Volume1 No.3
Section B : Industrial Application Report
硬X線光電子分光による電子デバイス用GaAs表面の状態解析
HAXPES Analysis of GaAs Surface State for Electronics Devices
住友電気工業(株)
Sumitomo Electric Industries, LTD
- Abstract
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電子デバイス用砒化ガリウム(GaAs)半導体の表面状態に関し、硬X線光電子分光(HAXPES)による分析を行った。特に、GaAs表面の酸化物がGaAs電子準位のエネルギーに与える影響について調べるため、酸化物量が異なると予想される2つの試料を作製し、Ga2p3/2及びAs2p3/2の光電子スペクトルを2水準の取り出し角で測定した。結果として、より多くの表面酸化物が確認された方の試料で、Ga及びAsのいずれのピークも低エネルギー側に0.2 eVシフトすることが確認された。このシフトは界面近傍に固定された負電荷の存在を示唆しており、GaAs表面酸化物が電子トラップの起源と推定される。また、酸化物の適切な制御により、耐圧特性に優れたGaAs高電子移動度トランジスタを実現できるものと期待される。
キーワード: GaAs、HEMT、表面酸化物、SiNx、硬X線光電子分光
背景と研究目的:
GaAs半導体は、Siに比べて電子移動度が高く、また、半絶縁性基板が実現できるという特長を有している。これらを活かしたGaAs系高電子移動度トランジスタ(GaAs-HEMT)は、携帯端末用などの高出力トランジスタとして不可欠の電子デバイスとなっている。
更なる高出力化を図るには、トランジスタの耐圧向上が必要である。HEMTでは電極部以外のGaAsチャネル表面を、窒化ケイ素(SiNx)などの絶縁膜で保護する必要がある。この界面状態は、耐圧に大きな影響を与えることが知られている。即ち、絶縁膜/チャネルの界面に存在する「トラップ」が電子を捕獲し、寄生的に発生した空乏層が耐圧を向上させるという効果が考えられている(図1参照)。
従って、界面トラップの制御は重要な技術課題であるが、その実体やメカニズムについては詳細に解明されたとは言えない。そこで本研究では、硬X線光電子分光を用いて表面状態の異なるGaAs試料を分析した。特に今回、トラップの原因の1つと言われているGaAs表面の酸化物に着目し、その多寡によりGaAsの電子準位エネルギーがどのような影響を受けるかを調べた。
図1.GaAs-HEMTの断面構造模式図
実験:
一般に、GaAs表面には大気中室温でも酸化物が生成することが報告されている[1]。そこで分析試料として、①GaAs/AuPd ②GaAs/SiNx/AuPdの2種類を作製した。試料①は、n-型GaAs基板に、測定時のチャージアップ緩和のためのAuPd(6 nm厚)を蒸着したものである。この場合、GaAs表面の酸化物はAuPdとの界面にそのまま残留すると考えられる。一方の試料②では、GaAs基板を酸洗浄した後に、PECVDでSiNx膜(11 nm厚)を堆積し、更にAuPdを蒸着している(cf. AuPd蒸着は、試料①と同一バッチで実施)。このプロセスでは、①に比べて界面の残留酸化物量は少ないと予想される。なお、今回用いたGaAs結晶の推定キャリア濃度は、5×1016 /cm3である。
硬X線光電子分光の測定は、SPring-8のBL46XUにて行った。上記GaAs試料の背面をカーボンテープでホルダーに固定し、かつ、上面のAuPdもカーボンテープで接地することで測定中のチャージアップの緩和を図った(cf. 中和銃は不使用)。光電子取り出し角(TOA)は80°と30°の2水準、また、光電子検出には半球型電子アナライザを用い、50 meVステップでスイープを行った。
なお、励起X線エネルギー(hν)を求めるため、純Auの標準試料も別途測定している。得られたAu4f7/2の運動エネルギー(KE)は7854.95 eVであり、これに既知の束縛エネルギー(BE)である84 eVを加えて、hν=KE+BE=7938.95 eVとした。
後述のように、今回の実験ではチャージアップを完全に抑制することはできなかった。チャージアップが生じた場合の束縛エネルギーは、BE=(hν-Vs)-KEとなる(cf. Vsは、チャージアップによる光電子スペクトルのシフト量)。即ち、正確にBEを算出するには、KEだけでなくVsの値も測定する必要がある。本研究では、Ga2p3/2とAs2p3/2に加え、各試料のAuPd中のAu4f7/2も測定し、チャージアップによるシフトの補正に用いた。なお、試料に蒸着しているのは、純AuではなくAu:Pd=6:4の合金である。そのAu4f7/2束縛エネルギーは、化学シフトにより84 eVではなく83.606 eVとなることを別途確認済みである[2]。
