Volume8 No.3
SPring-8 Section C: Technical Report
高結晶性平面グラファイトを用いた蛍光X線分光フィルタの原理検証
Feasibility Study of Spectral Filtering of Fluorescent X-rays Using Highly Crystalline Flat Graphite Analyzers
(公財)高輝度光科学研究センター
Japan Synchrotron Radiation Research Institute
- Abstract
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回転楕円面状に配置した高結晶性平面グラファイトによるブラッグ反射を利用し、目的とするX線の波長域をバンドパスする蛍光X線分光フィルタを試作した。Pt 試料に 12 keV のX線を照射し、作製した分光フィルタを通した後に SDD (Silicon drift detector)でスペクトルを評価した結果、目的とする Pt Lα1 9.44 keV が、Pt Ll 8.27 keV や Pt Lβ2 11.25 keV と分光でき、検出効率が 1.6 倍に向上した。さらに、蛍光X線分光フィルタと強度検出器を用いて、蛍光法による Pt L3 吸収端でのX線吸収スペクトルの取得に成功した。
Keywords:高結晶性グラファイト、ブラッグ反射、分光、蛍光X線分光フィルタ
背景と研究目的:
蛍光X線分析や蛍光X線イメージング測定では、高強度な放射光を用いることで高い統計精度や検出感度を得ることができる。目的の蛍光X線を分光・分析するためにはシリコンドリフト検出器 (SDD) のような光子計数型の検出器を用いることが一般的である。しかし、蛍光X線強度や弾性・非弾性散乱X線の強度が大きすぎる場合には、検出器の数え落としや検出強度の飽和のために計数ロスが発生する。測定対象以外の蛍光X線や散乱X線による検出器の飽和を避けるためには、目的のX線の波長域をバンドパスする分光フィルタを検出器の前に設置することが一つの解決策である。このような分光フィルタとしては、トロイダル形状の湾曲グラファイト結晶のブラッグ反射を用いる方法[1]や薄いシリコン結晶を湾曲させたラウエ配置のアナライザー (Bent crystal Laue analyzers) [2]が報告されている。これに対して本研究では、回転楕円面状に配置した複数枚の高結晶性平面グラファイトによるブラッグ反射を利用する。本研究で提案する簡易な分光フィルタにより、蛍光X線の検出効率が向上できれば広い応用分野が期待される。単純な蛍光X線分析だけではなく、例えば、蛍光 XAFS (X-ray absorption fine structure)や蛍光 XMCD (X-ray magnetic circular dichroism)分析への応用が考えられる。蛍光X線の検出に Si PIN フォトダイオード強度検出器を利用すれば、一般的な SDD よりも高速な検出が可能であり、高速分析への応用も期待できる。また、蛍光X線分光フィルタと SDD を組み合わせることで、蛍光X線分光でのバックグラウンドのさらなる低減と、目的とする信号強度の検出効率の向上も期待できる。本研究では、蛍光X線分光フィルタを設計・試作し、ビームラインにおける原理検証のための評価実験を行った。
実験:
高結晶性平面グラファイトを回転楕円面状に配置することで、蛍光X線の取り込み立体角を大きくとることができる蛍光X線分光フィルタを試作した。図1 (a)に製作した蛍光X線分光フィルタの写真、および図1 (b)に蛍光X線分光フィルタの光学系の模式図を示す。内面を回転楕円面形状に切削加工したアルミニウム製基材上に、約 12 mm × 4 mm × 厚み 0.35 mm の短冊状に切断した42枚の高結晶性グラファイトを平面形状のまま貼付した。回転楕円面は、グラファイトのブラッグ反射角を満足するように、試料と検出器位置をそれぞれ焦点とし、焦点距離がそれぞれ 50 mm の1対1となる光学系に設計した。回転楕円面基材は長軸方向の長さを 40 mm とした。この時、基材の端と試料との間隔は 29 mm である。回転楕円面の中央での斜入射角(ブラッグ角)を 11.3 度とし、目的の Pt Lα1 蛍光X線 (9.44 keV) をグラファイト 002 面によりブラッグ反射する配置とした。この配置での蛍光X線の回転楕円面基材への取り込み立体角は 0.02 Sr である。