SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

BL47XU(光電子分光・マイクロCT)の現状(2014)
Present Status of BL47XU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.271
2012A1355, 2013B1431 / BL47XU

池永 英司a、上杉 健太朗b竹内 晃久b、鈴木 芳生b

Eiji Ikenagaa, Kentaro Uesugib, Akihisa Takeuchib, Yoshio Suzukib

a(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・応用分光物性グループ、b同・バイオ・ソフトマテリアルグループ

aHard X-ray Spectroscopy Group, Research & Utilization Division, JASRI, bBio- and Soft-materials Group, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 BL47XUはSPring-8標準型の真空封止アンジュレータを光源としたビームラインで、主として結像顕微鏡を用いた高分解能イメージング実験と、硬X線光電子分光実験(HArd X-ray PhotoEmission Spectroscopy:HAXPES)に使用されている。結像顕微鏡では、500 nmを切る分解能の3次元CT撮影が定常的に行われている。HAXPESは、広角対物レンズを用いた角度分解深さ分析法やKBマイクロビームを用いた微小領域電子状態のイメージング計測も、利用研究可能である。また、高分解能X線画像検出器を用いた観察・フレネルゾーンプレート(FZP)を用いて形成した微小ビームを利用したX線回折実験や蛍光X線観察も実施可能である。


キーワード:X線顕微鏡、位相コントラスト、硬X線光電子分光、マイクロビーム、角度分解深さ分析

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL47XU/instrument/lang/INS-0000001374/instrument_summary_viewを参照)

 BL47XUでは、大きく分けて二つの実験手法による研究を展開している。一つはComputed Tomography(CT)で、もう一つは硬X線光電子分光(HArd X-ray PhotoEmission Spectroscopy:HAXPES)である。実験手法に応じて、試料上への集光などに用いる光学素子を使い分けている。本節では、これらの手法に共通して用いる、ビームラインの上流部の光学系に関する性能を述べる。個々の手法の光学系に関しては、Ⅲ.節で述べる。

 当ビームラインの光源はSPring-8標準型の真空封止アンジュレータである。磁場周期長32 mm、周期数は139である。アンジュレータ放射の基本波で5.9 keVから18.9 keVまでのエネルギー領域をカバーしている。分光器はSPring-8標準型の二結晶分光器であり、その冷却はこのビームラインで開発された間接型液体窒素冷却で行っている。二結晶分光器の下流側の光源から約40 mの位置に、四象限スリット(TCスリット)が設置されている。TCスリットおよび2枚のVertical Mirror機構が、前述の二つの実験手法に共通して用いられる部分である。


表.

エネルギー領域 5.2 ~ 37.7 keV (Si 111)
エネルギー分解能 ΔE/E ~ 2 × 10-4 (@E = 18 keV)
フラックス 2 × 1013 ph/s
(X線エネルギー 18 keV、蓄積電流100 mAの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 1.2 mm (水平) × 0.3 mm (垂直)
(X線エネルギー 18 keV、発光点から40 m位置での値)

使用できる実験装置としては、主に以下のものがある。

(1)硬X線光電子分光装置(HAXPES)
(2)硬X線マイクロビーム/走査型顕微鏡/結像型X線顕微鏡(µビーム/顕微鏡)
(3)マイクロCT撮影装置(µ-CT)


図1に、光学系・実験ステーションレイアウトを示す。


図1 HAXPES計測ステーションを含むBL47XU光学全体レイアウト


Ⅱ.利用状況

 2013A期2013B期合わせて36課題が実施された。採択率は、2013A期、2013B期それぞれ、40%、28%程度であった。2013年度の課題実施数はHAXPES装置を使用する実験課題が26課題、イメージング装置を使用する課題が10課題であった。図2(a)に、2006年度から2013年度におけるBL47XU全体の採択率推移と(b)に各年度における発表論文数を示す。

