SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

都市ごみ焼却残渣中セシウムの存在形態の同定
Identification of the Existing Form of Cesium in Bottom Ash and Fly Ash in Municipal Solid Wastes.

DOI:10.18957/rr.2.1.89
2012B1862 / BL19B2

渡邉 優香a, Saffarzadeh Amirhomayouna, 東條 安匡b, 島岡 隆行a

Yuka Watanabea, Amirhomayoun Saffarzadeha, Yasumasa Tojob, Takayuki Shimaokaa

a九州大学, b北海道大学

aKyushu University, bHokkaido University.

Abstract

 パイロットプラントで作製した高濃度(190〜18650 mg/kg)の安定セシウムを含む人工焼却灰を用いて、底灰及び飛灰中のセシウムの存在形態の解析を粉末X線回折により行った。その結果、底灰中にはセシウムを含有する鉱物は確認できなかった。一方、飛灰からは塩化セシウムが検出された。このことから、底灰中のセシウムは非晶質に含まれる可能性が高く、飛灰中のセシウムは塩化セシウムとして存在していることが示唆された。


キーワード: 焼却残渣、セシウム、微量化学分析


Download PDF (517.55 KB)

背景と研究目的:

 福島第一原発の事故以降、放射性物質を含む都市ごみ焼却残渣の処分が社会的な問題となっている。環境省は8000 Bq/kg以下の廃棄物は管理型処分場で処分するという方針を示したが[1]、安全性に関する懸念から都市ごみ焼却残渣の処分は滞っており、多くの焼却施設で一時保管という状況が続いている。このままの状況が続けば、保管容量は限界に達する。

 一般に、都市ごみの焼却に伴い底灰(bottom ash)と飛灰(fly ash)が発生する。このうち、底灰はセシウムの含有量が200〜2500 mg/kgとそれほど高くないため、上述の8000 Bq/kg以下の範囲に入り、都市ごみの管理型処分場で処分される可能性が高い。最近の検討によると、底灰に含まれるセシウムは溶出率が極めて低く、逐次抽出において90%程度が残留態であると報告されている[2]。しかしながら、その具体的な形態((1)電子的に拘束されているのか、(2)固体マトリックス内に吸蔵されているのか、(3)難溶性の化合形態となっているのか等)が不明であるため、長期的な埋立地からのセシウムの放出リスクの評価を困難にしている。

 また、廃棄物埋立地の内部は廃棄物の安定化に至る過程で、層内雰囲気が好気・嫌気的環境、酸化・還元的雰囲気等の条件により多様に変化する。これらの過程において都市ごみ焼却残渣も変質作用を受け、次第に風化変質して行く。最大の関心事は、こうした変質の過程においてもセシウムが焼却残渣の内部に安定的に拘束され続けるのか否かという点にある。これらを議論するためには第一に、焼却残渣中に存在するセシウムの化学形態を明確にする必要があり、明らかにされることによって初めて、長期的な埋立地からのセシウムの放出リスクに関して科学的な検討が可能となる。

 現在問題となっているのは、焼却残渣中に含まれる放射性セシウム(134Cs,137Cs)であるが、その存在量は極めて少なく、安定セシウムを含めても1 ppmにも満たない。そこで、本研究では、セシウム分析用として安定セシウムを用いた燃焼試験から、セシウムを高濃度に含有する調製焼却灰(底灰及び飛灰)を作製し、それを分析対象として用いた。

 具体的な検出対象は、低レベル放射性廃棄物の焼却飛灰中に確認されている、CsAlSiO4, CsAlSi5O12, CsAlSi2O6等に加えて、セシウム捕捉に効果的な層間距離を有する鉱物(smectiteや雲母状鉱物)の存在である。


実験:

 試料:国内のF市及びO市のごみ固形燃料(refuse-derived fuel,RDF)に高濃度の安定性セシウム(炭酸セシウムCs2CO3)を添加したものをパイロット試験用小型ストーカ炉にて焼却して作製した焼却灰(底灰及び飛灰)である。試料形状は粉末とした。

