Volume8 No.3
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
高傾斜ラミノグラフィによる不完全トモグラフィイメージの補完
Complementation of Angle-limited Tomography Images with Highly-inclined Laminography
a兵庫県立大学, b総合科学研究機構, c大阪大学, d(公財)高輝度光科学研究センター
aUniversity of Hyogo, bCROSS, cOsaka University, dJASRI
- Abstract
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ダイヤモンドアンビルセル(DAC)中の高圧試料に対するX線三次元イメージングについて検討するため、モデル試料を用いた完全 CT と、試料回転軸を大きく傾けたラミノグラフィ測定を実施した。得られたデータを加工することにより、撮像に角度制限のある不完全 CT 像をシミュレートした。DAC 内試料に対する不完全 CT イメージングおよび不完全 CT のラミノグラフィによる逆空間での情報補完について検討した。ラミノグラフィを用いた逆空間補完法は、75% 程度欠落のある不完全 CT の画質を改善した一方で、13% 程度の欠落の像に対してはむしろ悪影響となった。
Keywords:X線イメージング、ダイヤモンドアンビルセル、逆空間補完
背景と研究目的:
高圧物質科学においては、試料の状態が高圧(および高温)のその場条件下と回収条件下で異なっていることが一般的であり、その場条件での試料観察が必要であることが良く知られている。そのため、放射光を用いたその場X線回折測定は極限環境下の物質のミクロな平均構造の解明に中心的な役割を果たしてきた。この手法は逆空間で得られる回折図形を用いるため、構造に周期性を持たない物質(ガラス、非晶質、溶融体、複合材料 等)の実空間情報を得ることは難しい。
X線 CT 法は実空間における物質の内部構造や三次元的形状を非破壊で測定できる手法である。これを圧力発生装置内部の試料に実施できれば、高圧物質科学にX線回折がもたらしたような新たなる展開が期待される。既に比較的大型な対向アンビル装置を用いることで高圧下の物質に対してX線 CT 測定がなされている[例えば 1, 2]が、より高い圧力下での測定を行うには、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いる必要がある。X線 CT 測定では、X線の光軸と垂直な軸で試料を回転させながらX線透過像を測定するため、平板状をしている DAC 試料は CT に適した形状であるように思える。そのような測定を行うために、加圧軸と回転軸を一致させる必要があるが、圧力保持のための構造材により測定可能な角度が制限されてしまう。また、試料の周りには、一般的に圧力を保持するガスケットがある。ガスケットに良く用いられるステンレスやレニウムは、X線が透過し難く、CT 測定には向かない。この問題を克服するために、X線をよく透過するベリリウムをガスケット材として使用した DAC 中試料の CT 測定例がある[3]。
X線 CT の関連技術であるX線ラミノグラフィ(Computed Laminography: CL)は、試料の回転軸とX線との光軸との成す角を 90° より小さくして測定されたX線透過像から三次元像を再構成する手法である。ここでは、試料の回転軸の傾きをラミノグラフィ角(CL 角)と称する。CT 測定時は CL 角がゼロとなる。一般的には CL 角として 30° 付近が採用されている。既に DAC 内の試料に対するX線ラミノグラフィを用いた研究がある[4]。この場合は、X線が透過しないガスケット材を用いた場合でも測定が可能であるが、構造材の影響は CT 測定の時と変わらない。これらの情報欠損の影響は、再構成画像中に広義のメタルアーティファクトとして現れる。
DAC の構造を考えると、CL 角を大きくすることでダイヤモンドを通してX線を試料に照射できるため(図1d)、影のない全周のデータを取得することができる。ただし、CL 角が大きくなると、回転軸方向のイメージ解像度が悪くなることが知られている。これは逆空間において、CL 角の2倍を頂角とし、回転軸を中心とした直円錐内部(Missing Cone)の情報が得られないためである[5]。
