SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.1

Section C : Technical Report

BL13XU(表面界面構造解析)の現状 (2014)
Current Status of BL13XU (2014)

DOI:10.18957/rr.3.1.145
2011B2093, 2011B2095, 2012A1849, 2012A1851, 2012B1985, 2013A1018, 2013A1908, 2013B1920, 2013B1923 / BL13XU

田尻 寛男a今井 康彦b

Hiroo Tajiria, Yasuhiko Imaib

a(公財)高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門・構造物性Iグループ、
b同・ナノテクノロジー利用研究推進グループ

aMaterials Structure GroupⅠ, Research & Utilization Division, JASRI, bNanotechnology Research Promotion Group, Research & Utilization Division, JASRI

Abstract

 BL13XUは、X線の回折・散乱現象を利用して、固体表面や埋もれた界面の構造、そこに生成する低次元物質・ナノ物質の構造を原子レベルで評価・解析できる標準アンジュレータを光源とする共用ビームラインである。研究対象は、有機、無機にかかわらず結晶表面や界面が多くを占めるが、いずれの場合も非常に微弱な回折・散乱信号を高精度で検出する必要があり、ここに高輝度というアンジュレータ放射光の特長が生かされている。よく規定された金属、半導体結晶のみならず、酸化物結晶、有機結晶、触媒の表面層やその上に成長した薄膜構造を調べる利用者も増している。また、デバイス材料の局所歪み等をマイクロビームで計測する技術も利用できる。近年における主な高度化は、非対称分光結晶を利用した高フラックス光学系の構築、フィードバックシステムによる利用ビームの位置安定化、マイクロビーム回折装置の高度化である。


キーワード:非対称分光結晶、高フラックス光学系、ビーム位置安定化、屈折レンズ集光光学系、マイクロビーム回折用検出器

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I.基本性能と実験装置

(詳細は、 http://www.spring8.or.jp/wkg/BL13XU/instrument/lang/INS-0000000445/instrument_summary_viewを参照)

 光源は、SPring-8標準である周期長32 mm、周期数140の真空封止アンジュレータである。Si111反射を用いたSPring-8標準型の二結晶分光器が光源から50 mの位置に設置されており、通常、6.2 keVから30 keVの領域のX線が利用可能である。分光結晶の冷却には、液体窒素による間接冷却方式が採用されている。分光器下流の二枚の全反射ミラーで高次光を除去できる。下流ミラーは湾曲させることができX線の集光機能がある。利用時のビームサイズは100 µmが標準的であるが、X線屈折レンズを利用した集光光学系を用いれば、数 µmサイズのビームも利用可能である。マイクロビーム回折装置では数100 nmサイズのビームが利用できる。表1に利用実績に基づくビーム性能を示す。


表1 利用実績に基づくビーム性能

エネルギー領域 6.2〜30 keV (Si111)
エネルギー分解能 ΔE/E〜10-4
フラックス 標準光学系:6×1013 ph/s
高フラックス光学系:1.2×1014 ph/s
(共にX線エネルギー 12.4 keV、最大開口条件)
マイクロビーム光学系:107〜1010 ph/s
(X線エネルギーと利用ビームサイズによる)
ビームサイズ(半値全幅) 水平:2 µm (屈折レンズ)〜2.0 mm程度
垂直:2 µm (屈折レンズ)〜1.5 mm程度
マイクロビーム光学系:
水平:0.15 µm〜1 µm
垂直:0.11 µm〜0.3 µm

 使用できる実験装置としては、主に以下のものがある。
(1)高精度多軸回折装置(第1実験ハッチ)
(2)超高真空表面X線回折装置(第3実験ハッチ)
(3)マイクロビーム回折装置(第3実験ハッチ)

 図1に、光学系レイアウトおよび光学系・実験装置の概要図を示す。分光器には、標準のSi111対称分光結晶に加え、高フラックス光学系を実現するSi111非対称分光結晶が新たに導入された。高精度多軸回折装置および超高真空表面X線回折装置では、既にX線屈折レンズによる集光光学系が利用可能である。さらに、マイクロビーム回折装置では、高エネルギーX線(30 keV)を集光可能な屈折レンズが導入され、同装置検出器(一次元、二次元)の最適化も実施された。第2実験ハッチは利用者持ち込み装置による実験に供される。平成26年度には、ナノビームのX線回折・散乱計測への利用促進にむけ第4実験ハッチが建設される予定である。


図1 BL13XU光学系レイアウトと光学系・実験装置の概要図


Ⅱ.利用状況

 2013A期から2014A期まで三期合わせて50課題が採択された。採択率は、2013A期、2013B期、2014A期それぞれ、76.0%(全BL平均 68.8%)、46.4%(同 64%)、65.4%(同 68.8%)であった。採択課題の28%が新規利用者によるもので、利用者の新陳代謝も活発である。図2に採択課題の各種集計データを示す。