個々の短冊状の高結晶性グラファイトは平面形状のため集光性能を持たないが、回転楕円状に多数のグラファイト結晶を配置することで、X線を検出器上に擬似的に集光することができる。これにより、大きな立体角で取り込んだ蛍光X線を限られた面積の検出器に集めることで検出効率を高めることができる。また、蛍光X線がグラファイトでブラッグ反射せずに検出器に直接入射することを防ぐため、検出器側に2枚のビームストップを配置し遮弊した。高結晶性グラファイトとして、パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社製グラファイト、Grade: PGCX20 [3]、モザイク幅:約2度(半値全幅.Cu Kα 線による評価)を用いた。回転楕円面の幾何学的な入射角分布は±1度としており、平面のグラファイト結晶に対してモザイク幅の範囲内でブラッグ反射が可能なように設計した点が本装置の特徴である。
図1. 製作した蛍光X線分光フィルタ。(a) 写真。アルミニウム製の基材内面を回転楕円面形状に切削加工し、短冊状に切断した高結晶性グラファイトを複数貼付。(b) 光学系の模式図。試料位置において発生した蛍光X線は、回転楕円面状に配置した高結晶性グラファイトでブラッグ反射し、検出器位置へ入射。試料位置から直接検出器にX線が入らないように、2つのビームストップを配置。
製作した蛍光X線分光フィルタの性能評価を BL39XU において実施した。BL39XU の第2ハッチに常設の KB ミラー集光光学系[4, 5]を使用して入射X線を 1 µm に集光し、Pt 薄膜試料(5 µm 厚)に照射した。試料に入射するX線は水平直線偏光であり、入射X線に対して 90° 方向の水平面内で蛍光X線を検出した。偏光因子により、この配置での弾性散乱X線の強度は小さい。蛍光X線エネルギー Pt Lα1 9.44 keV を分光できるブラッグ反射条件を満たすように、試料に対する分光フィルタの並進位置3軸と角度2軸の調整を行った。必要なアラインメント精度は、並進3軸に関して各々 2 mm 以内、角度2軸について約1度以内であった。図2に蛍光X線分光フィルタを評価した際の装置の写真を示す。図2は SDD を蛍光X線分光フィルタの検出器として配置したときのものである。図1 (a)のように SDD と交換して Si PIN フォトダイオードを検出器として配置することが可能である。
図2. BL39XU 第2実験ハッチにおいて蛍光X線分光フィルタを評価した際の実験装置の写真。KB ミラー集光光学系による集光ビームを試料に照明した時に、集光点に設置した試料から発生した蛍光X線を検出するように配置。
作製した蛍光X線分光フィルタの評価として、①試料から発生したX線を蛍光X線分光フィルタにより分光し、検出器としてSDDを用いてスペクトルを取得した。また、②蛍光X線分光フィルタと Si PIN フォトダイオードを用いて、入射X線のエネルギーを掃引することで蛍光法によりPtのX線吸収スペクトルを取得した。①の評価について、蛍光X線分光フィルタを取り除き、SDD 単体を用いた測定結果と比較することで、蛍光X線分光フィルタが目的のX線エネルギーの分光を行え、機能するかを評価した。また②の評価について、蛍光X線分光フィルタを通した後に Si PIN フォトダイオードの代わりに SDD を検出器として使用し測定した結果と比較することで、X線吸収スペクトルの取得に応用可能か調査した。
結果および考察:
Pt L3 吸収端 (11.56 keV)を励起できるように、試料への照射X線エネルギーを 12 keV とし、高結晶性グラファイトをブラッグ反射した後のX線のスペクトルを SDD で検出した。図3に取得したX線スペクトルを示す。図3には、蛍光X線分光フィルタがある場合(a)と共に、蛍光X線分光フィルタを取り除き、位置は同じまま SDD のみにより取得したスペクトル(b)も示した。蛍光X線分光フィルタが無い図3 (b)の場合には、Pt Ll 8.27 keV、Pt Lα1 9.44 keV、Pt Lβ2 11.25 keV の Pt 由来のピークが観察された。図3 (a)に示すように蛍光X線分光フィルタにより、目的とした Pt Lα1 9.44 keV のピークのみを分光でき、他の蛍光X線強度を3桁程度減衰させられることが示された。さらに、蛍光X線分光フィルタがある場合は、無い場合に比べて、取得したスペクトルにおいて Pt Lα1 9.44 keV のピークの強度は 1.6 倍に増加しており、回転楕円面状に配置された高結晶性グラファイトによる取り込み立体角増加の効果による検出効率の増加も確認できた。