 近年のHAXPESでは、スピントロニクス材料研究に関する論文発表が多くなっている。これは2012年度に、Claudia Felser教授(Max Planck Institutes)が実験責任者である長期利用課題“Development of Spin-HAXPES technique for the Exploration of the Electronic structure of Buried layers and Interfaces.”が採択され、透過型ダイヤモンド移相子の導入・整備が行われたことに起因している。これにより新たにX線(8 keV)用の厚さ0.6 mmのダイヤモンド移相子機構の導入が完了し、これまで半導体等の非磁性材料を中心に行われてきたHAXPESの利用研究が、円偏光X線を用いた磁性材料の共用利用研究に発展した[1,2]。また2011年度から利用を開始した、広角対物レンズを用いた角度分解深さ分析法[3]やKBマイクロビームを用いた微小領域電子状態のイメージング計測技術も、利用研究に供されている[4]。特に2013年度に発表された多くの論文は、上記開発した技術を用いて得られた研究成果を報告していることが特徴である。

 イメージング関係では、結像顕微鏡を利用した地球科学分野での利用が主であった。2011年に小惑星探査機はやぶさにより持ち帰られたイトカワ微粒子の分析に関する課題が継続的に実施され着実に成果をあげている[5,6]。最近では汚染の少ないセルの開発がなされるなど、これまでの実験では不可能であったような条件下での計測が可能となりつつある。結像光学系の要素技術は、照明光学系および拡大結像光学系で用いる微細加工・超高精度回転ステージ・可視光変換型検出器である。現状では空間分解能は高精度回転ステージと可視光変換型検出器の性能で決まっており、さらなる向上を進めなければならない。結像光学系用の光学素子は現有資産を有効利用するため、現在のデザインを踏襲することが妥当であろう。ただし今後は、屈折によるアーティファクトを減らせるような改良を施したものを導入し、より定量性の高い計測を行えるような技術開発も必要である。これにより高画質化と同時に高分解能化も期待できる。


図2(a) 各年度におけるBL47XU全体の課題採択率(縦軸%)


図2(b) HAXPESおよびCT課題の発表論文数(2014年9月現在)


Ⅲ.高度化の実施内容と成果


Ⅲ-1.HAXPES

Ⅲ-1-1.HAXPESに用いる光学系

 HAXPES装置における最近の高度化について述べる前に、HAXPES測定用の光学系について述べる。HAXPESで求められる光の性能は、高いエネルギー分解能と、光電子捕集効率を上げるための試料上への集光である。まず、エネルギー分解能に関しては、I.で述べたように二結晶分光器の分解能はΔE/E ~ 2 × 10-4であり、HAXPESで通常用いる8 keVの光エネルギーではΔE ~ 1.6 eVとなる。X線管(Al Kα線:1486.6 eV)を用いるX線光電子分光(XPS)が1 eV以下の全分解能(分光器と光電子分析器の分解能を合わせた分解能)で行われることを考慮すると、XPSを使い慣れた利用者にとって上記の分解能は不十分である。そこで、図1に示す様に、TCスリットの約0.5 m下流にSi(444) 反射のチャンネルカット結晶を設置し、これと二結晶分光器を組み合わせることにより、8 keVでΔE ~ 0.04 eVの光エネルギー分解能を得ている。この際の光フラックスは2.8 × 1011 photons/sである。また、この条件でのHAXPESの全分解能はΔE ~ 0.25 eVであり、8 keVの高エネルギー励起にも関わらず、実験室のXPSよりも高いエネルギー分解能での測定が可能である。