 課題種(図2 (a) )でみると、萌芽的研究支援課題が近年増加傾向にある。審査分科(図2 (b) )はD6(不均一系、非晶質)が過半数を占める。主要装置の利用率(図2 (c) )では、汎用性の高い高精度多軸回折装置が半数を占め、マイクロビーム回折装置は利用者が近年増加した。超高真空表面X線回折装置は、その場観察の実験準備に実験ハッチを占有する必要があり割合が少なめになっている。今後の高スループット化が待たれる。また、研究分野(図2 (d) )としては、これまで大多数であったX線回折・散乱による薄膜・ナノ物質の構造評価、表面界面構造解析、デバイス材料解析に加え、時間分解X線回折による薄膜解析やX線異常散乱法を用いて非晶質の解析を行う利用者も増えてきており、利用計測技術の多様化も進んでいる。


図2 採択課題数の割合。 (a) 課題種、(b) 審査分科、(c) 主要装置、(d) 研究分野。


Ⅲ.高度化の実施内容と成果

(1)非対称分光結晶を利用した高フラックス光学系の構築

 物質表面のわずか数原子層の構造と、その物性との関連を議論する表面界面の構造研究では、回折・散乱に与る関心領域のボリュームが圧倒的に小さいため(反射率にして10-11程度以下)、依然として、ビーム強度(フラックス)の向上が求められている。そこで、非対称分光結晶による高フラックス光学系を構築するために、インハウス課題2011B2093、2012A1851を実施、2012B1985、2013A1018、2013B1920において性能試験を行った。

 Si(111)面に対して表面をオフセットさせて加工すると、動力学的回折効果によって、分光結晶に対する入射ビームと出射ビームの回折幅(受け入れ角度幅)が変化する[1]。Si111対称反射の回折幅に比べ、アンジュレータ光の鉛直方向の角度発散は十分小さいとみなせるため、非対称反射によって受け入れ角度幅を広げると、より広いエネルギーの光を同結晶で一度に分光することができる(ワイドバンド分光)。図3 (a) に示すように、第一結晶を反射する光は、反射面で拡がりサイズが大きくなるが、第二結晶の表面のオフセット方向を逆にすることによって、元のビームサイズに戻すことができる。以上の原理で、非対称結晶により高フラックス化を実現できる。実際には、対称面および非対称面(4°と6°の二種のオフセット面)が利用できる三面一体型のSi(111)分光結晶を設計・作製した(図3 (b) )。これにより、対称面を利用した従来と同性能の分光結晶としても利用可能である。

 非対称反射では、1)結晶上でのビームのフットプリントが大きくなり、結晶への熱負荷が分散される、2)オフセット角によって、広いエネルギー範囲で強度利得をデザインできる、という二つの大きな利点がある。さらに、分離型でなく一体型形状をとることで、3)標準分光結晶である一面のみのシリコン結晶と同様の耐熱負荷性能が期待でき、4)対称面・非対称面ともに全く同一の格子面を利用するため、対称面と非対称面の切り替え・調整も容易、である。図3 (c) に、従来の光学系と高フラックス光学系のフラックスを比較したグラフを示す。それぞれ、青色の丸(1次光)と緑色の丸(3次光)が平行面の、赤色の四角が6°off面(1次光)の、ピンク色の四角が4°off面(3次光)のフラックスの実測値である。非対称面を利用した場合、対称面に対して最大2.5倍の強度利得が得られた。フロントエンドスリットは最大開口サイズの鉛直方向0.8 mm、水平方向1.0 mmとした。

 これまで、非対称結晶を用いたワイドバンド分光は、高い耐熱負荷性能が要求される第三世代放射光光源、とりわけアンジュレータ光源のX線分光ではほとんど報告がなかったが、一連のインハウス課題実施によって、その有効性が確認された。本ワイドバンド分光結晶とミラー集光システムや屈折集光レンズを組み合わせれば、他の第三世代放射光施設の表面回折分野ビームラインの光学系に比して、利用ビームを1桁近く高フラックス化できると考えられる。この計測基盤の高度化により、強度不足のため研究が滞りがちであったコヒーレント光やナノ集光ビーム、ナノ秒ビームを利活用した表面構造科学研究を最大2.5倍のスループットで推進できるようになった。


図3 (a) Si111非対称二結晶配置。(b) 結晶ホルダにマウントされた対称・非対称一体型分光結晶の外観。(c) 従来の光学系と非対称結晶による高フラックス光学系のフラックスの比較(実測結果)。


(2)フィードバックシステムによる利用ビームの位置安定化

 近年、BL13XUでは屈折レンズなどの集光素子を用いた微小ビームによる先端計測が実施されるようになってきた。この集光系では、100 µm程度のサイズの入射ビームを集光して、数 µmから数百 nmの集光ビームを得ることができる。2011年度には、山崎ら[2]によって、液体窒素冷却Si111分光器の縦方向の振動が従来の1/5程度まで低減され、実験ハッチに導入される入射ビームの鉛直方向のビーム位置の安定性は格段に改善された。一方で、水平方向については、1日で100 µm程度(集光系に入射するビームサイズと同程度)の長期ドリフトが観測されている。入射ビームの位置安定化は、実験の高効率化および、精度向上には必須の案件である。

