Volume1 No.3
Section B : Industrial Application Report
軟X線XAFSを用いたAl-Mg-Si系合金中に形成されるナノクラスタの局所構造解析
Analysis on Nanocluster Structure of Al-Mg-Si Alloy by XAFS Measurement
a住友軽金属工業(株), b兵庫県立大学
aSumitomo Light Metal Industries, LTD., bUniversity of Hyogo
- Abstract
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Al-Mg-Si系合金では、溶体化処理後にクラスタ1が形成されると人工時効時の硬化特性に負の効果が生じ、クラスタ2が形成されると正の効果が生じる。これらナノクラスタの局所構造の違いを調べることを目的として、クラスタリングやβ”相の析出によるXAFSスペクトルの変化を調べた。SiのXAFSスペクトルについては、試料表面への水分子の付着およびSiの蛍光X線強度の不足のため、解析可能なスペクトルが得られなかった。MgのXAFSスペクトルについても、試料間での明確な差が見られなかった。XAFSスペクトルの変化を調べるためには測定条件の改善が必要であり、次回以降の実験では測定時間の長時間化や測定温度の統一等を実施する。
キーワード: A-Mg-Si系合金、ナノクラスタ、軟X線、XAFS
背景と研究目的:
近年、CO2削減のため、自動車用ボディパネルの軽量化が求められており、鉄鋼の代替材料として比重の小さいアルミニウム合金の適用が検討されている。中でも塗装焼付け処理により良好な析出強化が得られるAl-Mg-Si系合金が注目を集めている。しかしながら、Al-Mg-Si系合金を溶体化処理後、室温に放置(自然時効)してから人工時効を行うと充分な析出強化が得られない。つまり、二段時効の負の効果が生じることが報告されている[1]。この原因として、過去の研究から、クラスタ1と呼ばれるナノクラスタが室温放置中に形成し、時効硬化相であるβ”相の析出を阻害するためであるとされている。
一方、343 Kで一段目の予備時効を施した後、人工時効を施すと正の効果が得られる。この時、予備時効によって形成されるナノクラスタはクラスタ2と呼ばれ、人工時効時にβ”相へ構造遷移しやすいと考えられている[2]。これら二種類のナノクラスタがどのようなものであるかを理解することはAl-Mg-Si系合金の二段時効挙動を制御するために非常に重要なことであるが、これらのナノクラスタは通常のX線回折法は勿論、小角散乱法、高分解能電子顕微鏡法によっても検出が困難であることから十分に研究が進んでおらず、熱分析や電気抵抗測定による研究が中心であった。そのため、添加したMg、Si原子のどの程度がクラスタやβ”相の中に存在し、母相中に溶質原子としてどの程度が存在するのか定量的なことは全く分かっていない。ましてや、クラスタ構造については全く報告例がない。XAFS測定では特定の原子周りの局所構造を調べることができることが知られており、この手法を用いることによってAl-Mg-Si合金中に形成されるクラスタの構造についての知見が得られる可能性がある。
よって、本研究では、時効処理によりクラスタ1、クラスタ2、β”相が形成されているAl-Mg-Si合金に対し、Si-K吸収端、Mg-K吸収端近傍における軟X線XAFS測定を行い、クラスタリングやβ”相の析出によるXAFSスペクトルの変化を調べた。
実験:
5N-Al, 99.5%Mg, 99.0%Si地金を使用し、Al-0.57Mg-1.1Si(wt.%)を鋳造した。これを厚さ1 mmまで圧延した後、823 Kの大気炉で10 min溶体化処理を行い、水中に急冷し、添加元素が全量溶質原子として存在している試料(as-Q材)。その後、室温で20日間自然時効し、クラスタ1を形成させた試料(RT材)、343 Kで1 h時効し、クラスタ2を形成させた試料(343K材)、443 Kで20 min時効し、β”相を析出させた試料(443K材)を用意した。各試料については、目的のクラスタや析出物が存在していることを、DSCを用いた熱分析により確認した。なお、本合金系において、添加元素のうちクラスタや析出物を構成している割合を定量的に測定する手法が現時点では存在しないため定性的な確認に留めている。これらの試料については、SPring-8 BL27SUにて、シリコンドリフト検出器を用いた部分蛍光収量法によりSi-K吸収端とMg-K吸収端近傍のXAFSスペクトルを測定した。
