SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section C : Technical Report

BL41XU(構造生物学I)の現状(2014)
Present Status of BL41XU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.250
2013A1900, 2013B1919, 2013A1001, 2013B1005 / BL41XU

長谷川 和也a奥村 英夫a、馬場 清喜a、水野 伸宏a、宮野 菜央b、熊坂 崇a

Kazuya Hasegawaa, Hideo Okumuraa, Seiki Babaa, Nobuhiro Mizunoa, Nao Miyanob, Takashi Kumasakaa

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・構造生物グループ

Structural Biology Group, Research and Utilization Division, JASRI・

(現所属:a(公財)高輝度光科学研究センター・タンパク質結晶解析推進室 ・タンパク質構造解析促進グループ、b大阪薬科大学・薬学部)

(Current affiliation: aStructure Analysis Promotion Group, Protein Crystal Analysis Division, JASRI, bFaculty of Pharmaceutical Sciences, Osaka University of Pharmaceutical Sciences)

Abstract

 BL41XUは、SPring-8標準真空封止アンジュレータを光源に持つタンパク質結晶構造解析ビームラインである。高フラックスビームを利用して回折データ測定を行えることから、主として膜タンパク質・超分子複合体など、良質な結晶を得ることが困難な高難度試料の構造決定に利用されている。2013年度は、冬期停止期間(2014年1~3月)を利用して光学系・回折計・検出器を入れ替える抜本的な高度化を実施した他、2013A、B期で運用した新しいピンホールコリメータシステムの導入、および、分光器液体窒素冷却システムの立ち上げを行った。


キーワード:高フラックスビーム、マイクロビーム、高速データ測定

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL41XU/instrument/lang/INS-0000000538/instrument_summary_viewを参照)

 光源はSPring-8標準型の真空封止アンジュレータであり、磁場周期長32 mm、周期数は140である。アンジュレータ放射の基本波を用いて6.5 keVから17.5 keVまでのエネルギー領域をカバーしている。また、アンジュレータ放射の3次光を用いることで20.6~35.4 keVのエネルギーのX線を用いた実験も可能である。分光器はSPring-8標準型の二結晶分光器である。分光結晶の冷却には、2012B期までピンポスト結晶を用いた直接型水冷却を利用していたが、2013A期より間接型液体窒素冷却を利用している。

 以下の表はBL41XUのビーム性能である。2013B期までの性能であり、Ⅲ章に記述した集光光学系の高度化により、2014A期以降のビーム性能は大きく変わる。


エネルギー領域 6.5 ~ 17.5 keV(波長0.71–1.9 Å)、20.6 ~ 35.4 keV(波長0.35–0.6 Å)(いずれもSi(111)で分光)
エネルギー分解能 ΔE/E < 2 × 10-4
フラックス 1.1 × 1013 photons s-1(X線エネルギー12.4 keV、蓄積電流100 mA、ピンホールによるビーム整形無しの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 80.2 µm (水平) × 22 µm (垂直)(X線エネルギー 12.4 keV、ピンホールによるビーム整形無しの条件)

使用できる実験装置としては、主に以下のものがある。
(1)タンパク質結晶用回折計
(2)回折データ測定用検出器
    Rayonix社製 MX225HE(2013B期まで)
(3)サンプルチェンジャーSPACE
(4)窒素/ヘリウムガス吹き付け低温装置
    Cryo Industries社製 CRYOCOOL-G2b-LT2
(5)XAFSスペクトル測定用検出器
    AmpTek社製 Si-PIN型X線検出器XR-100CR


図1に、光学系・実験ステーションレイアウトを示す。


図1 BL41XU光学系・回折計レイアウト


Ⅱ.利用状況

 2013年度のユーザー利用はL1分科の課題のみであった。成果非専有の一般課題として、2013A期に27課題、2013B期に27課題、合わせて54課題が実施された。BL41XUを第1希望とする課題の採択率は、それぞれ、43.2%、50.0%と低く、ユーザーの利用希望を十分に満たせていない。2014A期より導入する1シフト単位のビームタイム配分により、状況の改善が期待される。また、成果専有課題として2013A期に3課題、2013B期に2課題が実施されている。課題数としては少ないものの、主として創薬産業構造解析コンソーシアムがビームタイムを申請して加盟製薬会社が共同でビームタイムを利用しており、利用企業の数は多い。長期課題としては、東京大学 豊島教授、中国清華大学 Yan教授、東京大学 藤田教授による3課題が実施されている。豊島教授、Yan教授は、膜タンパク質の構造解析に取り組み[1][2]、藤田教授は有機分子が自己集合して形成された超分子複合体の構造解析に利用している[3]。いずれも良質な結晶が得られにくい難易度の高い試料の構造研究である。このほか、2013A期、2013B期ともにビームタイムの9.1%が成果公開優先利用課題として使用された。この枠は文部科学省「創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業」のプロジェクトに供出され、プロジェクト内ユーザーの利用支援、ならびに、ビームラインの高度化に利用されている。図2に2013年度の利用実績を示す。


