SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.1

Section B : Industrial Application Report

X線回折による圧電体(1-x)(Na0.45K0.55)NbO3 + xCaTiO3の結晶構造解析
Crystal Structure Analysis of Piezoelectric (1-x)(Na0.45K0.55)NbO3 + xCaTiO3 by Using X-ray Diffraction

DOI:10.18957/rr.1.1.12
2011B1785 / BL19B2

岩堀 禎浩, 野口 博司

Yoshihiro Iwahori, Hiroshi Noguchi

株式会社 村田製作所

Murata Manufacturing. Co., Ltd.

Abstract

 (Na,K)NbO3(NKN)は、CaTiO3(CT)と化合物を作ることで圧電特性を制御する。我々はCTの添加濃度に対するNKNの結晶構造変化を解析した。測定はBL19B2で行い、粉末X線回折パターンから格子定数の変化を評価した。この結果、NKNに対するCTの添加濃度が3 mol%から9 mol%の間は、斜方晶と正方晶の混晶系になっていると推定した。この混晶系は、Pb(Zr,Ti)O3のモルフォトロピック相境界(Morphotropic Phase Boundary : MPB) 組成域と似ており、CTの固溶濃度を最適化すれば圧電特性を最大にできる可能性を見出した。


キーワード:圧電材料、モルフォトロピック相境界(MPB)、粉末X線回折,結晶構造解析

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背景と研究目的:

 近年、Nb系の圧電材料開発が進んでいる。この圧電材料を使ったデバイスはモバイル機器を中心として利用範囲が拡大している。また「RoHS(注1)」や「J-Moss(注2)」といった環境基準を満たした製品に使用されることが多い。

 IT分野では、日に日に溜まる膨大なデータをサーバーの大容量ハードディスク(HDD)に保管する。HDDは保存容量に対する価格の安さからまだまだ保存媒体として主流であり、故障を起こさない読み書き出しヘッドのアクチュエーターとしての需要も高い。本材料が関わる産業分野は非常に広いことが特徴である。

 非鉛非ビスマス圧電材料領域の研究ではPb(Zr,Ti)O3に匹敵する性能を持つ圧電体を目指し研究開発が広く行われている。齋藤康善らの研究[1]によれば、Pb(Zr,Ti)O3の圧電特性に迫る材料グループ((K,Na)NbO3+LiTaO3+LiSbO3)がすでに開発されておりMPB(Morphotropic Phase Boundary)組成の制御技術などに発展している。

 一方、齋藤らの((K,Na)NbO3+LiTaO3+LiSbO3)に対して圧電定数d33が約1/2~1/3しかない(K,Na)NbO3のグループが存在する。(K,Na)NbO3の特徴は、キュリー点が約400℃で他の圧電体と比べ高いため、産業利用として扱い易い利点がある。

 (K,Na)NbO3グループの材料系は(Na,K)NbO3+MTiO3(M=Mg, Sr, Ca など)が研究されており、M(Mg, Sr, Ca など)の添加濃度に応じてキュリー温度が制御できることが見出されている[2,3]

 我々は工業的に入手し易く安価なCaTiO3を用いて実用性のある(キュリー点が高く圧電定数が安定している)材料を開発するためCaTiO3固溶濃度に対する圧電定数の制御を試みている。しかしながら我々の実験ではCaTiO3の固溶濃度変化(数mol%)に対し圧電定数d33の変化は約±10%もある。ゆえに安定した特性制御が十分に行えておらず、また原因も明確になっていない。

 そこで結晶構造解析から圧電特性の制御因子を見出すことを目的とし、安定した材料設計を行い安全な製品を作り出すことを最も重要な目標とする。

 

(注1)Restriction on Hazardous Substances (RoHS:ローズ):電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限指令(EU が提唱)。

(注2)J-Moss(JIS C0950):日本版ローズ。特定物質の含有表示を規定している。

 

実験:

 実験試料は、KNbO3粉末(純度:99.8%)とNaNbO3粉末(純度:99%)、そしてCaTiO3粉末(純度:99.9%)を所定のモル比で混合し1400℃で2時間焼成して(1-x)(Na0.45K0.55)NbO3+xCaTiO3(x = 0, 0.03、0.06、0.09)単板セラミックスを作製した(NaとKの比率は物性値に対する経験値)。この単板を粉砕し平均粒子径3 μmの粉末を測定用とした。実験試料名と組成比を表1に示す。

 

 

 表1. 粉末X線回折測定用の試料名と組成比

 

 

 粉末化した試料は内径0.2 mmφのリンデマンガラスキャピラリーの先端約1 cmに充填し、充填口を接着剤で密封した。

 粉末X線回折の測定はSPring-8のBL19B2に設置してある大型デバイ・シェラー計を使用した。BL19B2に設置してあるデバイ・シェラー測定器を図1に示す。

 

 

 図1.BL19B2のデバイ・シェラー測定器と検出器の関係(SPring-8のweb siteから転載)

 (Quot. : http://www.spring8.or.jp/wkg/BL19B2/instrument/lang-en/INS-0000000331)

 

 

 検出器は十分にが高角度の回折線まで捉えられるイメージング・プレートを用いた。X線の波長は0.49994(5) Å{NISTのSi粉末を標準試料として較正した。( )内は最小二乗法の標準偏差}の単一波長光を用いた。試料の入ったガラスキャピラリーは測定中に自転させ、回折線に与える粉末粒子の選択配向や粗大粒子の影響が最小限になるようにした。X線の照射によるイメージング・プレートへの積算時間はイメージング・プレートのサチレーション・タイムを考慮して15分で行った。また、全ての測定は室温で行った。

 測定終了後、イメージング・プレートに記録した回折線の強度と位置を読み取り、回折線位置と回折線強度の2次元回折パターンデータを得た(/ 強度データ)。

 

結果および考察:

 測定の結果得られたNHN、NHKCT3、NKNCT6、NKNCT9の粉末X線回折のパターンを図2に示す。非常に広い回折角度範囲(/degree)を測定しているので、結晶に固有の回折線のみ示した。

 

 

図2.各試料の測定回折線と指数付け結果(Ortho.:斜方晶、Tetra.:正方晶)

 

 

 回折線の指数付けからNKN(x = 0)とNKNCT3(x=0.03)は斜方晶、NKNCT6(x = 0.06)とNKNCT9(x= 0.09)は正方晶と考えられた。CaTiO3添加試料(NKNCT3,NKNCT6,NKNCT9)はいずれも回折線幅が広く結晶性が低い傾向が認められた。さらに回折線の位置より求めた格子定数変化を図3に示す。

 

 

図3. (1-x)(Na0.45K0.55)NbO3+xCaTiO3の格子定数比較(Rietveld 解析(注3)実施前)

 

 

 図3において斜方晶のc軸長とb軸長は近接しているためc軸のみ描画している。図3より、NKNはCaTiO3濃度が3 mol%~9 mol% (x = 0.03 ~ 0.09)において斜方晶から正方晶への相転移点を持つ可能性が高い。ただ図2で該当するモル数(3 mol% ~ 9 mol%)の回折線は0 mol% (x = 0)に比べると広がっており単一の結晶からの回折線だけでは説明が困難である。そこでこの領域にはPb(Zr,Ti)O3の様にMPB組成域が存在し、斜方晶と正方晶の混晶系になっていると考えると説明できそうである。MPB組成域内で斜方晶と正方晶の存在量が1:1の近傍になるよう材料設計すれば大きな圧電特性を得られる可能性がある。つまり斜方晶相と正方晶相の比率が圧電特性の制御因子となる。

 我々は混晶系(斜方晶+正方晶)の仮説のもとRietveld(リートベルト)解析[4](注3)を行い実測値とよく一致することを確認したため混晶系であると判断した(図4参照)。

