SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.3

Section B : Industrial Application Report

走査/結像ハイブリッド型高感度高分解能微分位相X線顕微鏡を用いた毛髪加熱処理でのトリートメント効果の観察
Observation of Treatment Effect on Heated Hair Using Scanning/Imaging Hybrid Type High-sensitive and High-resolution Differential Phase-contrast X-ray Microscope

DOI:10.18957/rr.1.3.115
2012A1166 / BL20XU

井上 敬文a, 河合 朋充a, 藤森 健a, 竹原 孝二a, 竹内 晃久b, 上杉 健太朗b, 鈴木 芳生b

Takafumi Inouea, Tomomitsu Kawaia, Takeshi Fujimoria, Kouji Takeharaa, Akihisa Takeuchib, Kentaro Uesugib, Yoshio Suzukib

a(株)カネボウ化粧品, b(公財)高輝度光科学研究センター

aKanebo Cosmetics Inc., bJASRI

Abstract

 走査/結像ハイブリッド型高感度高分解能微分位相X線顕微鏡により、アイロンによる加熱処理毛髪の内部微細構造を三次元で測定することができた。加熱処理毛髪でのトリートメント剤の有無の比較から、毛髪コルテックス部位で加熱処理により生じる空隙の生成がトリートメント剤によって抑制される傾向が観察された。


キーワード: 毛髪、ヘアアイロン、X線CT、マイクロCT、位相CT、走査型CT

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背景と研究目的:

 我々は、切片の作製や染色処理を実施せずに、インタクトな状態の毛髪内部構造を観察することを目的としてX線顕微鏡の有効利用を考えている。すでに結像型のX線マイクロCTを用いてヒト毛髪の三次元微細構造を観察し、パーマやブリーチなどの化学処理により毛髪の軸方向にサブミクロンからミクロンオーダーの径を持った円柱状の空隙構造が生じることを見出している[1]。また、毛髪ダメージはパーマ処理やブリーチ処理以外でも生じることが知られており、特にヘアアイロンによる加熱処理によるダメージへの対応は新たなヘアケア製剤の開発に重要である。そして、ヘアアイロンによる加熱処理により、パーマ処理毛同様に毛髪周辺部位で損傷が大きいことをXANESによるイメージングで把握している[2]。また、走査型微分位相X線顕微鏡を用いることでヘアアイロンによる加熱処理毛髪の内部微細構造を測定した[3]。しかしながら、走査型X線微分位相顕微鏡では技術的に現状二次元の測定に制限されるため、三次元微細構造を推定する補助的な情報にとどまってしまう[4]。そこで、毛髪などX線の吸収が少ない試料の内部微細構造を三次元で測定することができる走査/結像ハイブリッド型高感度高分解能微分位相X線顕微鏡(以下、ハイブリッド型顕微鏡と呼ぶ)を用いて、加熱処理により引き起こされる毛髪内部の微細構造の変化を把握することを試みている[5]。このハイブリッド型顕微鏡は、走査型の特徴である高い位相感度および定量性と、結像型の利点である高い画像取得速度を実現するために、BL20XUにてTakeuchiらにより開発された[6]

 本課題では、毛髪内部微細構造を三次元で測定することができるハイブリッド型顕微鏡を用いて、加熱処理時のトリートメント剤により引き起こされる毛髪内部の微細構造の変化を把握することを目的とした。

 

実験:

 毛髪試料は、パーマやカラーの履歴をもたないアジア人女性の同一人毛に対し、0.2% sodium laureth sulfate水溶液に30秒間浸漬後、精製水の流水で1分間すすぐことにより洗浄したものを未処理毛髪として使用した。未処理毛髪に対して市販のコテを用いて160°C、3分間の加熱を60サイクル繰り返し実施した。この加熱の際に、毛髪保護成分を含有する溶液(トリートメント剤)および毛髪保護成分を含まない溶液(対照)を用いて、保護成分の効果を比較した。