 X線の試料への集光に関しては、光電子捕集効率を上げるために、特に横方向の集光を重視した光学設計を行っている。これは、光電子の放出強度が、X線の偏光と、試料表面への入射角に依存することによる。まず、BL47XUにおける偏光は、水平面内の直線偏光である。光電子放出は偏光方向で最も強くなるため、図1に示すように光電子分析器を光軸に対して水平面内で90°の角度で設置している。X線の入射角に関しては、試料表面に対して斜入射にするほど光電子放出強度が強くなる。そこで、試料表面を光電子分析器に正対する角度に近付けるのだが、このとき光のフットプリントが水平方向に伸びるため、これが光電子分析器の観測視野(横1 mm × 縦20 μm程度)の中に収まるように光の横方向を集光する必要がある。そこで、横集光の縮小率を優先するため、図1に示す様に試料に近い位置(TCスリットの10 m下流側、試料の1 m上流側)に横集光鏡を設置している。縦集光に関しては、2枚の集光鏡を、TCスリットからそれぞれ42 mと43 mの中心位置に設置している(図1)。この際の試料位置での集光サイズは、横40 μm × 縦35 μmである。このサイズであれば、例えば試料に5°入射の場合でも、光のフットプリントを光電子分析器の視野内に収めることができる。

 以上が通常のHAXPES測定で用いる集光光学系であるが、最近、Ⅲ-1-3.で述べるKirkpatrick-Baez(KB)配置の集光鏡を新たに導入し、φ1 μmのマイクロビームと試料位置走査を組み合わせたイメージング計測も可能となっている[3]。また、X線の偏光に関しては、前述のように通常は水平面内の直線偏光であるが、目的に応じて偏光制御のための透過型ダイヤモンド移相子を設置することもできる(図1)[1,2]。この移相子を用いれば、縦横の直線偏光のほか、左右の円偏光も利用でき、線二色性や円二色性の測定が可能である。


Ⅲ-1-2.二結晶分光器のフィードバックによるビーム位置の安定化

 最近行った高度化として、まず、試料位置でのビーム位置の安定化について報告する。本高度化は、光学系の共通部分である二結晶分光器に関するものであるが、特にHAXPESにおける光電子強度の安定化に顕著な効果が得られたため、本節で紹介する。

 BL47XUの二結晶分光器の冷却は、I.で述べたように、液体窒素による間接冷却法である。この冷却法では、液体窒素が液体窒素容器から分光器へ一定の時間間隔で供給される。これまでHAXPES測定において、この液体窒素の供給と同期して光電子検出強度が変動するという問題があった。2012年の10月に、この相関について調査した結果を図3に示す。ここで用いた集光光学系は、Ⅲ-1-1.で述べた通常用いる光学系(集光サイズ:横40 µm × 縦35 µm)である。まず、図3(a)からわかるように、液体窒素供給に伴う液体窒素容器内の圧力変動が、3時間弱の周期で発生する。また、図3(b)から、この圧力変化に同期して光電子検出強度が変動していることがわかる。液体窒素容器の圧力が最も高くなる際に、比較的安定した時に比べて光電子検出強度が1/5にまで減少している。光電子スペクトルの測定中にこの変動が発生した場合、異なるピーク間での強度比較が難しくなる。図3(c)は、試料位置から2 m弱の下流で観測したビーム位置であるが、液体窒素の圧力変動に伴って最大で60 μm程度、上下方向にシフトする様子が観測された。これらの結果から、前述の光電子検出強度の減少は、液体窒素圧力の変動によりビーム位置が上下に変動し、試料上での光スポットがⅢ-1-1.で述べた光電子分析器の視野から外れたために発生したと考えられる。

 上記の問題を解決するため、X線の強度と位置を常時測定し、二結晶分光器にフィードバックをかけることによってビーム位置を安定化させるシステムを2013年度に導入した。事前の調査により、ビーム位置の変動が第一結晶の方位(Δθ1)の変動に起因することが判明したため、Δθ1を調整するシステムを構築した。その概要を図4に示す。ビーム位置は、空気を吸収体とする位置敏感電離箱(Position Sensitive Ionization Chamber:PSIC)を用いて測定する[7]。測定したビーム位置をもとに、第一結晶の方位(Δθ1)を調整し、ビーム位置を安定化する。この際のΔθ1の駆動量は、予め測定したΔθ1とビーム位置の関係から算出する。図5に、本システムの導入後に測定した、液体窒素容器圧力と光電子検出強度の関係を示す。図5(a)では、図3(a)と同様の液体窒素圧力の時間変動が観測されている。しかし、図5(b)では、図3(b)に見られるような圧力変動に同期する光電子検出強度の変動は観測されず、圧力変動の1周期内における光電子検出強度の変動は2%以内である。図3(b)で光電子強度が最大1/5に低下したことを考慮すると、光電子強度の安定性が少なくとも10倍程度向上したことがわかる。また、図3(c)と同様のビーム位置の観測を行ったところ、圧力変動の1周期内におけるビーム位置の上下方向の変動は、±1 μm以下であった。Ⅲ-1-1.で述べた光電子分析器の視野サイズと光スポットサイズを考慮すれば、上記のビーム位置変動が、光スポットを視野内に保つ上で十分に小さいことがわかる。図5(b)では依然として14時間の計測で10%程度の光電子強度変動が見られるが、光電子スペクトル測定の1スキャンが概ね5分以下であることを考慮すると、影響のない時間スケールでの変動である。