結果および考察:
まず、各試料のAu4f光電子スペクトルの測定結果を図2に示す。これらはチャージアップによるシフトの補正を実施する前のものである。本来ならAu4f7/2ピーク中心が83.606 eVで重なるはずであるが、実際には②−30°を除き0.04~0.09 eVの範囲で高エネルギー側へシフトしている。この結果から、6 nm厚のAuPd蒸着とカーボンテープによる接地でも、わすかながらチャージアップが発生しうることが分かる。しかし、この測定で得られた各試料のVsを用いて、後述のGa2p3/2及びAs2p3/2のスペクトルを補正することができるようになった。
なお、試料②の場合、TOA=80°でVs=0.04 eV、同30°でVs=0 eVとなっている。同一試料にも関わらずVsが異なる理由としては、TOA変更によってX線ビームに対する試料位置(及びX線照射量)が微妙に変化し、結果的に光電子発生量が異なってしまった可能性が考えられる。
図2.各試料のAu4fスペクトル
次ページの図3に、各試料のGa2p3/2及びAs2p3/2光電子スペクトルを示す。これらの横軸のBEは、図2のVsを用いて補正されている。まず、試料①については、Ga及びAsのいずれも、GaAs結晶のメインピークより高エネルギー側に明瞭なサブピークが現れ、かつ、TOA=80°よりも30°の方が大きいことが確認された。これはGaAs結晶よりも表面側にGaあるいはAsの酸化物が存在することを示している。一方、試料②では、このようなサブピークは見られず、GaAs/SiNx界面の酸化物は極めて少ないと言える。
また、図3において破線で示したメインピーク位置を試料間で比較すると、Ga2p3/2とAs2p3/2のいずれも、②に比べ①の方が低エネルギー側に約0.2 eVシフトしている。一方、同一試料におけるメインピーク位置のTOA依存性に着目すると、全試料Ga2p3/2とAs2p3/2のいずれも、TOA=80°と30°でほぼ同じピーク位置となっている。
図3. 各試料のGa2p3/2及びAs2p3/2の光電子スペクトル
図4に、今回の測定結果から推定される試料断面構造、及び、GaAsバンド構造を模式的に示す。
まず、界面酸化物の試料間の差に関しては、事前の予想通りの結果であった。即ち、酸洗浄に続くSiNx膜堆積により、界面に残留する酸化物量は大幅に低減されるものと考えられる。
次に、GaAs結晶のピーク位置について考察する。今回、Ga2p3/2とAs2p3/2のピークが低エネルギー側へシフトしたのは、界面酸化物が多い試料①の方であった。このようなシフトは、界面近傍に固定された負電荷の存在を示唆するものと考えられる。即ち、界面酸化物が電子トラップの起源となっている可能性が高い。Ga2p3/2とAs2p3/2は内殻準位であるが、耐圧に影響する伝導帯についても、トラップのため同じ方向にシフトしていると予想される。
また、いずれの試料でもメインピークの位置にTOA依存が見られなかった理由として、n-型GaAsのキャリア濃度が5×1016 /cm3と低かったことが考えられる。このような低濃度では、仮に電子が界面にトラップされていても、GaAs表面近傍のバンド曲がりは無視できるレベルとなり、分析深さが10 nm程度の硬X線光電子分光から得られる束縛エネルギーは、深さ方向で一定と見なせると考えられる。
最後に、デバイス技術面の課題であるGaAs-HEMT耐圧向上については、GaAs表面酸化物を絶縁膜界面に残留させ、GaAs表面電位を上昇させることが有効であると考えられる。
図4. 推定される試料界面の構造、及びGaAsバンド構造の模式図
謝辞:
硬X線光電子分光の測定において、多大な尽力を頂いたJASRIの孫珍永様、陰地宏様、及び崔芸涛様に深謝いたします。また、分析試料の作製とデータ解析での議論でお世話になった住友電工デバイスイノベーション(株)の小山健二様と駒谷務様に心より感謝いたします。
参考文献:
[1] G. P. Schwartz et al: J. Electrochem. Soc. Solid-State Sci. and Tech., 127. 2269 (1980).
[2] 舘野泰範ら: 平成22年度 重点産業利用課題成果報告書(2010B), 2010B1847.
©JASRI
(Received: February 12, 2013; Accepted: November 1, 2013; Published: December 10, 2013)