Volume2 No.1
Section B : Industrial Application Report
走査型X線微分位相顕微鏡を用いた光損傷毛髪に対するトリートメント剤の効果の観察
Observation of Treatment Effect on Photo-damaged Hair Using Differential Phase Scanning X-ray Microscopy
a(株)カネボウ化粧品, b(公財)高輝度光科学研究センター
aKanebo Cosmetics Inc., bJASRI
- Abstract
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走査型X線微分位相顕微鏡を用いて、疑似太陽光照射による毛髪の内部微細構造の変化を測定した。光照射毛髪での防御剤の有無の比較から、毛髪キューティクル部位で光照射により生じる空隙の生成が防御剤によって抑制される傾向が観察された。
キーワード: 毛髪、光、X線CT、マイクロCT、位相コントラスト、走査型X線顕微鏡
背景と研究目的:
我々は、切片の作製や染色処理を実施せずにインタクトな状態の毛髪内部構造を観察することを目的としてX線顕微鏡の有効利用を考えている。すでに結像型のX線マイクロCTを用いてヒト毛髪の三次元微細構造を観察し、パーマやブリーチなどの化学処理により毛髪の軸方向にサブミクロンからミクロンオーダーの径を持った円柱状の空隙構造が生じることを見出している[1]。また、毛髪ダメージはパーマ処理やブリーチ処理以外でも生じることが知られており、特に太陽光によるダメージへの対応は新たなヘアケア製剤の開発に重要である。光照射により毛髪の形態が変化することは、UV照射による毛髪表面の構造変化が報告されているが[2]、毛髪内部微細構造の形態変化に関する知見は得られていない。我々はX線マイクロCTの中で検出感度が高いことが報告されている走査型X線微分位相顕微鏡[3]を用いて疑似太陽光照射毛髪を観察し、光照射により引き起こされる毛髪内部の微細構造の変化を把握することを目的として検討を行っている。すでに、パーマやブリーチなどの化学処理を施した毛髪と未処理の毛髪で、光照射に対する応答がどのように異なるのかを調べ、パーマ処理毛髪の応答性が高いことを報告している[4]。
本課題では、走査型X線微分位相顕微鏡を用いて擬似太陽光照射毛髪を観察し、光照射により引き起こされる毛髪内部の微細構造の変化を把握することを目的とする。特に防御剤処理を施した毛髪と未処理の毛髪で、光照射に対する応答がどのように異なるのかを把握したい。
実験:
毛髪試料は、パーマやカラーの履歴をもたないアジア人女性の同一人毛に対し、0.2% sodiumlaureth sulfate水溶液に30秒間浸漬後、精製水の流水で1分間すすぐことにより洗浄した。続いて、以下の処理でパーマ処理毛を作成した。毛髪を還元液(チオグリコール酸アンモニウム6 w/v%、アンモニア0.45 w/v%、2 アミノエタノール1 w/v%含有の水溶液)に30°C、15分間浸漬後、精製水ですすいだ。これを酸化液(7 w/v%臭素酸ナトリウム水溶液)に室温、5分間浸漬後、0.2 w/v%ラウリルエーテル硫酸ナトリウム水溶液に30秒間浸漬し、さらに精製水の流水で1分間すすいだ。上記のパーマ処理サイクルを2回繰り返した毛髪をパーマ処理毛髪とした。このパーマ処理毛に対し、キセノンウェザーメーターを用いて20 MJ/m2照射した毛髪を光照射毛髪とした。照射の際に、紫外線防御成分を含有する溶液(トリートメント剤)および紫外線防御成分を含まない比較対照を用いて、防御成分の効果を比較した。毛髪は生体由来の試料であるため、個々の毛の間でばらつきがあると考えられる。我々が毛髪を用いてパーマ処理の影響を調べた実験では、試料数6での実験群を用いた比較により統計学での有意差を検出できたことから、実験群1群あたり試料数6で測定を行った。
測定はBL20XUビームラインにおいて走査型X 線微分位相顕微鏡を用いて実施した。大まかな測定手順は以下の通り。フレネルゾーンプレートにより集光したマイクロビームX線(8 keV)をプローブとして用い、毛髪の毛軸に対し赤道方向に走査し撮影を行う(Fig. 1)。試料を透過したマイクロビームは試料の屈折率に応じて僅かに屈折する。走査の際は、試料後方に設置されたイメージ検出器を用いて、屈折によるビームの位置変化を検出する。これをプロットすることによって、試料の屈折率変化を反映させた微分位相分布を得る[3]。さらに、毛軸を中心に回転させ上記の走査を繰り返して半周180°分を測定することによって、CTによる毛髪の二次元屈折率分布断面像を得る。撮影はTable 1の条件にて行った。CTの再構成演算は、前回(課題番号2012B1366)の報告と同様にHannフィルターを用いた平行ビーム照射近似におけるConvolution Back Projection法に基づき、ビームラインで提供されているソフトウェアを用いた。
