SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

BL20XU(医学・イメージングII)の現状(2014)
Present Status of BL20XU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.176
2013A1376, 2013B1173 / BL20XU

鈴木 芳生、竹内 晃久、上杉 健太朗

Yoshio Suzuki, Akihisa Takeuchi, Kentaro Uesugi

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・バイオ・ソフトマテリアルグループ

Bio- and Soft-materials Group, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 BL20XUはハイブリッドタイプの水平偏光真空封止アンジュレータを光源としたビームラインで、主としてX線顕微イメージング実験や、極小角散乱実験に使用されている。2013年度における主な高度化は、X線取り出し窓の改良とXRD-CT装置の開発である。


キーワード:X線取り出し窓、SiN、マイクロビーム、XRD(X-Ray Diffraction)、CT(Computed Tomography)

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL20XU/instrument/lang/INS-0000000476/instrument_summary_viewを参照)

 光源はハイブリッドタイプの水平偏光真空封止アンジュレータであり、磁場周期長26 mm、周期数は173である。アンジュレータ放射の基本波で7.62 keVから23 keVまでのエネルギー領域をカバーしている。分光器はSPring-8標準型の二結晶分光器であり、その冷却は液体窒素による間接型液体窒素冷却で行っている。

エネルギー領域 7.62 ~ 37.7 keV (Si 111)、23 ~ 113 keV (Si 511)
エネルギー分解能 ΔE/E ~ 10-4
フラックス 1 × 1013 ph/s/mm2
(第一実験ハッチ、蓄積電流100 mA、Si 111反射の条件)
ビームサイズ(半値全幅) 1.4 mm (水平) × 0.7 mm (垂直)
(第一実験ハッチ 発光点から80 m位置での値)
4 mm (水平) × 2 mm (垂直)
(第二実験ハッチ 発光点から245 m位置での値)

 BL20XUは多様なイメージング技術とその応用を目的として作られたため、基本的に常設の実験装置はない。実験目的に応じてその都度装置のセットアップを行う。主な実験装置としては、以下のものがある。

(1)投影型X線顕微イメージング/マイクロCT(μ-CT)
(2)硬X線マイクロビーム/走査型顕微鏡/結像型X線顕微鏡
(3)各種X線光学実験/開発(コヒーレント、位相コントラスト、3D-XRD)
(4)極小角散乱

 図1に、光学系・実験ステーションレイアウトを示す。基本性能と実験装置に昨年度からの大きな変更はない。


図1 BL20XU光学全体レイアウト


Ⅱ.利用状況

 2013A期2013B期合わせて39課題が実施された。採択率は、2013A期、2013B期それぞれ、69%、44%であった。図2(a)に、全課題に対する各装置の課題数の割合を示す。マイクロCTに関する実験課題が最も多く、XRDと絡めた課題を合わせると半分以上の21課題である。図2(b)に、全課題に対する各分科会での採択課題数の割合を示す。利用分野としては、材料イメージング(D3)への申請課題が最も多く、11課題、次に多いのがバイオメディカルイメージング・医学利用一般(L3)の9課題であった。

 近年の傾向としては、空間分解能1 µm程度のCT計測において、高速化・高精度化を必要とする課題が増えている。特に金属材料の実験においては、密度差2 ~ 3%しかない異なる結晶相を識別することが求められている。金属材料でかつ1 µm程度の空間分解能を必要とすることから、干渉計を利用した位相計測法は利用が難しく、たとえ使用できたとしても、計測に時間がかかりすぎるという問題がある。今後はこれらを解決するための測定手法の開発が期待されている。また、CT計測による3次元形状計測だけでは情報が不足する場合がある。特に線吸収係数の違いが僅かな物質の相を同定するには、X線回折によるデータが有益となる。あるいは、金属を変形させたときに起こる結晶方位の変化を精密に計測することで、破壊過程における物質の挙動を3次元的に明らかにする際にもX線回折は有用な手段になろう。この種の研究に対しては、膨大な回折データを迅速に取得し処理するようなシステムが必要となる。CT計測の迅速化によりある程度の技術的蓄積はあるが、回折データは検出器の特性を補正することが難しいため、専用の検出器の開発および評価が必須となる。回折データをCTと同じセットアップでの計測を可能とすることで、一度の実験で得られる情報の質が飛躍的に高まると考えられる。


