍の構造が異なっており、トバモライトとも異なっていた。また、SIL5の方がEXAFSの動径構造関数の第1近接ピークが大きいことがわかった。
キーワード: カルシウムシリケートハイドレート、C-S-H、水熱反応、トバモライト、XAFS
背景と研究目的:
我々は、軽量気泡コンクリート(ALC)の構成鉱物であるトバモライトの生成機構を、SPring-8のBL19B2ビームラインを用いて解明してきた[1-6]。ブラックボックスとも言えた圧力容器内の反応を、in situ XRDを用いて解析できる手法を開発した意義は大きかった。検討を進める中で、トバモライトの前駆体がカルシウムシリケートハイドレート(C-S-H)であり、その結晶構造、特にSi四面体鎖の鎖長がトバモライトへ転化する鍵を握ることをも明らかにしてきた。さらに、C-S-H構造中のSi四面体鎖の鎖長、並びにその後の重合反応を左右するのは、共存するCa2+イオンであることもほぼ明らかにしてきている。しかしながら、Ca2+イオンの作用が未だ不明なため、まだ全容が明らかになってはいない。
そこで、我々はこれまで、Ca2+イオンの挙動を解明するために、高磁場の固体43Ca-NMRでも検討を行ってきた。しかしながら、自然界における43Caの存在比が小さいことと感度が低いこと、および四極子相互作用が大きいことが障壁となり、未だ解析に十分なスペクトルを得るレベルには達していない。よって、本研究では、高輝度のシンクロトロン放射光を用いたXAFS測定により、C-S-Hからトバモライトに変化する際のCa2+イオンの化学状態の変化の様子を明らかにし、これまでのSPring-8での成果とあわせて、プロセスの解明に迫ることを試みた。
実験:
本実験では、原料は高純度粉砕珪砂(SiO2 純度99.4%)と試薬水酸化カルシウム(Ca(OH)2)と純水を混合し、所定の反応装置で190°Cまで昇温後に急冷した[1-3]。Ca/Siモル比はいずれの場合も0.84とした。測定に関しては、その後の水熱養生でトバモライトに転化する平均粒径4 μmの高純度粉砕珪砂を使って作成したC-S-H ゲル(SIL10)とトバモライトに転化しない平均粒径2.2 μmの高純度粉砕珪砂を使って作成したC-S-H ゲル(SIL5)のCa-XAFS測定を行った。SIL10は190°Cで数時間養生するとトバモライトに転化するが、SIL5は転化しない。それらの結晶化前の構造を調べるために、それぞれ、室温から190°Cまで昇温後に急冷して得たサンプル数mgにBN(窒化ホウ素)粉末を50 mg混合して希釈した後、加圧成形した。測定は、SPring-8産業利用ビームラインIIのBL14B2においてSi(111)モノクロメーターにより入射X線を4000-4900 eVに単色化しながらスキャンして透過法による測定を検討した。
検討の結果、試料厚みを200 μm程度に薄くできたこと、また検出器を可能な限り近づけて空気による吸収ロスを極力小さくすることで、解析可能なスペクトルを取得することができた。また、比較試料としてCaCO3、トバモライト、CaOについても測定を行った。測定方法はQXAFS法で、測定範囲はCa-Kで吸収端から波数kが14 Å-1程度まで行った。
結果および考察:
図1に測定したCaのXANESスペクトルを示す。ここで、SIL10は190°C水熱条件下で保持しておくとトバモライトに結晶化するが、SIL5は結晶化しないものである。それらのXANESスペクトルに違いが観測され、SIL5とSIL10で対称性に違いがあることが推定される。また、それらはほぼトバモライト単相からなるSIL10の190°C、9時間処理品(図1中の緑色のスペクトル)とも異なる。
図1 SIL5とSIL10の190°C、0分時の試料のCa-XANESスペクトル(比較:トバモライト)
次に、SIL5とSIL10のEXAFSスペクトル解析を行った。解析にはAthenaを使った。まず、図2にそれらのEXAFS振動を示す。また、2< k <10 Åの範囲でフーリエ変換した動径構造関数を図3に示す。
図2 SIL5とSIL10の190°C、0分時の試料のEXAFS振動
図3 SIL5とSIL10の190°C、0分時の試料の動径構造関数
また、トバモライトとCaCO3(calcite)の動径構造関数を図4に示す。CaCO3では結晶性が良いために、第2近接に由来するピークも見えている。
図4 トバモライトとCaCO3(calcite)の動径構造関数
図3中の2 Å付近のピークは、第1配位圏にあるCa-O距離に対応すると考えられる。この強度が違うことは、類似構造のカルシウムシリケートということから熱振動パラメーターが同じであると考えられるので、酸素配位数の違いによるものと推定される。実際に、解析ソフトArtemisを使って、このピークをR空間でフィッティングにより、以下の表1のとおり配位距離と配位数が推定された。参照試料として構造が単純でわかり易いCaOについても同様の解析を行った結果を含めて示した。なお、CaOについては酸素配位数を6に固定した。この結果から、SIL5、SIL10とCaOは第1近接である酸素については、それほど大きな違いはないと考えられる。
表1 Artemisによるフィッティング結果
SIL5とSIL10の結果が有意差か否か、今後更に詰めていくとともに、43Ca-NMR測定も行って、その結果とともに議論したい。そのために、次の実験で150°Cから190°Cまで、5°C間隔でXAFS測定を行って、一連の変化を解析することを計画している。
まとめと今後の課題:
トバモライトに結晶化するC-S-Hゲルと結晶化しないC-S-HゲルのCa近接環境に違いがあるか否か調べた。Caの周りの構造は基本的にはCaOに近いことがわかった。今後、更に系統的な一連のサンプルで測定、解析を行っていく予定である。そして、トバモライト前駆体としてのC-S-Hゲルに関する理解を深め、今まで利用できていないシリカ源を使ったALC生産プロセスの確立を図っていきたい。
参考文献:
[1] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Synchrotron Rad. 16, 683-686 (2009).
[2]菊間 淳、松野 信也、分析化学, 4, 287-291 (2010).
[3]菊間 淳、松野 信也、分析化学, 6, 489-498 (2010).
[4] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Am. Ceram. Soc. 93[9] 2667–2674 (2010).
[5] K. Matsui, S. Matsuno, et. al., Cement and Concrete Research, 41, 510–519 (2011).
[6] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Solid State Chemistry, 184, 2066–2074 (2011).
ⒸJASRI
(Received: September 14, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)