Si-K吸収端とMg-K吸収端のエネルギーは、それぞれ1.303 keVと1.838 keVである。as-Q材と343K材は、測定中にクラスタリングや構造変化が生じないように冷却しながら測定する必要があるため、チャンバー外に設置した液体窒素容器と試料ホルダーをつなげることで試料を伝熱により173 K付近まで冷却しながら測定を行った。RT材と443K材は測定時間内であれば室温保持による構造変化がほとんど生じないため、室温にて測定を行った。
結果および考察:
部分蛍光収量法では励起光エネルギーと蛍光X線エネルギーの二次元蛍光X線スペクトルから該当する元素の蛍光X線成分を切り出すことでXAFSスペクトルが得られることが知られている。しかしながら、以下の理由により解析可能なSiのXAFSスペクトルを得る事ができなかった。
液体窒素を用いて冷却したas-Q試料と343K試料では、Siの蛍光X線成分に別の強い散乱が重なってしまったため、Siの蛍光X線成分のみを切り出すことが不可能であった。この強い散乱は励起光エネルギーが高い時はSiの蛍光X線成分よりもやや高エネルギー側で観察されたが、励起光エネルギーが下がるにつれてこの強い散乱のエネルギーも減少し、Siの蛍光X線成分と重なりはじめ、Si-K吸収端近傍では完全に重なっていた。この散乱は励起光エネルギーの変化によって観察されるエネルギーが変化することから、特定の元素からの蛍光X線ではないと考えられる。
また、液体窒素で冷却した試料のみで酸素の蛍光X線成分が観察された。室温で測定した試料ではこの散乱は全く見られず、液体窒素で冷却した試料のみで観察されること、また真空チャンバー中で測定していることから、測定中に酸化膜が試料表面に形成されたことは考えにくく、この散乱は液体窒素による冷却により真空チャンバー内にわずかに残っていた水分子が試料表面に吸着したことにより発生した散乱ではないかと予想される。よって、この散乱の影響を取り除くためには、液体窒素で冷却しつつ、ターボ分子ポンプを用いて真空チャンバー内の真空度を上げ、試料表面に水分子は吸着しないようにすることが必要であると考えられる。
また、BL27SUではSi吸収端近傍の入射フラックスがMg吸収端近傍の入射フラックスよりも小さいため、観察されるSiの蛍光X線強度はMgの蛍光X線強度よりもかなり小さかった。解析可能な強いEXAFS振動強度を得るためには、MgのXAFSスペクトルを得る条件よりも測定時間を長くすることが必要であると考えられる。
Fig. 1にMgの蛍光成分を切り出し、規格化したXAFSスペクトルを示す。as-Q材、RT材、343K材、443K材のXANESスペクトルは非常に良く似通っており、大きな違いが見られなかった。また、RT材と443K材のEXAFS振動の振幅は小さく、as-Q材と443K材の振幅は大きかった。これは測定温度の違いによるものであると考えられる。前者は格子振動が大きい室温で測定したものであるのに対し、後者は173 Kまで冷却したことにより格子振動が抑制されたため、振幅の大きいEXAFS振動が観察されたと考えられる。
Fig. 2にMgのEXAFS χ(k)スペクトルを示す。いずれの試料においてもスペクトルに大きな変化は見られなかった。as-Q材では添加Mg原子は溶質元素として存在しているので、RT材や343K材においてas-Q材とEXAFSスペクトルに違いが見られなかったということは、クラスタがSiクラスタであるか、もしくはクラスタの体積分率が小さく、クラスタリングしているMg原子よりも溶質元素として存在しているMg原子の方が多く、クラスタ内のMgの局所構造を調べることができなかったか、いずれかであると考えられる。
Fig. 1. Mg K-edge XAFS spectra of as-Q, RT, 343 K, 443 K aged alloys.
Fig. 2. EXAFS χ(k) spectra of as-Q, RT, 343 K, 443 K aged alloys.
今後の課題:
今回、クラスタリングやβ”相の析出によるXAFSスペクトルの変化が捉えられなかった原因として、試料間の差が小さかった可能性の他に、試料表面への水分子の付着、Siの蛍光X線強度の不足による測定精度の不足が挙げられる。次回以降の実験では、高真空環境下での測定による水分子の付着の防止、Si吸収端近傍の測定時間の長時間化、すべての試料で同じ温度で測定することが必要である。
参考文献:
[1] 前口貴治,山田健太郎,里達夫:日本金属学会誌,66,127-130 (2002).
[2] 山田健太郎,里達夫,神尾彰彦:軽金属,51,215-221 (2001).
ⒸJASRI
(Received: October 4, 2012; Accepted: November 1, 2013; Published: December 10, 2013)