SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.3

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

硬X線回折を用いた酸化物薄膜材料における酸化還元挙動の in-situ 観察
In-situ Observation of Redox Reaction in Oxide Thin Film Materials Using HX-XRD

DOI:10.18957/rr.8.3.480
2014B4502 / BL15XU

土屋 敬志, 寺部 一弥

Takashi Tsuchiya, Kazuya Terabe

(国研)物質・材料研究機構

National Institute for Materials Science

Abstract

 プロトン伝導性固体電解質から供給されるプロトンが誘起する酸化還元反応を利用して酸化グラフェンの酸素官能基を制御する固体イオニクスデバイスの動作機構の調査のため、硬X線回折を利用して電圧印加状態での in-situ 観察を行った。印加電圧の極性に対応して還元反応では酸素官能基の減少およびそれに伴う吸着水の脱離による層間距離の減少、逆に酸化反応では層間距離の増加が予想されたものの、印加電圧に依存しない回折ピーク強度の低下が認められた。硬X線 XPS の測定結果と考え合せると、X線照射のダメージに起因する酸化グラフェンのアモルファス化が進行したものと考えられる。


Keywords:酸化グラフェン、酸化還元反応、固体イオニクス


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背景と研究目的:

 炭素原子同士が sp2 結合によりハニカム型格子構造をとる二次元物質、グラフェン、及び酸化グラフェンは電気素子のみならず光学素子、磁性素子など様々な応用を期待されている。我々は酸化グラフェン中に存在する sp2 領域、及び sp3 領域をプロトン伝導体を用いた全固体電気二重層トランジスタ中での酸化還元反応を用いて可逆的に変化させ、バンドギャップ、オン・オフ比、及び電界効果移動度をその場・不揮発的に制御出来ることを報告した[1-3]。この技術は種々の物性を極薄、フレキシブル、かつ安価な酸化グラフェンを用いて一元的に制御する次世代型ナノデバイスに発展する可能性がある。しかし、この動作原理の詳細は明らかでなく、酸化グラフェンの酸化還元挙動の追跡が必要である。酸化グラフェンは終端酸素基等の官能基、及び官能基への吸着水の挿入により通常の多層グラフェンと比較して層間が大きく広がっており、熱処理による酸化還元状態の変化に対応して層間距離が 8.8 Å から 3.36 Å 程度に範囲で劇的に変化することが報告されている[4-6]。また、熱処理による還元反応ではまずフェノール基、カルボニル基が優先的に反応し、ついでエポキシ基、ヒドロキシ基が反応すること等も明らかになっているが[7]、ナノデバイスにおける室温での反応機構やその際の構造変化については明らかでない。そこで、電圧印加X線回折測定によりイオン伝導性薄膜と金属電極で挟みこまれた酸化グラフェン薄膜の層間距離変化の in-situ 観察を行った。

 

実験:

 本測定は BL15XU ビームラインのX線回折装置を用いて行った。用いた2端子セルの模式図を図1に示す。Hummers 法により調製した酸化グラフェンの分散溶液を用いたスピンコートによって酸化グラフェン膜を成膜した。酸化インジウムスズ (ITO) 薄膜はスパッタ法、Au 薄膜は電子線ビーム蒸着法によって成膜した。パルスレーザー堆積法で成膜した Y 安定化 ZrO2(YSZ) 薄膜はナノ粒子の粒界吸着水に起因して室温程度で高いプロトン伝導性を有し、酸化グラフェンへのプロトン供給および酸化還元反応の誘起が可能である。本研究ではこの YSZ 薄膜を固体電解質として用い、Au 薄膜電極、および ITO 薄膜電極の2端子間に直流電圧を印加しながら、酸化グラフェンにエネルギー 8.04 keV の 硬X線を入射して 2θ θ 法による測定を行った。測定時間は1点 (0.1°) あたり1秒とした。なお、電圧の向きは酸化グラフェンが還元される電圧を負とする。

 

     

図1. 本研究で使用したAu薄膜/酸化グラフェン/プロトン伝導性YSZ薄膜/酸化インジウムスズ薄膜2端子セルの模式図。

 

結果および考察:

 本実験ではセルに印加する電圧範囲を -4 V から 2.5 V とした。この範囲では同様の薄膜積層構造からなるトランジスタにおいて5桁を超える抵抗変化が観察されており、十分な変化が与えられると想定される[1]。図2に観察された回折パターンの電圧依存性を示す。まず初期状態 (0 V) に注目すると、11.5 度、及び 22 度付近に比較的強いピーク、さらに 18 度付近に微弱なピークが認められる。これらはグラファイト (002) に対応するピークであり、Krishnamoorthy らの報告に基づくと 11.5 度付近のブロードなピークは層間吸着水により層間が広がりカルボキシ基やエーテル基が多く構造の乱れが大きい高酸化度の領域に対応している[5]。一方、22 度付近の比較的鋭いピークは、吸着水の影響が小さく還元反応で除去されにくいヒドロキシ基がわずかに結合するのみで比較的構造の乱れが小さい低酸化度の領域に由来し、18 度付近の微弱なピークはその中間程度の領域に対応する回折ピークと考えられる[5]。次に印加負電圧を増加させていくと、これらのピーク強度は低下した。このように明確なピーク変化は認められたものの、負電圧印加により sp2 領域に対応するピーク強度が増すという予想とは全く異なる結果が得られた。そこでより詳細に調べた所、印加電圧ではなくX線の照射時間に依存して回折パターンが変化していることがわかった。図3に 11.5 度のピーク(sp3 領域)と 22 度のピーク(sp2 領域)のX線積算照射時間に対する積分強度の変化を示す。11.5 度のピークと 22 度のピークのいずれもピーク強度が単調に減少するものの、11.5 度のピークの方がより顕著に減少しており、X線照射による影響は sp3 領域により強い影響を与えることが示唆される。以前に同じく硬X線を利用して行ったX線光電子分光 (XPS) においても同様の挙動が観察されており、やはり XRD でもX線によるダメージが甚大であると考えられる。なお、XPS を用いた C1s スペクトル観察においてはX線照射により sp2 結合の炭素が増加しているように見えていた。しかし、今回の XRD では sp2、sp3 領域の両方のピーク強度低下が観察されたことから、実際にはX線照射によってグラファイト化よりもむしろアモルファスカーボン化が進行することがわかった。他の手法としてイオン注入によるアモルファスカーボン化が報告されている[8]。イオン注入の場合は Ti イオン注入による TiO2 の生成・付着が伴うのに対して、X線照射ではこうした副生成物が伴わずより純粋なアモルファス化の方法として利用可能と考えられる。

 

          

図2. 直流電圧印加状態で観察されたX 線回折パターンの電圧依存性。括弧内はX線の積算照射時間。まず 0 V から徐々に印加する負電圧(還元する向き)を増しながら観察を行った。その後に 0 V に戻した後、逆に正電圧(酸化する向き)を印加した。その間、各回折ピークの変化は印加電圧の極性には依存せず、ピーク強度が測定時間のみに依存して単調に減少した。

 

          

 図3. 11.5 度のピーク(sp3 領域)と 22 度のピーク(sp2 領域)のX線積算照射時間に対する積分強度の変化

 

今後の課題:

 本研究ではX線回折によって酸化グラフェンの酸化還元反応による層間距離変化のその場観察を試みた。(002)回折ピークの変化自体は非常に顕著であったものの、電圧印加に伴う酸化還元反応でなく、硬X線によるダメージによるアモルファス化による不可逆的変化に由来するものであった。酸化還元反応に伴う化学状態変化の追跡は様々な分野で重要なテーマであるが、活物質のX線に対する安定性が担保される必要があり、特に有機材料への適用には一層の注意が必要と考えられる。

 

参考文献:

[1] T. Tsuchiya, K. Terabe, M. Aono, Adv. Mater., 26, 7, 1087-1091 (2014).

[2] T. Tsuchiya, K. Terabe, M. Aono, Appl. Phys. Lett., 105, 18, 183101 (2014).

[3] T. Tsuchiya et al., ACS Nano, 9(2), 2102-2110 (2015).

[4] W. Gao et al., Nat. Chem., 1, 403-408 (2009).

[5] K. Krishnamoorthy et al., Carbon, 53, 38-49 (2013).

[6] H-K. Jeong et al., J. Am. Chem. Soc., 130, 1362-1366 (2008).

[7] A. Mathkar et al., J. Phys. Chem. Lett., 3, 986-991 (2012).

[8] J. Chen et al., Carbon, 49, 3141-3147 (2011).

 

 

 

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(Received: March 31, 2020; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)