(a) (b)

図2 全課題に対する(a)各装置の課題数の割合、(b)各分科会での採択課題数の割合。


Ⅲ.高度化の実施内容と成果

1.X線取り出し窓の高度化

 高真空下にあるビーム輸送チャンネルから大気中にある実験ステーション機器を隔てる真空窓には、X線透過率と機械的耐性の見地から従来ベリリウムが用いられているが、内包する不純物による介在物や微小欠陥によるスペックルノイズの問題があった。また、金属ベリリウムではX線照射による光化学反応によって生じる酸化の問題があるため、直接大気中への窓材として用いることは難しく、大気側をポリイミド(カプトン)薄膜としてベリリウム窓との中間をHe置換する方法が一般的であった。BL20XUではベリリウム窓材によるスペックルノイズを避けるために、最下流のX線取り出し窓にベリリウムを使わず、これまでは厚さ125 µmのカプトンのみで真空窓としていた。しかしながら、有機高分子であるカプトン等では放射線損傷とそれに伴うスペックルノイズ発生の問題があった。放射線損傷の影響は特に吸収が強い低エネルギー領域(10 keV以下)で顕著であり、定期的な(おおよそ1週間程度)交換が必要であった。また、長時間連続照射条件での安定性にも問題があった。たとえばCTの実験においては、これは得られるCT像中にリングアーティファクトと呼ばれる輪帯状のノイズとして現れ、定量性を著しく低下させる原因となっていた。

 この問題を解決するために、放射線耐性が高く、かつ均質なX線窓材である非晶質SiNに置き換えることを試みた。ビーム輸送チャンネル終端に設置されたSiN窓を図3に示す。放射線耐性と機械的強度および化学的安定性(X線光化学反応による酸化耐性)の点ではこれまでにX線リソグラフィーのマスクメンブレンとして、ダイヤモンド、SiC、非晶質SiNが開発されている。機械的強度とX線透過率の点では、ダイヤモンドとSiCが優位であるが、これらは多結晶体であるため回折によるスペックルノイズの問題があったため、今回の高度化では非晶質SiNを選択した。SiN膜はNTT-AT社で製作されたものであり、厚さ0.625 mmのシリコンウェハ上にCVD法により製膜された厚さ6 µmの非晶質膜であり、X線透過率は7 keVで89%、8 keVで92%となるため、通常のエネルギー領域では吸収損失は問題とならない。X線窓開口部は10 mm × 10 mmの正方形である。現状のBL20XUの最下流におけるX線ビームサイズは最大で4 mm(水平)× 2 mm(垂直)程度であるため、窓開口10 mmは光軸変位が無ければ十分な余裕がある。

 ビームラインに設置して性能テストを行ったところ、真空封止性能はベリリウム窓と遜色が無く(到達真空度2 × 10-5 Pa以下)、ビーム均一性と放射線耐性に関してもカプトン窓より遙かに優れた結果が得られている。

 図4に、CT実験時に窓材として従来のカプトンを使用した場合と、SiN窓を使用した場合にそれぞれ得られる標準試料のCT像の比較を示す[1]。CTの測定中(通常10 ~ 30分程度)に、窓材であるカプトンの放射線損傷によって試料に照射するビームの強度分布が微妙に変化したことにより、図4(a)に示すようなリングアーティファクトが像中にノイズとして現れている。窓材にSiNを用いている図4(b)においては、ほぼこの影響は見られなくなっている。


図3 ビーム輸送チャンネル終端部設置したSiN窓


(a) (b)

図4 アルミニウム250 μmφから作成されたテストパターンのCT像による窓材の比較。(a)カプトン窓使用時、(b)SiN窓使用時。X線エネルギー:12 keV


2.XRD-CTのためのX線マイクロビームXRD装置の開発

 XRD-CTは、マイクロビームX線回折(XRD)にCT的手法を組み合わせることで、試料内の各結晶粒の方位と3次元分布を非破壊で観察することを目的とした手法である。これに、通常の吸収コントラストのX線CTの観察で得られる線吸収係数の3次元分布を組み合わせることにより、組織を構成する鉱物、あるいは化学組成の同定まで可能性を有することから、近年、材料、金属、鉱物、宇宙科学の分野で多くの試みがなされている。

