SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

BL09XU(核共鳴散乱)の現状(2014)
Present Status of BL09XU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.130
2011B2107, 2012B1980, 2013A1898 / BL09XU

依田 芳卓

Yoshitaka Yoda

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・構造物性Ⅱグループ

Materials Structure GroupⅡ, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 BL09XUは周期長32 mmのアンジュレータを有するSPring-8標準のX線ビームラインである。主な利用研究として、核共鳴非弾性散乱を利用しての物質のダイナミクスの研究や放射光を利用したメスバウアー分光が挙げられる。放射光でのメスバウアー分光は特に極端条件下での測定や全反射による薄膜測定、メスバウアー線源に適当な核種がない場合などに威力を発揮している。2014年度からは核共鳴散乱実験に加えて、硬X線光電子分光の利用が可能となる予定である。2013年度までに行った主な高度化は、57Fe核共鳴振動分光法用の高分解能モノクロメータのバックアップの製作・評価である。


キーワード:高分解能モノクロメータ、核共鳴非弾性散乱、核共鳴振動分光法、動力学的回折理論

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL09XU/instrument/lang/INS-0000000436/instrument_summary_viewを参照)

 光源はSPring-8標準型の真空封止アンジュレータであり、磁場周期長32 mm、周期数は140である。分光器はSPring-8標準型の二結晶分光器であり、その冷却には水冷シリコン結晶、水冷ダイアモンド結晶を経て、2005年度より現在に至るまで液体窒素冷却シリコン結晶が利用されている。

エネルギー領域 5.9 ~ 100 keV (Si 111 およびSi 333)
エネルギー分解能 ΔE/E ~ 1.5 × 10-4 (@E = 14.4 keV)
フラックス 5 × 1013 ph/s
(X線エネルギー 14.4 keV、蓄積電流100 mAの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 1.1 mm (水平) × 0.6 mm (垂直)
(X線エネルギー 14.4 keV、発光点から50 m位置での値)

 図1に、光学ハッチおよび実験ハッチのレイアウトを示す。実験ハッチは実験ハッチ1とその後方に6 m離れた実験ハッチ2とから成る。実験ハッチ1には核共鳴散乱実験に必要な高分解能モノクロメータがゴニオメータ上に設置されている(図2(a),(b))。実験ハッチ2には約10 Kまでの冷却が可能なクライオスタットを備えた試料台および回折計が定盤に設置されている(図2(c))。兵庫県立大学との共同研究を前提に最大磁場7 T、最低温度2.2 Kの超伝導電磁石とDAC用レーザ加熱装置が利用できる。サファイア結晶の後方散乱モノクロメータは実験ハッチ2の最下流の定盤に設置される。表1に利用できる高分解能モノクロメータをまとめる。

 基本性能と実験装置に昨年度からの大きな変更はない。


(a)
(b)

図1 (a)光学ハッチのレイアウト、(b)実験ハッチのレイアウト


(a) (b) (c)

図2 (a)実験ハッチ1の定盤、(b)151Eu用高分解能モノクロメータ、(c)核共鳴非弾性散乱用クライオスタットとAPD検出器


表1 BL09XUで利用できる高分解能モノクロメータ



Ⅱ.利用状況

 2013A期2013B期合わせて20課題が実施された。採択率は、2013A期、2013B期それぞれ、42.9%、53.3%であった。図3(a)に、全配分シフト数に対する各実験手法の配分シフト数の割合を示す。メスバウアー分光を行う実験が50.8%、核共鳴非弾性散乱を行う実験が41.8%であった。その他としてはX線ホログラフィー実験などが挙げられる。図3(b)に、核共鳴散乱実験における核種毎の配分シフト数の割合を示す。57Feの利用が58.4%を占めている。ビームタイムは全て成果公開優先利用課題に使用されている。重点パワーユーザー課題および長期利用課題として以下に挙げる課題が実施されている。


〈重点パワーユーザー課題〉

京都大学原子炉実験所、瀬戸 誠 教授:“放射光核共鳴散乱分光法の確立およびその物質科学研究への展開”

〈長期利用課題(2013A期まで)〉

California大学 Davis校、Stephen P. Cramer 教授:“Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy (NRVS) of Iron-Based Enzymes for Hydrogen Metabolism, Nitrogen Fixation, Small Molecule Sensing, DNA Repair, Photosynthesis, and Iron Storage”

〈長期利用課題(2013B期から)〉

California大学 Davis校、Stephen P. Cramer 教授:“Application Development of Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy (NRVS) and Synchrotron Mössbauer Spectroscopy of Multinuclear Iron Proteins”

Stanford大学、Edward Solomon 教授:“NRVS of mononuclear and binuclear non-heme iron enzyme intermediates and related model complexes”


