SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

イオン注入したGaN中のSiの局所構造解析
Local Structure Analysis of Ion Implanted Si in GaN by X-ray Absorption Fine Structure

DOI:10.18957/rr.2.1.122
2013A1540 / BL27SU

米村 卓巳, 飯原 順次, 橋本 信, 斎藤 吉広, 中村 孝夫

Takumi Yonemura, Junji Iihara, Shin Hashimoto, Yoshihiro Saito and Takao Nakamura

住友電気工業株式会社

Sumitomo Electric Industries, Ltd.

Abstract

 窒化ガリウムにイオン注入したSiは、高温アニール処理によって活性化するが、イオン注入したMgは全く活性化しない。活性化状態は注入元素の局所構造に依存すると考えられるが、原子レベルで調査した報告はなく、そのメカニズムは未解明である。今回、我々はBL27SUにて蛍光XAFS法を使って、イオン注入したSiの局所構造を調査した。その結果、高温アニール処理によってSiがGaサイトに入ることで高い活性化状態が実現することが分かった。


キーワード: GaN、イオン注入、Si、Mg、高温アニール、XAFS、蛍光法


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背景と研究目的:

 ワイドギャップ半導体を用いた高出力パワーデバイスは、高効率な電力変換機器などの実現に結びつき、低エネルギー社会実現の一助となることが期待されている。特に、窒化ガリウム(以下、GaN)は、広いバンドギャップと高い絶縁破壊電界等の優位な材料特性を数多く有しており、次世代パワーデバイスの材料として盛んに開発が進められている。

 特に、パワートランジスタの作製では、任意の場所に選択的に導電性を付与するイオン注入法が用いられる。実際、SiやSiCでは、イオン注入法を用いてn型およびp型の伝導性制御が行われている。しかしながら、GaNにおいて、n型化はSi注入によって容易に実現できるが、p型化は注入元素であるMgが活性化しないという課題があり実現困難な状況である。このため、GaNのパワートランジスタへの応用は限定的なものとなっている。

 具体的には、GaNにイオン注入したSi(以下、注入Si)を活性化するためには、1100°C以上の高温アニール処理が必要である[1]。しかしながら、GaNにイオン注入したMg(以下、注入Mg)の場合、同様の高温アニール処理を実施しても全く活性化しない。

 そこで、SiとMgを注入し、高温アニール処理を施したGaNに対して、X線回折を用いた結晶性評価を実施した。その結果、Si注入GaNとMg注入GaNではアニール温度増大に伴う結晶性の推移が同じであった。つまり、高温アニール処理によってMg注入GaNの結晶性は、Si注入GaN中のSiが活性化している状態における結晶性と同等レベルまで回復していた。このことから、GaN結晶としての注入損傷以外の要因が活性化に寄与していると思われる。

 そこで、注入元素の局所構造と活性化の関係に着目して調査を実施した。一般的に注入直後のSiやMgは格子間、Nサイト、Gaサイトなどにランダムに存在し、歪んだ状態である。高温アニール処理によって注入元素の局所構造がどのように変化するかを明らかすることで高い活性化状態を実現するための手掛かりが得られる可能性がある。

 これまでに半導体中の微量なドーパント元素の局所構造解析が可能であるX線吸収微細構造法(X-ray Absorption Fine Structure:以下、XAFS)を用いて、2012A期に高温アニール処理に伴う注入Mgの局所構造の変化を原子レベルで解析した。その結果、高温アニール処理に伴うMg吸収端の低エネルギー側へのシフトを確認し、金属的なMg状態が混在する可能性を示唆する結果を得た[2]

 今回、高温アニール処理による活性化が実現しているGaN中の注入Siの局所構造をXAFS法にて解析し、GaNにイオン注入されたドーパント元素の活性化メカニズムを明らかにすることを目指した。


実験:

(a) 測定試料:

 ①サファイア基板上にGaNをc面成長させたウエハに対し120 keVでSiをイオン注入した。Siドーズ量は3×1014 cm-2である。イオン注入後に、このSi注入GaNウエハから3枚を切り出し、1150°C、1280°C、1400°Cの3条件でアニール処理を施した。なお、アニール処理後の活性化率はそれぞれ、1%、33%、67%であった。

 ②GaN中のSiのXAFS測定にあたり、エネルギー校正などに用いる標準試料としてSi3N4を準備した。また、高活性状態のSiの局所構造を把握するために、MOCVDで作製したSi添加GaNを準備した。


(b) 測定方法:

 XAFS測定は、SPring-8のBL27SUにて蛍光法で実施した[3]。検出器は、これまでBL27SUで使用していたアワーズテック社製のSDD (Silicon Drift Detector) が故障中であったため、代替品としてAmptek社製のSDDを用いた。なお、初めて用いる検出器であったため、本測定に入る前にSDDの数え落とし補正の検討などの基礎的な部分から実施した。

