SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

高エネルギー放射光蛍光X線法による酸化ジルコニウム中微量重元素の定量分析
Determination of Trace Heavy Elements in Zirconium Oxide Using High-Energy Synchrotron Radiation X-Ray Fluorescence Spectrometry

DOI:10.18957/rr.2.1.48
2012A1318 / BL08W

國貞 泰一a, 寺田 昌生a, 関 隼人a, 野井 浩祐a, 伊藤 真義b

Taichi Kunisadaa, Masao Teradaa, Hayato Sekia, Kousuke Noia, Masayoshi Itoub

a第一稀元素化学工業株式会社, b(公財)高輝度光科学研究センター

aDaiichi Kigenso Kagaku Kogyo Co., Ltd., bJASRI


Abstract

 酸化ジルコニウムの不純物の多くは原鉱石由来であり、それら不純物は極微量である。本試験では酸化ジルコニウム中の希土類元素、トリウム及びウランについて、高エネルギー放射光蛍光X線法による定量分析を検討した。その結果、183 keV入射光でトリウム、ウランについては検出下限1〜2 ppmとICP等と同程度の感度が得られたが、Ceなど希土類元素については共存元素の影響のため検出下限5〜30 ppmであることを確認した。


キーワード: 酸化ジルコニウム、ジルコニア、不純物、希土類元素、トリウム、ウラン、蛍光X線分析


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1.背景と研究目的:

 当社は自動車排ガス触媒用及びファインセラミックス用のジルコニウム(Zr)-希土複合酸化物を主力とするジルコニウム化合物の国内トップメーカーである。また当社はジルコニウム原鉱石から最終製品を製造する技術を有しており、大半のジルコニウム化合物の製造が可能である。あらゆるジルコニウム化合物のニーズに応えることが当社の使命と考えており、ジルコニウム化合物の詳細な特性把握は、必然の課題である。

 ジルコニウム製品の主な中間体にオキシ塩化ジルコニウム結晶(ZrOCl2・8H2O)がある。オキシ塩化ジルコニウム結晶には原鉱石であるジルコンサンド由来のハフニウム(Hf)が含有されている。Hfはジルコニウムと唯一連続固溶体となると考えられており、約1.5〜2%が含有されているが、オキシ塩化ジルコニウム結晶にはHf以外にも原鉱石由来の極微量重元素不純物が含有されていることが多い。これらの不純物はジルコニウム製品の機能に影響することがあるが、不純物の含有量はppmオーダー以下である。製品への適用も考えると非破壊分析が望ましいが実験室の蛍光X線装置では高エネルギー励起光を得にくい。そのため希土類、トリウム、ウランなど重元素の検出下限は10 ppm以上となり、微量分析が困難である。一般的に、酸化ジルコニウム中の不純物定量は原子吸光装置、誘導結合プラズマ発光分析装置(ICP)等も使用して行われている。ICP等の化学分析法は溶液化や主成分の分離など煩雑な前処理操作と長時間を要する。また、これらの検出下限はppmオーダーであり、さらなる感度向上が必要である。

 そこで、高エネルギーの励起光による蛍光X線分析によって、非破壊でありながらも化学分析法以上の高精度分析ができる可能性を検討することとした。さらに、未知の不純物における定性分析のスクリーニングも所期した。

 今回、K線を励起することができる高エネルギー放射光を用いた蛍光X線分析(SR-XRF)を用いて、酸化ジルコニウムの微量重元素不純物の定量を試みた。


2.実験:

 2-1.試料調製

 定量には検量線法を採用した。定量を試みた元素はCe、Pr、Nd、Ho、Er、Th、Uの7種とした。標準試料用高純度酸化ジルコニウムは、精密分析用塩酸(キシダ化学製)を用いて中間体であるオキシ塩化ジルコニウムの再結晶を繰り返すことで得たもので、今回の分析対象元素の含有量が1 ppm以下となっている。調製及び希釈に用いた純水は、すべて超純水製造装置(アドバンテック製)で製造した。使用器具のうち石英ビーカーとPFA(パーフルオロアルコキシアルカン)製器具は精密分析用硝酸(キシダ化学製)で洗浄し、その他の樹脂器具は不純物を含有しないディスポーザブル品を用いた。

 検量線用標準試料に添加する標準液は、Ce、Pr、Nd、Ho、Erには原子吸光分析用金属標準液(1000 mg/l 和光純薬工業製)、Th、UにはICP汎用混合液(10 mg/l SPEX製)を用いた。Th、Uの汎用混合液はTh、U以外にK、Li、Na(0.5 mg/l)も含有しているが、軽元素のため本測定には影響しない。検量線用標準試料は、これら標準液を標準試料用酸化ジルコニウムに既知量添加し、焼成後、得られた酸化物を粉砕して得た。標準試料の各元素の添加濃度を表1に示す。添加濃度は金属標準液の添加量より算出した。得られた標準試料粉末をそれぞれポリプロピレンフィルム(蛍光X線分析用フィルム リガク製CH425 Polypropylene 6.0 μm)にポリシーラー(富士インパルス製)を用いて封入し、試料の飛散や汚染を防いだ。それらフィルムを30 mm径の孔を開けた40 mm角、厚さ1 mmのアクリル板に両面テープで保持し、測定に供した。


