Volume2 No.1
Section B : Industrial Application Report
BL14B2におけるCs吸着土壌の化学状態分析技術の開発
Development of XANES Technique for Sorbed Cs in Soil at BL14B2
a(公財)高輝度光科学研究センター, b首都大学東京
aJASRI, bTokyo Metropolitan University
- Abstract
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福島第一原発事故によりCs 汚染された土壌などの浄化法研究の手段として活用すべく、BL14B2のXAFS測定システムを用いたXANES指紋法解析技術の開発を行った。汚染された土壌および生活木材のモデル物質を中心にCs-K吸収端およびLIII吸収端でXANES測定を行い、サンプリングおよび測定条件の洗い出しを行った。しかし、今回の試料ではCsが微量なため指紋法の解析に足るスペクトルは得られなかった。
キーワード: XAFS、XANES、微量元素、Cs、汚染、土壌、生活木材
背景と研究目的:
2011年3月11日の東日本大震災によって、福島第一原発から多くの放射性物質が周囲に飛散した。飛散した放射性物質は広範囲の土壌、植物などを汚染し、住民の安全をおびやかしている。現在、国民の安全な生活を確保すべく、早急な環境浄化のための研究が多数立ち上がり始めており、そのための分析技術としてXAFS測定にも実施要請が高まりつつある。特に、汚染物質であるCsの化学状態を解明することは、環境浄化方法の研究において強力な情報となる。このような状況から、浄化方法研究の迅速な成果創出に向けて、BL14B2のXAFS測定システム[1]を用いた土壌および生活木材中CsのXANES指紋法解析技術[2]の開発を行った。
実験:
(Cs系標準試料の測定)
BL14B2では、これまでCs系の標準データを持ち合わせていなかったため、Cs汚染試料の測定に先立ち、標準試料としてCs化合物の測定を行った。試料はCs2CO3、CsBr、CsNO3、Cs2SO4、CsCl、CsIの6種(ペレット整形)で、Cs-K(35.985 keV)吸収端およびLIII(5.012 keV)吸収端でのXAFS測定を行った。測定は透過配置で、モノクロメーターの結晶面は、Cs-K吸収端がSi(311)、Cs-LIII吸収端がSi(111)である。図1および図2に各々Cs-K吸収端およびLIII吸収端における標準試料のXANESスペクトルを示す。吸収元素の化学状態に対してはLIII吸収端の方が敏感に影響を受けるため、こちらを用いるのが適切である。一方、LIII吸収端のエネルギー帯域では入射X線強度が低く、加えて大気散乱等の影響を受けやすいため、十分なS/N比を得るのには不利である。特に、Cs汚染試料はCs重量比でppm以下であるため、ベンディング光源においては高エネルギー帯域のK吸収端を用いた指紋法技術開発が重要となる。
図1.標準試料のCs-K吸収端XANESスペクトル
図2.標準試料のCs-LIII吸収端XANESスペクトル
(Cs-K吸収端での結果)
出発物質として、Csを高濃度に設定したモデル物質を測定試料とした。現地土壌はクレイ(粒径20 μm以下の土粒子)を主成分とするスメクタイトである。Cs+はNa+とのイオン交換により土壌中に取り込まれ、すなわちCsの化学状態は単純な吸着状態とは異なると予測されている。このCsの化学状態の違いをXANESで捉えるため、平均粒径20 μmの人工スメクタイトである「SumectonSA」、およびクレイがほとんど含まれない「鹿沼土」の各々にCsCl水溶液を吸収させたものをモデル試料とした。また、家屋等の生活木材のCs汚染モデルとして、木片にCsCl水溶液を吸収させたものを準備した。表1に試料の一覧を示す。質量比ppmのバリエーションは、検出下限界の評価に用いた。Cs質量比は設計値であり、作製後の定量評価はなされていない。
測定は19素子Ge半導体検出器(19SSD)を用いた蛍光配置で行った。SumectonSAはガラス基板上に薄く伸ばしたものを斜入射配置(入射角1.6°)で、鹿沼土は粒径が大きく不均一で、ガラス基板に薄く伸ばすのが困難であったため、袋詰めにし、45°入射配置で測定した。木片試料はそのまま45°入射配置で測定した。モノクロメーターの結晶面はSi(311)を用いた。