本研究では毛髪を大気中で測定しており自由電子近似が成立し、得られた屈折率差は電子密度に比例する。また、生体試料である毛髪の形状変化を議論する上では、毛髪の電子密度分布が概ね質量密度分布に対応すると解釈して差し支えない。空隙率は測定した任意の該当部分の全面積に対する空隙面積の比率である。空隙(低密度領域)あるいはメラニン顆粒(高密度領域)の面積は得られた再構成画像をフリー画像解析ソフトImage Jを用いて8 bitに変換後、2値化することで測定した。2値化の閾値は平均値から標準偏差の2倍の上下値(Mean±2σ)とした。通常3σが閾値とされるが、本研究においては再構成画像の目視でのイメージとよく一致する2σを採用した。
Fig.1. 走査型X線微分位相顕微鏡
Table 1. 測定条件
結果および考察:
紫外線防御剤未塗布の比較対照において、疑似太陽光照射の影響を観察した(Fig. 2)。図では毛髪内部の密度分布が明瞭に示されている。毛髪試料で認められた空隙は、これまで観察されてきたパーマ毛と同様の形態[5]をしており、毛髪コルテックス部位の空隙は直径がミクロンあるいはサブミクロンサイズの円柱の横断面として観察された(Fig. 2a, White arrow)。未照射毛と比較して、光照射毛髪ではコルテックスでの空隙が大きくなり、また空隙の数も多くなっているように観察された(Fig. 2b, Blue arrow)。キューティクルは細胞が角化して形成した鱗構造が重なり合った構造体である。キューティクル部位の空隙は、重なり合った鱗構造が部分的に剥離したような形態として捉えられ、未照射毛と比較して光照射毛髪では、重なり合ったキューティクル層の間の空隙がより多く観察された(Fig. 2b, Red arrow)。
Fig.2 疑似太陽光照射による毛髪構造の変化
これらの光照射による構造変化を定量的に把握する目的で、コルテックスおよびキューティクルの空隙率の変化を比較した。いずれも疑似太陽光照射で空隙が増大する傾向があった(Fig. 3)。キューティクルでは、コルテックスと比較して増大の度合いが大きくなる傾向が見られ、キューティクルがより形態的な変化を捉えやすいことが影響していると考えられる。続いて、2種類の防御剤による保護効果を調べた。キューティクルにおける空隙率を定量したところ、いずれのトリートメント剤の処理サンプルにおいても、未処理のサンプルと比較して空隙率が小さい傾向が認められた(Fig. 4)。すなわち統計処理で有意ではないが、防御剤の塗布により疑似太陽光照射の影響が抑制される傾向があった。構造変化の傾向は概ね把握できたものと考えられる。
Fig.3 疑似太陽光照射による空隙率の変化
Mean±SD(n=6)
Fig.4 紫外線防御剤処理によるキューティクル空隙率の変化
Mean±SD(n=6)
今後の課題:
走査型X線微分位相顕微鏡を用いることで疑似太陽光による光照射毛髪および紫外線防御剤を塗布した光照射毛髪の内部微細構造を観察することができた。一方、今回行った疑似太陽光照射による構造変化はブリーチやパーマといった化学処理に比べて変化が小さく捉えづらいことが判明した。今回の実験では照射装置の都合により、照射量を課題申請時想定していた40 MJ/m2より少ない20 MJ/m2としたが、統計的に有為な結果を得るにはより多くの照射量が必要であろう。同時に、より最適な測定条件も探していきたい。
また、今回は走査型X線微分位相顕微鏡で毛髪の二次元像を観察した。今後は変化が見やすかった毛髪に対し、改めて走査/結像ハイブリッド型高感度高分解能微分位相X線顕微鏡を使って毛髪内部微細構造を三次元で観察するなど効率的な観察を実施していく予定である。
参考文献:
[1] K. Takehara, et. al., J. Soc. Cosmet. Chem. Jpn. 44. 292 (2010).
[2] V. F. Montiero et. al., J. Cosmet. Sci., 54, 271-281 (2003).
[3] A. Takeuchi et. al, AIP Conf. Proc., 1266, 42-46 (2010).
[4] 井上敬文ら、SPring-8産業利用課題実施報告書2012B1366.
[5] 井上敬文ら、日本化粧品技術者会誌、46, 101-107 (2012).
ⒸJASRI
(Received: February 20, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)