Volume1 No.3
Section B : Industrial Application Report
ペンタセン前駆体の転化及び結晶化挙動の解明
Conversion and Crystallization Behavior of Pentacene Precursor
神戸大学大学院工学研究科
Graduate School of Engineering, Kobe University
- Abstract
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ペンタセン前駆体は、熱や光によって難溶なペンタセンへと転化することから、塗布型有機半導体として注目されている。高性能な塗布型有機トランジスタを作製するためには、前駆体の転化や結晶成長を制御することが必須である。本研究では、熱転化型と光転化型のペンタセンを混合した薄膜を調整し、光照射と熱処理が結晶配向や結晶化度などの薄膜構造に及ぼす影響について、すれすれ入射X線回折(2D-GIXD)法による評価を行った。本研究により、光転化型ペンタセンの結晶核をトリガーとした熱転化型ペンタセンの転化及び結晶成長の制御が可能となった。
キーワード: プリンテッドエレクトロニクス、ペンタセン前駆体、薄膜、GIXD、PILATUS
背景と研究目的:
印刷技術は新聞や書籍などの出版物を迅速に大量生産し、世に普及させることで飛躍的に文明を開花させた。近年、その対象をエレクトロニクス分野に拡張し、“プリンテッドエレクトロニクス”として大きな期待を集めている。こうした産業領域の開拓には、インクとなる塗布形成可能な有機材料の開発及び界面を制御した成膜技術の確立が必須で、広範囲な基盤技術の形成が望まれている。
有機半導体の中でもペンタセンは、アモルファスシリコン並みの高いキャリア移動度を示すことからトランジスタへの応用が期待されている。これまで有機溶媒に難溶なペンタセンの成膜には真空蒸着法が適用されてきたが、近年では塗布形成可能なペンタセン前駆体が合成されている。ペンタセン前駆体は、熱や光によって難溶なペンタセンへと転化することが知られており、それぞれ熱転化型及び光転化型と大別されている[1,2]。ペンタセン前駆体を用いた有機薄膜トランジスタの移動度に関する論文はこれまでに数多く報告されているが、ペンタセン前駆体の転化挙動や結晶成長のメカニズムの詳細に関しては不明な点が多い。我々は、塗布成膜したペンタセン前駆体及び転化後のペンタセンの透過型電子顕微鏡(TEM)観察から、所定の条件下において高さの揃ったピラー状結晶が形成することを明らかにしている[3,4]。しかし、詳細な形成メカニズムは明らかとなっておらず、ピラー状結晶の精密制御はできていない。本課題では、熱転化型ペンタセンと光転化型ペンタセンを混合した薄膜を調整し、2D-GIXD法により、光照射と熱処理が結晶配向や結晶化度などの薄膜構造に及ぼす影響について調査した。
実験:
試料として熱転化型ペンタセン(SAP)と光転化型ペンタセン(DEP)を用いた(図1)。SAPとDEP薄膜は、それぞれの0.5 wt%クロロホルム溶液からスピンコート法(1500 rpm、60秒)で成膜した。同様に、SAPとDEPの混合膜も作製した。膜の評価は、SPring-8 BL46XUの多軸回折計を用いて行った。入射X線の形状は0.1×0.5 mm2、入射角度は0.12°とした。受光側には、スリットを入れず、X線光子計数型二次元検出器(PILATUS 300K)を固定して測定した。波長は、1 Å、カメラ長は174.5 mmに設定した。試料はステージ上で200°Cまで昇温(10∼100°C/min)し、10分間保持した後、室温まで降温(-100°C/min)した。
図1.ペンタセン前駆体。熱転化型ペンタセンSAP (a)、光転化型ペンタセンDEP (b)。
結果および考察:
図2にSAPの示差熱・熱重量(TG-DTA)測定の結果を示す。TG測定より、前駆体粉末を加熱すると120°C付近で重量の減少が認められ、200°C付近で一定値となった。重量減少量は27%で前駆体の中央芳香環付加分子の脱離量と一致し、ペンタセンへと転化することを確認した。また、DTA測定より、付加分子の脱離は170°Cをピークとする吸熱反応であることがわかった。一方、DEPは可視光によってペンタセンへと転化するものの、加熱による転化は認められなかった。
図2.SAPのTG-DTA特性。
