Volume8 No.3
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
巨大ひずみ加工により作製したFe50Pd50-xNix合金の 構造変化と顕微分光解析
Phase Transformation and Photoemission Electron Microscopy of Fe50Pd50-xNix Processed by Severe Plastic Deformation
a九州大学, b(公財)高輝度光科学研究センター
aKyushu University, bSPring-8/JASRI
- Abstract
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本研究では、Fe50Pd50-xNix(x=6, 12, 25, 38, 44)の混合粉末を 6 GPa の高圧下で高圧ねじり(HPT)加工を行い、巨大ひずみを導入して固溶体状態のバルク状に固化した。続く熱処理で L10 構造の規則化を図った。X線回折(XRD)で規則相生成を確認し、振動試料型磁気力計(VSM)で保持力や飽和磁化を測定した。また、光電子顕微鏡 (PEEM) を用いて試料表面の組成分布、磁区構造を調べた。これより Fe50Pd50 における Pd の Ni による置換がどの程度可能かについて検討した。
Keywords:巨大ひずみ加工、X線回折、磁化曲線、L10 規則相、磁気異方性
背景と研究目的:
L10 規則構造を有する FePd、FePt 合金は磁気異方性が大きいことから、超高密度記録媒体の材料として期待されている [1]。しかしながら、Pd や Pt は高価な元素であるため安価な Ni で置き換えた L10 型の FeNi の創製手法の確立と実用化が望まれている。著者らは、これまで巨大ひずみ加工を用いた研究で L10 構造の FeNi 相の作製に成功することができた[2]。しかし、合金中の L10 相の割合は十分とは言えない状況である。本研究では、L10-FePd 合金中の Pd を Ni と置き換えて高い磁気異方性が保持できる Ni 添加量を調べた。X線回折 (XRD)による構造解析を行い、保磁力や飽和磁化など磁化挙動を調べるとともに、光電子顕微鏡 (PEEM) を用いて試料表面の組成分布、化学結合状態、磁区構造を調査した。本研究の目的は、Pd の代わりに Ni がどの程度有効に利用できるのか調べることであり、Ni で置き換えたときの磁区構造を調べることである。
実験:
本研究では、巨大ひずみ加工法として図1に示すような HPT(High-Pressure Torsion)法を用いた[3]。高圧下で大量のひずみが導入できる方法として知られており、バルク状試料のみでなく、異種元素粉末の合金化や複合化などにも応用されている [4]。Fe、Pd、Ni 粉末を所定の組成割合となるように混合した後に、6 GPa のもと HPT 加工を施し直径 10 ㎜、厚さ 0.8 ㎜ のディスク状試料を作製した。HPT 加工後に熱処理を行なった試料に対して XRD 解析や振動試料型磁気力 (VSM)測定を行ない、結晶構造や磁気特性を調べた。試料表面の形状、元素分布、電子状態、磁区構造解析は BL17SU に設置された分光型低エネルギー/光電子顕微鏡(SPELEEM)を用いて光電子顕微鏡(PEEM)観察を行った。
図1. HPT 加工の模式図
結果および考察:
図2は Fe50Pd50 の混合粉末を HPT 加工で 50 回転した試料と、HPT 加工後に 550℃ で24時間の熱処理をした試料の XRD プロファイルを示す。HPT 加工後は Fe と Pd が不規則に固溶したブロードな合金相のピークが測定された。一方、熱処理後では、目的とするL10規則相が確認された。図3は両試料のVSM測定結果を示す。HPT加工後は保磁力が小さなヒステリシスループであったが、熱処理により保磁力が増加し磁化の強さが減少した。すなわち、試料の磁気的性質は熱処理により変化し、L10 規則相の生成が確認できた XRD 解析とも一致する。
図2. Fe50Pd50 混合粉末の HPT 加工試料とこれを 550℃ で 24 時間熱処理した試料の XRD プロファイル