 本システムの導入により、液体窒素供給時に測定を中断することなく連続した測定を行うことが可能となった。これにより、例えばパワー半導体のゲート絶縁膜の界面準位の定量解析などのHAXPESの検出深さを活かした測定を、より高い信頼性を持って行うことができるようになった。また、本高度化は、Ⅲ-1-3.に述べるKB配置集光鏡による顕微測定における測定位置精度の向上にも貢献している。


図3 2012年10月に測定した、液体窒素容器の圧力変化と光電子検出強度の相関。用いた光エネルギーは7.94 keVである。(a)液体窒素容器内圧の経時変化。(b)HAXPESで観測した、Auの4f7/2内殻ピークの面積強度の経時変化。(c)試料位置から2 m弱の下流位置でCCDカメラ観測したビーム位置変化。


図4 二結晶分光器のΔθ1フィードバックシステムの概要。位置敏感電離箱(PSIC)の出力電流を、電流アンプを用いて増幅して電圧に変換し、DAQボード(National Instruments社製 NI PXIe-4492)から制御PCに取り込む。これを制御PCがビーム位置に変換し、ビーム位置のシフト量から駆動すべきΔθ1量を算出し、第一結晶のΔθ1を駆動する。


図5 Δθ1フィードバックシステムを導入後に測定した、液体窒素容器の圧力変化と光電子検出強度の相関(2013年11月計測)。(a)液体窒素容器内圧の経時変化。(b)HAXPESで観測した、Auの4f7/2内殻ピークの面積強度の経時変化。


Ⅲ-1-3.顕微測定におけるX線透過率の改善と自動計測システムの構築

 Ⅲ-1-1.で述べたように、BL47XUのHAXPESでは最近、KB配置集光鏡[3]を新たに導入し、これを用いた顕微測定を展開している。この集光システムに対し、光学パスのX線透過率の改善と自動計測システムの構築の高度化を行ったので報告する。

 透過率改善の話に入る前に、まず、KB集光鏡の概要を説明する。この集光光学系では、図6に示す様に縦横の集光鏡を、図1の通常の集光鏡に比べて試料に近い位置(縦集光鏡は試料から500 mm、横集光鏡は試料から350 mm)に置くことによって、高い縮小率を得ている。このシステムで達成された集光サイズは、φ1 μmである[3]。Ⅲ-1-1.で述べたように、光電子放出強度を考慮すると斜入射条件が有利であるが、試料面への入射角を小さくするほど光のフットプリントが広がって空間分解能が低下する。そこで、必要な空間分解能と測定時間との兼ね合いで入射角を決めている。過去の測定例では、30°程度の設定が多い。KB集光鏡を用いる際には、通常の集光鏡は光軸上から退避させる。よって、KB集光鏡と通常の集光鏡とは、排他的な利用となる。

