SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.3

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

固/水界面における毛髪コンディショナー吸着膜の構造解析のための微小角入射X線回折測定システムの開発
Development of X-ray Grazing Incidence X-ray Diffractometry System for Precise Evaluation of Adsorbed Film Structure of Hair-Conditioner Surfactants at Solid/Water Interface

DOI:10.18957/rr.8.3.509
2012B1902 / BL46XU

飯村 兼一a,廣沢 一郎b,大石 泉c,赤羽 千佳a,尾形 葵a,高橋 雄也a,保坂 弦矢a

Ken-ichi Iimuraa, Ichiro Hirosawab, Izumi Oishic, Chika Akabanea, Aoi Ogataa, Yuya Takahashia, Genya Hosakaa

a宇都宮大学, b(公財)高輝度光科学研究センター, cライオン(株)

aUtsunomiya University, bJASRI, cLion Corporation

Abstract

固/水界面に対する微小角入射X線回折(GIXD)測定システムを構築し、毛髪表面に存在する官能基を疎水鎖末端に持つ有機シラン化合物で表面修飾したシリコンウエハと界面活性剤水溶液の界面に形成される吸着膜の構造を評価した。本研究で用いた界面活性剤分子は、固/水界面で緻密に充填した結晶状態で吸着膜を形成しており、その充填構造は、試料セル内水溶液の超純水による置換(すすぎ洗いに相当)によっても、今回の置換量の範囲内では維持されることがわかった。


Keywords:固/液界面、微小角入射X線回折法、界面活性剤、毛髪コンディショナー、 吸着膜


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背景と研究目的:

 毛髪コンディショナー成分が毛髪表面に形成する吸着膜の構造を分子レベルで明らかにすることは、製品開発のための基礎的知見を与えるという点で極めて重要である。しかし、実際の毛髪では、数分子長の厚さの吸着膜の構造を評価することは容易ではなく、その評価技術の確立が切望されている。これまで筆者らは、毛髪表面に存在する官能基を固体表面に化学的に固定化した毛髪表面モデル基板を用いて、コンディショナー成分の吸着特性や吸着膜構造について検討を進めてきたが、毛髪が水に濡れた状態を想定した水に埋もれた界面における吸着膜構造を調べることは困難であった。一方、分子結晶状態にある膜の分子配列や配向などの分子充填構造を直接的かつ定量的に評価するための手法として微小角入射X線回折(GIXD)法がある。この GIXD 法に関しても、従来は水によるX線の減衰のために GIXD 測定は困難と考えられてきたが、2008 年に C. E. Miller らにより The Argonne Photon Source での高エネルギーX線ビームを使用した実験によって、シリコンウエハ上に Langmuir-Blodgett(LB)法により作製した脂質2分子膜と水の界面に対する GIXD 測定が可能であることが報告された[1]。そこで本研究では、固/水界面に対する GIXD 測定システムを構築するとともに、そのシステムを用いて、界面活性剤がその水溶液中から自発的に固/水界面に吸着して形成する吸着膜の構造を評価することを目的として実施した。

 

実験:

 測定はBL46XUの多軸回折計に自作の試料セル(図1、内容積 9 mL)を設置して行った。このセルのフレームはアルミニウム製で、X線の透過面にはカプトンフイルムが貼られている。また、セル内部の水(水溶液)は、マイクロチューブポンプを用いた注水・排水により交換できるようになっている。このセルの底面に、長方形に切り出したシリコンウエハ(短辺長さ 1 cm)を置き、短辺を横切る方向にX線(20 keV)を照射した。入射光の鉛直方向の幅は開口 0.02 mm の手差しスリットにより、水平方向の幅は最上流にある自動四象限スリットの開口を 0.50 mm とすることにより成形した。はじめに、表面未処理シリコンウエハ基板を試料とし、 NaI シンチレーションカウンタを検出器として用いて、シリコンウエハ/水界面に対する反射率測定を行った(図2)。この結果から、全反射臨界角が 0.06°(図2波線)と求められたことから GIXD 測定における入射角を 0.04° と決定した。毛髪表面モデル基板としては、疎水鎖末端にそれぞれ −NHCONH2 基および −CH3 基を持つ3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン(UPTES)と n-オクタデシルトリエトキシシラン(ODTES)で化学修飾したシリコンウエハを用いた。毛髪コンディショナーとしては、カチオン性界面活性剤(塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム)と高級アルコール(ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール)を界面活性剤成分として含む CA と、CA にアニオン性ポリマー P(ヒドロキシエチルアクリルアミドとアクリル酸の共重合体)を添加した CAP を用いた。GIXD 測定は、毛髪表面モデル基板を試料セル底面に置き、セル内に界面活性剤の水溶液を注いで数分間放置してから、マイクロチューブポンプを用いてセル内の水溶液を超純水によって流速 25.2 mL/min にて一定時間置換した後に、毛髪表面モデル基板/水界面に残る吸着膜に対して行った。GIXD 測定の際の入射角は、試料を傾けることで設定した。また、検出器としては二次元ピクセル検出器 PILATUS を用い、その上流側にソーラースリット(水平分解能 0/18°、受光幅 50 × 10 mm)をブレードが試料面法線に平行になるように設置した(図3)。ソーラースリットと検出器を試料面内方向に走査して回折光の面内外成分を同時測定した。また、面内方向の散乱角(2θ)から散乱ベクトルの面内成分 Qxy を導出し、2次元検出器の鉛直方向の座標位置から面直成分 Qz を決めた。なお、PILATUS に記録された Qxy-Qz 面内の散乱強度分布プロットから Qz ≈ 0.015 Å−1 で切り出してGIXDプロファイルとした。