図3. Fe50Pd50 混合粉末の HPT 加工試料とこれを 550℃ で 24 時間熱処理した試料の磁化曲線
図4は Fe50Pd50-xNix(x=0, 6, 12, 25, 38, 44、各元素の数字はいずれも at%)の6種類の混合粉末を HPT で50回転加工した後、400℃ で 24 時間の熱処理をした試料の XRD プロファイルである。ここでは標準試料として LaB6 を用いてピーク位置を校正した。Ni の添加量が少ないときは、規則相特有の FePd の L10 規則構造のピークが確認できるが、Ni 割合の増加とともにそのピークは消滅しピーク位置は高角側へとシフトしながら、不規則相の Fcc 構造が示すピークへ近づいた。
図4. Fe50Pd50-xNix (x=0, 6, 12, 25, 38, 44)混合粉末のHPT加工試料を 400℃ で 24 時間熱処理したときの XRD プロファイル
図5は 50 回転 HPT 加工した Fe50Pd50-xNix (x=0, 6, 12, 25, 38, 44)を 400℃ で 24 時間熱処理した試料の VSM 測定結果である。Ni が 6at% より多く含まれると保磁力が減少した。図6には、保磁力を Ni 添加量に対してプロットした。Ni 添加に伴う保磁力の低下が大きいものの、12at% までは有意に大きな保磁力を有している。Ni 添加量が 25at% 以上になると小さくなり、L10 規則相による保磁力向上は期待されない。最近、Popov らも Ni 添加量が 8at% の試料を HPT 加工することで、L10 規則相による保磁力が向上する類似の結果を報告している [5]。
図5. Fe50Pd50-xNix (x=0, 6, 12, 25, 38, 44)混合粉末の HPT 加工試料を 400℃ で 24 時間熱処理したときの磁化曲線
図6. Fe50Pd50-xNix (x=0, 6, 12, 25, 38, 44)混合粉末を HPT 加工後に 400℃ で 24 時間熱処理した試料における保磁力の Ni 添加量依存性
図7に、HPT 加工して熱処理した Fe50Pd38Ni12(400℃ で 24hr アニール)合金の軟X線 PEEM 像を示す。この磁区観測では、試料中での磁気異方性の分布を検証するため、観察前に試料面直上向き方向に 1.25 T 程度の磁場を印加した後に約 55 mT で交流消磁してから試料を導入した。この試料中で強い磁気異方性あるいは高い保磁力を有している領域では、交流消磁によっても磁化がランダム化されることなく、面直上向きの磁化が保持された状態が観測されることが期待される。まず、Fe L3、Ni L3 の各吸収端周りのX線エネルギーで取得した像から抽出した元素分布マップ(” Fe chem”および” Ni chem”)を示す。これらは、Fe および Ni の L3 吸収端ピークエネルギーにおいて取得した PEEM 像を、それぞれの吸収端の手前のプリエッジエネルギーにて取得した PEEM 像強度で除算したものであり、それぞれの元素が多く含まれる領域が明るいコントラストとなる。HPT 加工により各元素が混合しているものの、一定の不均一さが残っている様子が分かる。下段の7枚の像は、Fe L3 吸収端における XMCD-PEEM 像(磁区像)で、同一視野内で面内回転を行って磁気コントラストの放射光入射角依存性をとっている(図中の青矢印は放射光の入射方向を示している)。この装置では、試料面から 16° の斜入射でX線を入れているため、面直磁化に対する感度は面内磁化に対する感度の 1/3 以下である。また、面内回転により磁区形状が変化していることから面内磁化が多く存在することが示唆される。この磁区コントラストの角度依存性から垂直磁化成分のみを抽出するため、像内のすべてのピクセル(約 10 万ピクセル)において7つの角度点での XMCD 強度をプロットしてサイン波フィットを行い、サイン波依存せず一定のコントラストを保つピクセルを垂直磁化とみなして画像の再構築を行った(面垂直方向からの傾き角が 20 ˚ 以下のものを面直とした)。解析は Igor pro の解析マクロを作成して行った。結果を図7の右上(「磁化成分」)に示す。