SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

構造生物学ビームラインIII BL38B1の現状(2014)
Present Status of BL38B1 (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.223
2013A1872, 2013B1890 / BL38B1

馬場 清喜、水野 伸宏、奥村 英夫、長谷川 和也、熊坂 崇

Seiki Baba, Nobuhiro Mizuno, Hideo Okumura, Kazuya Hasegawa, Takashi Kumasaka

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・構造生物グループ

Structural Biology Group, Research & Utilization Division, JASRI

(現所属:同・タンパク質結晶解析推進室・タンパク質構造解析促進グループ)

(Current affiliation: Structure Analysis Promotion Group, Protein Crystal Analysis Division, JASRI)

Abstract

 BL38B1は、結晶回折測定用に偏向電磁石を光源とした安定性の高いビームを提供できる。この高安定性を利用し、比較的回折能の高い結晶(50 µm3以上のサイズ)を対象として、凍結結晶からの回折データ収集の高速化・効率化のために、測定の自動化を進めてきた。それとともに、高精度データ測定のため、集光系の改良によるビームの微小化と高フラックス密度化を行ってきた。さらに、回折測定のみならず、機能解析に必要な多様な測定を可能とするため、オンライン顕微分光装置の高度化、新しい結晶マウント手法の開発を行っている。2013年度に実施した主な高度化は、試料位置でのX線照射位置の高精度化、オンライン顕微分光装置の高速化・安定化、装置の更新、周辺技術の開発と、湿度調整と水溶性ポリマーを使用した結晶マウント法の開発である。


キーワード:(高度化のキーワード1)HAG法、(高度化のキーワード2)顕微分光装置

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL38B1/instrument/lang/INS-0000000570/instrument_summary_viewを参照)

 図1に、BL38B1の光学系・実験ステーションレイアウトを示す。本ビームラインでは、偏向電磁石からのX線をSPring-8偏向電磁石ビームライン標準のシリコン2結晶分光器で単色化し、試料位置で焦点を結ぶようにサジタル円筒面ミラーを子午線方向に湾曲させた疑似トロイダルミラーを使用している。 測定装置としては、タンパク質結晶用の高速データ収集システムを設置している。本システムには、2種類の検出器(ADSC社製CCD検出器Quantum315rおよび浜松ホトニクス社製CMOS検出器C10158DK)が備え付けられている。これらの検出器は、利用者が測定目的に応じて容易に切り替えて使用できる。結晶のセンタリングは、並進軸(x, y, z)および回転軸(ω)のモータ駆動ステージと、結晶をX線と同軸方向から観察できるCCDカメラを用いて簡便に行える。

 利用実験におけるX線蛍光スペクトル測定や、その後の複数波長でのMAD Data測定を含む全ての測定は、ビームラインの制御ソフトウェアであるBSS(Beamline Scheduling Software)から行える。BSSは、波長変更などの光学系の調整をはじめ、検出器の切り替えやカメラ距離の変更をデータ収集前に自動的に行う。ビームライン利用者は、結晶をゴニオメーターに取り付けた後は、結晶のセンタリングからデータ測定までを、BSS上の操作のみで行うことができる。さらに、インターネットを介したSPring-8サイト外からの遠隔実験も実施できる。

 次の2つの装置が利用できる。オンライン顕微分光装置を用いることにより、タンパク質結晶の化学状態や照射損傷の度合いなどをX線回折実験と同時に測定することができる。また、SPring-8オリジナルの試料マウント法であるHumid Air and Glue-coating(HAG)法に必要な湿度調整装置が利用できる。

 

エネルギー領域 6.5 ~ 17.5 keV (Si 111)
エネルギー分解能 ΔE/E ~ 2 × 10-4 (@E = 12.4 keV)
フラックス 9.5 × 1010 ph/s
(X線エネルギー 12.4 keV、蓄積電流100 mAの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 0.09 mm (水平) × 0.18 mm (垂直)
(X線エネルギー 12.4 keV、実験ハッチ試料位置での値)

図1 BL38B1光学全体レイアウト

 

Ⅱ.利用状況

 成果非専有の一般課題は、2013A期に25課題(顕微分光:5課題)、2013B期に27課題(顕微分光:2課題)が採択され、合わせて52課題が実施された。また、成果非専有の萌芽的研究支援課題は、2013A期に4課題、2013B期に2課題が採択され、合わせて6課題が実施された。第一希望に対する採択率は、2013A期、2013B期それぞれ、71.4%、70.8%であった。長期利用課題としては、東京大学 藤田誠グループの課題番号2013A0039が実施されている。成果専有時期指定課題として行っている測定代行は2013B期に3課題が実施された。

 

Ⅲ.高度化の実施内容と成果

(1)制御系の最適化と多面的な測定を行うための高度化として、インハウス課題2013A1872を実施した。高度化内容を以下に示す。

・ビーム位置安定化のための高度化

 これまで、実験定盤によるビーム位置調整方法では、水平方向で最大50 µm程度のずれが生じていた。そこで、実験ハッチに設置した2つのスリットの開口サイズおよび、ビーム強度計測用イオンチャンバの位置を変更し、当グループで開発しているビーム自動調整ソフトウェアを用いて実験中に自動でビーム調整するためのパラメータの最適化を行った。

 また、ゴニオメーター制御方法を改良し、結晶を連続的に動かしながら迅速に回折実験を行うことを可能とした。

 

