Volume3 No.1
SPring-8 Section C: Technical Report
BL40B2(構造生物学II)の現状(2014)
Present Status of BL40B2 (2014)
(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・バイオ・ソフトマテリアルグループ
Bio- and Soft-materials Group, Research & Utilization Division, JASRI
- Abstract
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ビームラインBL40B2は偏向電磁石を光源とし、タンパク質、合成高分子、脂質、界面活性剤などのソフトマテリアルを対象としたX線小角散乱法が利用されている。計測できる構造はおよそ0.15 nmから400 nmの周期範囲で、試料から検出器までの距離およびX線波長を実験に合わせて適切に選択し利用できる。広角領域の散乱・回折測定を小角散乱法と組み合わせた同時計測や、微小角斜入射X線小角・広角散乱法による高分子薄膜等の解析も行われている。
キーワード:小角散乱法、スリットブレード
I.基本性能と実験装置
(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL40B2/instrument/lang/INS-0000000535/instrument_summary_viewを参照)
本ビームラインの基本性能として、光源は偏向電磁石で磁場0.679 T、臨界エネルギーが28.9 keVである。偏向電磁石より放射された白色X線は光源より35.5 m位置のSPring-8標準型二結晶分光器で単色化される(図1の光学系ステーションレイアウトを参照)。そののち40.5 mに配置された長さ1 mのベントシリンドリカルミラーによって、実験ハッチ内に設置された検出器の位置(光源より58.6 m)に集光している。この光学系で、表1に示すように6.5 keVから17.5 keVまでのエネルギー領域のX線が実験ハッチ内で利用できる。なお、小角散乱計測に合わせたスリット光学系を構築できるよう実験ハッチ内の空間を確保する目的で、実験ハッチ内に設置されていた真空排気ユニットを光学ハッチと実験ハッチの間へ2012年度に移設を行った。
図1 BL40B2の光学系レイアウト
表1 実験ハッチで利用できるX線の特性
エネルギー領域 | 6.5 ~ 17.5 keV |
エネルギー分解能 | ΔE/E ~ 10-4 |
フラックス | 3 × 1010 ph/s (X線エネルギー 12.4 keV、蓄積電流99.5 mAの条件) |
ビームサイズ(半値全幅) | 0.2 mm (水平) × 0.2 mm (垂直) (X線エネルギー 12.4 keV、発光点から58.6 m位置) |
本ビームラインではX線小角散乱法が利用でき、4 mまでのカメラ長を迅速に構築するために長さ5 mの定盤が実験ハッチ内に設置されている。6分割された真空パイプが電動ステージ上に固定され5 m定盤内部に収納されている。真空パイプを用いない最短の230 mmから480 mm、1 m、1.5 m、2 m、3 m、4 mの長さの真空パイプまで設定が可能である。ビームストップは実験に応じてサイズおよび形状を変更出来るが、通常直径3 mmの円形ビームストップが最下流の真空内部で保持されている。真空パスの検出器側の出口は直径300 mmの開口を有している。
2次元X線検出器では、300 mm × 300 mmの広さを持つ高速イメージングプレートX線検出器(R-AXIS VII、リガク)が利用可能である。直径約100 mmの検出面積を持つX線イメージングインテンシファイア(V7735P、浜松ホトニクス)も利用可能で、CCDカメラ(C4742-98、浜松ホトニクス)あるいはCMOSカメラ(C11440-22C、浜松ホトニクス)を組み合わせて2次元検出器として利用できる。これら検出器は電動ステージ上に固定されており、変更可能である。この他に、フラットパネルX線検出器(C9728-DK、浜松ホトニクス)も利用可能である。これは、X線小角および広角散乱・回折同時計測における広角領域の2次元検出器として主に利用されている。
