SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.3

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

ボストン美術館所蔵日本の木彫像における樹種識別調査事例
Case study of Wood Identification of Japanese Wood Statues Owned by the Museum of Fine Arts Boston, USA

DOI:10.18957/rr.8.3.506
2018B1747 / BL20XU

田鶴 寿弥子a, メヒテル・メルツb, 伊東 隆夫c, 杉山 淳司d, e

Suyako Tazurua, Mechtild Mertzb, Takao Itohc, Junji Sugiyamad, e

a京都大学生存圏研究所, b東アジア文化研究所, フランス, c奈良文化財研究所, d 京都大学, e南京林業大学, 中華人民共和国

a Research Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University, b East Asian Civilizations Research Centre CRCAO, c Nara National Research Institute for Cultural Properties, d Kyoto University, e Nanjing Forestry University

Abstract

 東アジアの木彫像は歴史的背景等により国外にて保管されているものが少なからずあり、現在欧米の様々な美術館・博物館などに保管されている木彫像の樹種調査を進めている。本研究では、アメリカ合衆国のボストン美術館での木彫像群の調査のうち、日本の木彫像3体から採取された非常に小さな試料に、SPring-8 の BL20XU でのシンクロトロン放射光X線トモグラフィーを適用して樹種識別調査を行った。その結果、Chamaecyparis obtusa が使用されていることを明らかにした。


Keywords:Wood identification, Micro-CT, Anatomical structure


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背景と研究目的:

 木材の樹種識別調査は材料の種類を知るためだけの手段的役割から、研究を様々な角度から照らし、飛躍させる調査の一つへと変貌を遂げてきた。特に人々の宗教など精神世界を支えるために必須であったアジアの文物の用材観には、重要な意味が含まれていることが徐々に明らかになってきている。筆者らは人々の信仰や宗教に関連しながらも用材観へのアプローチがあまり進んでいない東アジア地域の木彫像に注目し、光学顕微鏡やシンクロトロン放射光X線トモグラフィーをはじめとした手法による樹種識別を適用することで、データの蓄積と解析をすすめ、人間と木の関わりについて学術的に考察し、日本文化および東アジアにおける文化交流の歴史を紐解く一端としたいと考えてきた。特に東アジア地域の木彫像は、仏教伝来における国ごとの用材観を知る上で非常に重要な情報を含有していることが示唆される。近年、日本では平安時代以降の仏像の樹種識別研究[1-3]が体系的に行われ樹種についてもまとめられてきている他、神像彫刻における樹種調査も徐々に進められてきている[4, 5]。一方近隣アジア諸国における木彫像の樹種情報についての体系的な研究はまだ少ないという課題があった。日本の木彫像の用材観には、大陸からの仏教や禅、陰陽道といった様々な文化が大きな影響を与えたと考えられ、現在、欧米の様々な美術館・博物館などに豊富に保管されている東アジア由来の木彫像の樹種調査を進めている[6]。

 本研究では、アメリカ合衆国ボストン美術館所蔵の日本の木彫像3体から採取された試料が非常に小さく脆かったことから、BL20XU でのシンクロトロン放射光X線トモグラフィーを活用した樹種調査を適用することにした。

 

実験:

 ボストン美術館のコンサベーターや学芸員らの協力のもと、日本の木彫像3点の試料を入手した。試料は、推定分も含まれるが年代は11世紀から14世紀にわたり、大きさや形状も多岐にわたっていた。

 調査に供した試料 (No. 1 - 3) と詳細は以下の通りである。

No. 1
Accession number 12.129.1-2, 阿弥陀如来立像 (Amida, the Buddha of Infinite Light), 13世紀後半, 像高 79.5 cm

No. 2
Accession number 12.333, 天部立像 (Deva, a Heavenly Being), 11世紀初期, 像高 108.5 cm

No. 3
Accession number 36.413, 僧形八幡神坐像 (The Shinto Deity Hachiman in the Guise of a Buddhist Monk), 1328年, 81.3 x 93.3 x 61 cm

 これらの非常に小さく脆い試料については、兵庫県に位置する大型放射光施設(SPring-8)のビームライン BL20XU を用い、シンクロトロン放射光X線トモグラフィー(課題番号:2018B1747)での実験に供した。具体的には、サンプルホルダーに 1 mm × 1 mm × 2 mm の試料を固定し、サンプル台ごと180度回転させながら透過像を撮影した。使用したX線エネルギーは 8 keV であった。試料の交換も含め、1サンプルあたり約15分程度で撮影可能であった。得られた透過像から再構成を行い、断層像を再生した。解剖学的特徴のための任意の断面観察作成などには ImageJ、VGStudio といったソフトを用いた。光学顕微鏡で観察される解剖学的特徴により、木材の属レベル(時には種まで)の識別が可能であり、CT で得られた断層像より、解剖学的特徴の観察・同定を行った。

 

結果および考察:

 No. 1 - 3 の日本の木彫像3体を調査した結果、3体ともヒノキ(Chamaecyparis obtusa)が使用されていることが判明した。図1に示した天部立像 (No. 2) についてシンクロトロン放射光X線トモグラフィーを用いて撮影した画像から木口面、板目面、柾目面に相当する断層像を切り出した画像は図2のとおりである。図2の木口面では年輪界の情報は獲得できなかったものの、図2の柾目面からは、分野壁孔がやや大きめのヒノキ型 (図2イラスト参照) で、1分野に2個程度ずつ存在することがはっきりと認められた。以上の解剖学的特徴により、ヒノキ(Chamaecyparis obtusa)と同定した。

 

              

図 1. 天部立像 (Deva, a Heavenly Being)。Gift of Francis Gardner Curtis. 12.333. Photograph © 2020 Museum of Fine Arts, Boston.

 

  

図 2.天部立像 (No. 2) から得られた 1 mm 程度の試料について SRX-ray μCTを 用いて撮影した画像から木口面(左)、板目面(中央)、柾目面(右)に相当する断層像を切り出した画像。ヒノキ型分野壁孔は右端に図示の通り、孔口が長楕円形で壁孔縁の境界内に収まっており、孔口幅は壁孔縁の幅よりも明らかに狭い形状のものを指す。

 

謝辞:

 調査にご協力くださったボストン美術館コンサベーター Abigail Hykin 氏をはじめ、美術館スタッフの皆様に心よりお礼申し上げる。また SPring-8 の BL20XU 担当の皆様にお礼申し上げる。本研究は科研費若手B、生存圏全国共同利用データベース、生存圏研究ミッション5-4によるものである。

 

参考文献:

[1] 金子啓明, 岩佐光晴, 能城修一, 藤井智之, Museum, 555, 3-54, (1998).

[2] 金子啓明, 岩佐光晴, 能城修一, 藤井智之, Museum, 583, 5-44, (2003).

[3] 金子啓明, 岩佐光晴, 能城修一, 藤井智之, Museum, 625, 61-78, (2010).

[4] 田鶴寿弥子, 杉山淳司, 山下立, 滋賀県立安土城考古博物館紀要, 21, 71-94, (2013).

[5] Suyako Tazuru, Junji Sugiyama, J. Wood Sci., 65, 60, (2019). 

[6] 田鶴寿弥子, メヒテル・メルツ, 伊東隆夫, 杉山淳司, SPring-8/SACLA利用研究成果集, 7, 216-218, (2019).

 

 

  ”creative

(Received: July 11, 2018; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)