SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

X線侵入深さ制御X線回折測定技術を用いたFeスケール相変態深さ分布によるスケ-ル剥離抑制技術の検討(4)
Depth-profile Analysis of the Constituents in Iron Oxide Scale by X ray Diffraction, Part 4

DOI:10.18957/rr.2.1.23
2011B1956 / BL19B2

大塚 伸夫a, 佐藤 眞直b, 土井 教史a, 日高 康善a, 東田 泰斗a

Nobuo Otsukaa, Masugu Satob, Takashi Doia, Yasuyoshi Hidakaa, Yasuto Higashidaa

a住友金属工業(株)総合技術研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター

aCORPORATE R&D LABS, SUMITOMO METAL INDUSTRIES, LTD., bJASRI


Abstract

 炭素を0.05%含む純鉄を大気中700°Cで9 min加熱し鋼表面に20 μm前後の厚みのFeスケールを生成させた試料について、多軸回折装置を用いてX線侵入深さ一定sin2ψ法によりFeスケールの残留応力深さ分布測定を室温で行った。Fe3O4とFeOでは圧縮応力が観察され、未変態スケールではFe3O4はスケール深部ほど圧縮応力が大きくFeOはスケール深さ方向で変化しなかった。ウスタイト変態によりFe3O4の圧縮応力はスケール表層よりも深い箇所で増加し、FeOではスケール表層で減少した。


キーワード: X線回折、Feスケール、ウスタイト変態、残留応力測定、多軸回折計


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背景と研究目的:

 熱処理時に鉄鋼材料表面に生成するFeスケール(酸化皮膜)は高温からの冷却途中で容易に剥離し、耐食皮膜として活用できないことが多い。スケールの密着性を向上させることでスケール剥離を抑制できれば、常温で環境遮断機能に優れたFeスケールを創製可能になる。Feスケールが剥離する原因はFeスケールと地鉄との熱膨張差により冷却時にFeスケールに熱応力が発生するためと考えられる。これに加え、FeOスケールは冷却条件によっては変態する(ウスタイト変態)ことが現象を複雑化している。FeO(ウスタイト)は冷却過程でFe3O4(マグネタイト)とFeの共晶組織に変態し、その変態組織は鋼の化学組成や冷却パターンに依存する。冷却過程でスケールに蓄積される熱応力がウスタイト変態によって緩和されることが期待されるため、ウスタイト変態を制御してスケール剥離起点となるスケール/地鉄界面付近にFe3O4/Fe共晶組織を「適切に」成長させることで、熱応力を緩和してスケール剥離を抑制する技術を開発することが本研究の目的である。そのためにはスケール/地鉄界面近傍でスケール相に発生する熱応力がウスタイト変態によってどのように変化するか、その時系列変化を調べる必要がある。この知見は試料を加熱冷却しながらスケール/地鉄界面に焦点を絞った歪測定をin-situにかつ非破壊で行うことによってのみ得られるものであり、そのためのin-situ測定技術の確立が望まれる。これに類した研究は米国APS(Advanced Photon Source)で先行例があり[1]、Fe-Al合金上に生成した厚み3 μmのAl2O3皮膜の成長応力(深さ方向の平均値)測定が2次元検出器を用いて行われた。しかしながらFe試料では対象とする実用スケールが20 μm以上と厚いため、スケール/地鉄界面に注目して応力を測定しなければならない。またこの系では地鉄組織の粗大化や酸化に起因するスケール直下の地鉄の配向、さらにはFeスケール自体の結晶配向等々の問題があり、測定の難易度が高いことが予想される。

 そこで今回の実験ではまず0次元検出器による侵入深さ一定sin2ψ法による応力測定技術を用い、ウスタイト変態の進行度合いが異なる試料について、スケール/地鉄界面近傍のスケール相に発生する残留応力深さ分布測定をex-situで行い、変態形態による応力状態の差異を検出可能な実験条件を詰めることにした。これにより、2次元検出器によるin-situ測定技術確立に必要な知見の獲得を目指した。


実験:

 不純物として炭素を0.048 mass%含む純鉄板状試料(20×20×3 mm)を1000番のエメリー紙で研磨しアセトンで脱脂後、大気中700°Cで9 min加熱してFeスケールを形成させ、常温まで冷却した。このスケールではウスタイト変態は生じていない。冷却途中に大気中450°Cで30 min加熱保持してウスタイト変態を開始させた試料も準備した。これらの試料は課題番号2009A1790[2]で測定に供したものと同じである。生成したスケールの厚みはそれぞれ14 μmと22 μmであった。実験はSPring-8のビームラインBL19B2において実施し、同ビームラインのHUBER社製多軸回折計を用いてX線回折測定を行った。入射X線は28 keV、ビームサイズは4象限スリットにて5×0.2 mm に整形し、回折X線の検出器はNaIシンチレーションカウンターを用いた。受光側の光学系にはソーラスリットを使用した。測定方法としてはX線侵入深さ一定sin2ψ法[3]を用い、スケール各相に発生したスケール深さ方向の残留応力分布測定を室温で試みた。一般的なX線応力測定法[4]では、ψ角(散乱ベクトルと回折面法線のなす角)を変化させながら回折ピークを測定し、そのピークシフトのψ角依存性(2θ-sin2ψ線図)から歪を検出し、試料表面近傍で生じている応力を評価する。今回試みたX線侵入深さ一定sin2ψ法では、各ψ角における検出器の回折角2θ走査による回折ピーク測定時に、回折計の4軸ゴニオのω角とχ角の組み合わせで試料表面に対するX線の入射角と出射角を同時に制御し、2θとψ角を変えても試料表面からのX線侵入深さが任意の値の条件になるように材料内部におけるX線光路長を一定に制御して、2θ-sin2ψ線図のX線侵入深さ依存性を測定する方法である。ここでX線侵入深さは、発生する回折X線の信号強度の減衰率が試料表面からの信号強度に対して1/eになる深さで定義している。スケール直下の配向した地鉄等の粗大粒の回折プロファイルに対する影響を平均化する目的で、試料ステージの並進ステージを用いて試料面内水平方向の揺動(±7 mm)を与えながら測定した。X線侵入深さは試料組成をFeとして換算した場合、20,27,47,67 μmとなる条件に設定して測定した。測定する回折面はFeO(220),Fe3O4(440),Fe(220)を採用した。


結果および考察:

 ウスタイト変態有無の試料についてウスタイト相、マグネタイト相、ならびにFeの回折角度のψ角依存性を調べた。Feはほぼ無応力状態にあることがわかった。しかしスケール成分であるウスタイト相とマグネタイト相は、それぞれ残留応力が生じていることが判明した。未変態スケールのマグネタイト相で得られたX線侵入深さ依存性を図1に示す。2θ-sin2ψ直線勾配はスケール中に生じているスケール表面に平行な残留応力に比例するので[4]、直線の傾きが大きいほどスケールの残留応力は大きい。この図の各データの勾配は、設定したX線侵入深さの条件におけるX線減衰率の重みのついたスケール皮膜全体の応力深さ分布の平均値を反映している。したがってX線侵入深さが深い条件では、スケール全体の応力の平均を示しており、浅い条件ではスケール表面近傍の応力状態の情報が強調されている。図1では、各条件のいずれにおいても比較的明瞭な右上がりの直線関係が得られ、X線侵入深さが深い条件ほどその勾配が大きい。

 図1のデータについて、X線侵入深さごとに2θ-sin2ψ回帰直線を求め、その勾配を図2にプロットした。この結果から、未変態スケールのマグネタイト相はスケール深部ほど圧縮応力が大きい結果が得られた。700°C以下の温度域ではマグネタイトの線膨張係数は鋼より大きい[5]。したがって、試料を冷却すると地鉄の方がマグネタイトよりも縮み代が小さいため、マグネタイトに引張応力が発生する。今回の測定では予想に反しマグネタイト相に圧縮応力が観察されたが、これはスケール成長に起因する圧縮応力が冷却による引張応力より大きかったためと推察される。スケール成長起因の圧縮応力と冷却起因の引張応力を分けて測定するin-situ応力測定が望まれる。



