SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section C : Technical Report

高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2の現状(2014)
Present Status of BL04B2 (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.116
2010B2015, 2011A2050, 2011A2051, 2011B2086, 2011B2087, 2012A1837, 2012B1974, 2012B1975, 2013A1897, 2013B1914 / BL04B2

小原 真司、平尾 直久、大石 泰生、藤原 明比古

Shinji Kohara, Naohisa Hirao, Yasuo Ohishi, Akihiko Fujiwara

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・構造物性Ⅰグループ

Materials Structure GroupⅠ, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 BL04B2は偏向電磁石を光源としたビームラインで、SPring-8の特徴の一つである37 keV以上の高エネルギーX線を用いた回折・散乱実験が行われている。2013年度における主な高度化は、オフラインにおけるガス浮遊炉の整備、低温液体実験用音波型浮遊装置の整備、高スループットCdTe3連装検出器システムの整備である。


キーワード:高エネルギーX線回折、X線Pair Distribution Function(PDF)解析

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL04B2/instrument/lang/INS-0000000417/instrument_summary_viewを参照)

 光源は偏向電磁石で水平方向の発散は0.73 mradに制限されている。本ビームラインでは、高エネルギー領域でエネルギー分解能よりも強度重視の集光光学系を実現するため、水平1枚振りの湾曲分光結晶を採用した。結晶のブラッグ角は3°に固定されているため、結晶面を変更することによりのみエネルギーを変更することができる。現在では、Si (111) (37.8 keV, 113.4 keV) およびSi (220) (61.7 keV) が利用できる。光源から46 m下流に設置された結晶の曲率半径は320 mから430 mまで変更でき、集光点は実験ハッチ内の分光結晶から10-15 mの間で調整ができる。

エネルギー Si (111) : 37.8, 113.4 keV
Si (220) : 61.7 keV
エネルギー分解能 ΔE/E = 10-3(モノクロメーターから15 m下流位置でのデータ、
モノクロメーター上流でのビームサイズ : 0.2 mm (縦) × 4 mm (横))
フラックス 37.8 keV : 7.1 × 1011
61.7 keV : 9.2 × 1010(蓄積電流100 mAの条件)
ビームサイズ(半値全幅) 37.8 keV : 0.220 mm, 61.7 keV : 0.375 mm
(モノクロメーター上流でのビームサイズ : 0.2 mm (縦) × 4 mm (横))

図1に、光学系・実験ステーションレイアウトを示す。


図1 BL04B2光学系・実験ステーションレイアウト


使用できる実験装置は、以下のとおりである。
(1)X線PDF解析用二軸回折計
(2)高圧実験(小角散乱/ダイヤモンドアンビルセル)用イメージングプレート(IP)回折計

 X線PDF解析用二軸回折計においては、測定した実験データの構造因子S(Q) への規格化や実空間へのフーリエ変換等が簡便にできるソフトが整備されている。


Ⅱ.利用状況

 2013A期2013B期合わせて41課題が実施された。採択率は、2013A期、2013B期それぞれ、58.8%、56.7%であった。装置別に見てみると両期において、88.1%がX線PDF解析用回折計の11.9%がIP回折計の課題であった(図2(a))。分科別に見ると、D6a非晶質・D6b不均一系が全体の88.9%を占め、その他を、D1a無機系結晶、D2b地球科学、I産業利用が占め、X線PDF解析が分野を問わず、明瞭なブラッグピークを持たない材料に適用され、企業からのユーザーおよび成果専有課題も増えつつあることを反映している(図2(b))。また、課題種別に見ると一般課題の比率が高いが成果専有課題等企業や産業応用に関連した課題の割合が増してきたと言える(図2(c))。


図2 全課題に対する(a)各装置の課題数の割合、(b)各分科会での採択課題数の割合、(c)課題種の割合


Ⅲ.高度化の実施内容と成果

(1)オフラインガス浮遊炉の整備

 BL04B2では2000℃以上の超高温融体のX線PDF解析を行うために、不活性ガスで試料を容器なしで浮遊させ、CO2ガスレーザーの加熱により試料の融解を行うガス浮遊炉の整備を行ってきた(図3)。2013年度は、ビームラインにおける回折実験の前準備を円滑に行うことを目的とし、BL04B2実験準備室にオフラインガス浮遊炉を整備した。


