SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section C : Technical Report

BL17SUにおける光電子顕微鏡の現状(2014)
Present Status of Photoemission Electron Microscope in BL17SU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.163
2008A1430 / BL17SU

小嗣 真人、大河内 拓雄

Masato Kotsugi, Takuo Ohkochi

(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・応用分光物性グループ

Hard X-ray Spectroscopy Group, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 BL17SU軟X線ビームライン(理研・物理科学ビームラインⅢ)のAcステーションには、分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡(Spectroscopic PhotoEmission and Low Energy Electron Microscope: SPELEEM)が設置されている。光電子顕微鏡は表面から放出された光電子の空間分布を数10 nmの空間分解能で直接可視化できる電子顕微鏡の一種である。BL17SUの高輝度軟X線とSPELEEMの高い空間分解能を組み合わせることで、試料の微細構造、組成分布、電子状態、磁区構造を取得することができるため、これまでレアメタルフリー磁性材料から、グラフェンエレクトロニクス、あるいは惑星科学の分野まで、幅広い分野で活用されている。本稿では、SPELEEMの基本原理について述べた後に、最近行った主な高度化について紹介する。


キーワード:光電子顕微鏡、軟X線イメージング、局所電子状態解析、磁区マッピング


Ⅰ.基本原理と装置性能

(JASRI共用ステーションのレイアウトおよび詳細は、http://www.spring8.or.jp/wkg/BL17SU/instrument/lang/INS-0000000462/instrument_summary_viewを参照)

 近年のグリーンナノテクノロジーの活発化を背景に、ナノ領域における物質機能の解明が社会的に強く求められている。光電子顕微鏡(PhotoEmission Electron Microscope: PEEM)は、試料表面から放出される光電子の空間分布を、数10 nmの空間分解能で直接スクリーンに投影することができるため、試料表面の形状のみならず、化学結合状態、組成分布、結晶構造、磁区構造などの情報を一度に取得することができる。このことからグリーンナノ材料の物性を可視化する上で威力を発揮する。

 SPring-8のBL17SUのAcステーションには、このようなPEEMとしてELMITEC社製の分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡(SPELEEM)が導入されている。BL17SUでは300〜1800 eVの広いエネルギー帯の軟X線が利用できる[1,2]。放射光はSPELEEM装置の上流に設置された後置鏡で集光され、約20 × 20 µm(試料上のフットプリント)のスポットサイズとなる[3]

 図1に、SPELEEMの外観とレンズ系の概略を示す[4-6]。放射光によって試料から放出された光電子は、対物レンズとの電位差(20 kV)により加速され、ビームセパレーターを通過後、10枚の投影レンズ系で加速と減速を繰り返すことで拡大される。最終的に、試料表面における光電子放出強度分布が、二次元像としてスクリーン上に投影される。測定視野径は各レンズの磁場強度を調整することで100 µm〜5 µmまで適宜切り替えることができる。


図1 SPELEEMの外観とレンズ系


 投影レンズ系には、制限視野アパチャー、コントラストアパチャー、エネルギースリットが装備してあり、それぞれ、空間情報、放出角度、運動エネルギーの選別が可能である。特に、コントラストアパチャーとエネルギースリットは球面収差と色収差を抑え、空間分解能を向上させる目的で頻繁に利用される。SPELEEM装置で用いられる磁場レンズの収差は、静電レンズ型PEEMに比べて、球面収差が1/10、色収差は1/4と小さいことから、高い空間分解能を実現する上で有利である[7]


 図2(a)、(b)にCoPtナノドットを用いて空間分解能評価を行った例を示す。試料はCo80Pt20を電子線リソグラフィーで加工したもので、ドットサイズが50 nm、ドット間隔は200 nmで作成してある。本測定では、光のエネルギーはCoのL吸収端(778 eV)に設定し、実空間測定を行った。分解能を高めるため、コントラストアパチャーとエネルギースリットを挿入した。信号強度低下と試料位置ドリフトによる像のぼけを抑制するため、ドリフト補正技術を活用した。数秒露光の測定を100回程度繰り返し、解析的に位置ドリフトを補正した後、画像を積算する技術である。ドリフト量は、画像間の自己相関係数を算出することで得られ、これより求めたドリフト量を補正、積算することで高分解能画像を取得している。このような実験と処理の結果、到達分解能として22 nmが得られている。