図1.未変態スケールのFe3O4(440)回折角2θ-sin2ψ線図



図2.ウスタイト変態による2θ-sin2ψ回帰直線勾配変化(Fe3O4(440))


 700°Cからの冷却途中に450°Cで30 min等温保持し、ウスタイト変態を開始させたスケールのマグネタイト相について、X線侵入深さごとに2θ-sin2ψ回帰直線勾配を求め、図2にあわせて示した。2θ-sin2ψ直線勾配は、X線侵入深さを47 μmまで深くすると未変態スケールと比べて急増した。X線侵入深さが浅い条件で勾配の差違がさほど著しくなかったことから、ウスタイト変態によってスケール中層部でマグネタイト相に大きな圧縮応力が生じたものと考えられる。ウスタイト変態はスケール皮膜内でウスタイトが形成する箇所、すなわちスケール表層部よりも深いところで生じることから、ウスタイト変態の結果、とくにスケール中層部でマグネタイト相に高い圧縮応力が生じたことになる。未変態試料と変態試料とでスケール厚が異なることから、データの詳細な分析が今後必要である。

 未変態スケールのウスタイト相について、2θ-sin2ψ線図をX線侵入深さごとに整理して図3に示した。図4には図3のデータの勾配のX線侵入深さ依存性を示している。ウスタイト相にも圧縮応力の存在が示唆されたが、マグネタイト相とは異なりX線侵入深さを変化させても圧縮応力は測定範囲内では顕著に変化しなかった。すなわち未変態スケールのウスタイト相の圧縮応力は深さ方向で一定であることがわかった(図4)。変態が開始した試料の測定結果を図4にあわせてプロットしたが、今回の測定条件ではスケール表層のウスタイト相で変態により圧縮応力が一部開放されたことが示唆される結果になった。拡散がない条件下ではスケールはウスタイト変態により収縮方向にあるので[6]、ウスタイトはこの影響を受けたためと理解できる。さらなる検討が望まれる。

 Fe(220)についても同様の測定を実施したが、未変態スケールについては今回の測定条件ではX線侵入深さが浅い条件と深い条件の両条件で顕著な残留応力の存在は示唆されなかった。変態後の試料では、変態によって生じるFe微粒子と地鉄とを区別する必要があることから、詳細な解析は今後の課題としたい。



図3.未変態スケールのFeO(220)回折角2θ-sin2ψ線図



図4.ウスタイト変態による2θ-sin2ψ回帰直線勾配変化(FeO(220))


今後の課題:

 0次元検出器による侵入深さ一定sin2ψ法による応力測定技術を適用することで、20 μm前後のFeスケールについて、ウスタイト相とマグネタイト相にそれぞれ生じた残留応力を室温のex situ実験ではあるがスケール深さ方向で定量評価可能であることがわかった。スケールの密着性を向上させるにはスケール各相(ウスタイトならびにマグネタイト)に生じた残留圧縮応力を軽減する必要がある。今回の実験ではスケール成長に起因する圧縮応力の影響が大きいことがわかったため、スケールの成長応力と冷却に起因する熱応力を別々に定量評価することが必要になる。そのためにはスケール加熱保持時ならびに冷却時にスケール各相に時々刻々発生・変化する応力の時系列変化をin-situに測定する手法を確立することが今後の課題になる。2次元検出器の適用に向けた実験を進めていきたい。


参考文献:

[1] P.Y.Hou, A.P.Paulikas, B.W.Veal, JOM, 61, 51 (2009).

[2] 重点産業利用課題成果報告書2009A1790.

[3] M. Sato, Y. Sano, K. Kajiwara, H. Tanaka, K. Akita, The 9th International Conference on Synchrotron

  Radiation Instrumentation -AIP Conference Proceedings 879, 1577-1580(2007).

[4] X線残留応力測定法,日本材料学会編,1981,養賢堂。

[5] J.Armit, D.R.Holmes, M.I.Manning, D.B.Meadowcroft, E.Metcalfe, EPRI FP-686, Final Report, 1978.

[6] J.Baud, A.Ferrier, J.Manenc, Oxidation of Metals, 12, 331, (1978).



ⒸJASRI


(Received: May 8, 2013; Early edition: April 25, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)