Volume2 No.1
Section B : Industrial Application Report
ラジカル共重合反応により誘起されるポリジメチルシロキサン系ゲル中の相分離構造
Phase Separated Structure of Poly(Dimethyl Siloxane) Gel Generated by Radical Copolymerization
a(株)メニコン, b名古屋工業大学
aMenicon Co,. Ltd., bNagoya Institute of Technology
- Abstract
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コンタクトレンズ素材の中でも、素材への生体適合性を付与する親水性成分と高酸素透過性を付与する疎水性(シリコーン)成分からなるシリコーンハイドロゲルは、相分離構造を有すること、そのサイズが素材特性として重要であることが確認されている。今回、超小角、小角X線散乱法により詳細なサイズ測定を含む構造解析を行った。ハイドロゲル内部にはナノスケールの相分離構造が形成していることを確認でき、その相分離スケールが大きい方がレンズとしての高性能化に関与していることが明らかとなった。しかし透明性を維持するには、100 nm程度の相分離構造に制限することも重要である。
キーワード: ポリジメチルシロキサン (PDMS) 、小角散乱、ナノ構造解析
背景と研究目的:
眼用レンズの中でも、特に市場規模の大きいコンタクトレンズにおいては、昨今‘シリコーンハイドロゲル’と呼ばれる素材が市場を席巻しつつある。これらは、従来の2-hydroxyethyl methacrylateに代表される親水性成分と疎水性の高酸素透過性を有するシリコーン成分からなる共重合体である。本レンズに代表されるように、医療用具であるコンタクトレンズ素材においても、異種素材を組み合わせることで、異なる機能を同時に素材に付与することが可能となるハイブリッド型素材の開発が必須となっている。現在のコンタクトレンズ市場は、外資系製品比が急増しているが、その中にあって当社は、国内で製品開発した商品を世界市場に上市している。このような研究開発活動の中で、競合他社においては、開発効率を増すため各国の大型放射光施設を積極的に利用し、迅速な研究開発活動に努めている。本研究は、複雑化するハイブリッド素材の構造及びその形成過程の解明することを目的とするが、これらの結果を国内製商品のタイムリーな世界市場投入のために活用したいと考えている。
業界内において、第一世代とされるシリコーンハイドロゲルは、シリコーン成分と親水性成分の共重合体を光学製品に適用した画期的商品であった。なぜならば、シリコーン成分と親水性成分からなる共重合体試料の大部分は、白濁を呈し、光学特性を損なうものであり、親水性成分に両親媒性成分を使用したことが、相反する機能を素材に付与しつつ、光学製品に必須の透明性を維持することに成功したキーであったからである。これらの開発の中では、長時間の試行錯誤を繰り返してきた。各種原料を適宜組み合わせた原料の重合実験を行い、得られた重合体試料の中から、光学特性が劣る重合体を排除し、透明な素材を選択し、これらの機能評価を実施した上で、製品化材料の選択を実施してきた。最初の原料の組み合わせは経験則によるところが大きく、また透明性をもった材料の形成に関しては、偶然性によるところが大きかった。
小角X線散乱測定を用いたコンタクトレンズ素材の構造解析を試みることで、各機能と相関を持つ構造が予測できるようになった。現在、シリコーンハイドロゲル素材に関しては、既に、次世代素材が発売されつつある。これらは、第一世代と比較し含水率が高く、同時に酸素透過性も高い素材である。また、シリコーン成分を使用しながら、特別な表面処理をしなくても、水濡れ性が高いことが特徴である。これまで、これら素材の小角X線散乱測定を行うことで、各世代の シリコーンハイドロゲルに関する構造解析を進めてきた。測定対象である次世代のシリコーンハイドロゲル素材において、小角X線散乱測定の測定限界領域にあたるサブミクロン構造領域の構造に違いがあるという傾向が出てきた。
そこで、超小角X線散乱測定および小角X線散乱測定により、各世代のシリコーンハイドロゲル素材の相分離構造に関し、サブミクロンオーダーからナノオーダーまでの構造解析を試みた。これらのデータから、今後、構造と各重合体機能との相関を解明したいと考える。
実験:
両末端重合性官能基を有するポリジメチルシロキサン (PDMS) と種々の親水性モノマーのラジカル共重合体を合成し、測定試料とした。また現在、市販されている各種シリコーンハイドロゲルも測定対象とした。超小角散乱実験をSPring-8 BL19B2で行った。超小角散乱の測定条件は、カメラ長約43 m、入射X線のエネルギーは18 keV、検出器はPILATUS 2Mを用い、散乱ベクトルqの補正には、粒径が単分散のシリカ微粒子およびコラーゲンを用いて校正した。露光時間は5分とし、得られた2次元散乱パターンのデータから画像を円環平均することにより1次元散乱プロファイルを得た。乾燥状態と含水状態の各々の環境においた試料を測定に供した。
結果および考察:
現在、市販されている各種シリコーンハイドロゲルに関する超小角X線散乱測定結果を図1に示す。図1の小角散乱領域(散乱ベクトルの大きさq > 0.1 nm-1のデータ)の散乱プロファイルは他小角散乱ビームライン(SPring-8 BL40B2およびKEK PF 15A)で測定した結果を合わせたものである。散乱プロファイルにはq = 1 nm-1程度のブロードではあるが、ピークが観察される。PDMSとジメチルアクリルアミド (DMAA) モノマーからなるシリコーンハイドロゲルに形成される相分離構造はPDMSとDMAA成分の共連続ネットワーク構造であり、DMAA成分の割合の増加に伴い、形成されるPDMAA成分のドメインサイズが大きくなることがわかっている[1]。図1に出現するブロード(赤矢印)なピークはPDMS成分が親水性モノマーに対して過剰な状態で反応した際に形成される相分離構造の大きさに対応する。