面内磁化(灰色部分)が約 88.94% と支配的である中、残りの 11% 程度の領域が垂直磁化を示しており、そのうち、磁場を印加した方向である上向きの磁化が 7.43% と、下向き磁化の 3.64% とわずかに上回った。また、Ni の含有量のより多い Fe50Pd12Ni38 についても同様な実験を行った結果(図8)、上向きの磁化が 4.54% に対して下向きの磁化が 3.05% と、磁場印加&消磁方向の上向き磁化の優勢度が低下した結果が得られた。ただし、像の統計精度や、7枚の画像間でのピクセル位置の再現性(面内回転後に位置の修正とともにレンズパラメーターの最適化を行っているため、アスペクト比やひずみの影響で、厳密に同じピクセル位置を解析している保証はない)などの問題を考慮すると、垂直磁化成分やその差が統計的に有意であるかどうかは断言できない。
図7. Fe50Pd38Ni12 混合粉末をHPT加工後に 400℃ で 24 時間熱処理した試料における XMCD-PEEM 像(Fe L3 吸収端と Ni L3 吸収端で取得した元素分布像、Fe L3 吸収端における XMCD-PEEM 像の放射光入射角依存性およびそこから抽出した垂直磁化成分の分布)。一辺の視野長は 5 µm。
図8. Fe50Pd38Ni38 混合粉末を HPT 加工後に 400℃ で 24 時間熱処理した試料における XMCD-PEEM 像(Fe L3 吸収端と Ni L3 吸収端で取得した元素分布像、Fe L3 吸収端における XMCD-PEEM 像の放射光入射角依存性およびそこから抽出した垂直磁化成分の分布)。一辺の視野長は 5 µm。
しかし、今回開発したこの解析手法の有用性は検討に値するものであり、今後、垂直磁化の優位性が既に分かっている試料で同様な測定と解析を行って比較することなども含め、さらに検証が必要である。ちなみに、Fe50Pd44Ni6 においても同様の実験を行ったが、装置のレンズ系の不調により、垂直磁化成分が解析できる解像度の画像を得ることはできなかった。また、FePd(x=0)での実験も同様に試みたが、着磁・消磁処理によっても垂直磁化がほぼ飽和状態で保持されていたと考えられ、電子像を形成することができなかった。これは間接的に、FePd 系の磁気異方性が Fe–Pd–Ni 系と比べて非常に高いことを示唆している。
今後の課題:
Popov らは[5] HPT 加工後の熱処理温度を 450℃ と高めに設定し、熱処理時間を長くすることで、保磁力や飽和磁化を高めることができることを報告している。今回の結果では保磁力の増加が期待できる Ni 置換の上限が 12% 程度であったが、より多量の Ni 添加を達成するには、熱処理温度や熱処理時間を広範囲で制御する必要がある。また、XMCD-PEEM 像から得られた磁区像の、X線入射角依存から垂直磁化成分を抽出する解析手法を新たに構築して、Fe50Pd38Ni12 試料にて検証を行った結果、垂直磁化が発現する領域を有意に解析するにはさらなる改善が望まれた。また、究極的な解析手法としては、L10 相の存在位置を同定した上で(ex. LEED パターンからの LEEM 暗視野像の取得など)、同一の視野で PEEM 化学マッピングや磁区像を取得して構造と磁性を有機的に議論できればさらに詳細なメカニズムの解明につながることが期待できる。今後、規則性の高い試料を準備した上で挑戦していきたい。
参考文献:
[1] T. Klemmer et al., Scr. Metall. Mater., 33, 1793-1805 (1995).
[2] S. Lee et al., Phil. Mag. Letts., 94, 639-646 (2014).
[3] P. W. Bridgman, Phys. Rev., 48, 825-847 (1935).
[4] Z. Horita et al., Mater. Trans., 61, 1177-1190 (2020).
[5] A. G. Popov et al., J. Alloys Compd., 701, 892-900 (2017).
(Received: August 2, 2020; Accepted: Octoberr 23, 2020; Published: October 29, 2020)