SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

BL46XU(産業利用Ⅲ)の現状(2014)
Present Status of BL46XU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.265
/ BL46XU

陰地 宏、安野 聡、小金澤 智之、梶原 堅太郎、佐藤 眞直

Hiroshi Oji, Satoshi Yasuno, Tomoyuki Koganezawa, Kentaro Kajiwara, Masugu Sato

(公財)高輝度光科学研究センター・産業利用推進室・産業利用支援グループ

Industrial User Support Group, Industrial Application Division, JASRI

Abstract

 BL46XUは産業界による放射光利用の促進を主な目的とする産業利用ビームラインであり、アンジュレータを光源とする高輝度X線を利用することができる。主に硬X線光電子分光(HAXPES)とX線回折・散乱を測定手法とした利用実験を提供している。BL46XUでは2012年度末にJASRI光源・光学系部門、制御・情報部門の協力の下、二結晶分光器の液体窒素冷却化と第2実験ハッチの増設を実施した。2013年度は二結晶分光器の立上げ調整、並びに、第2実験ハッチに設置した硬X線光電子分光装置の機器整備を中心に行った。


キーワード:X線回折、硬X線光電子分光、データベース、自動化

Download PDF (3.58 MB)

Ⅰ.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL46XU/instrument/lang/INS-0000000556/instrument_summary_viewを参照)

 光源はSPring-8の標準型真空封止アンジュレータで、液体窒素間接冷却型二結晶Si(111)モノクロメーターを採用している。使用できるX線のエネルギー範囲は6 ~ 35 keVである。高調波除去用のX線ミラーは2枚のRh蒸着ミラー(長さ70 cm 横はね配置)を光学ハッチ内最下流に設置している。これらミラーは湾曲機構を持っており、横方向の集光が可能である。また、モノクロメーターとミラーの間にSi(111)チャンネルカットモノクロメーターを設置しており、硬X線光電子分光測定の際にはこれを用いて狭いエネルギー幅の入射X線を確保している。

エネルギー領域 6 ~ 35 keV
フラックス ~1013 photon/s(ビームサイズ 0.5 mm(H) × 0.5 mm(V))
エネルギー分解能 ΔE/E ~ 10-4
ビームサイズ(半値全幅) 水平:30 µm(スリット成形)~ 1.5 mm(最大開口)
垂直:30 µm(スリット成形)~ 1.0 mm(最大開口)

使用できる実験装置としては、主に以下のものがある。

(1)多軸X線回折装置
(2)硬X線光電子分光装置(VG Scienta製R4000、最大分析可能電子エネルギー:10 keV)
(3)硬X線光電子分光装置(FOCUS製HV-CSA 300/15、同:15 keV)

図1に、光学系レイアウトを示す。


図1 BL46XU光学系レイアウト


Ⅱ.高度化の実施内容と成果

Ⅱ−Ⅰ.二結晶分光器の液体窒素冷却化

 X線ビームの安定化を図るために傾斜配置直接水冷型二結晶分光器から、液体窒素間接冷却二結晶分光器に変更する改造を行った。図2に分光器更新前後のビーム形状の比較を示す。これらの像はCMOSカメラ(浜松ホトニクス社製Flash2.8 (f = 35))とビームモニタ(浜松ホトニクス社製BM2 (f = 50))を組み合わせた画像検出器で測定した。X線エネルギーは8 keVと20 keVでビームイメージを取得した。更新前は傾斜配置であったためビーム形状がブロードであったが、更新後はシャープなビーム形状となった。また、更新前はX線エネルギーを変更するとビーム形状が大きく変化したが、更新後はエネルギーを変えてもビーム形状の大きな変化はなく、分光器立上げ時やエネルギー変更時の分光器の調整が効率的に行えるようになった。入射X線強度の安定性も大幅に向上した。


