Volume1 No.1
Section B : Industrial Application Report
有機半導体の薄膜中における配向状態解析
Analysis of Molecular Orientation in Organic Semiconductor Thin Films
広島大学大学院工学研究院
Graduate School of Engineering, Hiroshima University
- Abstract
本研究では、新規なナフトビスチアジアゾール(NTz)を有する半導体ポリマー(PNTz4T)の2次元斜入射X線回折測定を行い、有機トランジスタ特性や有機薄膜太陽電池特性との相関関係を解析した。PNTz4Tは、比較として用いたベンゾチアジアゾール(BTz)を有するポリマー(PBTz4T)に比べて結晶性が高いことが分かった。また、PNTz4Tは、フラーレン誘導体を混合することで、配向性がedge-onからface-onへと劇的に変化することが分かった。以上のような薄膜構造を形成することで、PNTz4Tが非常に高いデバイス特性を示す要因であることが明らかとなった。
キーワード:有機半導体、半導体ポリマー、薄膜、微小角入射X線回折、2次元検出
背景と研究目的:
有機エレクトロニクスは、従来の無機半導体技術ではなし得ない、超薄型、フレキシブル、大面積なデバイス(ディスプレイや太陽電池など)を可能にする先端技術として世界的に注目され、実用化を見据えて活発な研究開発が行われている。有機半導体デバイスは、無機半導体に比べて、デバイス作製プロセスが非常に簡便であるため、低コスト化、エネルギー削減にも繋がり、低環境負荷技術という面でも注目度が高い。本分野は、これまで日米欧が中心となり研究が進められてきたが、近年では、韓国、中国からも多数の研究報告があり、競争が激化している。有機デバイスの根幹となる有機半導体材料は、デバイス性能を決定する極めて重要な技術であるため、“いい材料”を求める声は産学問わず非常に大きい。
有機デバイスの性能は、有機薄膜中における有機材料分子の結晶性、配向性に強く依存するため、材料開発を推進する上で有機薄膜の結晶状態、配向状態を解析し、分子構造との相関関係を知ることが不可欠である。PNTz4Tはナフトビスチアジアゾール(NTz;ベンゾチアジアゾールを二つ縮合したヘテロ芳香環)を有する半導体ポリマーであり、これを用いた有機トランジスタでのキャリア移動度は~0.56 cm2/Vs、またフラーレン誘導体(PC61BM)と混合した薄膜を用いて作製した有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率は~6.3%といずれも非常に高い。その一方で、ベンゾチアジアゾール(BTz)型ポリマー(PBTz4T)は、それぞれ~0.074 cm2/Vs、~2.6%とあまり高くない[1]。そこで、本研究ではこれらの半導体ポリマー薄膜の微小角入射X線回折測定を2次元検出器を用いて行い、結晶状態、配向性と有機デバイス特性との相関関係について解析した。
当初の計画では、ポリマーの分子量、アルキル鎖長、あるいは基板種に対する結晶性、配向性を調査すべく実験を行う予定であったが、PNTz4Tでは分子量依存性が予備実験にて確認できなかったことや、アルキル鎖長の短いサンプルは不溶性であり薄膜作製が困難であったこと、および太陽電池特性との相関関係について早急に調査する必要があったため、計画を変更し下記実験を行った。
実験:
試料:半導体ポリマー(PNTz4T(分子量2水準)及びPBTz4T:図1)薄膜、及び半導体ポリマーとフラーレン誘導体(PC61BM:図1)の混合薄膜
ポリマー薄膜(膜厚~1 μm)は、パーフルオロデシルトリエトキシシラン(FDTS)にて表面処理したSi/SiO2 基板上(有機トランジスタとの相関関係を評価するため)にクロロベンゼン溶液をドロップキャストすることで作製した。一方で、ポリマー/PC61BM 混合薄膜は(膜厚~1 μm)は、PEDOT-PSSをスピンコートしたITOガラス基板上(有機薄膜太陽電池との相関関係を評価するため)に、ポリマー/PC61BMのクロロベンゼン溶液をドロップキャストすることで作製した(表1)。