図2 ナノドットを用いた空間分解能評価


 また光源として低速電子線を用いた場合は色収差が抑えられるため、さらに高い8 nmの空間分解能が得られる。また後述する磁気円二色性(MCD)を用いた磁気イメージングでは、ドットサイズ100 nmのCoPt磁気ドットの磁区構造を実際に取得することができ(図2(c))、磁気力顕微鏡(MFM、図2(d))と同等の空間分解能で磁区構造が得られた。なおMFMでは試料から漏れる磁力線を検出しているが、PEEMでは磁性元素を直接励起しているため、試料そのものの磁気情報を取得できるのが大きな特徴である。またPEEMで観測しているのは二次電子であり、PEEMの検出深度は概ね5 nm程度となる[7]


 SPELEEM装置では、このような実空間観察に加えて、放出角度分布やエネルギー分散の測定も可能となっている。放出角度分布測定モードでは、バンド分散や、低速電子線回折像を得ることができ、エネルギー分散測定モードではX線光電子分光(XPS)を測定することができる。SPELEEM装置では、これらの測定を視野制限アパチャーによって指定した微小領域(視野径 9 µm、4.5 µm、0.9 µmを選択可)について行えるのが特徴である。そして、本装置では高輝度軟X線による測定が主に実施されるが、電子線(0〜500 eV)や水銀ランプ(4.9 eV)も利用できるため、3種類の光源を適宜切替えながら、複合的な解析を進めることができる。このように、高い空間分解能に加えて、3種類のイメージングモード、3種類の光源を自由に切り替えて実験できるのが、一般の装置には無い大きな特徴と言える。


 次に、最も頻繁に利用される、X線吸収およびMCDについて説明する。PEEMで捉える二次電子の強度は、X線吸収強度と経験則的に比例関係をとることから、X線吸収微細構造(XAFS)と等価な情報を画像として取得することができる。X線のエネルギーを掃引しながら連続的に画像測定することで空間分解XAFS測定が実施できる。また吸収端でのMCD(円偏光に対する吸収係数の差分)を利用して磁区構造を得ることができる。吸収端を元素毎に変えてMCD測定すれば、元素選択的に磁区構造を測定できる。XAFSおよびMCDーPEEMの典型例として、図3にFeNi超薄膜で得られたXAFSスペクトルおよび磁区構造を示す。FeのL2,3吸収端近傍で放射光のエネルギーを掃引しながら連続的に画像測定することで、XAFSスペクトルを取得した(図3(a))。また放射光のエネルギーをFeのL3吸収端に合わせて、左右円偏光X線による一対の画像を測定し、その差分を算出することで、磁区構造を得た(図3(b))。


図3 PEEMによるXAFSおよび磁区構造の測定例


 本装置で磁区構造観測を行う際の注意点は、放射光の入射軸が、試料表面に対して16°の角度になっていることから、面内磁化に敏感な測定となることである。面直磁化の同定には、試料を面内回転させながら、磁区コントラストの角度依存性を追跡する必要がある。


 次にSPELEEM装置に装備されている付加設備について述べる。SPELEEMの試料ホルダーの内部には加熱用のフィラメントを具備しており、高温でのPEEM観測を行うことができる。現在は室温から1900 Kの範囲で加熱を行うことができる。ただし温度変化に伴うマニピュレーターの膨張により、試料と放射光の相対位置のドリフトが生じるため、温度が安定化するまで時間を要することに注意したい。

 本装置には簡易的な蒸着源として、Pb、Auが利用可能であり、また2本の電子ビーム加熱式蒸着源(ソースは適宜取り替え可能)が装備されている。このほかにもガスの導入源、スパッタイオンガン、質量分析器(Q-Mass)が利用できることから、様々な表面界面現象を追跡可能となっている。また現在は科学研究費補助金若手研究(A)の支援によりパルスレーザー蒸着源の整備を進めているところであり、今後より多様な膜生成を実施する。


Ⅱ.利用状況

 SPELEEMステーションの利用枠(JASRI課題枠)は、BL17SUビームライン全体の利用枠の20%を上限として共同利用に解放されている。SPELEEM以外の実験ステーション(軟X線発光分光装置、高分解能光電子分光装置、軟X線回折装置、表面科学実験ステーション、bブランチのフリーステーション)も上記の共同利用枠内での実験が可能であるが、申請に当たっては、理研のビームライン担当者と事前相談が必要である。2013A期は6課題(60シフト)、2013B期は7課題(69シフト)が実施された。図4に2013年度におけるSPELEEMステーションのシフト数に基づく利用状況を示す。SPELEEMステーションでは、このような高い空間分解能と多彩な分光モードあるいは外場応答によるオペランド解析技術を活用し、磁性材料[8]やグラフェンといったナノ材料から、隕石のような惑星科学まで分野横断的な利用研究が行われている。この傾向は、近年の顕微分光技術と放射光の持つ元素選択性の有効性が様々な分野の研究者に広く知られるようになったことも一因と考えられる。今後も、多様なニーズに対応すべく、外場導入機構を中心とした高度化を精力的に進めていきたい。


