SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

トバモライト合成への低結晶質シリカの活用(4)
Use of Low Crystalline Silica for the Synthesis of Tobermorite (4)

DOI:10.18957/rr.2.1.130
2013A1778 / BL19B2

松野 信也a, 東口 光晴a, 石川 哲吏a, 松井 久仁雄b

Shinya Matsunoa, Mitsuharu Higashiguchia, Tetsuji Ishikawaa, Kunio Matsuib

a旭化成(株), b旭化成建材(株)

aASAHI KASEI. CO. LTD., bASAHI KASEI CONSTRUCTION MATERIALS CO.


Abstract

 軽量気泡コンクリート(ALC)の主成分であるトバモライト(tobermorite 化学組成:5CaO・6SiO2・5H2O)の量と質は、その性能と密接な関係にあり、その反応過程を制御したALCの改良研究が、日本および欧州で活発になされている。そのような中で、我々はフライアッシュ(火力発電所から排出される石炭灰)など低結晶質シリカ源の利用検討を行っている。今回は、通常トバモライトを生成しない微結晶シリカを使い、その系に水酸化リチウム(LiOH)を添加し、トバモライト生成の促進効果を調べた。その結果、添加なしのブランクに比べて大きな反応促進効果が認められた。


キーワード: 水熱反応、トバモライト、低結晶質シリカ、軽量気泡コンクリート、

       水酸化リチウム


Download PDF (3.78 MB)

背景と研究目的:

 フライアッシュは石炭火力発電に伴い発生する灰(低結晶質シリカ)で、日本では石炭利用率の増加に伴いその発生量は年々増加している。2008年の統計では1,230万トンもの量が発生している。フライアッシュ(FA)の大部分は、セメント原料としてリサイクルされているが、セメントの国内生産量は、最盛期の約1億トンから現在4千万トン台まで大きく減少しており、今後もセメントリサイクルへ回されるFA量の減少が余儀なくされる。このような中、我々はFAをはじめとした低結晶質シリカを使いこなす技術を開発すべく検討を行っている。しかしながら、目標物性を得るための技術的障壁は高く、反応メカニズムの解明を含めた基礎レベルからの検討が必要不可欠である。幸い我々の研究グループは、今までの検討において得られた珪酸質原料の反応性の水熱反応への寄与、アルミニウム化合物添加がトバモライト生成を促進する等の知見[1-6]および、予備検討による知見(トバモライトが生成しない低結晶性珪石にLi 添加するとトバモライトが生成すること)を活かすことにより、FAをはじめ低結晶質シリカを原料とした高品質のALCを実現できる可能性を検討する。なお、課題申請時と実験内容が異なっているのは、課題申請から実験までの間にLi添加効果を見出し、その効果はそれまでの検討でトバモライトが全く生成しなかった珪石においてもトバモライトが生成し、その反応過程を調べることが今後の新しい展開につながると判断したためである。


実験:

 今回の実験では、原料としては反応および生成物を単純化するためセメントを使わない高純度原料系による実験を行い、微結晶珪石(SIL5、平均粒径2.2 μm)、高純度酸化カルシウム、水、LiOHの混合物(水/固体比は1.7)を予備養生したものを専用のセルに入れ、電気炉にセットする。その後、参考文献[7]に記載の手順で実験を行った。また、課題申請時から実験までの間に行った予備検討の結果をもとにLiOHを添加して実験を行った。実験は、SIL5(ブランク)とそれにLiOHを1.5%と2.8%添加したものについて実施した。検出器は大面積で必要な角度範囲を一回で測定でき、かつデバイリングの平均化が可能なPILATUS-2Mを使った。PILATUS-2Mは珪石のような粗大粒子の存在する不均一な反応系の追跡にも非常に有効である。なお、PILATUS-2Mのデータを1次元化するソフトはIgor Proを使って自作しており、長時間にわたって取得される多量のデータを処理するマクロも作っている。各測定での温度、圧力は、実験ハッチ内からケーブルでデータロガーに転送、収集した。低結晶質シリカ源としては、通常はトバモライトを生成しないシリカ原料(SIL5、平均粒径2.2 μm)を使った。


