Volume8 No.3
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
毛髪表面モデル/水界面のコンディショナー吸着膜構造に対する長鎖アルコールの効果
Effect of Long-chain Alcohols on Adsorbed Film Structures of Conditioner Integrants at the Interface of Hair-surface Model/Water
a宇都宮大学, b(公財)高輝度光科学研究センター, cライオン(株)
aUtsunomiya University, bJASRI, cLion Corporation
- Abstract
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毛髪コンディショナー成分(界面活性剤)の水溶液に浸漬したシリコンウエハとの界面に形成される吸着膜の構造について、X線反射率法により検討した。界面活性剤としては、塩化ベヘニルトリメチルアンモニウムを基本成分とし、ベヘニルアルコールおよびステアリルアルコールを添加物として用いた。塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム水溶液ならびにそれぞれの長鎖アルコールを添加した水溶液から形成される吸着膜に対して、超純水による洗浄の程度に依存した膜構造の変化に着目した。長鎖アルコールの添加は、吸着膜の構造を変化させ安定化の向上に寄与することが示唆された。
Keywords:固/液界面、X線反射率法、毛髪コンディショナー、界面活性剤、吸着膜
背景と研究目的:
毛髪コンディショナー成分の分子構造や組成などに依存した吸着膜構造を分子レベルで明らかにすることは、コンディショナーの機能性の解明や開発設計のための重要な基礎的知見を与えるものと期待される。しかし、実際の毛髪表面に対する吸着膜構造について、直接的に分子レベルで解析することは容易ではない。本研究では、毛髪表面に存在する官能基を疎水鎖末端に有する有機シラン化合物によって修飾されたシリコンウエハ表面を毛髪表面モデルとして用い、毛髪コンディショナー水溶液との界面に形成される吸着膜構造について、固水界面のX線反射率法[1, 2]を適用し検討した。毛髪コンディショナーの主成分として、カチオン性界面活性剤である塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム(C22TAC:CH3(CH2)21N+(CH3)3 Cl-) を、また添加剤としてベヘニルアルコール(C22OH:CH3(CH2)21OH) とステアリルアルコール(C18OH:CH3(CH2)17OH) を用い、C22TAC 水溶液ならびに C22TAC と長鎖アルコールの混合水溶液から形成される吸着膜の構造および特性について、明らかにすることを目的とした。
実験:
BL19B2 に設置された多軸回折装置を用いた。入射X線のエネルギーは 20 keV とした。多軸回折装置のステージに自作の試料セル(図1)を固定し、 3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン(UPTES: H2NCONH(CH2)3Si(OCH2CH3))による化学吸着単分子膜で被覆したシリコンウエハ(幅 1 cm)を試料セル底部に設置した。試料セルに界面活性剤水溶液を注いで数分間静置した後、セル上部にセットした注水および排水のためのチューブにより、マイクロチューブポンプを用いて流速 8.6 mL/min でセル内からの水溶液の排出とセル内への超純水の注入を同時に行うことで、セル内の界面活性剤水溶液の置換処理(すすぎ洗いに相当)を行った。検出器には NaI シンチレーションカウンタを用い、試料上流側スリット幅 0.20×7.00 mm(鉛直×水平方向)の条件で、シリコンウエハ/水界面に対するX線反射率(XR)測定を行った。XR データの解析には Igore 環境で Motofit を使用した。
図1.試料セル模式図
結果および考察:
図2に、シリコンウエハおよび UPTES 処理シリコンウエハと超純水の界面に対する XR 曲線とボックスモデルによるフィッティング解析により得られた電子密度プロファイルおよび界面構造の模式図を示す。水/シリコンウエハでは、水/SiO2(自然酸化層)/Si 層としてフィッティング解析を行った。Si 層、SiO2 層の電子密度をそれぞれ既報値の 0.71 Å−3 と 0.67 Å−3 として計算したフィッティング曲線と実測値がよく一致していたことから、本実験の装置系および測定法により、水中での固/水界面のX線反射率が正確に測定できていることが確認された。また、UPTES により表面修飾したシリコンウエハを用いた XR プロファイルには、明確な振動構造は認められないものの、未処理シリコンウエハ/水界面に対するそれとはわずかに異なっており、そのフィッティング解析からは、自然酸化層の上に約 7 Å の厚さの UPTES の化学吸着層が形成されていることが示唆された。
図2.(a)シリコンウエハ/水および UPTES 処理シリコンウエハ/水界面に対するXR曲線。黒実線はフィッティング解析曲線。XR 曲線は見やすくするために、10−2 だけずらして表示してある。(b,c)XR 曲線に対するフィッティング解析により得られた(b)シリコンウエハ/水界面および(c)UPTES 処理シリコンウエハ/水界面に対する電子密度プロファイルと層構造の模式図ならびに各層の厚さ(L)、電子密度(ρ)、界面のラフネス(σ)。電子密度プロファイルの赤線は仮定した層を明確に示すために、界面のラフネスをゼロとして描いている。Depth = 0 が水と試料最表面の界面であり、負の側に水が、正の側にシリコンウエハまたはUPTES吸着膜(ウレイド基層および炭化水素鎖層)が存在するとした。
図3には、 UPTES 処理シリコンウエハと C22TAC 水溶液との界面に対して測定されたXR曲線と電子密度プロファイルを示す。なお、(a)には、UPTES 処理シリコンウエハ/水界面に対するXR曲線(図1に示したものと同じ)も比較のために載せている。また、C22TAC 水溶液を用いた場合の結果について、(a)では1分、5分、10分間の超純水置換後に測定された XR 曲線を示しているが、(b)の電子密度プロファイルには1分間置換後の結果のみを示した。なお、図3以降に示す吸着膜に対するXR解析結果では、Si、SiO2、水に対する電子密度に加え、この UPTES 処理シリコンウエハの XR 解析で得られた SiO2 層の厚さと、UPTES 化学吸着膜のウレイド基層およびプロピル基層に対する電子密度と厚さを固定値とした。また、XR 曲線や電子密度プロファイル、模式図の描き方は、図2の場合と同様である。
図3.(a)UPTES 処理シリコンウエハ/C22TAC 水溶液界面に対する XR 曲線。各XR曲線は見やすくするために、10−1 ずつずらして表示してある。(b)超純水置換1分後の XR 曲線に対するフィッティング解析により得られた電子密度プロファイルと層構造の模式図。水と試料の界面(Depth = 0)から次の順で層が存在するとした:Cl− を含む水の層/界面活性剤親水基層/界面活性剤疎水鎖層/界面活性剤親水基層/Cl− を含む水の層/(以下、UPTES 吸着膜の場合と同じ)。
UPTES 処理シリコンウエハ/C22TAC 水溶液の界面に対する XR 曲線では、UPTES 処理シリコンウエハ/水界面の場合とは対照的に、C22TAC 分子による吸着膜の形成に基づくものと解釈される明瞭な振動構造が現れている。また、超純水置換時間によって XR 曲線が変化していることから、超純水洗浄によって吸着膜構造が変化していることがわかる。この C22TAC 吸着膜については、UPTES 表面上に二分子膜が1層形成した構造を仮定したモデルによる解析が可能であった。さらに、ウレイド基と二分子膜の間、二分子膜とバルク水溶液の間に、カウンターイオンである Cl− イオンと水からなる電子密度の高い層の存在を仮定した。フィッティング解析からは、洗浄時間の増加に伴い、二分子膜層の電子密度が水の電子密度に近づいてゆく傾向がみられたことから、超純水置換により二分子膜の一部が脱離してゆくものと考えられる。
