SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

微小角入射X線散乱を用いた乳化物の塗布状態における構造解析
Study of the Applied Emulsion Film with Grazing-Incidence X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.2.1.35
2011B1973 / BL19B2

八巻 悟史, 岡 隆史, 國澤 直美, 岡本 亨

Satoshi Yamaki, Takashi Oka, Naomi Kunizawa, Toru Okamoto

資生堂リサーチセンター

SHISEIDO RESEARCH CENTER


Abstract

 化粧品乳化物を塗布し乾燥した状態にして、微小角入射X線回折の手法を用いて構造解析を行った。S(= 1/d)= 0.02–0.3 nm-1領域で測定し構造解析を行った結果、約d = 6.7 nmの構造物があることが推察された。また同一試料での経時変化について、乾燥による構造の変化を示唆する結果が得られた。


キーワード: 化粧品、乾燥、微小角入射X線散乱

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背景と研究目的:

 化粧品は、肌を華やかに装飾するだけでなく、紫外線や乾燥から身を守る手段として重要な機能を持っている。また、超高齢化社会においてQOL(quality of life)を向上させるために、肌のアンチエイジング効果に優れた化粧品の開発が一層期待されている。化粧品が持つ機能を高める方法として、効果の優れた薬剤や有効成分を開発するだけでなく、薬剤や有効成分が効率的に効果を発揮するための製剤開発が重要である。そのため、これまでバルク状態での化粧品製剤の構造解析、製剤塗布後における角層の構造変化について種々研究されてきた。製剤の機能発揮や使用感触の観点から製剤を肌に塗布した際の乾燥状態の構造が極めて重要であるが、それらの構造の詳細を解明するためには既存機器を用いた手法では限界があり、十分な知見は得られていない。

 そこで、我々は課題番号2011A1736において、微小角入射X線散乱の手法を用いて、初めて化粧品の乾燥状態の構造解析を試みた。d = 0.1–20 nmと広角から小角領域までの幅広い範囲で測定を実施した結果、小角領域のピークに変化が見られ、バルク状態の構造と乾燥状態の構造は異なっていることが示唆された。小角領域はラメラ等の周期構造に由来する構造が計測できる領域であるが、小角領域の一次ピークを同定することができず、構造に関して十分な考察をするに至らなかった。そこで、今回は、小角側に測定領域を0.02–0.3 nm-1に広げる測定条件の検討と、乾燥状態での化粧品製剤中の周期構造の解析を試みた。さらに測定領域を0.07–0.25 nm-1として測定することで測定時間を短縮し、同一試料での経時変化の計測を試みた。


実験:

 BL19B2に設置されている多軸回折計を利用し、微小角入射X線回折(GIXD)測定を行った。入射光のエネルギーは10 keVに設定し、検出器にはシンチレーションカウンターを用いた。化粧品製剤は、10 cm×3 cm角程度の大きさのシリコンウエハー基板上に塗布して、32°Cのプレート上で十分に乾燥させた。ポリイミド製ドームで覆ってHe置換した試料台に試料を設置し測定を行った。入射X線は横幅を光学ハッチのTC2スリットにより0.7 mm、縦幅を光学ハッチミラーの集光機構により0.15 mmに成型した。実験ハッチ内の回折計上流側に設置したスリットの開口は、低散乱角領域のバックグラウンドノイズを抑制するため、スリットのブレードによる寄生散乱が出ないようにビームサイズより大きめの横幅1 mm、縦幅0.5 mmに設定した。検出器側の受光コリメーションはダブルスリットコリメーションとし、スリット開口は横幅0.7 mm、縦幅0.5 mmに設定した。試料はビームに対し、表面が水平になるように試料ステージにセットし、小角領域の測定範囲を広くするために試料表面に対するX線の入射角は0.11°に調整した。今回測定対象とした化粧品製剤は、脂肪酸石鹸によるα型結晶を持つ乳化物である。α型結晶を持つ乳化物のX線回折では、脂質炭化水素鎖の充填構造と層構造を計測することができる。そこで、今回はd-spacing(格子定数)で3–50 nmの小角領域のデータを取得した。


結果および考察:

 図1に、30分乾燥させたα型結晶を持つ乳化物の乾燥状態についての散乱ベクトルS(= 2sinθ/λ,2θは散乱角,λは波長)= 0.02–0.3 nm-1の領域でのX線散乱プロファイルを示す。今回は一次ピークを同定するために、より小角の領域に条件を設定し測定することができた。前回よりもS/B比が低下したが、乾燥状態でのX線回折測定の再現性が確かめられた。また、S = 0.15 nm-1よりも大きな構造は見られなかった。すなわち、観察されたピークが一次ピークであると同定され、この乳化物は乾燥状態では約d = 6.7 nmの構造物があることが推察された。

 さらに塗布直後から化粧品が十分乾燥した後(98分後)までのS = 0.07–0.25 nm-1の領域のX線プロファイルの経時変化を図2に示す。98分後のプロファイルを塗布直後と比較すると、ピーク強度が小さくなり、ブロードになっていた。これは乾燥過程で水が揮発することにより構造の周期性が低下したことを示唆している。さらにピーク位置もごくわずかではあるが、小角側にシフトしているように見える。これは、乾燥に伴い、約d = 6.7 nmの構造物のラメラ構造の面間隔が広がっている状態を示していると推察される。ただしS/B比が低く十分なピーク解析ができなかったので、散乱ベクトルSの測定領域を変える等して、再実験をする必要があると考える。


今後の課題:

 本課題では、乾燥状態における化粧品製剤の小角領域での構造解析を試みた。また、測定領域を特定することで測定時間を短縮し、経時変化を観察することを試みた。今回の条件ではS/B比が低かったため、ピーク解析が十分に行えなかったが、変化の傾向を捉えることができた。そのため化粧品製剤が乾燥状態でどのように構造が変化するかを観察することができる非常に有効な手段であると考えられる。今後は、今回得た知見を踏まえ、乾燥状態での構造解析の再実験を行う必要がある。



図1.乾燥状態におけるS = 0.02-0.3 nm-1領域のX線プロファイル



図2.乾燥状態におけるS = 0.07-0.25 nm-1領域のX線プロファイルの経時変化



ⒸJASRI


(Received: May 8, 2013; Early edition: May 20, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)