図2 (a)課題数ベースの利用実績、(b)利用シフト数ベースの利用実績


Ⅲ.高度化の実施内容と成果

(新しい集光光学系・回折計・検出器の導入)
 近年、ビームラインに持ち込まれる試料の微小化・高難度化がますます進んでいる。このような試料から高精度かつ迅速に構造決定を行うためには、ビームの微小化による測定対象の拡大、高フラックス化による高精度化、そして、高速検出器による迅速測定の実現が必要であった。そこで、2013年度の冬期長期停止期間を利用し、集光光学系・回折計・検出器を入れ替える抜本的なビームラインの高度化を行った。

 図3に改造前後のビームラインのレイアウトを示す。新しい集光光学系の特徴は水平集光ミラーとKBミラーを組み合わせた2段集光光学系を利用していることである。レイトレース の結果では、最小ビームサイズが10 µm (V) × 5 µm (H)で、強度が1.2 × 1013(photons/s)となると期待された。ビームサイズ変更は、仮想光源のサイズ変更・試料位置のデフォーカス点への移動・縦集光ミラーの角度変更を組み合わせて行い、最大50 µm (V) × 50 µm (H)、強度 5.4 × 1013(photons/s)のビームが得られる計算であった。

 図4は新しく導入した回折計と検出器の写真である。ビームの微小化に伴い振動が回折データ精度に与える影響がより深刻になることから、回折計は石定盤上に設置している。また、試料のデフォーカス位置への並進に追従するため、吹き付け低温装置ノズル部は回折定盤上にクランプし、サンプルチェンジャーSPACEも回折定盤上に設置した。新しく導入した検出器は、DECTRIS社製のPILATUS3 6Mで、最高フレームレート100 frame/s、デッドタイム0.95 msで読み取り可能である。JASRI制御・情報部門で開発されたBlanc8を用いて検出器と回折計の同期制御を構築し、最高100 frame/sでの高速データ測定や高速ラスタースキャンを行う環境を整えた。

 本高度化後のコミッショニングは、2014A期の最初に延べ3週間のビームタイムを用いて行う。その後、2014年5月中旬よりユーザー利用を開始する。


図3 集光光学系のスクラップ・アンド・ビルド
(上)古いビームラインレイアウト、(下)新しいビームラインレイアウト、青で示したコンポーネントを赤で示すコンポーネントに改造した。


図4 回折計・検出器の高度化


(新しいピンホールコリメータシステムの導入)

 前項で述べた抜本的な高度化によりビームラインの性能の向上を図った一方で、2013A、B期のユーザー運転のための高度化として、新しいピンホールコリメータシステムの導入も行った。

 2013B期まで使用していた光学系(図1)で得られる試料位置でのビームのサイズは、80.2 µm (水平) × 22 µm (垂直)(FWHM)であり、そのままでは、数十µm以下の微小結晶からSNの良い回折データ測定を行うことができない。そのため、APSで開発されたミニビームのコンセプト[4]に習い、試料直前のピンホールで整形することで最小10 µmの微小ビームを提供してきた。しかし、2012年度まで使用していたピンホールコリメータは、ピンホール部とその寄生散乱を抑制するガードパイプが一体となった形状をしていたため、ガードパイプの長さを十分にとることができず、低角分解能が低く、バックグラウンドも高いという問題があった。これ以外にも、ピンホールの位置調整に時間がかかることや、ユーザーが触れて破損させることも数回あった。そこで、これらの問題を解決するため、ピンホール部とガードパイプ部を切り離した新しいコリメータシステムを導入した(図5(a)〜(c))[5]