作製条件は以下のとおりである(表1)。


表1 人工焼却残渣作製条件


 実験条件:実施ビームラインBL19B2

 X線エネルギーは30 keV(約0.0413 nm)で実験した。露光時間は約10分(600秒)で行った。内径0.4 mmのリンデマンガラス製キャピラリーに試料を封入した。これをスピン可能なホルダーに固定し、室温にて大型デバイシェラーカメラを用いて回折像を得た。微量成分を同定するには長時間測定が必要であるが、空気中の二酸化炭素による焼却灰の炭酸化を防ぐため、キャピラリーチューブに試料を封入した状態で短時間に測定を行う必要がある。また、測定条件については過去に同じビームラインを使用した実験[3,4]を参考にした。


結果および考察:

安定性セシウムを含有する底灰の測定結果

 底灰について炭酸セシウム濃度の供給量のみを変化させ、水分添加量、燃焼条件などを同じにして作製した2種類(試料6,13の底灰BA6,BA13)の試料の測定結果を解析した。X線粉末回折(XRD)データから結晶構造の同定を行うためのソフトウェアJADE及びPDXLを用いてそれぞれの試料に含まれている化合物の同定を行った。化合物の同定は日本結晶学会及びInternationalcentre for diffraction data(ICDD)の標準物質のデータを用いて行った。その結果、一般的な底灰に存在する鉱物(例えばGehleniteとQuartz等)が確認された(図1,2)。しかし、低レベル放射性廃棄物の焼却飛灰中に確認されている、CsAlSiO4,CsAlSi5O12,CsAlSi2O6等セシウムを含有する鉱物は確認できなかった。このことから、底灰試料中のセシウムは結晶体の鉱物としては存在しない、または存在する量が少ないと示唆された。セシウムは安定なアルカリ金属元素では最も重く、カリウムと同様に非適合元素で原子半径が著しく大きいため、結晶体となりにくい性質があるためと思われる。


安定性セシウムを含有する飛灰の測定結果

 飛灰について底灰と同時に採集した炭酸セシウム濃度の供給量のみを変化させ、水分添加量、燃焼条件などを同じにして作製した2種類(FA6,FA13)について解析を行った。その結果、図3,4に示すような結果となった。X線粉末回折(XRD)データから結晶構造の同定を行うためのソフトウェアJADE及びPDXLを用いてそれぞれの試料に含まれている化合物の同定を行った。化合物の同定は日本結晶学会及びInternational centre for diffraction data(ICDD)の標準物質のデータを用いて行った。その結果、飛灰中セシウムはそのほとんどが塩化セシウム(CsCl)の形態で存在していると示唆され、焼却灰中のセシウムは飛灰中とは異なる形態で存在することが示唆された。



図1 底灰試料(BA6)測定結果



図2 底灰試料(BA13)測定結果



図3 飛灰試料(FA6)測定結果



図4 飛灰試料(FA13)測定結果


まとめ:

 都市ごみ焼却残渣中のセシウムは焼却底灰と焼却飛灰では異なる形態で存在することが明らかになった。飛灰中では主に塩化セシウムの形態で存在することが確認された。一方、底灰中ではセシウムを含有する鉱物を同定することができなかったため、底灰中セシウムは結晶相に含まれていない、または含まれていても微量のため検出されなかったことが示唆された。


参考文献:

[1] 東日本大震災により生じた災害廃棄物の広域処理に関する方法等(平成24年環境省告示第76号)(2012)

[2] (独)国立環境研究所資源循環・廃棄物研究センター:放射性物質の挙動からみた適正な廃棄物処理処分(技術資料第三版)(2012)

[3] 利用報告書2010B1857中国焼却灰のセメント原料化のための放射光XRDによる塩素化合物の同定,重点産業利用課題

[4] 利用報告書2008A1914埋立処分地でのカルシウムスケールによるフッ素およびホウ素の鉱物生成的取込・吸着除去メカニズムの解明,重点産業利用課題



ⒸJASRI


(Received: April 9, 2013; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)