Volume8 No.3
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
新奇硫化物系超イオン伝導ガラスの創製と構造学的研究
Development and Structural Study of Novel Metal-Sulfide Glasses with Superionic Conductivity
a京都大学複合原子力科学研究所, b京都大学工学研究科
a Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science, Kyoto University, b Graduate School of Engineering, Kyoto University
- Abstract
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新しい Na イオン伝導体である Na3AlS3 ガラスをメカニカルアロイング法によって合成した。高エネルギーX線回折実験によって測定された構造因子 S(Q) にはわずかに結晶成分の残存が見られたが、ほぼガラス化された試料が得られた。全相関関数 T(r) を pair function 法によって解析した結果、ガラスの短距離構造ユニットとして AlS4 四面体が存在し、それらが形成するネットワーク構造はほぼ寸断されていることが明らかになった。さらに、Na イオンは他の硫化物系ガラスと同様に S 原子に4配位もしくは5配位されており、本系のイオン伝導性と関連していることが示唆された。
Keywords:イオン伝導体、高エネルギーX線回折、二体分布関数解析、メカニカルアロイング法
背景と研究目的:
蓄電池は携帯電話の電源やハイブリッド・電気自動車の動力源として広く普及しており、我々の生活に欠かすことのできないデバイスとなっている。現在実用化されている蓄電池はリチウムイオン二次電池であるが、年々高まる電池への要求は現状のリチウムイオン二次電池の限界性能を大きく超えるものとなってきており、より高い性能を持った蓄電池の開発・実用化が期待されている。これら次世代の蓄電池に求められる性能としては特に安全性と高いエネルギー密度が重要視されており、その両者を一度に解決する手段として、可燃性の有機溶媒を不燃性の固体電解質に置き換えることによる電池の全固体化が有効と考えられている。そして、固体でありながら高いイオン伝導性を示す超イオン伝導ガラスが全固体電池用の固体電解質材料として注目を集めている。室温で高いイオン伝導性を示す超イオン伝導ガラスとしては,これまでに半金属元素(B, Si, Ge, As)または非金属元素(P)の硫化物をベースとしたガラス系が数多く報告されている。そしてそれらの中でも特に Na-P-S 系においては,ガラスを熱処理することによって析出するガラスセラミックスが著しく高いイオン伝導性を示すことが見出されており[1]、ガラスセラミックスを固体電解質として組み込んだ全固体電池の応用へ向けた研究が加速している。一方で、ガラスをベースとしたより良いイオン伝導特性を示す材料の開発研究は現在も継続的に進められているが、従来型の半金属または非金属の硫化物をベースとした材料開発は既にほぼ網羅的に行われており、今後の材料開発に新しいブレイクスルーをもたらすためには、これまでにない発想による材料設計が必要と考えられる。そこで本研究では、これまでは超イオン伝導ガラスに対するごく微量な添加物として用いられてきたアルミニウム硫化物 Al2S3 に着目し[2]、Na-Al-S 系において高いイオン伝導性を示す新しい金属硫化物系ガラスの開発を試みた。
実験:
メカニカルアロイング(MA)法によって (Na2S)75(Al2S3)25(=Na3AlS3) ガラスを合成した。得られた試料粉末をペレット状に成形し、交流インピーダンス法によって電気伝導度を評価した。
作製した Na3AlS3 ガラスの高エネルギーX線回折実験は BL04B2 において、3連装の CdTe 検出器を備えた非晶質用2軸回折計を用いて実施した[3]。61.37 keV のエネルギーの入射X線を用い、透過法により室温で測定を実施した。測定にはガラス粉末を不活性ガス雰囲気下で内径 2 mm の石英キャピラリーに密封して用いた。測定された回折データは BL04B2 の解析プログラム[3]を用い、偏光、吸収、バックグラウンドの補正を行った後にコンプトン散乱の寄与を差し引き、Faber-Ziman の定義[4]に基づいて構造因子 S(Q) を導出した。S(Q) はフーリエ変換によって下記のように実空間の情報である全相関関数 T(r) と関連づけられる。
ここで ρ0 は試料の原子数密度、M(Q) は以下の式(2)に示される Lorch の modification 関数[5]である。
結果および考察:
交流インピーダンス法によって Na3AlS3 ガラスの電気伝導度は 3.2 × 10-5 S/cm と測定され、Na イオン伝導性の発現が示唆された。
図1に高エネルギーX線回折実験によって得られた Na3AlS3 ガラスの構造因子 S(Q )を示す。Q = 20 Å-1 までの広い散乱ベクトル範囲で S(Q) を測定することに成功したが、S(Q) にはわずかな強度ではあるが複数の Bragg ピークの混入が確認されたため(図1挿入図)、完全なガラス試料は得られなかった。これらの Bragg ピークは実験室のX線回折装置を用いて得られた回折データには観測されなかったことから、SPring-8 の高エネルギーX線を用いた透過法によって試料内部までの構造情報が得られたためと考えられ、MA 法によるガラス化が試料粉末の内部まで完了していなかったことを示唆している。また、Q = 1 Å-1 に観測される肩ピークは観測される Q の値から First Sharp Diffraction Peak (FSDP) に分類され[6]、強度が弱いことから、ガラスにおける中距離構造は周期性が低く大きく乱れていることを示している。図2に S(Q) をフーリエ変換することによって得られた全相関関数 T(r) を示す。2.26 Å に観測される第1ピークは Al-S 相関ピークに帰属される。さらに、2.85 Å に観測される第2ピークは Na-S 相関に帰属される[7, 8]。また、1.78 Å に強度が弱いピークが見られるが、これは Al-O 相関に近い相関距離であり[9]、試料が酸化している可能性が示唆された。T(r) において帰属された2つの A-S 相関(A = Al, Na)について、pair function 法[10]によって解析を行った。pair function 法において、各原子相関の T(r) は原子間距離 rA-S、原子変位パラメータ lA-S、配位数 NA-S の3つのパラメータを用いて以下の式で計算された。