図2 分光器更新前後のビーム形状。
(a)更新前(8 keV)、(b)更新後(8 keV)、(c)更新前(20 keV)、(d)更新後(20 keV)。


Ⅱ−Ⅱ.第2実験ハッチ増設と実験機器の整備

 2012年度末まで、BL46XUは第1実験ハッチのみであり、ハッチ上流側にHUBER社製多軸X線回折装置を常設とし、ハッチ下流側は実験課題に応じて装置を入れ替えて運用していた(図3(a))。測定手法の異なる課題開始時には、測定装置の搬出・搬入をする必要があり、ビームタイム中の装置の立上げに多くの時間を必要とした。そこでビームタイムの効率的な運用を図るため第2実験ハッチを増設した。増設した第2実験ハッチは2台のHAXPES装置をタンデムに常設配置したHAXPES専用ハッチとして運用している(図3(c))。装置を常設することにより、これまで装置切替えに3シフト程度要していたのが、1シフト以下の時間で装置切換えが可能になり、測定代行の受入れ時間が増加した。また第2実験ハッチは第1実験ハッチより大きく、空間的な自由度が高いため、通常の試料導入やトランスファーベッセル使用時の試料導入がやり易くなり、装置に慣れていないユーザーでも容易にかつ効率的に試料導入・交換が行えるようになった。

 第1実験ハッチ下流側はオープンスペースとして運用し、アンジュレータ光を利用した高分解能イメージングやその場観察測定などの新規測定技術開発を計画している(図3(b))。


図3 BL46XU実験ハッチ


Ⅱ−Ⅲ.VG Scienta製R4000装置の現状と装置及び測定システムの高度化

 本装置のR4000電子エネルギー分析器は最大10 keVの光電子を測定できる。励起光のエネルギーとしては、シリコン二結晶分光器とシリコンチャンネルカット結晶分光器により分光した、6、8、10 keVのいずれかを選択できるが、通常は信号強度の点で効率の良い8 keVを既定の実験条件としている。本装置は2012年度までは第1実験ハッチに設置されていたが、2013年度の初めに、新設した第2実験ハッチの下流側に移設した。

 2013年度試料導入機構に対して行った改良について説明する。従来型の試料キャリアはフランジ付のロッド(長さ1 m弱)の先端に固定されていたため、試料交換毎にロッドごと試料導入槽から脱着する必要があった。そこで、試料キャリアを脱着式とし(図4)、試料交換毎にロッドを脱着する必要をなくした。試料キャリアを複数個用意し、あらかじめ試料を予備のキャリアに取り付けて準備しておくことも可能となった。また、第1実験ハッチ設置時には十分確保できなかった試料ロッドの退避スペースが、第2実験ハッチへの移設時に十分確保できたため、以前は必須であった試料交換時の試料マニピュレータのZステージの退避が必要なくなった。以上の改良により、試料導入槽を一度大気開放してから試料交換をして再排気するまで従来20分近く要していた時間が5 ~ 10分に短縮された。

 また、測定プログラムのGUIにも改良を加えた。これまでGUIを備えた測定システムを開発してきた[1-3]が、2013年度は本システムに、測定時間見積の機能と、ビームアボート時及びシステムトラブル時にPHSに通報する機能を追加した。これらの機能の導入により、長時間の自動測定を計画的に実施することが可能となり、オペレーターが制御卓に張り付いている必要が必ずしもなくなった。深夜は自動測定を仕掛け、PHSを携えて宿舎に戻って休むこともできる。

 2012年度に導入した非大気暴露試料移送機構[2]は、2013年度も嫌気性試料、特に二次電池電極材料関連試料の導入において、高頻度で利用された(9課題)。また、同じく2012年度に導入したバイアス印加試料ホルダー[2]を利用した実験課題も、無機及び有機デバイス関連課題において数度実施された(4課題)。


図4 R4000装置用改良型試料導入機構


Ⅱ−Ⅳ.FOCUS製HV-CSA装置の性能評価実験と測定システムの高度化

 本装置に備えられるHV-CSA 300/15電子エネルギー分析器は、最大15 keVの運動エネルギーを持つ光電子の分析ができる。2013年度には、BL46XUの新設第2実験ハッチの上流側に設置され、新ハッチ移設のための調整の後、引き続き性能評価実験を行い、比較的安定して実験を実施することができるようになってきている。

