SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section C : Technical Report

BL08W(高エネルギー非弾性散乱)の現状(2014)
Present Status of BL08W (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.124
2013B1924 / BL08W

伊藤 真義、Marek Brancewicz、櫻井 吉晴

Masayoshi Itou, Marek Brancewicz, Yoshiharu Sakurai

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・構造物性Ⅱグループ

Materials Structure GroupⅡ, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)は、SPring-8唯一のウィグラーを光源とし、直線偏光または楕円偏光の100~300 keVの高エネルギーX線を使用することができるビームラインである。主な利用研究は高エネルギー非弾性散乱(コンプトン散乱)測定による物性研究であり、他にも高エネルギーX線を利用した蛍光X線分析、X線回折測定、X線CT測定や、高エネルギーX線用光学素子や検出器の開発・評価実験に利用されている。また、X線コンプトン散乱を用いた物体内部の構造変化や化学反応分布の分析手法の開発が進められている。2013年度における主な高度化は屈折レンズの開発である。


キーワード:高エネルギーX線、コンプトン散乱、屈折レンズ

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Ⅰ.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL08W/instrument/lang/INS-0000000432/instrument_summary_viewを参照)

 光源はSPring-8唯一の楕円偏光ウィグラーであり、磁場周期長120 mm、周期数は37である。運用上の最少ギャップ値は25.5 mmであり、この時のクリティカルエネルギーは42.7 keVである。分光器は2器有しており、光学ハッチ上流側に実験ステーションA用 110 - 300 keV非対称Johann型分光器、下流側に実験ステーションB用 100 - 120 keV二重湾曲分光器を設置している。下流側分光器Bを使用する場合は上流側分光器Aを光軸より退避させる必要があり、両分光器を同時に使用することはできない。


表1 ビームラインの基本性能

実験ステーションA

エネルギー領域 110 - 170 / 170 - 270 / 270 - 300 keV
エネルギー分解能 ΔE/E ~ 1 × 10-3 (@E = 115 keV)
フラックス 5 × 1012 ph/s
(X線エネルギー 115 keV、蓄積電流100 mAの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 0.5 mm (水平) × 3.0 mm (垂直)
(X線エネルギー 115 keV、発光点から40 m位置での値)

実験ステーションB

エネルギー領域 100 - 120 keV
エネルギー分解能 ΔE/E < 1 × 10-3 (@E = 115 keV)
フラックス 5 × 1012 ph/s
(X線エネルギー 115 keV、蓄積電流100 mAの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 2.0 mm (水平) × 0.5 mm (垂直)
(X線エネルギー 115 keV、発光点から50 m位置での値)

 図1に、光学系・実験ステーションレイアウトと各種スペクトロメータを示す。使用できる実験装置は、3 T超伝導マグネット、10 K試料冷凍機、Cauchois型分光器、多素子半導体検出器、X線イメージインテンシファイアカメラなどがある。実験ステーションA内には、高速反転型超電導マグネットが下流部に常設されており、主に磁気コンプトン散乱実験に用いられている(図1(a))。ステーション上中流部は3 m × 3 mほどのフリースペースがあり、各種スペクトロメータを持ち込んで、使用することができる。高エネルギー蛍光X線分析はこのスペースで行われる(図1(b))。実験ステーションB内には、高分解能コンプトン散乱スペクトロメータが常設されている(図1(c))。

 ビームラインにはコンプトンプロファイル解析プログラムと磁気コンプトンプロファイル解析プログラムが整備されている。また、コンプトンプロファイルや磁気コンプトンプロファイルなどの計算が可能な、FLAPW法のバンド理論計算に基づく電子状態解析システム(BANDS01: Band Analyses for Newmaterials Design System)が導入されており、SPring-8内で利用できる。


(a) (b) (c)
(d)

図1 (a)磁気コンプトン散乱スペクトロメータ、(b)高エネルギー蛍光X線スペクトロメータ、(c)高分解能コンプトン散乱スペクトロメータの外観、(d)実験ステーションを含むBL08W光学全体レイアウト。実験ステーションBの高分解能コンプトン散乱スペクトロメータは常設だが、実験ステーションAで使用される各種スペクトロメータは退避可能である。