図3 BL04B2実験ハッチに整備された無容器ガス浮遊装置の模式図
CO2ガスレーザーで加熱融解された試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊され、高エネルギー放射光X線を照射し、回折実験を行う。写真は浮遊している高温酸化物融体。


 図4にBL04B2実験準備室に整備されたオフラインガス浮遊炉を示す。本システムは、遠隔操作により安全に実験が行えるよう、遮蔽、インターロック等が完備されたシステムである。このオフラインガス浮遊炉があれば、ビームラインでの実験中にも次の実験試料の準備あるいは浮遊の条件を探索することができることから、超高温の無容器実験の実験効率の大幅な向上が実現できる。また、本システムは移動することも可能であり、SPring-8/SACLAでの他の放射光実験でも利用することも考慮されている。


図4 BL04B2実験準備室に整備されたオフラインガス浮遊炉


 ビームライン用浮遊炉を含めた無容器炉の高度化のために、インハウス課題2010B2015(装置の立ち上げ)、2011A2050(最高到達温度の確認)、2011A2051(試料浮遊用ガスが誘起する装置のバックグラウンドの評価)、2011B2087(繰り返し測定の信頼性の評価)、2012B1974(200 W CO2レーザーの導入)を実施した。その結果、集光レンズを用いた場合は最高到達温度が2900℃であることが確認できた。また、200 W CO2レーザーを導入することにより集光レンズを利用することなく、より均一な加熱を行うことが可能となった。この均一な加熱は揮発性の高い液体の実験に非常に有効であることが確認できた。試料浮遊用ガスが引き起こすバックグラウンドについてガスの種類をアルゴン、酸素、空気と変化させて比較してみたところ、BL04B2のX線のエネルギーが60 keV以上と高いことからガスの違いが引き起こすバックグラウンドの有意な差は観測されなかった。無容器回折実験は、液体の揮発性が高い場合は長時間測定(たとえば1スキャン1時間)を繰り返すと、液体試料体積の減少による回折データの変化が観測され、1回の測定は20分以内にする必要があることが分かった。しかしながら、これはあくまでも試料の揮発性に依存しており、現在のように200 W CO2レーザーの導入で過冷却液体を安定に保つことができるようになると、繰り返し測定の再現性はさらに向上すると考えられる。


(2)中・低温過冷却無容器液体用一軸音波浮遊装置

 前項で報告したとおり、2000〜3000℃の超高温の無容器液体実験環境は整いつつある。そこで、2013年度は、低温過冷却液体の実験環境の整備を行った。低温無容器液体の浮遊技術は米国Materials Development, Inc.社により、二つのトランスデューサーから発する音波により浮遊させる手法が確立されており[1]、Materials Development, Inc.社製の一軸音波浮遊装置(図5(a))および英国Oxford Instruments社製窒素吹きかけ式低温装置(図5(a))の導入を行った。本装置は調整中であるが、水・アルコールのような液体は容易に浮遊させることができ(図5(b))、制御可能な温度範囲は-50〜200℃である。今後、低温無容器液体のユーザー実験が基礎から応用まで広く行われていくと考えている。さらに、おもに中・低温の水・水溶液、有機溶媒用の一軸音波浮遊装置と高融点酸化物・金属用のガス浮遊炉を組み合わせれば、-200〜3000℃という非常に広い温度範囲の無容器実験をカバーできることになる。また、本装置もガス浮遊炉同様、BL04B2以外での利用を考慮されており、液体の構造・物性研究をSPring-8/SACLAのビームラインを横断的に利用して展開することができる。


図5 一軸音波浮遊装置および窒素吹きかけ式低温装置(a)と浮遊する水、発泡スチロール(b)


(3)中温領域をカバーする吹きかけ式加熱装置の整備

 前述のように、高温・低温の無容器液体の実験環境は整いつつあるが、その中間の温度領域である室温〜1000℃領域の液体および結晶の回折実験をカバーしているのが株式会社リガク製の白金ヒーターを用いた電気炉である。本電気炉では内径が2-4 mmのパイレックスガラスや石英ガラスに試料を封入して実験ができるようになっている。この電気炉を用いた液体のX線PDF解析実験はこれまでも行われてきたが、近年X線PDF解析は結晶にも適用されるようになってきた。結晶の回折実験を行うためには配向等の影響を無くすために試料を回転させることが望ましいが、ヒーター線と炉心を使った電気炉でそれを実現するのは困難である。また、液体の散乱が微弱な場合はS/Nを向上させるために、肉厚の薄い壊れやすいガラス容器を用いる場合はあるが、このような場合は試料容器を吹きかけ式のガスで加熱する手法が最適である。そこで、吹きかけ式ヒーターの開発(2011B2086)を行った。さらに、実空間での結晶構造の温度による変化がどのようなものであるかを調べるために、結晶構造の温度依存性のX線PDF解析の試験的測定(2012A1837)を実施した。

