SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

トバモライト合成への低結晶質シリカの活用(3)
Use of Low Crystalline Silica for the Synthesis of Tobermorite (3)

DOI:10.18957/rr.2.1.105
2013A1074 / BL19B2

松野 信也a, 東口 光晴a, 石川 哲吏a, 松井 久仁雄b

Shinya Matsunoa, Mitsuharu Higashiguchia, Tetsuji Ishikawaa, Kunio Matsuib

a旭化成(株), b旭化成建材(株)

aASAHI KASEI. CO. LTD., bASAHI KASEI CONSTRUCTION MATERIALS CO.


Abstract

 軽量気泡コンクリート(ALC)の主成分であるトバモライト(tobermorite 化学組成:5CaO・6SiO2・5H2O)の量と質は、その性能と密接な関係にあり、その反応過程を制御したALCの改良研究が、日本および欧州で活発になされている。そのような中で、我々はフライアッシュ(火力発電所から排出される石炭灰)など低結晶質シリカ源の利用検討を行っている。今回は、通常トバモライトを生成しない微結晶シリカを使い、その系に核剤としてβC2S(β2CaO・SiO2)を添加し、トバモライト生成の促進効果を調べた。その結果、添加なしのブランクに比べて反応促進効果が認められた。


キーワード: 水熱反応、トバモライト、カルシウムシリケイト、フライアッシュ、

       低結晶質シリカ、軽量気泡コンクリート、in-situ XRD


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背景と研究目的:

 フライアッシュは石炭火力発電に伴い発生する灰(低結晶質シリカ)で、日本では石炭利用率の増加に伴いその発生量は年々増加している。2008年の統計では1,230万トンもの量が発生している。フライアッシュ(以下、FA)の大部分は、セメント原料としてリサイクルされているが、セメントの国内生産量は、最盛期の約1億トンから現在4千万トン台まで大きく減少しており、今後もセメントリサイクルへ回されるFA量の減少が余儀なくされる。このような中、我々はFAをはじめとした低結晶質シリカを使いこなす技術を開発すべく検討を行っている。しかしながら、目標物性を得るための技術的障壁は高く、反応メカニズムの解明を含めた基礎レベルからの検討が必要不可欠である。幸い我々の研究グループは、今までの検討において得られた珪酸質原料の反応性の水熱反応への寄与、アルミニウム化合物添加がトバモライト生成を促進する等の知見[1-6]および、予備検討による知見(前駆体カルシウムシリケイトハイドレイトC-S-Hは150°C付近で既にトバモライトになるか否かが決まっている)を活かすことにより、FAをはじめ低結晶質シリカを原料とした高品質のALCを実現できる可能性を検討する。


実験:

 まず、今回から新しい実験ハッチで新しいセッティングでの実験になったので、ビームの違い等について記す。図1に今回(2013年4月10日実験)のビームと以前使用していたビームサイズの検出器上の違いを比較して示す。この違いは、これまでの縦方向の集光(vertical focus)ミラーのみに対し、第2ミラーに横方向の集光(horizontal focus)ミラーを入れた効果である。



 図1 ビームサイズの違い(単位:pixel、PILATUSのピクセル)

 (a) 2013/04/10 今回   (b) 2013/01/21 従来


 ビーム形状の効果を示すデータを2点示す。まず、円周方向の分解能を図2に示す。2次元検出器の上方向が0°で、時計回りに90°, 180°,・・である。-90°〜270°は全周である。2013年4月の実験では、検出器のどの方位にもプロファイルピークが揃っており、分解能が良いことがわかる。



 図2 ビーム形状の影響

 (a) 2013/04/10 今回   (b) 2013/01/21 従来

  (-45_45等は、PILATUSの円周方向の角度範囲である)