Ⅱ.利用状況

 2013A期と2013B期を合わせて27課題が実施された。採択率は、2013A期、2013B期それぞれ、39.1%、47.8%であった。図2(a)に、全課題に対する各測定手法の課題数の割合を、図2(b)には、全ビームタイム(施設留保含まず)に対する各測定手法のビームタイムの割合を示す。コンプトン散乱実験14件(内、波長分散型スペクトロメータ(HRCP)使用7件、エネルギー分散型検出器(CP)使用7件)、磁気コンプトン散乱実験(MCP)7件、蛍光X線分析(XRF)5件、その他装置開発が1件と、多種の実験手法による課題が実施された。

 成果公開優先利用課題が2013A期と2013B期を合わせて2課題(ビームタイムの8.4%)実施された。また、長期利用課題として、“Development of spin-resolved Compton scattering in high magnetic fields: probing the orbitals in complex oxides”(実験責任者:Jonathan Duffy)の課題が実施された。


図2 (a)全課題数に対する各測定手法の課題数の割合、(b)全ビームタイム(施設留保含まず)に対する各測定手法のビームタイムの割合


Ⅲ.高度化の実施内容と成果

 115 keV用屈折レンズの開発:

 実験ステーションA用非対称Johann型分光器は縦方向についてX線集光機能を持たない。縦方向を集光し、微小試料・微小視野の観察の要求に応えるために、縦方向の一次元集光を行う複合屈折レンズの開発を行っている[1,2]。開発目標は、115 keVのX線に対して、集光サイズ10 µm以下、ゲイン8である。ここでゲインは、集光X線プロファイルの半値幅と同じ幅のスリットを通ったX線ビームの積分強度を1としたときの集光X線ビームの積分強度の値として定義した。本複合屈折レンズの評価のために、インハウス課題2013B1924を実施した。今回、製作・評価した複合屈折レンズは、A. Andrejczuk博士(Bialystok大学、ポーランド)と共同で JASRIにて設計、長峰製作所にて製作された試作品である。図3にNiレンズ単体の設計パラメータ、図4に試作品の外観写真を示す。レンズ本体はニッケル製であり、機械プレス加工にて作成された。レンズの曲率半径は20 µm、積層枚数は54枚である。これは、レンズ自体による吸収を軽減し実効ゲインを稼ぐためレンズ枚数を可能な限り少数にしたいという要求と、製作上の技術的制限から導かれた値である。シミュレーションに基づくレンズの性能理論値は、集光サイズ2 µm、ピークゲイン35である。評価実験は、BL08W実験ステーションAにて115 keV X線を使用し、実験ステーション内上流部に複合屈折レンズを設置して行った。透過光イメージの取得には浜松ホトニクスAA-40を、集光サイズ・ゲインの評価は、タングステン製ブレードによるナイフエッジ法を用いた。実験の結果、このレンズ性能は、集光距離2900 mm、集光サイズ9.0 µm、ピークゲイン6.5であった。集光サイズが広がったことにより、ピークゲインが減少しているが、透過強度は理論値の90%程度を得ることができ、集光サイズの劣化はあるが、開発目標の性能に近いレンズであることが確認できた。図5に集光点におけるビームイメージを示す。スリットによって整形した縦幅10 µm のX線に対し、レンズで集光したX線は明らかに強度が向上していることがわかる。今後は、集光サイズを理論値に近づけるために、レンズ表面精度と54枚のNiレンズ板の設置精度を向上させる予定である。

 本複合屈折レンズは、常時ビームラインに設置されているものではないが、ユーザーの希望があれば使用することができる。実験ステーションAであれば、ほぼ全ての実験に利用できる。また、このレンズの評価を踏まえ、実用機の設計・製作を行う予定であり、高エネルギーX線コンプトン散乱測定による試料内局所部分の観察実験装置などに使用する予定である。


図3 Niレンズ単体の設計パラメータ(注:見やすくするために、左図では曲率半径Rを大きくして描いた。)


図4 Ni製複合屈折レンズ(試作品)外観


図5 入射X線イメージ。左から未集光、Ni製複合屈折レンズにて集光、スリットにて縦幅10 µmに整形したもの。


参考文献

[1] A. Andrejczuk, M. Nagamine, Y. Sakurai and M. Itou, J. Synchrotron Rad. 21 (2014) 57-60.

[2] A. Andrejczuk, J. Krzywinski, Y. Sakurai and M. Itou, J. Synchrotron Rad. 17 (2010) 616-623.



ⒸJASRI


(Received: September 12, 2014; Early edition: December 25, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)