 

       

  図1. 固/水界面測定用試料セル   図2. シリコンウエハ/水界面に対するX線反射率プロファイル

 

          

                図3. GIXD 測定レイアウト

 

結果および考察:

 GIXD 測定条件の検討のために、結晶性の薄膜を形成することが知られている典型的なリン脂質であるジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)を LB 法によりシリコンウエハ上に3層移行した膜に対する測定を行った。図4(a)、(b)は、それぞれ空気中および水中で得られた GIXD 散乱強度分布プロットである。空気中で測定した散乱強度分布プロット (a) およびプロファイル((c) の in Air)では、DPPE 分子の面内充填構造に由来する回折ピークが明確に測定され、本試料セルを用いた GIXD 測定が可能であることが確認された。一方、セルに超純水を注ぎ水中で測定したところ、この試料に関してはピークが見られなかった。後述するように、界面活性剤水溶液中では水溶液とシリコンウエハ界面の吸着膜に由来する回折ピークが現れたことから、今回の DPPE 膜に関しては、水中浸漬によって基板から剥がれてしまったものと推察できる。

 

          

      図4.シリコンウエハ上の DPPE 3層 LB 膜に対する(a)空気中および(b)水中での
      GIXD 散乱強度分布図および(c)GIXD プロファイル

 

 図5には、界面活性剤水溶液中に浸漬した UPTES 処理シリコンウエハと水溶液の界面に対する GIXD プロファイルを示す。ここでは、超純水によるセル内水溶液の置換を3分および 20 分とした。図4から、界面活性剤として(a)CA と(b)CAP のいずれを用いた場合でも、回折ピークが現れていることが確認できる。これらのピークは、UPTES 処理シリコンウエハ基板/水界面に対して測定を行った場合には観測されなかったことから、固/水界面に吸着した界面活性剤層に由来するものであり、吸着膜中で界面活性剤が分子結晶状態にあることを示している。また、いずれの界面活性剤を用いた場合でも、超純水置換3分後におけるピーク位置は Qxy ≈ 1.53 Å−1 であり、この Qxy 値から見積もられる d-spacing は緻密に充填されたアルキル鎖間の間隔に相当する 4.1 Å となる。さらに、超純水置換時間の増加によって回折ピーク強度は減少しているが、ピーク位置はほぼ同じである。これは、吸着膜の一部が洗浄によって固/水界面から脱着するものの、残存する膜中の界面活性剤分子はその充填構造を変えることなく吸着していることを示している。また、上述のように、CA と CAP の場合で、回折ピーク位置に違いは見られなかったが、これは、アニオン性高分子は界面活性剤吸着膜の面内の分子充填構造には大きな影響を与えないことを示唆している。

 

   

   図5.UPTES 処理シリコンウエハ/界面活性剤水溶液界面の吸着膜に対する GIXD プロファイル:
   界面活性剤 (a) CA、(b) CAP

 

 図6には、オクタデシルトリエトキシシラン(ODTES)で疎水化処理したシリコンウエハを用いた場合の超純水置換3分後の GIXD プロファイルを示す。ここでも、界面活性剤系の違いによらず、UPTES 処理シリコンウエハの場合と同様の Qxy 値に回折ピークが確認されている。この結果は、CA および CAP は、固体表面の親水-疎水性に関わらず、固体-水の界面に吸着し、結晶性の分子膜を形成することを示している。

 

             

   図6. ODTES 処理シリコンウエハ/界面活性剤水溶液界面の吸着膜に対する GIXD プロファイル

 

今後の課題:

 本研究では、固/水界面の界面活性剤吸着膜に対する GIXD 測定に成功した。測定の過程では、試料の高さや水平合わせから GIXD 測定までをほぼオートマティックに行う測定プログラムを作成し、容易な操作によって、固/水界面の GIXD 測定が行えるシステムを構築した。今回の測定の範囲では、CA および CAP は、固体表面の官能基によらず、固/水界面に吸着し、結晶性の薄膜を形成することや、アニオン性高分子Pの添加は面内での分子充填構造には違いを及ぼさないことなど、重要な知見を得ることができたものの、 Qz > 0.03 Å−1 の領域に関しては十分な検討ができなかった。これは、1~数分子層と考えられる界面活性剤の超薄膜からの回折光なのでもともと強度が弱いことに加えて、水による散乱や基板であるシリコンウエハに由来する強いバックグランドを十分に抑えることができなかったためであると考えられる。今後、それらの影響の低減を目指して、試料系および測定系に改良を加えてゆくことにより、固/水界面の吸着膜構造についてより詳細に評価することが可能になるものと考えられる。

 

参考文献:

[1] C. E. Miller et al., Phys. Rev. Lett., 100, 058103 (2008).

 

 

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(Received: March 31, 2020; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)