図2にPDMSと2-hydroxyethyl methacrylate (HEMA) の重合により得られたシリコーンハイドロゲルのUSAXSおよびSAXSプロファイルを示す。試料の透明性は、重合時の溶媒添加量に依存し溶媒が多いほど透明性は高い。最上段のプロファイルは不透明であり、最下段の試料は透明であった。不透明な試料においては小角側(q < 0.2 nm-1)で散乱強度が増大しており、マクロスコピックに相分離している。散乱強度はq-4に比例しており親水性ドメインと疎水性ドメインとの明確な界面をもって相分離していることを意味する。不透明なシリコーンハイドロゲルにはq = 0.7 nm-1にショルダーが存在していることがわかる。透明性が高くなるにつれ、ピークは一つになる傾向にある。時間分割測定から小角側の散乱強度の増加率と広角側の肩の散乱強度の増加率を観察したところ、小角側の散乱強度の増加が先に起こっていることがわかった。別途、重合中の時間分割赤外吸収スペクトル (FT-IR) を観測したところ、親水性HEMAの単独重合性が高く、共重合が起こる前にPHEMA (Poly(2-hydroxy methacrylate)) が生成することがわかった。生成したPHEMAは未反応のPDMSと相分離を起こす。この相分離構造の大きさはマクロスコピックスケールであり、小角側の強度上昇に対応する。その後、HEMA成分が重合により消費されてきたところで遅れてPDMSの重合が進行していることがわかった (FT-IR) 。即ち広角側の肩はHEMAに対してPDMS過剰な条件で反応した際に形成される構造に由来するものであると結論付けられる。反応系中の各成分の反応性比が構造形成に影響を与えていることが明らかになった。
図1.1D USAXS and SAXS profiles of “silicone hydrogel” in dry and wet state
図2.1D USAXS and SAXS profiles of PDMS-l-PHEMA in dry state
次に、第一世代のシリコーンハイドロゲルと次世代のシリコーンハイドロゲルにおける構造的相違については、小角散乱領域では不明確であった。今回超小角散乱測定を実施したことにより、q = 0.1 nm-1程度の位置に明らかな相違が見られた。次世代のシリコーンハイドロゲル素材においては、60 - 100 nmオーダーの相分離構造が形成されていることがわかった。この領域の構造が、次世代製品としての高機能性につながる重要な因子であると考えている。特に次世代のシリコーンハイドロゲル素材の乾燥状態においては明瞭に二つのピークが観測された。これは重合における相分離構造形成過程において、前述したように反応の不均一性が存在するためではないかと推測している。大きな相分離構造の形成は、使用している親水性モノマーの違いに起因するものであり、親水性モノマーが連続的に連結したセグメントの持続長にも大きく依存することがわかった。ただし、さらに大きな相分離構造を形成するような系では、試料の透明性にかかわることが問題となり、もはやコンタクトレンズとしては利用できない。レンズ性能としての生体適合性を出すためには親水性シリコーン成分が不可欠であり、高酸素透過性を実現するためには疎水性シリコーン成分が不可欠である。これらの特性を最大限に発揮させるためには、透明な試料作製条件に必須である100 nm程度において、理想的な相分離構造を維持させることであり、その手法を確立することが重要と考える。
さらに、実際の使用環境に近い条件でのシリコーンハイドロゲルの構造解析として、含水状態 (wet) でのUSAXSおよびSAXS測定を行った。その結果、小角側のピーク強度が減少し、広角側の散乱プロファイルは若干変化するのみであることがわかる。小角側の散乱ピークが減少したのは、含水により膨潤し構造が消失したわけではなく、表1に示すように、親水性領域が水を含むことで疎水性ドメインとの電子密度差が減少したことによると考えている。電子密度はPDMS、親水性成分からなる高分子、および水の密度の実測から計算した値を用いた。親水性ドメインの電子密度は乾燥状態では、PDMSドメインより電子密度が高い。
しかし、親水性ドメインが含水状態を呈することで、水の電子密度が低いことと相対的な高分子濃度の低下により、親水性ドメインの電子密度が低下した結果ではないかと予想している。広角側のピークに関しても、親水性成分の関与はあるが、疎水性リッチであることから含水量が低いことにより電子密度低下の程度が小さいことによると考えている。これらの現象からも疎水性のPDMS成分がリッチな構造であると解釈できる。
表1. 各成分の電子密度
今後の課題:
今回得られた結果により、共重合体を作り出すモノマーの種類とPDMSとの共重合性や相溶性を因子として形成される構造に相違が現れることが分かった。定性的な解釈は得られたと考えているが、より定量的な構造解析を進めレンズ開発の指針としていきたい。
参考文献:
[1] K. Yamamoto, E. Ito, S. Fukaya and H. Takagi: Macromolecules, 42, 9561-9567(2009).
ⒸJASRI
(Received: April 5, 2012; Early edition: April 25, 2014; Accepted: July 3, 2014;
Published: July 10, 2014)