使用した SDD は1素子あたり約 3 mm 角で合計2素子の受光部をもつことから,計測位置での立体角は 0.0018 Sr である.蛍光X線分光フィルタの回転楕円面基材の立体角 0.02 Sr は,SDD 使用時と比べて単純比で10倍以上大きいが,検出ピーク強度の増加は比例していない.これは次の①~④の損失を受けたためと考えられる.①試料ホルダによる信号強度の遮蔽.②蛍光X線分光フィルタを用いた際に,SDDの 1素子内に蛍光X線信号が収束できていないことによる受けこぼし.③高結晶性グラファイトの反射率.④回転楕円面基材の立体角 0.02 Sr の全面に高結晶性グラファイトが貼付されていない.なお、本件で作製した蛍光X線分光フィルタで分光されるエネルギー幅は、高結晶性グラファイトのモザイク幅:2度と、高結晶性グラファイトのブラッグ角:11.3 度から、1.7 keV (半値全幅)と計算され、測定されたスペクトルと矛盾していない。以上のように作製した蛍光X線分光フィルタの目的とする蛍光X線の分光機能と検出効率の増加が示された。
図3. Pt の蛍光X線スペクトル。(a) 蛍光X線分光フィルタがある場合。(b) 蛍光X線分光フィルタが無い場合。蛍光X線分光フィルタにより、目的とした Pt Lα1 9.44 keV のピークのみが分光可能。
Pt L3 吸収端付近でのX線吸収スペクトルを蛍光法により計測した。作製した蛍光X線分光フィルタを用いて、検出器として Si PIN フォトダイオードを使用した場合と、比較のために、検出器として SDD を使用した場合それぞれについて測定結果を図4に示す。入射X線の強度をイオンチャンバーにより測定し規格化した。入射X線エネルギーの走査範囲は 11.53 keV から 11.63 keV であり、1 eV ステップ、各点1秒間の露光時間とし、試料から発生した Pt Lα1 9.44 keV の蛍光X線をそれぞれの検出器で取得した。なお、SDD を使用した場合は、検出器の飽和を避けるために、厚さ 600 μm の アルミニウム板により入射X線強度を7%に減衰した。測定の結果、取得した両者のスペクトルに差はなく、蛍光法を用いたX線吸収スペクトル計測において、作製した蛍光X線分光フィルタが有効に機能していることが示された。図4において SDD を検出器とした際に信号対ノイズ比が悪いのは、入射強度を減衰したためと考えられる。
図4. Pt L3 吸収端付近におけるX線吸収スペクトル。蛍光X線分光フィルタを利用し、Si PIN フォトダイオードと SSD をそれぞれ検出器として得られたスペクトルについて最大値を1として表示。
今後の課題:
本研究では、作製した蛍光X線分光フィルタによる Pt Lα1 9.44 keV 蛍光X線の分光検出が可能であるという基礎的なデータの取得に成功した。今後、実試料の分析への適用を目的とし、以下の項目を検証することで、蛍光X線分光フィルタの有効性を試験したい。
・ 実試料の Pt 濃度と SDD 検出器の読み取り強度の飽和/検出ロスの関係、及び、飽和/検出ロス時の減衰板の使用による信号対ノイズ比の悪化への影響。これに対して、蛍光X線分光フィルタを用いた際の信号対ノイズ比の改善効果。
・ 実測定のセットアップにおいて、電磁石や試料走査ステージ、試料ホルダ等による蛍光X線の取り込み立体角の制限等を考慮した、回転楕円面基材形状の最適化。
・ XMCD 等の円偏光X線を用いる測定において弾性散乱X線の強度が増加した条件での、蛍光X線分光フィルタの性能評価。
参考文献:
[1] T. Sekioka et al., Journal of Synchrotron Radiation, 12, 530 (2005).
[2] C. Karanfil et al., Journal of Synchrotron Radiation, 19, 375 (2012).
[3] 西木直巳, 日本結晶学会誌, 52, 139 (2010).
[4] 湯本博勝 他, “液体窒素冷却シリコン二結晶分光器の安定化とKBミラー集光光学系の高強度化に関する評価”, 課題番号2016A1839, SPring-8/SACLA 利用研究成果集, 8, 167 (2020).
[5] M. Suzuki et al., Synchrotron Radiation News, 33, 4 (2020).
(Received: June 19, 2020; Accepted: October 23, 2020; Published: October 29, 2020)