 そこで、インハウス課題2013A1908、2013B1923において、入射ビームの位置を安定化する光学系の高度化を行った。実験ハッチ内に設置したビーム位置モニタ(四つのSi PINフォトダイオード検出器からなる)の出力をもとに、分光器後の横振り二枚ミラーの内、下流ミラーの角度を自動調整することで水平方向のビーム位置安定化(ミラーによるビーム位置のPI制御によるフィードバック)を行う。図4に、ビーム位置モニタ後のビーム水平位置の時間変化を第3実験ハッチ(光源より72 m下流)で計測した結果を示す。X線エネルギーは8 keV、ミラー視射角は7.0 mradで、ミラーはRhコート面を使用した。フロントエンドスリットの開口は、0.3 mm角である。ビーム鉛直方向は、MOSTAB(分光器のビーム位置フィードバックシステム)により別途安定化している。ビーム水平位置の安定化システム無しの条件では、8時間で最大200 µm(ミラー角度にして19 µrad)のビームドリフトがみられる場合があったが、ミラー角度の最小制御量を0.1 µradとして同システムを動作させた場合、±1.7 µm(同±0.16 µrad)までビーム変動を低減できた。本高度化により、集光ビームの強度変動を数%程度にまで抑えた安定測定が実現できる。


図4 ビーム水平位置の時間変化。ビーム位置安定化システムを動作させた場合(青色)と動作させなかった場合(赤色)。


(3)マイクロビーム回折装置の高度化

 マイクロビーム回折装置の利用分野拡大にむけた高度化として、インハウス課題2012A1849にて高エネルギーX線を集光可能な屈折レンズを導入した。それに先立ち、インハウス課題2011B2095では、分光器の低振動化[2]後において、ゾーンプレート(ZP)を用いたマイクロビーム回折装置で実現できる最小ビームサイズを計測し、8 keVのX線エネルギーで垂直方向の最小ビームサイズ 0.11 µmが得られた。この値は、ZPのパラメーターから計算されるビームサイズの最小値であり、低振動化の効果が認められた。一方、水平方向は 0.2 µm程度にとどまった。なお、集光ビームの鉛直方向位置は、調整後1時間で1.4 µmほどドリフトするものの、その後は0.2 µm程度の変動に収まることが確認された。したがって、重要な測定は、集光ビーム位置が安定するZP調整後1時間程度後以降に実施すべきと思われる。

 屈折レンズの導入試験では、30 keVの高エネルギーX線の集光を行った。二枚のレンズを使用し、上流側に縦集光、下流側に横集光のレンズを配置し二次元集光した。焦点距離の設計値は、それぞれ200 mm、100 mmである。測定したビームプロファイルを、図5に示す。半値全幅(FWHM)で、鉛直方向、水平方向共に1.8 µmまでビーム集光できている。仮想光源である第1実験ハッチ内のスリット開口は、50 µm角であった。集光位置でのフラックスは 2.5×109 ph/sであり、同装置における一般的な回折実験に必要な要件を満たす。本高度化で高エネルギーX線を利用したマイクロビーム回折が計測可能となった。


図5 屈折レンズで集光した30 keVのX線のナイフエッジ法によるビームプロファイル
(a) 水平方向と (b) 鉛直方向。ビームサイズはローレンツ曲線によるフィットから算出。


 さらに、マイクロビーム回折装置の検出器を最適化するために、1次元マイクロストリップ型検出器MYTHEN(DECTRIS社)を導入した。積分型のCCD検出器とは異なり、単一光子計測型の検出器であり、読み出しノイズや暗電流が無いことが特徴である。導入したMYTHENはSiセンサーの厚さが1 mm、50 µm×8 mmの大きさのチャンネルが1280並んでおり、最大カウントレートは106 cps以上で、ダイナミックレンジは最大24 ビットである。図6にMYTHENと従来のX線CCD検出器で測定したSi004の逆格子マップを示す。測定条件はそれぞれ、MYTHENは1点10秒、0.002°刻み、±0.4°、カメラ長375 mm、測定時間1時間19分で、CCD検出器はビニング4×4、1点の露光時間10秒、0.002°刻み、±0.3°、カメラ長282 mm、測定時間1時間1分であった。MYTHENはCCD検出器に比べてダイナミックレンジが広い。したがって、MYTHENを利用すれば強度比の大きく異なる逆格子マップを高いS/N比で測定できる。一方で、一次元検出器であるMYTHENでは回折像を二次元像として直接観察出来ないため、測定対象はあおり角のずれが小さい試料に制限される。このため、回折角(2θ)方向の分解能を必要とする計測では、従来通りCCD検出器を用いる方が有利である。


図6 Si004の逆格子マップ (a) MYTHEN、(b) 2次元X線CCD検出器による測定結果。


参考文献

[1] K. Kohra et al., Nucl. Instrum. Meth., 152 (1978) 161.

[2] H. Yamazaki et al., J. Phys.: Conf. Ser., 425 (2013) 052001.



ⒸJASRI


(Received: August 27, 2014; Early edition: September 30, 2014; Accepted: January 16, 2015; Published: February 10, 2015)