ここで cA は A 原子の原子分率、fA(Q) および fS(Q) は A 原子、S 原子の原子散乱因子[11]、〈f(Q)〉は
で与えられる f(Q) の組成平均である。解析によって得られた構造パラメータを表1にまとめる。
Al-S 相関 | Na-S 相関 | |
原子間距離 rA-S (Å) | 2.26(2) | 2.85(2) |
原子変位パラメータ lA-S (Å) | 0.085 | 0.155 |
配位数 NA-S | 3.9(3) | 4.3(3) |
図1.高エネルギーX線回折によって得られた 図2.高エネルギーX線回折実験によって得られた
Na3AlS3 ガラスの構造因子 S(Q)(青)および Na3AlS3 ガラスの全相関関数 T(r)(青)および
pair function 法で計算された S(Q)(赤)。 pair function 法で計算された T(r)(赤)。
図1には pair function 法で計算された2つの原子相関のデータを足し合わせて得られた S(Q) を実験データとともに示してある。図1から、T(r) の短い原子間距離に観測される2つの原子相関について S(Q) を計算することによって、Q ≧ 9 Å-1 の領域の実験データが再現されていることがわかる。図2では式(3)で計算された2つの原子相関の T(r) を足し合わせたデータを実験で得られた T(r) と比較している。表1にまとめられた構造パラメータを用いることで、T(r) のAl-S、Na-S 相関ピークを再現できていることが確認できる。解析結果では Al-S 配位数がほぼ4となっており、Na3AlS3 ガラスの短距離構造ユニットが原料である Al2S3 結晶[12]と同様に AlS4 四面体を主として構成されていることが確認された。一方で、S 原子から見た Al 原子の平均配位数は 1.3 と算出され、AlS4 四面体によって形成されていたネットワーク構造は寸断され、AlS4 四面体は互いに孤立した構造となっていると考えられる。さらに、Na イオン周囲の S 原子の配位数は平均で 4.3 となり、Na イオンが4個の S 原子に配位された NaS4 だけではなく、5個の S 原子に配位された NaS5 多面体の存在が示唆された。5配位の Na イオンの存在については既報の他の Na イオン伝導性を示す (Na2S)x(GeS2)100-x ガラスの構造研究[7]でも示されており、Na3AlS3 ガラスにおいて Na イオンは他の硫化物系ガラスと類似した短距離構造を持っていることが分かった。
今後の課題:
本系のイオン伝導メカニズムを詳細に議論するためには第1配位圏よりもさらに長いスケールでの構造に着目した解析が必要であるが、そのためにはわずかな Bragg ピークも残存しない試料の完全なガラス化を行い、より質の高い実験データを得ることが必要である。結晶の残存については実験室でのX線回折測定をより真空度の高い環境で行う、長時間測定によって統計精度を改善するなどの工夫を行い、SPring-8 への持ち込み前にこれまで以上に徹底した確認を行いたい。また、今回測定した全相関関数には Al-O 相関に相当する距離にわずかにピークが観測されたため、出発原料の純度も含め、試料作製環境もより高純度の不活性ガス雰囲気下で行うことを検討していく予定である。より高品質なガラス試料を得た段階で再度の課題申請と、J-PARC での中性子回折測定による相補的なデータの取得、ガラスの3次元構造モデルの構築へと取り組んでいく。
謝辞:
本研究は JSPS 科研費(若手研究(B)15K21105)の助成を受けて実施されました。
参考文献:
[1] A. Hayashi et al., Nat. Commun., 3, 856 (2012).
[2] A. Hayashi et al., J. Ceram. Soc. Jpn. suppl., 112, S695 (2004).
[3] S. Kohara et al., J. Phys. Condens. Matter., 19, 506101 (2007).
[4] T. E. Faber, J. M. Ziman, Phil. Mag., 11, 153 (1965).
[5] E. Lorch, J. Phys. C: Solid State Phys., 2, 229 (1965).
[6] Y. Onodera et al., J. Ceram. Soc. Jpn., 127, 853 (2019).
[7] K. Itoh, T. Fukunaga, Solid State Ionics, 180, 351 (2009).
[8] Y. Onodera et al., JPS Conf. Proc., 8, 031013 (2015).
[9] L. B. Skinner et al., Phys. Rev. B, 87, 024201 (2013).
[10] R. L. Mozzi, B. E. Warren, J. Appl. Cryst., 2, 164 (1969).
[11] D. Waasmaier, A. Kirfel, Acta. Cryst. A, 51, 416 (1995).
[12] B. Krebs et al., Z. Anorg. Allg. Chem., 619, 983 (1993).
(Received: September 9, 2020; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)