SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.3

Section B : Industrial Application Report

硬X線光電子分光法による有機EL素子ITO/Alq3膜界面の化学状態解析
Investigation of Chemical States of ITO/Alq3 Interface in Organic Light Emission Diode by Hard x-ray Photoelectron Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.1.3.197
2012B1888 / BL46XU

小川 慎吾, 安居 麻美, 藤田 学, 宮本 隆志, 村木 直樹

Shingo Ogawa, Asami Yasui, Manabu Fujita, Takashi Miyamoto, Naoki Muraki

株式会社東レリサーチセンター

Toray Research Center Inc.

Abstract

 トップ・エミッション構造の有機Electroluminescence(EL)素子として、電子輸送層の有機膜であるキノリノールアルミニウム錯体(Alq3)上に透明導電膜であるITO膜を陰極として形成した際のITO膜とAlq3膜の界面の化学状態を硬X線光電子分光法(HAXPES)により調べた。角度変化測定により検出深さを変えて測定した結果、Alq3膜上にITO膜を成膜するとAlq3膜の深い領域(内部)は変化しないが、浅い領域(ITO/Alq3界面近傍)ではAlq3の分子構造が変化することが確認された。ITO成膜時のAlq3の変性は、ITO成膜前にAlq3膜表面に極薄LiF膜を堆積しても抑制できなかったため、性能向上のためのさらなるプロセス改善が必要であると考えられる。


キーワード: Hard x-ray photoelectron spectroscopy, HAXPES, Organic light emission diode, Alq3

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背景と研究目的:

 有機Electroluminescence(EL)素子は、電子輸送層、正孔輸送層および発光層からなる有機薄膜を陰極と陽極で挟み込んだ構造の自発光型デバイスである。半導体的な性質を有する有機膜に対して電圧を印加することで有機分子自身が発光するため、液晶テレビのようなバックライトが不要であり、軽量、薄型、低消費電力、高速応答性などの優れた特徴を有するとともに、フィルム上や曲面にも素子を形成できるため、次世代のディスプレイもしくは照明などとして注目されている。有機ELパネルのデバイス構造の一つに、薄膜トランジスタ(Thin film transistor: TFT)基板の表面側から光を取り出す構造であるトップ・エミッション方式があり、TFT基板の裏面側から光を取り出すボトム・エミッション方式と比べて発光面積率が大きいため、輝度や電圧が低くてよいことなどから長寿命化が望め、TFTのレイアウトに制約が少ないため高精細化が容易である[1]。トップ・エミッション方式は、有機膜(電子輸送層)の上に成膜する陰極をインジウム・スズ酸化物(Indium-Tin-Oxide: ITO)などの透明電極にする必要がある。このとき問題となるのが、透明電極を成膜する際に起きる有機膜の変性による素子性能の低下であるが、現時点で素子性能低下の要因と透明電極と電子輸送層界面の構造の関係は明らかになっていない。そのため高性能な有機EL素子を作製するために、陰極としての透明電極と電子輸送層の界面の構造を理解し変性の無いプロセスを構築することが必要である。ここで、X線光電子分光法(X-ray photoelectron spectroscopy: XPS)は試料表面の組成および化学状態を評価することができる手法であるが、実験室系のXPSは検出深さが数nm程度であるため、ITO膜を数 nm以上成膜した後にITO越しに有機膜の情報を十分に得ることは難しい。また、XPSではイオンスパッタリングを併用して試料の表面をスパッタしながら測定する場合もあるが、有機膜はイオンスパッタを施すと化学状態変化が起きる場合があるため、実験室系でITO成膜後の有機膜との界面の化学状態を非破壊で評価することは困難である。

 そこで本研究では、検出深さが数十nmと実験室系のXPSより深い硬X線光電子分光法(Hard x-ray photoelectron spectroscopy: HAXPES)を適用して、電子輸送層の有機膜であるキノリノールアルミニウム錯体(Alq3)上にITO膜(5 nm)を成膜した際のAlq3の化学状態変化を調べた。また、Alq3上の金属電極(陰極)形成の場合に性能改善の方法として報告されている陰極と電子輸送層の間にLiF膜を挿入[2,3]することを試み、LiF膜挿入による有機膜のダメージ抑制効果を検証した。

 

実験:

 SiO2膜が成膜されたガラス基板上に陽極ITO膜をスパッタ法により形成し、その後ITO電極の上に有機膜としてAlq3膜を50 nm真空蒸着法にて成膜した。試料の一部に陰極としてITO膜(5 nm)をスパッタ成膜した。また、ITO成膜によるAlq3膜へのダメージ抑制および電子注入効率向上を目的として、ITO膜とAlq3膜の界面に極薄LiF膜(1 or 2 nm)を挿入した試料を用意した。成膜プロセスは全て真空一貫で実施した。作製した試料に対し、SPring-8 BL46XUにてHAXPES測定(光電子アナライザー VG-SCIENTA製 R-4000)を実施した。入射光のエネルギーは二結晶分光器とSi(444)チャネルカットモノクロメーターにより7940 eVとし、深さ方向の状態を評価するため、光電子検出角度(Take-off angle: TOA)を3水準(30°, 45°, 80°:90°が最も検出深さが深い)に振って測定を実施した。横軸補正として、ITO膜が成膜された試料はIn3d5/2ピーク位置を444.3 eV (In2O3)にした。Alq3単膜試料は、ITO膜が成膜された試料の検出角度80°の結果における横軸補正後のC 1sピーク位置285.3 eVに合わせた(後述するがITO膜が成膜された試料の検出角度80°の結果がAlq3として妥当であることを確認している)。