 測定は、SPring-8のBL20XUにおいて実施した。ハイブリッド型顕微鏡では、集光側の一次元フレネルゾーンプレートにより150 µm(V)×0.13 µm(H)の線状に絞ったX線プローブを用い、水平面内に走査型光学系を形成する。一方、垂直方向は、対物側の一次元フレネルゾーンプレートにより結像型光学系を形成する。ある照射位置から得られる二次元画像の各方向の成分は、横方向が集光ビームの遠方場での強度分布、縦方向が試料の反転拡大透過像である。一枚の二次元画像から照射位置縦方向の微分位相シフトプロファイルが得られ、ラインプローブの一方向の走査で二次元微分位相コントラスト像を得る。さらにこれを走査方向に積分することで、一つの投影面での位相コントラスト像を得る。毛軸方向をプローブの縦方向を合わせ、毛髪を180°回転させながら、毛軸に対して赤道方向に繰り返し走査を行い、測定を実施した(図1)。撮影は、検出器にBeam Monitor AA40P + ORCA FLASH 2.8(浜松ホトニクス製)を用い、表1の条件にて行った。毛髪試料の三次元屈折率差分布の再構成演算は、前回(課題番号2011B1816)の報告と同様にhannフィルターを用いた平行ビーム照射近似におけるConvolution Back Projection法に基づき、ビームラインで提供されているソフトウェアを用いた[5]

 本研究では、毛髪を大気中で測定しており自由電子近似が成立し、得られた屈折率差は電子密度に比例する。また、生体試料である毛髪の形状変化を議論する上では、毛髪の電子密度分布が概ね質量密度分布に対応すると解釈して差し支えないと考えられる。


図1. 走査/結像ハイブリッド型顕微鏡の模式的イメージ

 

表1. 測定条件

結果および考察:

 加熱処理の過程でトリートメント剤を用いた毛髪および保護成分を含まない対照で加熱処理した毛髪の横断面を図2に示す。図では毛髪内部の密度分布が明瞭に示され、毛髪の表面近くに層状で存在するキューティクル、毛髪繊維が充填されている部位であるコルテックス、毛髪中央部に存在する空隙構造であるメデュラの3つの部位を識別できた。この画像の精度は二次元で内部構造を観察する走査型X線微分位相顕微鏡での画像[4]とさほど遜色ないものであった。トリートメント剤と対照を比較すると、対照ではコルテックスに空隙構造が多く見られた。


図2. 毛髪横断面の比較

 

 毛髪縦断面を図3に示す。対照で多く見られたコルテックスの空隙構造は、毛軸方向に伸びる円筒形の構造をとっていた。この構造はパーマ処理で生じるコルテックスの空隙[4]と類似したものであった。また、空隙の分布は多少のばらつきはあるものの、毛軸方向の異なる位置で比較しても極端な違いはなかった。空隙の分布は多少のばらつきがあるものの、毛軸方向の異なる位置で比較しても極端な違いはなかった。多くの試料の測定には測定時間の短い走査型X線微分位相顕微鏡が有効ではないかと考えられる。

 今回示した画像においてトリートメント剤では空隙構造が少ないように見て取れる。これが、トリートメント剤の効果によるものか、あるいは毛髪のばらつきによるノイズであるかを明確にするためには多数の試料を用いた観察が必要となるが、今回の測定では充分な試料数を観察するには至らなかった。また、今回得たハイブリッド型顕微鏡での観察結果では、前回の実験で報告したキューティクルでの亀裂を把握することはできなかった。この原因として、今回使用した毛髪のロットではもともとキューティクルにある程度傷みがあって、加熱処理による亀裂の形成が明確には捉えられなかったためと考えられる。


図3. 毛髪縦断面の比較

 

今後の課題:

 ハイブリッド型顕微鏡を用いることでヘアアイロンによる加熱処理毛髪の内部微細構造を三次元で測定することができた。一方、ハイブリッド型顕微鏡を用いた今回の測定では6時間〜8時間程度の時間を要し、二次元の画像を取得する走査型微分位相差X線顕微鏡(測定時間、30分間程度)と比較して限られた時間では観察する試料の数が少なくなってしまう。毛髪は生体由来の試料であるため個々の試料の間でばらつきがあり、複数の試料の観察が必要である。

 今後、走査型X線微分位相顕微鏡で観察した毛髪試料の中から空隙の形状や数が典型的な試料を保存し、改めてハイブリッド型顕微鏡で三次元観察を実施するなど効率的な観察を実施していく予定である。

 

参考文献:

[1] K. Takehara, et. al., J. Soc. Cosmet. Chem. Jpn. 44. 292 (2010).

[2] 井上敬文ら、第25回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム要旨 9P119(2012).

[3] 井上敬文ら、SPring-8利用報告書 2011A1695.

[4] T. Inoue, et. al., J. Soc. Cosmet. Chem. Jpn. 46, 101 (2012).

[5] 竹原孝二ら、SPring-8利用報告書 2011B1816.

[6] A. Takeuchi, et. al., Rev. Sci. Instrum. 83, 083701 (2012).

 

ⒸJASRI

 

(Received: October 4, 2012; Accepted: November 1, 2013; Published: December 10, 2013)