我々は、不完全 CT と CL のデータの欠損を補い合うことにより、画質向上が望まれるのではないかと考えた。このような試みは、DAC 中の試料のような特殊環境下の試料撮像を除いては必要性がなかったためか、行われていなかった。本報告では、この手法の可能性について検討した。
実験:
DAC 中の試料を模した測定試料として、銅箔間に白金粉末(粒径 10~30 μm)およびルビーボールを挟んだものを厚さ 0.15 mm のベリリウム金属箔に開けた直径 0.2 mm の穴に入れた形状で用意した(図1a)。測定は BL20XU にて実施した[6]。前述の試料をアクリル樹脂製の試料台に両面テープで固定し、試料台をモーター駆動ステージに搭載した。透過像撮影に用いたX線のエネルギーは 20.0, 30.0, 37.7 keV であった。視野は約 0.5×0.5 mm で、得られた画像の1ピクセルのサイズは 0.245×0.245 μm2 であった。回転ステップは 0.2° であった(投影数:900)。CL 測定は、CT 測定装置において回転軸をいくつかの角度(最大 60° )に傾けて測定した。この時には、37.7 keV のエネルギーを持つX線を使用した。投影数は 1800 であった。
図1.測定試料とシミュレートに用いた DAC の模式図。(a) 測定試料の概略図。(b)時計型 DAC(ケース A および B)。(c) 4本柱タイプ DAC(ケースC)。黒丸および灰丸はピン(ねじ)の位置を、赤丸は試料の位置を示す。(d) DAC を加圧軸と垂直方向から見た図。
データ処理:
実験で得られた透過像からの画像再構成は SP-μCT ソフトウェア[7]を使用した。この完全 CT の再構成像を用いて、この試料が DAC に搭載されていた場合に得られたであろうデータをシミュレートした。X線イメージング測定に使用する DAC として、いわゆる時計型 DAC(図1b)と、先行研究で用いられている4本柱タイプ[3](図1c)を想定した。時計型 DAC は、クランプねじ、突張りねじ、およびガイドピンをそれぞれ3本、同心円状に配置しているため、柱の数が9本となる。この時、観察視野角は 92.5°/360°(=25.7%)であった(ケースA)。参考までに、突張りねじ(図2中の灰丸)がない場合(ケースB:開口角 181.6°/360° = 50.5%)も計算した。4本柱タイプでは、4本のクランプねじと一致するように突張りねじおよびガイドピンを配置させることとし、開口角を 312.8°/360° = 86.9% とした(ケースC)。なお、すべてのねじ・ピンは直径 3 mm として考えた。なお、DAC はダイヤモンドの上下方向に空間があるのが通常で、計画では加圧軸に対し ±30° ほどの開口角を設ける。CL 角を 60° とすることによりX線はダイヤモンドを通して試料に照射されるため、吸収コントラスト像に影は生じない(図1d)。
DAC 試料の再構成像をシミュレートする方法は次のとおりである(図2)。1. 画像処理を簡便にするため、試料が画像の中心となるようにトリミングする。2. 完全 CT から得られた再構成像の各層に対してラドン変換を行い、シノグラム(サイノグラム)を求める。3. シノグラムに対して DAC の柱により落とされる影を重ね合わせ、その部分の値をゼロにする。4. 影付きの透過イメージに対し逆ラドン変換を施し、試料が DAC に搭載されていた場合に得られたと思われる不完全 CT 像を再構成する。これらの処理は自作の python スクリプトにより行った。
図2.DAC 内試料から測定される不完全 CT 再構成像のシミュレーション方法。測定で得られた再構成像から、簡単のため試料を画像中心へシフトさせたのち周辺部分をトリミングする。ラドン変換により、吸収コントラスト像を得る。それを回転角の関数として表したのがシノグラムである(横軸が回転角)。シノグラムに柱の影を加える。ここでは、ケース A の場合を示しており、9本の影が見てとれる。これに逆ラドン変換を施し、不完全 CT の再構成像を得る。