C22TAC と C22OH および C18OH の混合水溶液を用いた系に対する結果をそれぞれ図4、5に示す。C22TAC と C22OH の混合水溶液界面に対するXR曲線(図4)では、超純水置換時間の増加によってフリンジの位置が高 q 値側へシフトしたものの、振幅そのものには C22TAC の場合に見られたような大きな変化は見られていない。したがって、吸着膜は、C22TA Cと C22OH の混合膜であり、C22OH の添加によってより安定に界面に存在できるようになったものと考えられる。また、カーブフィッティング解析では、UPTES 表面上に二分子膜が1層形成しているとしただけではXR曲線をうまく再現することができず、二分子膜上にさらに二分子膜が島状に分散している構造と、UPTES のウレイド基と二分子膜の間、二分子膜間、島状二分子膜とバルク水溶液の間にカウンターイオンである Cl− イオンと水からなる電子密度の高い層の存在を仮定することで、(a)に示したフィッティング曲線を得ることができた。
図4.(a)UPTES 処理シリコンウエハ/C22TAC と C22OH の混合水溶液界面に対する XR 曲線。各 XR 曲線は見やすくするために、10−1 ずつずらして表示してある。(b)超純水置換1分後の XR 曲線に対するフィッティング解析により得られた電子密度プロファイルと層構造の模式図。水と試料の界面(Depth = 0)から次の順で層が存在するとした:Cl− を含む水層/界面活性剤親水基層(島状構造体)/界面活性剤疎水鎖層(島状構造体)/界面活性剤親水基層(島状構造体)/Cl− を含む水層/界面活性剤親水基層(均一層)/界面活性剤疎水鎖層(均一層)/界面活性剤親水基層(均一層)/Cl− を含む水層/(以下、UPTES 吸着膜の場合と同じ)。
図5.(a)UPTES 処理シリコンウエハ/C22TAC と C18OH の混合水界面に対するXR曲線。各 XR 曲線は見やすくするために、ずらして表示してある。(b)超純水置換1分後の XR 曲線に対するフィッティング解析により得られた電子密度プロファイルと層構造の模式図。水と試料の界面(Depth = 0)から次の順で層が存在するとした:Cl− を含む水層/界面活性剤親水基層(島状構造体)/界面活性剤疎水鎖層(島状構造体)/界面活性剤親水基層(島状構造体)/Cl− を含む水層/界面活性剤親水基層(均一層)/界面活性剤疎水鎖層(均一層)/界面活性剤親水基層(均一層)/Cl− を含む水層/(以下、UPTES 吸着膜の場合と同じ)。
C22TAC と C18OH の混合水溶液を用いた場合(図5)でも、超純水置換時間に依存した XR 曲線の変化から判断すると、C22TAC 水溶液の場合に比べて、安定な吸着膜が形成されていると判断できる。またここでも、平坦な二分子膜上に島状二分子膜領域が分散している構造と Cl− イオン層の存在を仮定することで、図に示す一致性で実測曲線の再現が可能であった。ただし、この膜の XR 曲線には、回折によると思われるピーク((a)の三角印)も見られており、粒子状の析出物が存在する可能性も考えられる。
今後の課題:
本研究では、長鎖アルコールの添加効果として、吸着膜構造の変化と安定性向上を示唆する結果が得られた。また、今回の実験では微小角入射X線回折(GIXD)測定についても実施したが、回折ピークは確認できなかった。XR フィッティング解析によって示唆されている炭化水素鎖層の電子密度から判断すると、吸着膜中で炭化水素鎖はかなり密に分子結晶状態で充填されているものと考えられることから、GIXD 測定で回折ピークが検出されなかった理由としては、バックグランド散乱を十分に抑えることができなかったことによる可能性が高く、この点を克服するための測定技術や試料セルの改良が必要であると考えられる。
参考文献:
[1] C. E. Miller et al., Phys. Rev. Lett., 94, 238104 (2005).
[2] C. E. Miller et al., Colloid Surface A, 284-285, 434-439 (2006).
(Received: March 31, 2020; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)