 図6(a)に二軸回折計にインストールされた吹きかけ式ヒーターを示す。ヒーターは工業用ヒーターをそのまま流用した。試料の温度を正確に測定することは困難であるが、実験終了後に試料をホルダーから外し、光軸上に熱電対を置くことにより測定した。本装置の最高到達温度は600℃であることが確認できた。図6(b)に試験的に測定した43℃における水の構造因子S(Q) を示す。試料容器は内径2 mm、肉厚10 μmの石英ガラスであるが、S/Nの良いデータが取得できている。この回折計の試料ホルダーをモーターにより回転させることにより結晶材料の高温実験にも適用できるようになっている。


図6 BL04B2二軸回折計にインストールされた吹きかけ式ヒーター(a)と43℃における水の構造因子S(Q)(b)


 図7に株式会社リガク社製の高温炉を用いて測定されたZnO微粒子の全相関関数T(r) を示す。測定は、室温から吹きかけ式ヒーターの最高到達温度である600℃まで行ったが10 Åまでの中距離において明確な温度依存性が観測された。1.97 Åに観測されるZn-O相関は高温になっても大きな変化が観測されず、ZnO4四面体が高温で安定なことが分かる。一方で、3.23 Åに観測されるZn-Zn相関は高温ではピークがブロードになっており、こういった変化を直接実空間で観測できるX線PDF解析の優位性を示すデータが取得できた。


図7 湿式法により合成されたZnO微粒子の全相関関数T(r)


(4)高スループットCdTe3連装検出器システムの整備

 これまでBL04B2の二軸回折計では、精密な非晶質物質の回折データの取得を目的とし、X線PDF解析に不要な蛍光・分光結晶の高次光を除去するために、エネルギー分解能に優れたGe半導体検出器1台を用いてきた。その結果、非常に信頼性の高い回折データを取得することが可能となった[2]が、スループットには問題が残っていた。近年、前述の超高温融体の回折測定をはじめ、迅速に正確な回折データの取得に対する需要が高まってきたため、エネルギーの半値幅がGe半導体検出器の約2倍あるが、ほとんどの実験には十分であり、ハイスループットでコンパクトなCdTe半導体検出器を用いた3連装検出器システムの整備を試みた。図8に二軸回折計にインストールされた3連装CdTe半導体検出器を示す。本システムでは検出器を16°間隔で3台設置し、検出器1は0°〜16°を、検出器2は16°〜32°を、検出器3は32°〜48°をカバーする。したがって、回折計の2θ軸を0.3°〜17°まで操作すれば、0.3°〜49°までの角度範囲をカバーできることになる。その結果、従来のGe半導体検出器を1台用いた測定の半分以下に短縮することに成功した(スループットの向上の度合いは試料によって異なるために正確な値は算出できない)。今後、ユーザー実験において超高温や低温といった極限環境下での精密なX線PDFのデータがハイスループットで測定できる。

 本システムの整備のために、インハウス課題2012B1975(検出器ステージのアライメントの調整および角度のキャリブレーション)、2013A1897(検出器ステージのアライメントの調整および角度のキャリブレーションの再調整および検出器のキャリブレーション)、2013B1914(制御ソフトの改造)を実施し、ユーザー実験として使えるレベルの回折データを取得できることを確認した。


図8 BL04B2二軸回折計にインストールされた3連装CdTe半導体検出器(検出器2の2θ = 20°で撮影)


参考文献

[1] J. K. R. Weber, C. A. Rey, J. Neuefeind and C. J. Benmore, Rev. Sci. Instrum., 80, 083904 (2009).

[2] L. B. Skinner, A. C. Barnes, P. S. Salmon, L. Hennet, H. E. Fischer, C. J. Benmore, S. Kohara, J. K. R. Weber,
A. Bytchkov, M. C. Wilding, J. B. Parise, T. O. Farmer, I. Pozdnyakova, S. K. Tumber and K. Ohara, Phys. Rev. B, 87, 024201 (2013).



ⒸJASRI


(Received: August 31, 2014; Early edition: October 31, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)