CL 測定のデータ解析は一次元フィルタ補正逆投影法により行われた[5]。CL 角が 60° で測定されたデータによる不完全CTデータの補完は次の手順で行われた(図3)。1. 不完全 CT および高傾斜 CL の再構成イメージがほぼ重なるように、像をシフトさせる。2. 試料部以外を値ゼロとする(矩形型窓関数の適用)。3. 双方の再構成イメージを三次元フーリエ変換により逆空間に投影する。4. CL データの内、情報が欠落していない領域だと推定されるデータで不完全 CT の逆空間データを置き換える。5. 置き換えられた逆空間イメージを逆変換により実空間へ投影する。こちらの処理も自作の python スクリプトにより行った。手順4についてもう少し詳しく説明する。CL におけるデータ欠損は kz 軸を中心とする頂角が CL 角の2倍となる円錐の内部になる[5]。この考え方を単純化して、CL のフーリエ像で kz がゼロ付近の kz 軸に垂直な 12 層に情報が含まれていると考え、これらを不完全 CT のフーリエ像に取り込むことで情報補完を行った。
図3. 逆空間補完の概念図。ラミノグラフィにより得られた再構成像をフーリエ変換(FT)して得られるフーリエ像では Missing Cone の内部に情報を持たず、kz = 0 付近に情報を多く含む。その情報を不完全 CT のフーリエ像へと取り入れ補完されたフーリエ像を求め、それを逆変換(IFT)することで補完された再構成像を求める。
得られたイメージから白金部分に該当する強度部分を取り出して、三次元的な評価を行った。その際に、白金とそれ以外の部分の二値化と、白金部分のボリュームレンダリングは SLICE ソフトウェア[8]により行った。
結果および考察:
3つの異なるエネルギーで完全 CT 測定をした結果、37.7 keV で撮像されたものが良好であったため、本論文では 37.7 keV での結果のみ示す。完全 CT による再構成像の内、回転軸と垂直な断層像の一例を図4a に示す。吸収の大きい白金は明るく、吸収の小さいルビーは暗く、マトリックスの銅はその中間のコントラストとして得られた。
図4.試料の断層像。(a)完全 CT。(b)高傾斜 CL。(c, d) ケース A。(e, f) ケース B。(g, h) ケース C。(c, e, g)不完全 CT として再構成。(d, f, h)不完全 CT を CL により補完したもの。
図4b として、CL 角 60° で測定されたデータの一断層像を示す。60° と高傾斜であったにもかかわらず、思ったよりも完全 CT に近い断層像が得られた。しかし、よく見ると、完全 CT では見られなかったテクスチャが観察された(図中白矢印)。これは上下のレイヤーからの「染み出し」であると思われる。
完全 CT から再構成された断層像を見てみる。図4c と図4e にケースAおよびBの結果を示した。ケースAではアーティファクトの影響が大きく、試料の内部構造を観察することは困難であった。ケースBでは、何とか内部構造の概要が分かる程度であった。ケースCの結果を図4g に示す。観察視野角の大きさから予想されるように、3つの中で試料内部構造がもっとも良く表現されている。
CL により補完された結果を図4d, f, h に示す。ケースAでは CL の断層像(図4b)と補完された不完全 CT の断層像(図4d)は、ほぼ同じであった。ケースBおよびCでは不完全 CT で見られたラインアーティファクトが軽減されたが(図4f および4h)、CL で見られた「染み出し」が見られた(図中白矢印)。逆空間で置換する範囲を上手く選択する必要があると思われる。
画素値のヒストグラムを図5に示す。完全 CT の再構成像で得られたヒストグラムからは、ルビーと銅と白金とが明確に判別できた。一方で、CL から得られたヒストグラムでは、白金を示す画素値が不明瞭となった。不完全 CT の場合は、柱の数が多くなるにつれてヒストグラムから特徴が失われていった。不完全 CT を CL で補完したものでは、ヒストグラムに柱の数による差異は見られなかった。
図5に示す閾値を用いて、白金部分に該当する強度部分のボリュームレンダリングを行った。クラスタサイズ分布を図6に示す。ケースAのヒストグラムは他のものと大きく異なり、内部構造を良く再現できていない。ケースBも 50000 未満のクラスタ数が他と大きく異なっている。これらに CL 補完を行うことで、クラスタサイズ分布に改善が見られた。試料として用いた白金粒径が 10 μm 以上であることを考えると、ボクセル数が 50000 以下のクラスタはアーティファクトである可能性が高い。このことから、CL 補完はラインアーティファクトの除去に一定の効果があったと思われる。
図5.画素値の頻度分布。矢印は白金とそれ以外を区別する閾値として採用した値を示す。
図6.白金粒子サイズの頻度分布。