 

結果および考察:

 Fig. 1(a)および1(b)にAlq3単膜とAlq3膜にITO膜を5 nm成膜した試料(ITO/Alq3)の光電子検出角度30°および80°のC 1sスペクトルを示す。両試料とも、Alq3膜の主たる分子構造に由来するCHx, C-C成分(285 eV付近)が主であり、ベンゼン環の存在を示唆するπ-π*サテライトピーク(290 eV付近)も認められた。Alq3単膜では検出角度30°と80°のスペクトルに顕著な違いは認められなかった。このことは、Alq3単膜は深さ方向の化学状態が均一であることを示すと考えられる。

 一方で、ITO膜を成膜した試料では検出角度30°と80°のスペクトルでπ-π*サテライトピークの形状に違いが認められ、検出角度80°はAlq3単膜のスペクトル形状に近いが、検出角度30°はAlq3単膜と異なるスペクトル形状であった。Alq3膜上にITO膜を成膜すると、Alq3膜の深い領域(内部)は変化しないが、浅い領域(ITO/Alq3界面近傍)ではAlq3の分子構造が変化した可能性がある。Fig. 2(a)および2(b)にHAXPES測定により得られたAlq3単膜試料およびITO/Alq3試料のAl 1s/C 1sおよびN 1s/C 1sピーク強度比の光電子検出角度依存性プロットを示す。Alq3単膜では、Al 1s/C 1sおよびN 1s/C 1sピーク強度比ともに顕著な光電子検出角度依存性は認められないため、C 1sスペクトル(Fig. 1)の考察と同様に、深さ方向にAlq3構造は均一であると考えられる。一方で、ITO膜を成膜した試料では、N 1s/C 1sピーク強度比に光電子検出角度依存性は認められないが、Al 1s/C 1sピーク強度比は検出角度が小さい(検出深さが浅い)ほど低くなる傾向であった。このことから、ITO/Alq3界面近傍においてITO成膜によりAlq3構造が変化し、Al濃度が減少した可能性がある。

 

 

Fig. 1. (a) C 1s spectra of Alq3 and ITO(5 nm)/Alq3 obtained by HAXPES.

(b) Expansion of 286-296 eV region in C 1s spectra. The photoelectron take-off angles of HAXPES are 30º and 80º.

 

 

Fig. 2.(a) Al 1s/C 1s and (b) N 1s/C 1s peak intensity ratio of Alq3 and ITO(5 nm)/Alq3 obtained by HAXPES. The photoelectron take-off angles of HAXPES are 30º, 45º and 80º.

 

 そこで、ITO成膜時のAlq3膜の変性抑制を目的として、ITO膜とAlq3膜の界面に極薄LiF膜を2 nm挿入した結果(ITO/LiF/Alq3)をFig. 3に示す。Fig. 1で示した極薄LiF膜を挿入していない結果(ITO/Alq3)も併せて示す。LiF膜を挿入した試料も、LiF膜を挿入しない試料と同様に検出角度30°と80°のスペクトルでπ-π*サテライトピークの形状に違いが認められ、Alq3はITO/LiF/Alq3構造の界面側で構造が変化した可能性がある。Fig. 4(a)および4(b)にLiF膜厚を0, 1, 2 nmと変化させた場合のITO/LiF/Alq3試料のAl 1s/C 1sおよびN 1s/C 1sピーク強度比の光電子検出角度依存性プロットを示す(Alq3単膜およびLiF膜厚0 nmの結果はFig. 2の結果と同様)。LiF膜の膜厚に関わらずAl 1s/C 1sピーク強度比がITO/(LiF)/Alq3界面側で低下していることから、今回の実験においてITO成膜によるAlq3膜の変性はLiF膜挿入で抑制することができなかったと考えられる。そのため、ITO成膜時のAlq3膜への変性抑制に向け、今後さらなるプロセス改善の検証が必要であると考えられる。

 

Fig. 3.(a) C 1s spectra of ITO (5 nm)/Alq3 and ITO (5 nm)/LiF (2 nm)/Alq3 obtained by HAXPES.

(b) Expansion of 286-296 eV region in C 1s spectra. The photoelectron take-off angles of HAXPES are 30º and 80º.

 

Fig. 4.(a) Al 1s/C 1s and (b) N 1s/C 1s peak intensity ratio of Alq3 and ITO (5 nm)/LiF (0, 1 and 2 nm)/Alq3 obtained by HAXPES.

The photoelectron take-off angles of HAXPES are 30º, 45º and 80º.

 

参考文献:

[1] T. Sasaoka et al., SID Digest, 32, 384 (2001).

[2] Q. C. Le et al., J. Appl. Phys., 87, 375 (2000).

[3] 村木直樹, 宮本隆志, 有機EL討論会, 第9回例会予稿集, 11 (2009).

 

©JASRI

(Received: April 19, 2013; Accepted: November 1, 2013; Published: December 10, 2013)