 また、図3(a), (b)に示すように小角側まで計測可能になり、バックグラウンドも低くなっていることがわかる。カメラ長は同じで、計測時間はどちらも3分である。



 図3 小角側の回折パターンの比較

 (a) 2013/04/10 今回   (b) 2013/01/21 従来


 今回の実験では、原料としては反応および生成物を単純化するためセメントを使わない高純度原料系による実験を行い、微結晶珪石(SIL5、平均粒径2.2 μm)、高純度酸化カルシウム、水、トバモライト生成のための核剤の混合物(水/固体比は1.7)を予備養生したものを厚さ3 mmに切り出し、専用のセルに入れ、電気炉にセットする。電気炉を架台上にセットし、Be窓を通してX線を入射した。また、室温から190°C (1°C /min)まで加熱し、最高温度で保持することによりトバモライトを合成し、その過程を透過法in-situ X線回折(X線エネルギー30 keV)により追跡した。試料の平均的な情報抽出のために試料の搖動を行いながら、計測を行った(実際には電気炉ごと上下動を繰り返す)。

 今回の実験は、低温でCSH構造を制御する核剤添加、即ち低温でモノマーを生成させる核剤として、セメント成分の一つでイオン結晶であるβC2S(β2CaO・SiO2、溶解後モノマーを放出)を10%添加して実験を行った。検出器は大面積で必要な角度範囲を一回で測定でき、かつデバイリングの平均化が可能なPILATUS-2Mを使った。露光時間と露光間隔は、それぞれ133秒と170秒である。PILATUS-2Mは珪石のような粗大粒子の存在する不均一な反応系の追跡にも非常に有効である。なお、PILATUS-2Mのデータを1次元化するソフトはIgor Proを使って自作しており、長時間にわたって取得される多量のデータを処理するマクロも作っている。各測定での温度、圧力は、実験ハッチ内からケーブルでデータロガーに転送、収集した。低結晶質シリカ源としては、通常はトバモライトを生成しないシリカ原料(平均粒径2.2 μm)を使った。


結果および考察:

 図4(a), (b)に今回の実験で得られた典型的なX線回折パターンの時間変化を示す。X線回折パターンは、下から上に時間変化をスタックしている。ここで、図中、Q:石英、P:水酸化カルシウム、T:トバモライトである。図4(a)に示すように、無添加品(ブランク)ではトバモライトが生成しない(正確にはT(002)がない、つまり積層方向に秩序のない擬結晶物質である)。図4(b)に示すようにβC2S添加の場合にはトバモライトが生成し、また図5に示すように、190°C到達後10分頃からトバモライトが生成し、図4(b)に示すように最終的にT(002), T(220)等が明瞭に認められる。



 図4(a) ブランク(添加なし)のX線回折パターンの時間変化

 (2θは実験室におけるCu-Kα線を使った回折角にして表示している)



 図4(b) βC2Sを添加した場合のX線回折パターンの時間変化

 (2θは実験室におけるCu-Kα線を使った回折角にして表示している)



 図5 P, Q, T生成量(X線回折積分強度)の時間変化、横軸(時間)の0は100°C、

   1°C /minで昇温しているので90分で190°C到達、10分後にT生成開始


 今回の実験より、βC2Sの添加によりトバモライトが生成することを見出したが、その理由は明らかではない。今のところ、その添加により比較的低温からCaイオンが多量に存在できることが効いていると推定している。

 


まとめと今後の課題:

 今回の実験で、βC2Sを添加した場合に、通常トバモライトを生成しない珪石を使った場合にもトバモライトを生成することがわかった。

 今後、低結晶質シリカの活用を検討していくために、その溶解挙動と中間生成物の挙動、そしてトバモライト生成挙動の関係を詳細に解明していく。特に予備検討において効果のある核剤の添加効果をSPring-8におけるin-situ計測実験データをもとに深く考察することにより、FAなど低結晶質シリカ系における反応メカニズムを深耕し、今まで利用できていないシリカ源を使ったALC生産プロセスの確立を図っていきたい。


参考文献:

[1] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Synchrotron Rad. 16, 683-686 (2009)

[2]菊間 淳、松野 信也、分析化学, 4, 287-291 (2010)

[3]菊間 淳、松野 信也、分析化学, 6, 489-498 (2010)

[4] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Am. Ceram. Soc. 93[9] 2667–2674 (2010)

[5] K. Matsui, S. Matsuno, et. al., Cement and Concrete Research, 41, 510–519 (2011)

[6] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Solid State Chemistry, 184, 2066–2074 (2011)



ⒸJASRI


(Received: July 25, 2013; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)