ユーザー実験においては試料周辺の環境を制御する機器を載せる自動ステージが5 m定盤上に設置されており、その上面より約250 mmの高さにX線が導かれている。透過法については温度制御するための加熱冷却セルホルダー(HCS302、Instec Inc.)が利用可能である。この他に4軸の回折計を自動ステージ上に設置し、斜入射による寄生散乱を制限するための専用の矩形型ビームストップを併用することで、微小角斜入射X線小角・広角散乱計測も利用可能である。
Ⅱ.利用状況
2013A期2013B期合わせて61課題が実施された。採択率は、2013A期で71.8%、2013B期で51.9%であった。図2(a)に、全課題に対する各計測法の課題の割合を示す。X線小角散乱計測(小角散乱)を使用する実験課題が44課題、小角および広角同時計測(小角広角散乱同時計測)を使用する課題が15課題、微小角斜入射散乱計測を使用する課題が2課題であった。図2(b)に、全課題に対する課題種の割合を示す。ビームタイムの13%が萌芽的研究支援課題に使用された。図2(c)に、全課題に対する各分科会での採択課題数の割合を示す。分科会では、D5分科会への申請課題が最も多く、28課題であり、L2分科会が10課題と続く。図2(d)に示す研究分野では、合成高分子化学(高分子化学)が最も多く、ソフトマテリアル物性、生物物理学が続いている。
図2 全課題に対する(a)各計測方法の割合、(b)課題種の割合、(c)各分科会での採択課題の割合、(d)研究分野の割合。
Ⅲ.高度化の実施内容と成果
3-1.カメラ長6 mによる小角散乱計測の高度化
小角散乱法が利用できるビームラインにおいて、より小さな散乱角度を精度よく検出し、大きな構造体を解析できるようにすることは高度化の一つの方向であろう。小角散乱法における小角領域の分解能を向上させる方法はいくつか考えられるが、その中でカメラ長の延伸はBL40B2で培ってきたスリットとピンホールを使った光学技術を応用できる。加えて、2012年度に実験ハッチ内のコンポーネントの配置を変更したことによって、実験ハッチの最上流のスリットから検出器までおよそ8 mの空間がすでに利用できるようになっている。この空間を利用して、これまで最長であったカメラ長4 mを延伸し、カメラ長6 mによる小角散乱計測が行えるよう整備を行った。
BL40B2実験ハッチ内に4 m以上の小角散乱カメラを構築する際に、設定するカメラ長に対し、試料位置に使用すべきピンホールサイズを見積もることができる。このサイズは、試料に照射できるX線強度にも影響するので注意を払いたい。この導出における条件として、実験ハッチの最上流のスリットでX線ビームを整形すること、ビームストップのサイズは通常使用する直径3 mmを使用することが挙げられる。図3は、これら条件を考慮し導いたピンホールサイズをそれぞれのカメラ長に対して示している。カメラ長6 mを実現させるためには、直径0.5 mmのピンホールが適切と分かる。なお、カメラ長4 m以下では直径1 mmのピンホールを用いているので、カメラ長6 mではピンホールの開口が25%であり、X線強度が制限されることも分かる。
図3 BL40B2実験ハッチ内に構築するカメラ長とピンホールサイズの関係
カメラ長6 mをBL40B2実験ハッチ内に構築するために、検出器から6 mの位置に新たに定盤を設けた。この定盤には、ユーザー実験を想定して、セットアップ構築時に空気散乱を少なくしたり、試料へのアクセスする空間確保を容易にしたりできるスライド式の天板をこれまでの定盤同様に設けた。また、これまで最長であった4 m真空パスから6 mに延伸するために、内径110 mm、長さ1000 mmのアルミ製パイプ2本を接続し6 mに延長できるようにした(図4参照)。カメラ長4 mまでの真空パイプは電動機構で構築できたが、6 mに延伸するためには人力によるパイプワークが必要である。試料電動ステージおよびX線までの高さ(電動ステージ上面から約250 mm)などに変更はなく、これまでの4 mまでのカメラ長と同様に利用できる。
図4 BL40B2実験ハッチ内に構築したカメラ長6 mの小角散乱真空パス
