SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

イオン注入法により作製されたMg注入GaN中のMgの局所構造解析
The Local Structure around the Ion Implanted Mg in GaN Studied Using X-ray Absorption Fine Structure

DOI:10.18957/rr.2.1.54
2012A1405 / BL27SU

米村 卓巳, 飯原 順次, 橋本 信, 斎藤 吉広, 中村 孝夫

Takumi Yonemura, Junji Iihara, Shin Hashimoto, Yoshihiro Saito and Takao Nakamura

住友電気工業株式会社

Sumitomo Electric Industries, Ltd.

 


Abstract

 イオン注入法で作製された窒化ガリウム(以下、GaN)中のマグネシウム(以下、Mg)は、高温アニール処理を実施しても活性化しない課題がある。しかし、これまで高温アニール処理に伴うGaN中のMgの挙動を原子レベルで調査した報告はなく、Mgが不活性な原因は未解明である。今回、我々はBL27SUにて蛍光XAFS法を使って、高温アニール処理に伴うMgの局所構造変化を調査した。その結果、イオン注入されたMgの局所構造が高温アニール処理によって変化することが分かった。


キーワード: GaN、イオン注入、Mg、高温アニール、XAFS、蛍光法


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背景と研究目的:

 ワイドギャップ半導体を用いた高出力パワーデバイスは、高効率な電力変換機器などの実現に結びつき、低エネルギー社会実現の一助となることが期待されている。特に、窒化ガリウム(以下、GaN)は、広いバンドギャップ・高い絶縁破壊電界等の優位な材料特性を数多く有しており、次世代パワーデバイスの材料として盛んに開発が進められている。

 特に、パワートランジスタの作製では、任意の場所に選択的に導電性を付与するイオン注入法が用いられる。実際、SiやSiCでは、イオン注入法を用いてn型・p型の伝導性制御が行われている。しかしながら、GaNにおいて、n型化はSi注入によって容易に実現できるが、p型化は注入元素であるMgが活性化しないという課題があり実現困難な状況である。このため、GaNのパワートランジスタへの応用は限定的なものとなっている。

 具体的には、GaNにイオン注入されたSi元素を活性化するためには、1100°C以上の高温アニール処理によって注入損傷を回復することが必要である[1]。一方、GaNにイオン注入したMgの場合(以下、注入Mg)、高温アニール処理を実施しても全く活性化しない。

 しかしながら、GaNのX線回折を用いた結晶性評価を実施したところ、高活性が実現しているSi注入GaNのアニール温度増大に伴う結晶性の推移とMg注入GaNのそれが同じであった。つまり、高温アニール処理によってMg注入GaNの結晶性は、Si注入GaN中のSiが活性化している状態における結晶性と同等レベルまで回復していた。このことから、注入Mgが活性化しない原因は、注入損傷以外の要因が強く効いている可能性が考えられる。

 そこで、高温アニール処理に伴う注入Mgの局所構造を原子レベルで解析し、注入Mgが活性化しない原因を明らかにすることを目指した。具体的な手法としては、半導体中の微量なドーパント元素の局所構造解析が可能であるX線吸収微細構造法(X-ray Absorption Fine Structure:以下、XAFS)を用いた。ただし、GaN中のMgのXAFS測定は、MgのK吸収端(~1303 eV)とGaのLI吸収端(~1299 eV)が近接しており、蛍光スペクトルでのGa成分とMg成分の分離が難しいという測定上の困難が存在した。そこで、我々は課題番号2010A1728、2010B1825、2011A1716において開発したGa成分とMg成分の分離技術をMg注入GaNに適用した[3,4]

 

実験:

(a)Sample preparation

 ①サファイア基板上にGaNをc面成長させたウエハに対し100 keVでMgをイオン注入した。

 Mgドーズ量は3×1014 /cm2である。イオン注入後に、このMg注入GaNウエハから4枚のピースを切り出し、異なるアニール条件(なし、1150°C、1280°C、1400°C)でアニール処理を施した。アニール処理は窒素抜けを防止するために、厚さ100 nmのAlNキャップ層を付与した後に実施した。しかしながら、これらのアニール処理を実施しても注入Mgの活性化率はいずれも1%未満であった。なお、このAlNキャップ層はアニール後の電気特性測定の妨害となるため、アルカリ性溶液を使って除去した。GaNはアルカリ性溶液と反応しないことから、GaN中のMgもAlN除去による影響は受けないと考えられる。

図1. SIMSによる1400°Cアニール処理後のMgの深さプロファイル。

 