図7にボクセル数が 100000 個以上のクラスタをボリュームレンダリングした結果を示す。ケースAの場合は、CL の補完により画質は改善された(図7c, 7d)。ケースBおよびCの場合は、二値化により完全 CT で得られた形状(図7a)に非常に近いものが得られた(図7e, 7g)。図4e や 4g で見られたラインアーティファクトが図5e や 5g には見られなかったことから、クラスタサイズによるフィルタリングによりアーティファクトが除去されたと考えられる。一方で、CL による補完の効果は図7f, 7hでは見られず、むしろ悪化したようにも見える。
図7.白金に該当する強度部分のボリュームレンダリング。(a)完全 CT。(b)高傾斜 CL。(c, d)ケース A。(e, f)ケース B。(g, h)ケース C。(c, e, g) 不完全 CT として再構成。(d, f, h)不完全 CT を CL で補完したもの。ボクセル数 10000 以上のクラスタのみを示した。
高傾斜 CL の測定データと、完全 CT 測定結果からの不完全 CT のシミュレーションデータを用いて、情報欠損の補完を試みた結果、内部構造を把握するには観察視野角が 50% 程度は必要であることが分かった。また、高傾斜 CL が不完全 CT を補完する情報を有し、逆空間での情報補完により画 50% 程度の情報が欠落した不完全 CT のイメージ改善には、アーティファクト除去など一定の効果は認められたものの、大きな改善は得られなかった。情報の欠落が 13% 程度であれば、補完を行わずとも比較的完全 CT に近い像が得られた。本結果は、X線イメージングを行う場合の DAC 設計における指針となる。
今後の課題:
今回のデータ解析では、不完全 CT と高傾斜 CL データを逆空間で補完するという方法を試みた。この方法では、情報が大きく欠落した(< 30%)不完全 CT では大きな効果が得られたが、情報があまり欠落していない(>87%)不完全 CT には逆効果で、不完全 CT では見られなかった「染み出し」のアーティファクトを生じさせる結果となった。今回の逆空間補完法では、それぞれのデータが持つ情報を活かしきれなかったためだと思われる。逆空間における領域の選択方法の検討が必要であろう。また、逐次近似法のような代数的手法を用いた補完も検討すべきである[9]。不完全 CT の再構成像を初期値として CL のシノグラムを求め、それを実験で得られた CL シノグラムと比較することで逐次修正する。このようにすると、CL 情報を取り入れた再構成像が得られるだろう。
今回の測定では、試料を搭載するモーター駆動ステージの剛性および幾何学的な要請により、CL 角を 60° までしか傾けることができなかった。一般的な DAC ではダイヤモンド背面の開口が片側 20° 弱であることが多く、70° 以上に試料を傾斜することが望ましい。
謝辞:
測定では藤本真人氏と和田正弘氏にご協力いただきました。本研究はひょうご科学技術協会学術研究助成の補助を受け実施されました。
参考文献:
[1] 西山宣正, Yanbin Wang, 高圧力の科学と技術, 18, 214 (2008).
[2] J. Philippe et al., High Pressure Research, 36, 512 (2016).
[3] Y. Lin, Q. Zeng, W. Yang, and W. L. Mao, Appl. Phys. Lett., 103, 261909 (2013).
[4] R. Nomura and K. Uesugi, Rev. Sci. Instrum., 87, 046105 (2016).
[5] 星野真人 ら、放射光, 26, 257 (2013).
[6] K. Uesugi, A. Takeuchi, and Y. Suzuki, J. Phys.: Conf. Ser., 186, 012050 (2009).
[7] http://www-bl20.spring8.or.jp/xct/index.html (2020年8月18日閲覧)
[8] T. Nakano et al., The 3D image processing tools SLICE. http://www-bl20.spring8.or.jp/slice/index.html (2020年8月18日閲覧)
[9] 篠原広行 ら、断層映像研究会雑誌, 37(2) (2010).
(Received: June 24, 2020; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)