 前項のように、X線CT計測の高精度化はBL20XUが建設されて以来継続的に行われている。これにより、吸収コントラストCTでは線吸収係数の定量的取り扱いにより物質の形状や分布を示すことが可能となっている。しかし、材料科学あるいは地球科学的な試料の場合、線吸収係数では区別(鉱物相の同定)がきわめて難しい物質があるのも事実である。一つの解決法として、位相コントラストイメージング法が挙げられるが、計測が難しく、鉱物相を同定するための手法としては、線吸収係数と同様決め手に欠ける。これを克服し鉱物相の分布を非破壊で決定しうる方法として、20年ほど前、オーストラリアのグループにより、XRD-CT法が提案されている[2]

 BL20XUでは、吸収コントラストCT法によるデータを補完し鉱物相を同定する手法としてXRD-CT法を採用した。このために、同一の試料に対してマイクロビームを利用したXRD-CTと通常のマイクロCTを連続して行うためのシステムの開発を行っている(図5)。XRD-CTとマイクロCTともに1 µm程度の空間分解能を達成させるために、両者の計測システムの切り替えには、1 µmオーダーの精度・再現性が求められる。また、数百µm ~ 1 mmサイズの試料をXRD-CTで測定するには、数十万 ~ 数百万枚のXRDパターンを記録していく必要があり、これを現実的なビームタイムの中で実施するにはマイクロビームXRDにおいて最低でも一秒あたり数十測定点と非常に高速な測定が求められる。同時に、試料にはµmオーダーの領域に可能な限り大強度のX線を照射する必要があるため、スリットによるビーム形成よりも、X線光学素子を用いた集光スポットを利用する方が有利である。更に、放射光からの準平行光と違い、集光光学系は入射X線にある程度の角度発散があるため、照射領域が微小であっても結晶からの回折像を得る確率は高くなる。逆にあまりに角度発散が強いと、今度は回折像の分解能が低下してしまう。これらの事を考慮し、更にXRD-CT実験での利用が多い20 ~ 30 keVのエネルギー領域での利用を念頭においたX線マイクロビームシステムを開発した。集光素子にはNTT-AT社製フレネルゾーンプレート(FZP)を用いている。FZPの各パラメータは下記の通りである。材質タンタル厚さ2 µm、最外線幅200 nm、直径299 µm、焦点距離と角度発散はそれぞれ、20 keVにおいて960 mmと156 µrad、30 keVにおいて1440 mmと104 µrad、この素子のスポットプロファイルを図6に示す。理論値通りのスポットが得られているが、実際の実験においては1 µm程度の分解能でよいことから、ビームラインのフロントエンドスリットを可能な限り開いて光量の確保をしている。この条件下で、試料には1011 photons/s近い光量が得られ、一秒あたり約50測定点での測定で充分な強度の回折像が得られている。図7にXRD-CTセットアップにて測定した結果例を示す。試料はMurchisonと呼ばれる、炭素質コンドライト隕石の300 µmの小片である。主要構成鉱物である蛇紋石と呼ばれる粘土鉱物と、その他、輝石、かんらん石がXRD-CTを用いてはっきりと区別出来ている。この測定では1秒あたりの測定点は20、1スライスの測定時間は2時間であった。

 この高度化研究は2013A1376、2013B1173で実施された。


図5 XRD-CTセットアップの試料周り。奥にCT用検出器が設置されており、通常のCTとの切り替えの際は検出器、Guard slitを自動で移動できるようにしている。


図6 XRD-CTに用いられているFZPの集光スポットプロファイル。スポットの半値幅(Full-Width at Half Maximum, FWHM)200 nmが得られている。


図7 Murchison隕石の吸収X線CT(左上)と、蛇紋石、輝石、かんらん石の分布。X線エネルギー20 keV


参考文献

[1] R. Mizutani et al., Micron 41(1), 90-95 (2010).

[2] J. A. Grant et al., Optical Engineering 33(8), 2803 (1994).



ⒸJASRI


(Received: November 10, 2014; Early edition: December 25, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)