結果および考察:

 まず、図1に今回の実験で得られた3つのX線回折パターンの時間変化を示す。X線回折パターンは、下から上に時間変化をスタックしている。ここで、図中、Q:石英、P:水酸化カルシウム、T:トバモライトである。図1で、Li添加系は最終的にT(002), T(220)等が明瞭に認められる。ここで注目すべきはT(400)ピークが分裂していることである。このピーク分裂は、通常の斜方晶トバモライト以外に結晶対称性の低い単斜晶トバモライトが生成していることによると考えられる[8]



 (a) Li無添加(0%添加)



 (b) 1.5%添加



 (c) 2.8%添加

図1 微結晶珪石、酸化カルシウム、水に水酸化リチウム(LiOH)を(a) 0%, (b) 1.5%, (c) 2.8%添加した試料を190°Cで熱処理した反応過程のX線回折パターンの時間変化(2θは実験室におけるCu-Kα線を使った回折角にして表示している)、Q:石英、P:水酸化カルシウム、T:トバモライト


 図2に2θが27°から33°までのX線回折パターンを拡大して示す。なお、横軸は実験室におけるCu-Kα線を使った回折角にして表示している。通常のトバモライト(SIL10の場合)と比較して、Li添加系のT(400)のピークの違い(通常は単一ピークである)がわかる。



図2 平均粒径4.4 μmの珪石を使用して合成したトバモライトと今回のLi添加系におけるトバモライトの190°C熱処理後のX線回折パターンの比較(2θは実験室におけるCu-Kα線を使った回折角にして表示している)


 LiOH添加によるトバモライト生成促進効果のメカニズムは現在考察中であるが、添加したLiが高温でLi2SiO3を生成し、それが不溶であるために反応系のCa/Si比を変えているためと推定している。今後、さらに多くのLiを添加した実験を提案して、この考えの正否を明らかにしていきたい。


まとめと今後の課題:

 今回の実験で、LiOHを添加した場合に、通常トバモライトを生成しない珪石を使った場合にも、かなり多くのトバモライトを生成することがわかった。また、通常とは異なる単斜晶トバモライトも生成していることがわかった。なお、ブランク試料においては2θ=29°付近にピークが観測されるが、2θ=8°付近に(T(002))は観測されないことから、c軸方向に秩序のない擬結晶トバモライトが生成している。今後、Li添加系において生成したトバモライトの力学物性への影響等を調べていきたい。また継続して、低結晶質シリカの活用を検討していくために、その溶解挙動と中間生成物の挙動、そしてトバモライト生成挙動の関係を詳細に解明していく。特に予備検討において核剤の添加効果をSPring-8におけるin-situ計測実験データをもとに深く考察することにより、FAなど低結晶質シリカ系における反応メカニズムを深耕し、今まで利用できていないシリカ源を使ったALC生産プロセスの確立を図っていきたい。


参考文献:

[1] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Synchrotron Rad. 16, 683-686 (2009)

[2]菊間 淳、松野 信也、分析化学, 4, 287-291 (2010)

[3]菊間 淳、松野 信也、分析化学, 6, 489-498 (2010)

[4] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Am. Ceram. Soc. 93[9] 2667–2674 (2010)

[5] K. Matsui, S. Matsuno, et. al., Cement and Concrete Research, 41, 510–519 (2011)

[6] J. Kikuma, S. Matsuno, et. al., J. Solid State Chemistry, 184, 2066–2074 (2011)

[7]松野 信也 他、SPring-8利用研究成果集, 1[3] 156-159 (2013)

[8]逸見 千代子、草地 功、岩鉱, 84, 374-379 (1989)



ⒸJASRI


(Received: November 3, 2013; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)