図3に170°Cで熱処理したSAP膜のTEM観察の結果を示す。TEM像には、数μmのサイズの薄片状結晶とサブμmの矩形結晶の二種類の結晶が観察された(図3a)。図3a中の円で示した部分(薄片状結晶)からの制限視野電子線回折(SAED)像では、単結晶を示唆するシングルネットパターンが現れた(図3b)。赤道線上の回折斑点の面間隔は0.77、0.39、0.27 nm、子午線上の回折斑点の面間隔は0.60及び0.30 nmに相当し、図3cのように指数づけられた。このSAEDパターンはバルク相のペンタセン結晶のc*軸投影の回折パターンと一致した。一方、矩形結晶からのSAED像も同様のパターンを示した。
図3.SAP膜のTEM像(a)、SAED像(b)及びその指数(c)。
図4に異なる昇温速度で加熱したSAP薄膜の2D-GIXD測定の結果を示す。室温から170°Cまで10°C/min(図4a)で昇温した場合、001反射が基板法線方向から±20°傾いた方向に現れたのに対して、100°C/min(図4b)で昇温した場合のピークは基板法線方向と一致した。00l反射の方位分布は昇温速度に著しく依存する傾向が見られ、200°Cまで急速に温度ジャンプさせることで更に一軸配向化することが判明した。
図4.異なる昇温速度で加熱したSAP薄膜の2D-GIXD。 10°C/min(a)及び100°C/min(b)で170°Cまで昇温。なお、(b)の2本のリングはグラファイトドームの回折で試料とは無関係。
図5にSAPとDEPの混合膜における2D-GIXD測定の結果を示す。図5 (a)は混合膜をステージ上で直接加熱し、室温に戻した後の回折パターンである。加熱することで、加熱前には見られなかった回折が複数観測された。これらはバルク相のペンタセン由来であり、図中に示すように指数づけられた。最も強い00l反射(l=1,2)はQ⊥方向(試料面法線方向)に観察された。この結果は、SAEDの解析結果とも一致しており、ペンタセン結晶の(001)面が基板に対して平行に配向していることを示している。したがって、逆格子と実格子の関係より、図6に示すようにペンタセン分子が基板に斜立して吸着していることが明らかとなった。しかし、00l反射のプロファイルはアーク状であることから、ペンタセンの結晶面と基板面の関係は一つではなく、ペンタセン結晶のc*軸と基板面のなす角度は0〜27°の範囲で混在していることが分かった。
図5.SAP/DEP混合膜の2D-GIXD。SAP/DEP混合膜を200°Cで加熱する前に可視光を照射しない場合(a)と照射した場合(b)。
一方、図5 (b)は混合膜に予め可視光を照射し、その後熱処理をした試料の回折パターンである。図5(a)とほぼ同様の回折パターンが観測されたことより、ペンタセンの吸着状態に大きな変化はないことがわかる。しかし、001反射の強度が増加し、新たに200及び20-1反射が観測された。結晶化が促進した理由として、光照射によりDEPがペンタセンへと転化し、室温の状態にもかかわらず、既に核形成が進行したためと考えられる。したがって、光転化型ペンタセンの結晶核をトリガーとした熱転化型ペンタセンの転化及び結晶成長の制御が可能であると結論した。
図6.前駆体から塗布形成したペンタセンの配向。
今後の課題:
光照射時及び加熱時におけるin-situの2D-GIXDを行い、詳細な結晶成長のメカニズムを明らかにしていく予定である。また、混合膜のTEM観察に加えて、走査型電子顕微鏡(SEM)、原子間力顕微鏡(AFM)によるモルフォルジー評価を行い、これらの分子配向やモルフォルジーがキャリア移動度などの物性値に与える影響を調査する。本研究で示したような塗布転化型材料では、異なる置換基を導入した異種分子でも最終的には同一の分子に転化するため、複数の前駆体からなる混合膜を作製することにより、転化、核生成、結晶成長等を独立のパラメータとして制御できる可能性が高く、将来、新たな結晶成長制御法としてプリンテッドエレクトロニクスの共通基盤技術に発展していくと考えられる。
謝辞:光転化型ペンタセン(DEP)をご提供頂きました奈良先端科学技術大学院大学、山田容子教授に心よりお礼申し上げます。
参考文献:
[1] H. Yamada, et al., Chem. Eur. J., 11, 6212 (2005).
[2] A. Masumoto et al. Jpn. J. Appl. Phys., 48, 051505 (2009).
[3] Y. Murai et al, Appl. Phys. Ex., 4, 121603 (2011).
[4] 村井裕樹、神戸大学修士論文(平成24年度).
ⒸJASRI
(Received: November 16, 2012; Accepted: November 1, 2013; Published: December 10, 2013)