 ピンホール部は、タンタル製のピンホールと、それを挟み込んで固定するカバー部、および、ベース板から形成される(図5(a))。様々な測定試料サイズに対応するため、直径10,20,30,50 µmの4種類のピンホールを装着している。ガードパイプ部は、長さが30 mmであり、その先端に直径100 µmのピンホールが取り付けられている。パイプ先端から試料までの距離は僅か6 mmであるため、寄生散乱の広がりを十分に抑制することができる。このため、ビームストップのサイズを直径2 mmから0.5 mmに小さくし、さらに、これまでよりも数cm試料に近い位置に設置しても、ピンホールの寄生散乱を止めることができるようになった。この結果、低角分解能が向上するとともに、バックグラウンド散乱を低減することができた。


図5 新しいピンホールコリメータシステムの写真
(a)ピンホールユニット部の構成、(b)同軸顕微鏡で試料観察する時の写真。視野を遮らないようにピンホールユニット・ガードパイプが退避している。(c)測定時の写真


 図6に各ピンホールで成形したビームの形状を示す。また、図7は試料位置でのビーム強度である。最小10 µmのピンホールを用いた場合でも、12.4 keVのX線で6 × 1011(photons/s)の高フラックスビームが利用可能であることを示している。このコリメータシステムの利用は2013B期までで終了したが、コリメータ調整の簡素化、ビームサイズの切り替え速度の向上、バックグラウンドの低減、低角分解能の向上などの数多くの効果があり、導入のメリットは非常に大きかった。

 本高度化は、インハウス課題2013A1900, 2013B1919、および成果公開優先利用課題 2013A1001, 2013B1005の一部を利用して実施した。


図6 新しいピンホールコリメータで得られるビーム形状
図中の数字はピンホールの直径を示す。各ビームのサイズは、小さい方から15.1 µm × 13.6 µm、 21.2 µm × 17.3 µm、24.9 µm × 18.4 µm、44.5 µm × 21.4 µm(FWHM、H × V)である。


図7 試料位置でのビーム強度


(分光器液体窒素冷却システムの導入)
 ビームの更なる安定化・分光器調整の簡素化を目的として、2012年度の冬期停止期間中に、分光器結晶の冷却方式を水による直接冷却から液体窒素による間接冷却に変更する改造を行った(図8)。


図8 新しく導入した液体窒素循環装置(左)、および、改造を行った分光器(右)


 2013A期の立ち上げ時にコミッショニングを行った結果、同様の分光器を用いている他のビームラインと比べ強度の揺らぎが1.5倍程度大きいことがわかった。また、試料位置で、振幅約5 µm・周期約1分の上下のビーム振動も見られた。2013年5月の停止期間中に真空チャンバー内の液体窒素配管を交換したところ、他と同程度にまで強度の揺らぎを抑制できた。また、試料位置での上下のビーム振動は断熱用ヒーターの出力揺らぎに起因していることがわかり、ヒーターの制御パラメーターを最適化することで抑制できた。本高度化は、インハウス課題2013A1900を利用して実施した。


謝辞

 分光器結晶の液体窒素冷却化、および、集光光学系の高度化にあたっては、JASRI光源・光学系部門の竹内智之博士、山崎裕史博士、仙波泰徳博士、湯本博勝博士、小山貴久博士、大橋治彦博士にお世話になりました。新しい集光光学系・回折計の制御系構築にあたっては、JASRI制御・情報部門の古川行人TLにお世話になりました。また、新しい光学系・回折計の仕様の決定・導入においては、理研 放射光科学総合研究センター ビームライン基盤研究部 生命系放射光利用システム開発ユニットのメンバー各位にご協力いただきました。本高度化の一部は、文部科学省「創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業」の助成を受け実施しています。


参考文献

[1] R. Kanai, H. Ogawa, B. Vilsen, F. Cornelius & C. Toyoshima, Nature, 502, 201-206 (2013).

[2] L. Sun, X. Zeng, C. Yan, X. Sun, X. Gong, Y. Rao & N. Yan, Nature, 490, 361-366 (2012).

[3] K. Harris, Q. Sun, S. Sato & M. Fujita, J. Am. Chem. Soc., 135, 12497−12499 (2013).

[4] R. F. Fischetti, S. Xu, D. W. Yoder, M. Becker, V. Nagarajan, R. Sanishvili, M. C. Hilgart, S. Stepanov, O. Makarov & J. L. Smith, J. Synchrotron Rad., 16, 217–225 (2009).

[5] K. Hasegawa, N. Shimizu, H. Okumura, N. Mizuno, S. Baba, K. Hirata, T. Takeuchi, H. Yamazaki, Y. Senba, H. Ohashi, M. Yamamoto & T. Kumasaka, J. Synchrotron Rad., 20, 910-913 (2013).



ⒸJASRI


(Received: September 1, 2014; Early edition: November 28, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)