表1.測定試料一覧
図3に木片30 ppmの蛍光X線スペクトルを示す。Cs-K吸収端ではコンプトン散乱が大きく、Cs-Kα線はその裾に位置するため、ppmオーダーの低濃度試料ではシグナルのS/B比を著しく低下させる。これは土壌試料でも同様である。
図3.木片30 ppm Cs-K吸収端における蛍光X線スペクトル(励起エネルギー: 37.1 keV)
図4にCs-K吸収端におけるXANESスペクトルを示す。比較のため標準試料の透過XANESスペクトルを合わせて表示している。酸素を含まない組成の標準試料は、明らかにCs汚染試料とスペクトル形状が異なるため省略した。SumectonSA 54%はサンプリング上の問題でCsClが析出した状態であり、XANESスペクトルはCsClそのもののプロファイルを示したため、図4からは除外している。測定時間は、SumectonSA 1%が2時間、鹿沼土30 ppmが13.4時間、木片30 ppmが5.4時間を要した。SumectonSA 1%はQuick XAFSを用いて測定を行った。低濃度の鹿沼土および木片は、長時間のため込みのためステップスキャン法を用いた。鹿沼土および木片は30 ppmより低濃度設定の試料ではCs蛍光X線を検出することができなかったため、30 ppmのみのXAFS測定となっている。SumectonSAと鹿沼土は吸着状態が異なるとされているが、XANESスペクトルは同様の形状を示し、化学状態の違いを見出すことができなかった。一方で、木片を含め、標準試料に近いスペクトル形状を示していることが見出された。これはCs原子の周囲にO原子が近接して存在している可能性を示唆している。各標準試料個別との詳細な比較を行うためにはEXAFS情報が必要であるが、これに耐えうる十分なS/N比を得るには、測定時間の増加や試料濃度・形状の調整などがさらに必要である。
図4.Cs-K吸収端におけるCs汚染試料のXANESスペクトル
(Cs-LIII吸収端での結果)
図5に木片試料30 ppmのCs-LIII吸収端におけるXANESプロファイルを示す。モノクロメーターの結晶面はSi(111)、測定は19SSDによる45°入射蛍光配置で、ステップスキャンを用いた。測定時間は2時間である。X線入射強度が弱く、大気散乱の影響を強く受けるため、指紋法に耐えられる十分なS/N比を得ることができなかった。一方、土壌試料は、主成分であるTiのK吸収端(4,966 keV)がCs-K吸収端の低エネルギー側に近接しているため、測定は不可能であった。
図5.Cs-LIII吸収端における木片30 ppmのXANESスペクトル
まとめと今後の課題:
指紋法においてはK吸収端よりLIII吸収端が適しているが、Cs-LIII吸収端はエネルギーが低く、ベンディング光源ではX線強度が得られないため、Cs-K吸収端を用いる必要がある。Cs-LIII吸収端の利用に関しては、挿入光源ビームラインの利用等を考慮すべきである。また、土壌試料では、主成分であるTiのK吸収端がCs-LIII吸収端と大きく重なるため、注意が必要である。
Cs-K吸収端における測定では、標準試料との比較から「酸素を含むCs化合物」に近いスペクトルであることが判ったが、各標準試料との詳細な比較のためには、EXAFS測定の実施が必要であると思われる。その為には、Cs濃度設定、斜入射傾向配置用に適したサンプリング法などを検討しなければならない。
今回の試料ではCs濃度のコントロールにばらつきが確認された。今後は試料作成後の定量評価を的確に行う必要がある。
参考文献:
[1] T. Honma, H. Ohji, S. Hirayama, Y. Taniguchi, H. Ofuchi and M. Takagaki, AIP Conf. Proc., 1234, 13 (2010).
[2] N. Yamaguchi, M. Nakano, H. Tanida, H. Fujiwara and N. Kihou, J. Environ. Radioact., 86, 212 (2006).
ⒸJASRI
(Received: April 5, 2012; Early edition: March 25, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)