X線エネルギー8 keV、カメラ長6 mでイメージングプレート検出器によって計測した例を示す。この計測は、インハウス課題2012B1981のビームタイムを使用して行われた。図5A、Bそれぞれにはコラーゲンおよび100 nm周期の回折格子のパターンを示す。300 mm角のイメージングプレートには、コラーゲン(d = 63.5 nm)の8次ピークまで撮影され、ピーク間距離が離れて高い分解能を有していると分かる。ベヘン酸銀d = 5.838 nm の1次ピークは、検出器の外側に位置するのでこの条件では標準試料として用いることはできない。散乱ベクトル(Q = 2π/d = (4π/λ)sinθ、2θは散乱角、λは波長)の校正は、コラーゲンか回折格子の計測によって行われるべきことであると分かる。
図5 イメージングプレートで検出した小角散乱像(A)コラーゲン(B)100 nm回折格子
次に、125 µm厚と5 µm厚のポリイミドフィルム、200 µm厚のベリリウムをカメラ長6 mの試料としたときの散乱プロファイルを図6に示す。このうち125 µm厚のポリイミドフィルムと200 µm厚のベリリウムは、実験ハッチ上流のX線の出口に真空窓として使用している素材である。これらの散乱プロファイルは100秒間積算したものであり、バックグラウンドをすでに差し引いている。低い散乱ベクトルにおいて、ベリリウムがポリイミドに比べて3分の1程度の散乱強度である。ベリリウムは小角散乱のバックグラウンドを下げるために有効であると言える。しかし今回用いたベリリウムの直径は20 mm程度であるので、開口に応じた材質の選択を適宜行う必要がある。薄い試料の計測の可能性を確認するために、厚みが25分の1である5 µm厚のポリイミドフィルムの散乱プロファイルを示している。125 µm厚と5 µm厚のポリイミドフィルムでそれぞれ-3.17と-3.28の傾きを持つ曲線であった。これらの両対数プロットにおいてほぼ平行なデータは、X線エネルギー8 keVおよびカメラ長6 mの条件でビームストップ脇の600 nmに近い散乱角からおよそ1カウントの散乱強度まで計測できていることが示されている。このようにカメラ長6 mの整備によって、小さな散乱角度を精度よく検出できるようになり600 nmまでの構造体の解析やフラクタル解析など新たなユーザー実験に貢献できる。
図6 各種フィルムの小角散乱プロファイル
3-2.タンタルスリットブレードの結晶状態の違いによる寄生散乱の調査
通常スリットの役割は開口により明るさを調節したり、照射領域を制限したりすることである。BL40B2の小角散乱計測では、検出器に入る寄生散乱を低く抑えるために主に用いているといえる。しかしながら寄生散乱を嫌ってスリットを絞りすぎれば露光時間の長時間化に繋がるので、入射するX線強度は極力強くなるようにスリットの開口は広く調整することが要求されることである。シリコンなどの完全結晶を用いた寄生散乱減少の取組みが報告されている[1]ので、透過率の低いタンタルを用い多結晶と単結晶の結晶状態の違いで生じる寄生散乱を調査した。
ブレードからの寄生散乱を直接検出できるように、検出器から2 mにスリットブレードを配置した。X線波長は0.1 nmを用いた。X線強度は全開の状態から50%になるように1枚のブレード位置を調整し、1秒間露光したときのプロファイルを図7に示す。ビームストップ脇で多結晶では4000カウント、単結晶では800カウントであり、単結晶タンタルブレードの寄生散乱は多結晶に比べ5分の1程度であることが分かる。これは、タンタル単結晶スリットブレードはX線強度を必要以上に絞らずに寄生散乱を除去できる可能性を示している。したがって、ユーザー実験においてデータ収集の効率化に繋がると考えられる。また、タンタル単結晶はピンホール用基板としても利用可能であるので、寄生散乱の低減を狙ったピンホールの製作に繋がると期待される。
図7 タンタルブレードの結晶状態の違いによる散乱プロファイル(赤)多結晶タンタル(青)単結晶タンタル。
参考文献
[1] Y. Li et al., J. Appl. Cryst. (2008) 41, 1134-1139.
ⒸJASRI
(Received: October 17, 2014; Early edition: December 25, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)