 図1は1400°Cでの高温アニール後のSIMS結果と注入プロファイルの設計値である。SIMS評価はAlNキャップ層を除去する前に実施し、AlNキャップ層の表面をゼロとしたときのAl成分、Ga成分の割合とMg濃度の深さ依存性を示している。AlNキャップ層の設計厚みと同じ100 nm付近においてAl成分が急激に減少し、一方、Ga成分が急激に増大している。従って、ここがAlN/GaN界面(=GaN表面)と考えられる。図1に示すように、100 keVでのイオン注入ではAlNキャップ層の厚さを考慮して200 nm付近でMg濃度が最大になるように設計した。しかし、高温アニール処理後のSIMS評価では、100~150 nm(=GaN表面~50 nm)の範囲でMgが高濃度となっており、200 nm付近でのMg濃度のピークは認められない。高温アニールによってMgが拡散し界面近傍に偏析した可能性が考えられる。また、200 nmより深部のMgドーズ量の深さプロファイルにおいて、実測値は設計値と比較してなだらかに減少しているが、これはチャネリングした可能性などが疑われる。なお、注入直後、1150°Cアニール処理後、1280°Cアニール処理後のSIMS評価は未実施であり、今後の課題である。

 ②GaN中MgのXAFS測定にあたり、一次標準試料としてMgO標準試料、二次標準試料としてMgO+GaN粉末混合試料を準備した。二次標準試料に関しては、un-dope GaNを粉砕し粉状にした後、MgO粉末試料を混ぜ合わせた。その際の混合比率は、MgO:GaN=1:10000であり、このときGaN粉末中のMg濃度が1×1019 /cm3程度となる。

 

(b)XAFS measurements

 XAFS測定は、SPring-8のBL27SUにて実施した。2010年に導入されたアワーズテック社製のSDD(Silicon Drift Detector)を用いた蛍光XAFS法を本系に適用した[2]。測定は、入射X線のエネルギーを変えながら、SDDにて蛍光X線スペクトルを取得し、予め一次標準試料と二次標準試料で決定しておいた最適な蛍光X線スペクトルの切り出し範囲を用いて、MgとGaの蛍光X線成分を分離し、Mg-K端のX線吸収端近傍構造(XANES)のスペクトルを取得した[3,4]。なお、XAFS測定はS/B比を良くするために垂直偏光で実施した。また、Mgの状態はGaN表面~50 nm領域とそれより深部の領域で異なる可能性が考えられるが、今回は、GaN 表面~50 nmの領域に着目した。GaN表面~50 nmの情報を選択的に取得するために蛍光X線信号の取出し深さが約50 nmになるようにX線の入射角度を10°に設定した。なお、深部のMgの評価は今後の課題である。

 

結果および考察:

 図2(上)は、注入MgのXANESスペクトルである。これらスペクトルの測定には約10時間/試料の時間を要した。これらのXANESスペクトルの特徴について以下に述べる。なお、比較データとして金属Mg[5]、MgO のXANESスペクトルも併せて示した。これらのデータのエネルギー補正は、1308 eVに観測されるMgOの第1ピークのエネルギーを用いて実施した。

 

表1. 各試料の吸収端のエネルギー


図2. Mg注入GaNのMgのK-XANESスペクトルのアニール温度依存性(上)、比較試料のMgのK-XANESスペクトル(下)

 

 図2(上)において、注入MgのXANESスペクトルの特徴は、アニール処理温度を増大させるに伴って吸収端が1~2 eV低エネルギー側にシフトする点である。なお、ここでは吸収端をホワイトラインにおける吸収強度の半値となるエネルギー位置と定義し、各スペクトルの吸収端に関する情報を表1に記す。特に、1150°Cの高温アニール処理品から1280°Cの高温アニール処理品の間で吸収端が低エネルギー側にシフトしていることがわかる。図2(下)に比較試料としてMgOと金属Mg[5]のXANESスペクトルを示す。通常、酸化的な状態から金属的な状態に変わると吸収端が低エネルギー側にシフトする。MgOと金属Mgの吸収端の関係もそれと同じ振る舞いを示すことが分かる。このことから、1280°C、および、1400°C高温アニール処理品のMg状態は、アニールなし品、および、1150°Cアニール処理品のMg状態よりも金属的な状態がより多く混在している可能性が考えられる。

 

謝辞:

 本課題の実験に際し、SPring-8のBL27SU担当である為則様には多大なるご協力を頂きました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。なお、本研究の一部はNEDOによる支援を受けております。

 

参考文献:

[1] S. J. Paerton, J. C. Zolper, R. J. Shul and F. Ren: J. Appl. Phys. 86, 1 (1999).

[2] Y. Tamenori, M. Morita and T. Nakamura: J. Synchrotron Rad. 18, 747-752 (2011).

[3] SPring-8利用報告書(課題番号:2010A1728、2010B1825、2011A1716).

[4] T. Yonemura, J. Iihara and Y. Saito: SPring-8/SACLA利用研究成果集, 1(2),  43-45 (2013).

[5] J. W. Chiou, H. M. Tsai, C. W. Pao, K. P. Krishna Kumar, S. C. Ray, F. Z. Chien and W. F. Pong: Appl. Phys. Lett. 89, 043121 (2006).

 

ⒸJASRI

 

(Received: October 4, 2012; Early edition: April 25, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)