 図1は、今回用いたSDDにおける蛍光X線強度と入射X線強度の関係である。蛍光X線強度が3万cpsを超えると蛍光X線信号の数え落としが始まり、徐々にリニアリティが悪化することが分かる。今回は、入射X線のエネルギー分解能をE/⊿E=5000に設定して、SDDと試料の距離を調整し、数え落としのない範囲で測定を行った。また、S/Bをよくするために垂直偏光とし、入射角度は注入Mgの解析条件と揃えるために10°に設定した。このときの情報深さは約50 nmとなる。なお、このような検出条件の確認から実施する必要があったため、当初予定していた注入Mgの追加評価までは十分に実施することができなかった。

 測定手順としては入射X線のエネルギーを変えながら、SDDにて蛍光X線スペクトルを取得し、予め標準試料で決定しておいた最適な蛍光X線スペクトルの切り出し範囲を用いて、Siの蛍光X線成分を抽出し、Si-K端のX線吸収端近傍構造(XANES)のスペクトルを取得した。



図1. SDDによる数え落としの影響


 図2は、入射X線エネルギーが1850 eVのときのSi注入GaN、およびSi3N4の蛍光X線スペクトルである。Si3N4のSiのKa線に対応する蛍光X線ピーク位置を参考にして、Si注入GaN、およびSi添加GaNにおけるSiの蛍光X線成分を図2の挿入図の網かけ部分(670 ch –710 ch)と定義した。



図2. Si添加GaN、Si3N4の蛍光X線スペクトル(E=1850 eVのとき)


結果および考察:

 図3は、注入Si、およびSi添加GaN中のSi(以下、添加Si)のXANESスペクトルである。なお、これらのスペクトルは1860 eVの吸収係数にて規格化した。なお、1843 eV, 1846 eV, 1848 eV, 1852 eV, 1858 eVに存在するピークをそれぞれ、ピークA, B, C, D, Eと定義する。以下に、注入SiのXANESスペクトルの大きな2つの特徴について述べる。

 ①:アニール1150°C品とアニール1280°C品のスペクトル形状は概ね同じである。さらに、添加Siのスペクトル形状とは異なっている。

 ②:アニール1400°C品ではピークAの強度がピークBの強度と同程度まで減少し、添加Siのスペクトル形状と概ね同じになる。

①の結果は、アニール1150°C品とアニール1280°C品の注入Siの局所構造が概ね同じであり、高い活性状態にある添加Siの局所構造とは異なっている可能性を示唆している。②の結果は、1400°Cのアニール処理によって注入Siの局所構造が添加Siのそれと同じになることを示唆している。アニール1400°C品の活性化率は他のアニール品よりも高いことからも、最も添加Siの局所構造に近いと推察される。これらの実験結果より、注入元素の局所構造と活性化の間には密接な関係があると考えられる。

 次に、高い活性化状態にあるSiの局所構造を明確にするために多重散乱理論を用いたFEFF9[4]によるXANESシミュレーションを実施した。なお、計算に用いたパラメータは、クラスター半径が1.0 nm、RSCF(散乱ポテンシャルを自己無撞着に計算する際の範囲)が0.4 nm、RFMS(全多重散乱計算の範囲)が0.5 nmである。また、Siのような軽元素に対して、X線入射後の励起状態における内殻空孔の影響を補正するために経験的に用いられている等価内殻近似(⇒(Z+1)近似。ただし、Zは原子番号)を適用した[5]。図3中に破線で示したスペクトルは、SiのGa置換モデルでのシミュレーション結果である。シミュレーションで得られたXANESスペクトルは、高い活性化状態にある添加Si、およびアニール1400°C品の注入Siのスペクトル形状と概ね一致することが分かる。このことから、注入Siは、注入直後のランダムな状態から、高温アニール処理によってGaサイトに移動し安定化すると考えられる。その結果、高い活性化状態が実現すると考えられる。



図3. 注入Si、添加SiのK-XANESスペクトル(実線)とシミュレーション(破線)


今後の課題:

 注入Mgは、SIMS測定より表層と深部において局所構造が異なっている可能性が示唆された[6]。今回、測定時間の制約により深部の注入Mgの局所構造を十分に評価できなかった。今後、追加評価を行い、注入Siと注入Mgの局所構造と活性化状態の関係を明らかにし、注入Mgの活性化率の向上に結び付ける。


謝辞:

 本課題の実験に際し、SPring-8のBL27SU担当である為則様には多大なるご協力を頂きました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。なお、本研究の一部はNEDOによる支援を受けております。


参考文献:

[1] S. J. Paerton, J. C. Zolper, R. J. Shul and F. Ren: J. Appl. Phys. 86, 1 (1999).

[2] SPring-8利用課題実験報告書(課題番号:2012A1405).

[3] Y. Tamenori, M. Morita and T. Nakamura: J. Synchrotron Rad. 18, 747-752 (2011).

[4] K.Jorissen, J. J. Rehr and J. Verbeeck : Phys. Rev. B 81 (2010).

[5] 太田 俊明: X線吸収分光法, p.47 (Industrial Publishing & Consulting, Inc, Tokyo, 2002).

[6] T. Yonemura et.al: SPring-8/SACLA利用研究成果集(課題番号:2012A1405), in preparation.



ⒸJASRI


(Received: September 19, 2013; Early edition: March 3, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)