 これまで、KB集光鏡は大気中に置かれていたため、HAXPESで用いるX線のエネルギー(6あるいは8 keV)では、X線強度が大気による吸収により減衰する問題があった。そこでKB集光鏡のシステム全体をガス置換用のケースで囲み、X線透過率が高いHeガスで置換した。図7に、He置換前後で測定した、Auのフェルミ準位近傍の光電子スペクトルを示す。Heガスで置換した場合は、大気の場合と比較して67%の光電子検出効率の増大が確認された。これにより、マイクロビームを用いた走査型イメージング計測における積算時間の大幅な短縮が可能となった。

 また、KB集光鏡によるマイクロビームを用い、試料位置走査によるイメージング測定を行うため、試料マニピュレータと光電子分析器を連動させる自動測定システムを構築した。試料位置の面内走査は、パルスモーター駆動によるXYZ位置調整機構を用いて行う。X、Y、Zの各軸の最小移動量はそれぞれ0.02、0.02、0.04 μm/pulseで、φ1 μmの光スポットに対して十分な分解能である。光電子分析器(VGシエンタ社製 R4000)の制御ソフトウェアに関しては、これまで用いてきた分析器メーカーから供給されるソフトでは、上記の位置調整機構と連動した測定ができない。そこで、位置調整機構と光電子分析器を共に制御可能なソフトウェアを、National Instruments社のLabVIEWを用いて独自に開発した。このシステムにより、試料の2次元面内の化学状態マッピングが可能となった。本高度化実験は、2012A1355 にて実施した。

 上記のX線透過率の向上と自動計測システムの開発により、化学状態マッピングの効率的な測定が可能となっている。例えば、これまでの測定例では、SrTiO3基板上に作成した(Fe2.5Mn0.5)O4のマイクロドットパターン(ドットサイズ:50 μm × 50 μm)の試料に対し、200 μm × 100 μmの領域の化学状態マッピングを約12時間の計測で行っている[3]。今後、このようなマイクロサイズの構造を持つ試料の化学状態計測に威力を発揮すると考えられる。また、本システムは、大きな単結晶成長ができない物質、例えば高圧合成で作成される数10 μm以下の試料の測定などにも利用されている[4]。硬X線を用いるHAXPESでは、軟X線を用いた光電子分光に比べて有機物への照射ダメージが比較的少ないため、今後は、有機伝導体の小さな単結晶等への適用も期待される。


図6 KB集光鏡を配置したHAXPES装置(左)と、KB集光鏡の概略図(右)。


図7 KB集光システムをHe置換する前後で測定した、Auのフェルミ準位近傍の光電子スペクトル。赤色が、He置換後の光電子スペクトル。置換前に比べ、強度が67%向上していることがわかる。


Ⅲ-2.走査―結像型X線顕微CTの開発

 位相コントラスト法は吸収に比べて高い感度を有することから、微細な試料を扱う高分解能X線CTにおいては、軽元素系試料のみならず様々な種類の試料に対して位相コントラストX線顕微CT装置の実用化が強く求められている。結像光学系ベースでの位相コントラスト法は様々な手法が提案されているが、位相感度と定量性を実用レベルで確立しているとは言いがたい。理由は検出器やX線光学系の問題など、各種様々であるが、そもそも照明系のコヒーレンスの条件において、結像特性と位相感度ではトレードオフの関係になることが根本的な原因の一つである。つまり、結像特性の観点では照明系のコヒーレンスは低い方がよいとされるが、位相感度はその逆である。一方で、走査型光学系を使った位相コントラスト法として、走査型微分位相法がある。この手法は非常に高い定量性と位相感度が得られ、また、一度の測定から直接、微分位相、吸収、暗視野といった複数のコントラストモードの像が得られるのが特徴である。しかしながら、この手法は根本的に測定に時間がかかるという問題を有する。現状の走査型光学系の測定は早くても1秒あたり1000点程度であり、例えば1000 × 1000 × 1000点の3次元画像を得るには単純計算で十数日もの時間が必要となり非現実的であるため、実質的用途は2次元での使用に限られる。