・顕微分光装置の高度化

 本ビームラインに設置している顕微分光装置は、光源からの光を2枚のグレーティングで分光するダブルモノクロメータにより、目的の波長のみを試料に照射する設計になっている。グレーティング動作軸の駆動速度の最適化を行うことにより、顕微分光装置が結晶観察ポジションから分光測定ポジションへ移動する所要時間を、従来の5分から1分に短縮し、より効率的な実験を可能とした。

 

・新型XAFS用検出器の導入

 新型蛍光X線検出器の導入と設置位置の最適化を行うことにより、蛍光X線のエネルギー分解能が向上し、より高精度なXAFS測定を可能とした。

 

・fine needleキャピラリーによるマウント方法の開発

 微小結晶マウントおよび結晶へのガス加圧が行えるfine needleキャピラリーを用いたマウント方法[1]をBL38B1に導入するためのテスト測定を行った。開発中のガス加圧下結晶凍結装置を用いて、Xeガス加圧下で卵白リゾチーム結晶に対するX線回折実験を行い、結晶中にXe等のガス分子が吸着する様子を観察した。その結果、タンパク質分子に結合するガス分子の状態は、圧力や加圧時間、ガスを凍結直前に開放したかどうかなどのパラメータに依存し、加圧下での凍結によって、効率的に誘導体作成ができることを明らかにした[2]。本装置をBL38B1の試料準備室にて利用できるように整備した。

 

・SPACE調整冶具の開発

 サンプルチェンジャーSPACEは顕微分光装置との同時設置ができないため、入れ替えの際に調整を行う必要がある。そこで、調整時間を短縮するための冶具を開発した(図2)。これにより、2時間程度を要したSPACEのトレイ位置合わせ作業が30分程度で行えるようにした。この調整冶具を使用することでトレイの位置決め精度が向上し、トラブルが減少した。他の構造生物ビームラインでも調整に使用している。

図2 SPACEトレイ位置調整用冶具

 

・液体窒素振りかけによる霜除去装置の開発

 現状、本ビームラインのみで利用可能なHAG法(後述)[3]では、作製した凍結結晶を回収して他のビームライン等で測定する場合がある。そこで、SPACEを用いて凍結結晶を安全に自動回収できるシステムの構築を行った。このシステムを用いて凍結した結晶を再マウントすると、しばしば結晶の周辺に液体窒素中の霜が付着し、これがice ringなどのバックグラウンド散乱を生じ、測定精度を低下させる原因となる。そこで、マウントした結晶に液体窒素を振りかけて霜を除去する装置の開発を行った。テストにより基本動作は確認できたが、振りかけ後に試料近くの液体窒素吹き出し口が低温となり、結露凍結することで塞がる問題が発生した。今後、この問題を改善してビームラインへの実装を予定している。

 

(2)水溶性ポリマーと湿度調整を用いたマウント法(HAG法)の高度化のために、インハウス課題2013B1890を実施した。実施内容を以下に記載する。

 

・湿度調整装置の低温動作改良

 様々なタンパク質結晶について、HAG法[3]を展開することを目指し、高度化を行った。現状、HAG法で使用する湿度調整装置は、室温下で動作する。そのため、低温下(4℃等)で作製される結晶に対しては、HAG法の適用条件の最適化ができなかった。この原因は、室温下での結晶性の低下による可能性が高い。そこで、湿度調整装置の動作温度を10℃まで下げられるよう改良を行った。今後さらなる低温動作化を進め、利用者持ち込みの結晶に対し、HAG法を提供することを目指す。

 

・気流自動切替装置の導入

 HAG法では、湿度調整気流を吹き付けながら実験を行う。湿度調整気流をクライオ気流に瞬時に切り替えることにより結晶凍結が可能となる。この切り替えの自動化装置を開発した(図3)。動作試験の結果、他の機器と空間的に干渉せずに良好に動作することを確認した。また、当グループで開発した新規のBL調整ソフトウェアBOSS(Beamline Operating Scheduling Software)に、ユーザーによる切り替え操作を支援する機能を追加した。次に、切り替えタイミングの最適化を卵白リゾチーム結晶に対して行った。リゾチーム結晶は環境変化に対して安定性が高いため、凍結を可能とする最適なタイミングを良好に得ることができた。今後、より環境変化に敏感な結晶に対して最適な切り替えタイミングを探索して、多くの試料に適用できる環境を整備する計画である。

図3 調湿ガスノズルとクライオガスノズルの気流自動切替機構

 

・X線トポグラフィー計測法導入テスト

 X線トポグラフィーにより、結晶を調湿する際の結晶の質(内部構造)の変化を観測することは、HAG法の高度化を進める上で重要であるため、BL38B1への導入試験を行った。その結果、X線集光ミラーを退避した状態で光軸に対して実験定盤の高さを追従することができ、大幅な装置変更を伴わずに導入可能であることが判明した。しかし、Be窓由来と考えられる入射X線の強度分布ムラがあり、高精度なトポグラフィー像を得ることは難しかった。今後、鏡面研磨Be窓への交換など装置改良を進め、早期の導入を目指す。

 

参考文献

[1] M. Makino, I. Wada, N. Mizuno, K. Hirata, N. Shimizu, T. Hikima, M. Yamamoto, T. Kumasaka, J. Appl. Cryst., 45, 785–788 (2012).

[2] N. Mizuno, M. Makino, T. Kumasaka, J. Synchrotron Rad., 20, 999–1002 (2013).

[3] S. Baba, T. Hoshino, L. Ito, T. Kumasaka, Acta Cryst. D, 69, 1839–1849 (2013).

 

ⒸJASRI

 

(Received: September 1, 2014; Early edition: December 25, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)