 図5は、励起光エネルギー14 keVで測定したAuのHAXPESスペクトルである[4]。励起光の単色化にはシリコン二結晶分光器のSi(333)反射を利用した(Si(333)では13.3 – 15 keVが利用可能、下限は分光器の可動範囲による)。図5(a)はAu 5s ~ Au 5p領域のスペクトルであるが、既報の同型の電子エネルギー分析器により測定されたAu薄膜の15 keV励起HAXPESスペクトル[5]と比較すると、彼らのデータではAu 4fの2本のピークが重畳しているのに対し、我々のデータではピークが明瞭に分離しており(図5(b))エネルギー分解能がより高いことを示している。これは主に入射X線のバンド幅の違いによると思われる。Auのフェルミ端から見積もった総合エネルギー分解能は、スリットサイズ0.5 mm × 12 mm、パスエネルギー100 eVの条件で、0.50 eVであった(図5(c))。これは単色化X線源を有する汎用XPS装置に匹敵する高いエネルギー分解能であるが、同様の分解能を本装置は14 keVという高い励起エネルギーで達成していることを示している。また、14 keV励起HAXPESにより、120 nmもの厚みを持つSiO2層下のSi層のSi 1sピークを観測することにも成功し、14 keV励起HAXPESの深さ分析能力の高さを示すことができた。さらに、実試料として二次電池電極材料試料の14 keV励起HAXPES測定を行い、従来の8 keV励起では観測が困難であった被膜下の試料からのシグナルがより強く観測された。この結果は、本測定が電極反応で生じる厚い表面被膜越しに電極の電子状態や化学状態を調べるための強力なツールになり得ることを示すものである。


図5 Auの14 keV励起HAXPESスペクトル


 測定系にも改良を加えた。FOCUS製HV-CSA 300/15専用の制御ソフトウェア(ProCSA)にはTCPサーバ機能があり、外部からの制御コマンドを受け付けることができる。この機能を利用して、試料位置や架台位置の制御用のソフトウェアspec(Certified Scientific Software製)からProCSAにコマンドを送信し、光電子強度の取得ができるようにした。これにより、光電子強度を取得しながらの試料位置や架台位置のスキャンを行うことが可能となり、試料位置調整を効率よく実施することができるようになった。


Ⅱ−Ⅴ.HAXPESデータベース用スペクトル測定

 2012年度に引き続き、HAXPESスペクトルのデータベースの測定を、R4000装置を用い入射X線エネルギー8 keVの条件での測定を行った[6]。2013年度は、単体試料12種:Sb、Pb、Rh、Re、Ir、Er、Gd、Cd、Yb、Y、Ta、Nb、化合物基板・薄膜試料5種:GaAs(p-type)、GaAs(n-type)、GaP、InN、BixSb2-xTe3、化合物粉末試料12種:2wt% AuO2、SnOx、MgO、CsF、CsCl、CsBr、CsI、Al2O3、Mn3O4、MnO2、Li2O、Li2O2、について測定を実施した。これらの測定データはデータベースとして利用可能である。但し、一部の試料では酸化等が懸念されるため、それらに関しては再測定を行った上でデータベース登録をする。


参考文献

[1] H. Oji, T. Matsumoto, Y. -T. Cui, and J. -Y. Son: J. Phys.: Conf. Ser., 502 (2014) 012005.

[2] SPring-8・SACLA年報2012年度, p.91-93.

[3] SPring-8年報2011年度, p.93-95.

[4] H. Oji, Y. -T. Cui, T. Koganezawa, N. Isomura, K. Dohmae, and J. -Y. Son: J. Phys.: Conf. Ser., 502 (2014) 012006.

[5] J. Rubio-Zuazo, M. Escher, M. Merkel, and G. R. Castro: Rev. Sci. Instr., 81 (2010) 043304.

[6] Y. -T. Cui, G. -L. Li, H. Oji, and J. -Y. Son: J. Phys.: Conf. Ser., 502 (2014) 012007.



ⒸJASRI


(Received: December 9, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)