表1. 実験に用いた試料
実験条件:BL19B2
二結晶分光器からの光を高調波除去ミラーによって高調波を除去し、単色X線を4象限スリットで横1 mm × 縦0.2 mmに整形し、入射X線強度はイオンチェンバーでモニターした。入射X線のエネルギーは12.4 keVとした。測定には反射率実験・微小角入射X線回折実験に実績のあるHUBER社多軸回折装置を用い、試料へのX線入射角は有機膜の全反射臨界角未満の0.12°とし、試料からの散乱・回折X線は多軸回折装置の受光側に設置したPILATUSで検出した。X線照射による試料ダメージを防ぐためにカプトンドームを用いて、試料周りをヘリウムガスで置換した。
結果および考察:
PNTz4TとPBTz4Tの薄膜と、それぞれPC61BMとの混合薄膜の2次元X線回折パターンを図2に示す。図2aでは、qz軸(基板面外)方向に弧状の回折が第4次まで現れ、qxy(基板面内)方向の約1.7 Å-1に回折が現れている。前者はポリマーの層状構造に由来し、後者はπスタックの周期構造に由来する。このことから、PNTz4Tが、図3aに示すように、分子同士の強い相互作用によってπスタックすることで層状構造を形成し、さらにポリマー主鎖面が基板に対して垂直に配向している(edge-on配向)ことが示唆される[2]。それに対して、PBTz4Tはqz軸の回折は第2次までしか見えず、qxy軸には回折がないため、PNTz4Tのような秩序を持たないことが分かる(図2b)。一方で、PNTz4Tの混合薄膜では、πスタックに由来する回折がqz軸に強く観察されることから(図2c)、PC61BM 存在下では、結晶性が高いだけでなく、ポリマー主鎖面が基板に対して平行配向(face-on配向, 図3b)する傾向にあることがわかる。PBTz4Tはポリマー薄膜中と同様に、特徴的な回折パターンを示さず、結晶性が低いことが示唆される(図2d)。有機トランジスタでは、キャリアの流れる方向は基板に沿った方向であるため(図3c)、ポリマーがedge-on配向した方が高い特性を示す一方で、有機薄膜太陽電池ではキャリアの方向は基板に垂直な方向であるため(図3d)、ポリマーはface-on配向した方が特性が高くなることが知られている。つまり、PNTz4Tは有機トランジスタ素子中でも、有機薄膜太陽電池素子中でも、それぞれにとって理想的な配向構造を形成しているのに対し、PBTz4Tはそのような配向構造を持たないことが、両者の特性の違いの大きな要因であることが分かった。
図1. 解析に用いた半導体ポリマー(PNTz4T,PBTz4T)とフラーレン誘導体(PC61BM)の構造式
図2. ポリマー薄膜(a, b)およびポリマー/PC61BM 混合薄膜(c, d)の2次元X線回折パターン。
(a, c)PNTz4T,(b, d)PBTz4T
図3.ポリマーの配向とキャリア輸送の関係;ポリマーが基板に垂直に配向(edge-on)した薄膜(a)ではキャリアは基板面内方向に流れやすく有機トランジスタ(c)に有利であり、基板に平行に配向(face-on)した薄膜(b)ではキャリアは基板面外方向に流れやすく有機薄膜太陽電池に有利。
今後の課題:
ポリマーの主鎖骨格やアルキル基と結晶性、配向性についてさらに系統的に解析することや、低分子系材料の薄膜構造解析を行う予定である。
参考文献:
[1] I. Osaka, M. Shimawaki, H. Mori, I. Doi, E. Miyazaki, T. Koganezawa, K. Takimiya, J. Am. Chem. Soc., 134, 3498 (2012).
[2] M. L. Chabinyc, M. F. Toney, R. J. Kline, I. McCulloch, M. Heeney, J. Am. Chem. Soc., 129, 3226 (2007).
©JASRI
(Received: April 5, 2012; Accepted: June 20, 2012; Published: February 28, 2013)