 この問題を打破する目的で、上記走査型光学系と結像型光学系を組み合わせた光学系を開発した(図8)。走査型の特徴である高い位相感度、定量性と、結像型の利点である高いスループットを実現するのが目的である。2次元像を得る際、両方の光学系は、例えば水平方向を走査型、垂直方向を結像型というようにそれぞれ1次元のみ寄与する。つまり、試料をラインフォーカスで照射し、その1次元像を結像光学系で取得しつつ、試料を1次元走査する。いわばラインスキャナ的な画像データ収集プロセスである。位相計測は走査型光学系で行う。二つの光学系が垂直に分かれており、それぞれで完全に独立な条件の設定が可能なので、位相感度と結像特性のトレードオフに悩まされることもない。

 システムの概要は以下の通りである。結像光学系は垂直面内、走査光学系は水平面内に組み上げられている。NTT-AT社製の1組の1次元フレネルゾーンプレート(Fresnel Zone Plate:FZP)を、それぞれ結像光学系におけるX線対物素子、走査型光学系におけるX線集光素子に用いている。FZPのパラメータは共通で、材質:タンタル、厚さ1 μm、最外線幅100 nm、全幅155 μm。8 keVにおける焦点距離は100 mmである。回折効率を稼ぐために、二つのFZPはそれぞれ60°傾けられ実効的なゾーン厚さを2 μmとし、それにより各回折効率は0.29となっている。試料は集光FZPの集光面内に、精密直進(水平)ステージと精密回転ステージの上に設置される。直進ステージ、回転ステージはそれぞれ、走査光学系のスキャン軸、CT測定時の回転軸として用いられる。画像検出器として、可視光変換型X線カメラ(ビームモニタ、浜松ホトニクス製)が結像光学系の像面に設置される。このカメラに生データとして得られる像は、垂直方向は結像光学系による試料の拡大像であるが、水平方向は、走査光学系における集光ビームのFar-field像となる。1枚の2次元像を得る際は、試料を水平方向に走査しながら、その都度画像を保存し、測定後、得られた連続画像データを画像処理することによって任意のコントラストの像を得る。また、試料を回転させながら前述の測定を繰り返すことによって、3次元CT撮影も可能である。

 走査―結像型X線顕微鏡で得られた像の例を示す。図9はタンタル製X線用テストチャート(NTT-AT社製)の像である。1回の走査により、図のように微分位相像と吸収コントラスト像を得ることが可能である。

 同装置を利用した共用実験も開始された。現在、産業利用、高分子材料、惑星科学等の分野で利用が進められている。一例として、ヒト毛髪の観察に利用された結果を示す。毛髪内部の空隙、メラニンが断層像から、また、キューティクルの層構造が断層像やレンダリング像から確認できる。従来、毛髪内部の構造を知るには切断・染色などの処理を施した試料を電子顕微鏡等で観察するか、あるいは走査型微分位相X線顕微鏡を用いて一断面を観測するしか方法がなかったが、本手法を用いることで初めて未処理試料の3次元構造を鮮明に観察することが可能になった。図10のような位相コントラストCTでは試料の密度に近似的に比例したコントラストが得られ、約80 mg/cm3の密度分解能が得られている。本高度化実験は、2013B1431にて実施した。


図8 走査―結像型光学系の概略図。(a)上面図、(b)側面図、(c)鳥瞰図。


図9 タンタルテストチャート(NTT-AT社製)のX線像。上:微分位相像、下:吸収像。X線エネルギー8 keV、ピクセルサイズ:125 nm(H) × 162 nm(V)、測定時間80秒


図10 ヒト毛髪の位相コントラストX線CT像。(a)水平断層像、(b)垂直断層像、(c)(d)レンダリング像。スキャンピッチ125 nm、CT投影数301/180°、測定時間210分。


参考文献

[1] M. Suzuki, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 37, L1488 (1998).

[2] S. Ouardi, et al., Phys. Rev. Lett. 107, 036402 (2011).

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[6] A. Tsuchiyama, et al., Geochimica et Cosmochimica Acta 116, 5–16 (2013).

[7] K. Sato, et al., Proc. SPIE 3774, 114-121 (1999).



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(Received: December 16, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)