 

 

図4. 斜方晶と正方晶の混晶モデルを用いたRietveld 解析結果

信頼性因子(R-factor)はRwp(重み付き全Profile)、RI(回折線のみ)、RF(構造因子)を示す。

 

 

 リートベルト解析の結果、NKNCT3 ~ NKNCT9のPerovskite構造に対するCaTiO3添加の効果については以下のように述べる事ができる。斜方晶+正方晶領域(x = 0.03 ~ 0.09)のBサイト(Nb,Ti)はいずれの結晶でも六配位しているが、斜方晶のB (Nb,Ti) – O(c軸方向)の最小距離はx = 0で1.8539 (3) Å、x=0.03で1.8493 (3) ÅとなっておりCaTiO3固溶によって短くなっていた。この傾向はx = 0.03 → 0.09 に成るに伴っても同様であった。

 一方、正方晶では傾向が異なり、x = 0.06のとき最もB-O間(c軸方向)が短くなった。つまり6 mol% (x = 0.06)のCaTiO3添加はBサイトと分極方向の酸素Oとの共有結合強度を強め、キュリー点を高温側へシフトさせている起源と言える。そしてB-O距離と共有結合強度の観点から、さらなるキュリー点の制御には(Ca,Mg)TiO3のような添加方法も考えられる。

 また、図3に示す正方晶(+斜方晶)領域ではc/a が6 mol% (x = 0.06)で1.0111(2)、9 mol% (x = 0.09)で1.0096(2)となり、CaTiO3濃度が増すとTetragonality(正方晶性)が6 mol%で最大になった。つまり6 mol%(x = 0.06)では正方晶性が高いためPerovskite構造の歪が大きくなっていると考えられ、高い圧電定数d33を得ることが期待できる。しかしRietveld解析の結果から、この時の結晶相の重量比は、斜方晶:正方晶 = 32:68でありMPB組成域からずれているため、最適な組成比とは言えなかった。結晶相の定量比から単純な比例計算を行うと約 x = 0.05でMPB組成域となることが明らかになり、材料設計のひとつの指標を構築できた。

 

(注3)Rietveld解析法:粉末回折パターンから非線形最小二乗法を用いて格子定数と結晶構造パラメータ{原子位置、原子変位(温度因子)、格子占有率など}を精密化する手法。

 

まとめ:

 粉末回折パターンからRietveld解析法を用いることで(1-x)(Na0.45K0.55)NbO3+xCaTiO3 (x = 0.03、0.06、0.09)は斜方晶と正方晶の混晶系であった。ゆえにMPB組成域になるCaTiO3固溶量を計算することで圧電定数を最大にできる可能性が明らかになった。従来まで圧電定数d33のばらつきが大きかったのは組成比ずれによるものと思われるため、組成比の管理を徹底することで精度の高い材料設計が期待できることが判明した。

 

今後の課題:

 本件は解析の途中結果である、今後はMEM/Rietveld解析[4,5](注4)からさらなる物性解明を行い、圧電特性の制御因子をより具体的に解明する。

 

(注4)MEM/Rietveld解析:粉末回折パターンより格子定数と結晶構造パラメータを精密化すると共に構造因子(F)から電子密度分布を求める手法。

 

参考文献:

[1]Y. Saito et al., "Lead-free Piezoceramics", Nature, 432, 84 (2004).

[2]R. Wnag, H. Bando, and M. Itoh, Appl. Phys. Lett. 95, 092905 (2009).

[3]Hwi-Yeol Park, et al., Appl. Phys. 102, 124101 (2007).

[4]H.M. Rietveld, J. Appl. Crystallogr., 2, 65 (1969).

[5]F. Izumi and K. Momma, Solid State Phenom., 130, 15-20 (2007).

 

©JASRI

(Received: April 6, 2012; Accepted: June 20, 2012; Published: February 28, 2013)