SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.3

Section B : Industrial Application Report

新規非晶質イブプロフェン複合体(抗炎症薬)の放射光X線回折による構造評価
Structural Evaluation of New Amorphous Ibuprofen Complex (Anti-Inflammatory Drug) Using Synchrotron XRD

DOI:10.18957/rr.1.3.142
2012A1489 / BL19B2

伊藤 武利, 石田 和裕

Taketoshi Ito, Kazuhiro Ishida

ライオン(株) 薬品第1研究所

Lion Corporation, Pharmaceutical Research Laboratories No.1

Abstract

 高結晶性の抗炎症薬であるイブプロフェンの溶解性向上を目的に、イブプロフェンの非晶質化について検討した。非晶質化剤として用いているアミノアルキルメタクリレートコポリマーは非常に高価であることから、本課題ではより安価な非晶質化剤の探索を行った。その結果、新たな非晶質化剤は見つからなかったが、非晶質化剤探索の指標として動径分布関数(RDF)が有用である可能性を見出すと共に、アミノアルキルメタクリレートコポリマーを大幅に減量したコストダウンの可能性を見出すことができた。


キーワード: イブプロフェン、アミノアルキルメタクリレートコポリマー、非晶質、X線回折、動径分布関数、溶解性向上

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背景と研究目的:

 弊社ライオン株式会社は、バファリンをはじめとする市販薬の開発メーカーであり、薬物を生体内でより有効に利用する研究開発を重点推進している。解熱鎮痛薬やかぜ薬の主薬であるイブプロフェンは、胃液、腸液への溶解性が著しく低く、「早く効く頭痛薬」の開発には溶解速度の向上が不可欠である。薬物の溶解性を高める一つの方法として非晶質化について多くの研究が行われているが、これまで各種非晶質間の構造的な差異について検討した例はない。溶解性や安定性の異なる非晶質状態の構造的な特徴を明らかにし、溶解性等の違いが非晶質構造の違いに起因することを立証することは、非晶質薬物の創製にとって極めて重要である。

 本研究は、これまでにない高い過飽和溶解性と非晶質安定性を有するイブプロフェン非晶質体が得られていることを特色とする。しかし、溶解性や安定性に劣る他のイブプロフェン非晶質体との比較において、汎用のXRD(X線回折装置)、FT-IR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)等では構造的な差異は観測されていない。一方、SPring-8では無機非晶質材料を中心に、広い波数域でX線散乱強度を測定することによって得られる動径分布関数にもとづいた非晶質物質の構造検討が数多く行われている。前回のSPring-8での測定にて、本課題においても同様の手法を適用できる可能性が見出され、測定に適した条件を確立するとともに、イブプロフェンの動径分布関数との類似性が高い非晶質化剤を用いた場合に、溶解性も高くなる可能性が見出された(課題番号2011B1790)。今回は、複数の非晶質化剤についてより確度の高いデータを取得し、イブプロフェン非晶質体の構造的特徴と溶解性や安定性との相関を明らかにすることを目的とする。

 本研究では、アミノアルキルメタクリレートコポリマーという医薬品に使用可能な非晶質化剤を用い、工業化可能な製法によってイブプロフェンを非晶質化することに成功しているが、実用化にはそのコストが課題となっている。低コスト化に向け、非晶質化剤の配合比や組合せ、製法の簡略化を検討中だが、現象面だけでは最適化に限界がある。溶解性等の諸物性と非晶質構造とを関連付けることにより、重要な制御因子と最適な非晶質化条件を明確にし、イブプロフェン製剤初の非晶質解熱鎮痛薬の実用化を目指す。

 X線散乱により非晶質物質の構造を検討するためには、散乱強度のデータをできるだけ広い波数域で精度よく測定することが必要である。SPring-8の高エネルギーで高輝度なX線は広い測定波数域を確保するために最適な光源である。課題番号2011B1790において、イブプロフェンの動径分布関数に近い非晶質化剤を用いた場合に、溶解性も高くなることが示唆された。2種の非晶質体の構造的な差異も観察された。今回は、非晶質化剤の構造と溶解性の相関を明らかにするため、複数の非晶質化剤についてより露光時間を長くした精度の高いデータを取得する。


実験:

表1.試料一覧

ビームライン:BL19B2、Debye-Scherrerカメラ


X線散乱測定条件

X線エネルギー:10 keV、24 keV  入射光形状:0.3 mm × 3.0 mm

  露光時間:試料により30〜60分

  キャピラリー:リンデマンガラス製、直径0.3 mm


結果および考察:

 表1に示した各試料について、分子量や官能基といった既知の化学構造だけでなく、これまで知見の少ない電子密度分布といった分子の物理的内部構造が薬物複合体の溶解性に与える影響について検討するため、BL19B2にて24 keV、露光時間30〜60分としたX線散乱測定を行った。その結果、図1に示したように、IBPについては露光時間5分の課題番号2011B1790とほぼ同様のデータが得られた。そこで、前回の考察を受け、各試料のX線散乱から動径分布関数(RDF)を導出した。しかしながら、図2に示したように、IBPと類似したRDFを有するAMC以外の非晶質化剤は見出されなかった。なお、分子間の相関についても検討するためX線エネルギー10 keVでの測定も露光時間30〜90分にて行ったが、バックグラウンドが高く解析に十分なデータは得られなかった。

 次に、図3に示したように、IBP/AMC複合体(1:1)が非晶質で高溶解性を示すのに対し、高価なAMCの使用量を減らしたIBP/AMC複合体(3:1)の結晶性は、イブプロフェン原末(図1)と比較すれば大きく結晶性が低下したものの微結晶であり、溶解性も低かった。そこで、コスト的に許容できるIBP/AMC複合体(3:1)を非晶質化する安価な添加剤について更に検討した。その結果、図4に示したように、IBP/AMC/ポリマーD複合体(3:1:3)とすることにより、ポリマーD以外の回折ピークは観察されなくなり、イブプロフェンは非晶質化していると考えられた。また、図5に示したように、RDFも高溶解性のIBP/AMC複合体(1:1)と類似していることが分かった。今後、IBP/AMC/ポリマーD複合体の長期にわたる非晶質安定性(高溶解性の維持)を確認し、配合量等を最適化することにより、高価なAMCを大幅に減量した高溶解性処方を設計できる可能性がある。

 以上、非晶質化剤探索の指標として動径分布関数(RDF)が有用であることを確認し、非晶質化剤のコストダウンの可能性を高めることができた。




図1.イブプロフェンのXRDプロファイル




図2.各種非晶質化剤の動径分布関数




図3.IBP/AMC複合体のXRDプロファイル




図4.IBP/AMC/ポリマーD複合体のXRDプロファイル




図5.IBP/AMC/ポリマーD複合体の動径分布関数



ⒸJASRI


(Received: February 14, 2013; Accepted: November 1, 2013; Published: December 10, 2013)