表1.検量線用標準試料の各元素の添加濃度


 次に、測定用試料として製造者が異なるオキシ塩化ジルコニウム4種を選択した。これらオキシ塩化ジルコニウムを焼成し酸化ジルコニウム粉末にした後、ICP(HORIBA製ULTIMA-Ⅱ)により不純物分析した。ICP検量線用標準溶液は前記の高純度化したオキシ塩化ジルコニウムと金属標準溶液を使用して調製した。表2にその結果を示す。

 測定用試料の酸化ジルコニウム粉末A〜Dにおいても検量線用標準試料と同様に封入処理等し、測定に供した。


表2.測定用試料の不純物分析値


 2-2.測定条件

 入射X線のエネルギーはSi(620)モノクロメーターにより183 keVに調整した。183 keVで入射した場合、コンプトン散乱ピークは概ね120〜150 keVに出現する。よってTh、UのK線へのコンプトン散乱による影響を抑制することができる。ビームサイズは四象限スリットにより500 μm×500 μmとし、蛍光X線の検出にはGe半導体検出器(キャンベラ製GUL0055p)を用いた。

 測定は大気中で行い、1試料あたり測定時間はすべて1800秒とした。得られたスペクトルについて、目的とした元素の蛍光X線の自己吸収等による強度変化をHf Kα1ピークによって規格化し、各元素のピークの積分面積強度を算出し、添加濃度との関係から検量線を得た。


3.結果および考察:

 3-1.検量線と検出下限

 希土類元素の検量線の相関係数は、Ce:0.8330、Pr:0.9578、Nd:0.9956、Ho:0.9848、Er:0.9979となった。図1に希土類元素の30〜60 keV領域のスペクトル、図2に希土類元素の検量線を示す。Ce、PrのKαピークはZrのサムピークと重なり、相関係数が低くなったと考えられる。Nd、HoのKαピークは、強度が非常に高いHfのKαが近接しているものの、高い相関係数が得られた。Erは、主成分であるZr及びHfに起因するピークの影響が小さく、検量線の相関係数は高くなったと考えられる。



図1.希土類元素の30〜60 keVのスペクトル



図2.希土類元素の検量線


 Th、Uの検量線の相関係数であるが、Th:0.9951、U:0.9973となった。図3にTh、Uの80〜 110 keV領域のスペクトル、図4にTh、Uの検量線を示す。Th、UのKαピークについては、ZrやHfのピーク、サムピークによる影響、及びコンプトン散乱の直接の影響を受けない励起光エネルギーの設定のため、相関係数が0.995以上となった。



図3.Th、Uの80〜110 keVのスペクトル



図4.Th、Uの検量線


 次に各元素の検出下限を算出した。検出下限はそれぞれ、Ce;31.4 ppm、Pr;10.8 ppm、Nd;5.5 ppm、Ho;9.7 ppm、Er;6.2 ppm、Th;1.7 ppm、U;0.9 ppmとなった。表3に各希土類及びTh、Uの検出下限を示す。希土類の検出下限は、主成分のピーク干渉のためバックグラウンド(BG)のバラつきが大きくなり、Th、Uに比べて高くなったと考えられる。


表3.希土類及びTh、Uの検出下限


 Th、Uの検出下限は1〜2 ppmとなり、ある程度の精度で分析できることが確認できたが、まだppbオーダーの超微量分析が可能ではない。Th、UのKαピークは、試料内多重コンプトン散乱によるバックグラウンド上にある。試料厚などの最適化により、試料内多重コンプトン散乱を抑制することができるため、さらなる高感度測定が期待される。


 3-2.測定用試料の定量

 図5に測定用試料の希土類の30~60 keV領域のスペクトルを、図6に測定用試料のTh、Uの80~110 keV領域のスペクトルを示す。



図5.測定用試料の30〜60 keVのスペクトル



図6.測定用試料の80〜110 keVのスペクトル


 測定用試料の各元素のピークは小さかったが、ピーク面積を算出し、SR-XRF検量線より分析値を得た。表4に、測定用試料のSR-XRF検量線より得られた分析値を示す。


表4.測定用試料のSR-XRF検量線による分析値


 CeのSR-XRF分析値はICP分析値と大きな差異があった。この原因はCeのピークがZrサムピークと重なって、分析値の誤差が大きくなったためと考えられる。測定用試料中にCeが100 ppm以上含有しているとは考えにくく、CeのSR-XRF分析精度が低いと考えられる。Pr、Nd、HoはいずれもN.D.となったが、ICP分析値と同様の結果であった。Er、Th、Uであるが、試料C、Dにおいて、SR-XRF分析値とICP分析値はオーダー的に一致した。

 本測定はTh、Uの測定精度を得るために入射光のエネルギーを183 keVに設定した。そのため、希土類元素の測定精度が低くなったと考えられる。つまり、希土類元素の測定に適した入射光エネルギーを設定することにより、より高精度に測定できると考えられる。また、試料中のコンプトン散乱を抑制するために、試料厚みをより薄くすると、さらに高精度に測定できると考えられる。これらのような視点も踏まえて、今後SR-XRF分析値の妥当性について検討していく必要があると考えられる。

 今回の課題実験により、183 keV入射光でTh、Uについては検出下限1〜2 ppmとICP等と同程度の感度が得られたが、Ceなどの希土類元素については共存元素(Zr、Hf)の影響のため検出下限 5〜30 ppmと概ねICP等の感度に及ばないことを確認した。



ⒸJASRI


(Received: October 22, 2012; Early edition: March 25, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)