(a) (b)

図3 (a)全配分シフト数に対する各実験手法の配分シフト数の割合、(b)核共鳴散乱実験における核種毎の配分シフト数の割合。


Ⅲ.高度化の実施内容と成果

 メスバウアー分光、非弾性散乱どちらにおいても高分解能モノクロメータは非常に重要な役割を果たす。メスバウアー分光の場合は検出器の飽和を防ぎ、微量試料等において検出限界を決めるとともに、核共鳴非弾性散乱においては分光系の分解能を決定する。さまざまなメスバウアー核種のなかで2013期の統計にあるように57Feの利用が約半数を占め、最も利用頻度の高い核種となっている。そこでBL09XUにおいては57Fe用高分解能モノクロメータについて供用開始以降3.5 meV、2.5 meV、1.1 meVと高度化・高分解能化をすすめ、近年では0.8 meVの分解能を得ている[1]。また分解能が向上するにつれて酵素などの生物試料において同位体置換などによる微小な振動数変化が観測可能になると、活性中心での振動情報を通じその反応の詳細を探る特異な分光法として注目され、大きな成果を上げてきている[2]

 一方、この0.8 meV高分解能モノクロメータ結晶はX線が当たる位置によって分解能が異なることがこれまでの高度化で実験的に確かめられており、結晶のひずみによるものと推測されている。また0.8 meV高分解能モノクロメータは一番利用頻度が高いため、損傷があった場合のバックアップを早急に用意する必要があった。しかしながら位置依存性があるということは分解能が保証されているわけではないため、本高度化においてバックアップの高分解能モノクロメータを製作するとともにその評価を行った。

 高分解能モノクロメータは表2に示すようにGe 331反射, Si 975反射, Si 975反射の(+,+,+)三結晶配置より成る。Ge 331反射により出射ビームを水平に近づけることで、低温実験や強磁場実験などの利用実験がしやすくなっている。ふたつの非対称Si 975反射は分解能を上げるために利用されている。Geを非対称反射にするなど分解能を高くしながら透過率を落とさないように、各結晶について独自の非対称パラメータが用いられている。図4に示すように入射ビームは2回の反射で上流に戻ったあと、最後の反射でほぼ入射ビームと平行となって出射される。


表2 高分解能モノクロメータの各結晶のパラメータ

Ge 331 1st Si 975 2nd Si 975
Bragg Angle (°) 19.4 80.4 80.4
Asymmetric factor 1/2.0 1/10.8 18.0

図4 高分解能モノクロメータの写真、3回反射するX線の軌跡が黄色の矢印で示されている。


 各結晶のティルト等の調整を行ったあと、57Feフォイルによる核共鳴前方散乱の時間遅れ成分をAPD検出器により測定した。2つのSi 975結晶の成す角度を変えながら時間遅れ成分の積分強度を計測することで、分解能曲線を求めた。X線が高分解能モノクロメータの当たる位置により分解能がどのように変わるかを測定した結果を図5に示す。横軸は高分解能モノクロメータのシリコン結晶のビームに直交する方向の位置、縦軸は測定された分解能である。X線の当たる位置により0.8 meVから1.0 meVまで変わることが分かった。分解能が高く、時間遅れ成分の大きい最適の位置で測定された分解能関数を図6に示す。測定された分解能0.8 meVは設計値である0.8 meVと一致しており、このモノクロメータが十分バックアップとして利用できることを確認できた。

 分解能の位置による劣化の原因としては結晶のひずみと推測されるが、その起源はもともとの結晶によるものか結晶研磨によるものかは特定できていない。今後この原因を特定してより良い結晶を確保することは、さらに高い分解能を目指す際に重要であると考えられる。既存の高分解能モノクロメータにおける分解能を精密に測定し、位置依存性がどの程度あるかを確認するためにインハウス課題2011B2107を実施した。また新しく製作したバックアップ用のモノクロメータをインハウス課題2012B1980で立ち上げた。このモノクロメータのティルトや結晶の位置について、より最適な条件があるかどうかを確認するためにインハウス課題2013A1898を実施した。


図5 高分解能モノクロメータ(HRM)の位置による分解能の相違


図6 最適の位置で測定された分解能関数、測定データ(赤丸)とガウス関数によるフィッティング曲線(青線)、57Feフォイルの核共鳴前方散乱を用いて測定。


参考文献

[1] SPring-8年報、2009年度、P.54 - P.55.

[2] 例えば Shaun D. Wong et al., Nature, 499 (2013) 320-323, K. Park et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110 (2013) 6275–6280.



ⒸJASRI


(Received: October 4, 2014; Early edition: December 25, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)