図4 2013年度SPELEEM全採択課題中の研究分野の分布(シフト数ベースでの統計)。


Ⅲ.高度化の状況(外場印加サンプルホルダーの開発)

 PEEM装置の大きな特徴は「投影型」のレンズ系にある。走査型顕微鏡とは異なり、一度の露光で空間分布を取得できるため、試料表面の動的変化をリアルタイムで追跡することが可能であり、オペランド顕微分光のための絶好のツールといえる。このようなPEEMの特徴を先鋭化するべく、最近では外場印加への取り組みを始めているので、その高度化の現状について報告したい。


 電場・電流等の外場印加時の試料の電子/磁気状態の変化のオペランド測定を目的に、試料ホルダーの高度化を行っており、従来の試料ホルダーと互換性を確保しつつ、外場印加が可能なセットアップを考案した。図5に外場印加用試料ホルダーを示す。PEEMの標準型サンプルホルダーには、加熱と測温のために、4系統の電流導入機構がマニピュレーターに装備されているため、まずこれを活用することを出発点にした。そして、試料ホルダーに絶縁碍子を介して、4系統の接続端子を設置し、これを通じて電流印加および電圧印加が行えるようにした。絶縁碍子は、10 mm × 10 mm × 10 mmのブロック形状で、側面に4本のタップ穴を立てることで、電流導入端子を固定することができる。またカギ爪状の電流導入端子で接触することで、電気的な導通を取ることができる。現在、SPELEEM電源を活用することで、0〜1000 Vの静的な電圧印加と、0〜3 Aの静的な電流導入を行うことができる。


図5 外場印加用試料ホルダーの外観


 また試料の固定は、先述のカギ爪かカーボンテープを用いて固定することができる。PEEM測定時は試料面が下方向を向くため、落下の危険性があったが、先述の固定方式で落下が無いことも確認している。既に本試料ホルダーを用いて、グラフェンやスピントロニクス材料への展開が進んでいる。例えば、グラフェンを用いたデバイス構造のオペランド計測で、既に実測定に利用されている[9]。この実験では、グラフェン薄片とNi電極から成るデバイス構造を作成し、ゲートバイアス電圧を印加した際の、炭素K端のXAFS測定を行った。その結果、電圧に依存してスペクトルの構造が連続的に変化することが確認された。また場所に依存して、スペクトルが変化することも合わせて確認された。


 現状の問題としては、外場印加を行うための電源に制約があり、マイナス側への電圧印加に限定される点がある。これはSPELEEM電源の原理上の問題であるが、光電子を引き出すために、運転中は試料マニピュレーター側に-20 kVの電圧が印加されている。このことにより、外場印加電源も高圧ラックに格納し、-20 kVに浮いた状態で印加電圧を制御する機構が必要である。現在は既存の電源(試料加熱用のモノポーラー定圧電源)を流用することで電圧印加を行っているが、今後、利用実験の要望に応じた外場印加(正負電圧、DC・AC電流、DC・AC電圧、パルス電流・電圧)を可能にする電源を順次、導入予定である。


謝辞
 ビームラインの整備と運営をはじめ、安定的にビームを供給いただいた理化学研究所の大浦氏に感謝いたします。またCoPtナノドット試料を提供頂いた、秋田県産業技術センター(AIT)の近藤氏に感謝します。


参考文献

[1] H. Ohashi et al., AIP Conf. Proc., 879 (2007) 523.

[2] M. Oura et al., J. Synchrotron Rad., 14 (2007) 483.

[3] F. Z. Guo et al., Rev. Sci. Instrum., 78 (2007) 066107.

[4] A. Locatelli et al., J. Phys.: Condens. Matter, 20 (2008) 093002.

[5] E. Bauer et al., J. Elec. Spec. Rel. Phenom., 114-116 (2001) 975.

[6] T. Kinoshita et al., J. Phys. Soc. Jpn., 82 (2013) 021005.

[7] S. Anders et al., Rev. Sci. Instrum., 70 (1999) 3973.

[8] T. Ohtsuki et al., J. Appl. Phys., 114 (2013) 143905.

[9] H. Fukidome et al., Scientific Reports, 4 (2014) 3713.



ⒸJASRI


(Received: September 5, 2014; Early edition: October 31, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)