Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
SiO2/SiC に及ぼすプラズマ窒化処理の影響の角度分解X線光電子分光法による解析
Analysis of Effect of Plasma Nitridation on SiO2/SiC by Angle-Resolved X-ray Photoelectron Spectroscopy
a 東京都市大学, b (公財)高輝度光科学研究センター
a Tokyo City University, b JASRI
- Abstract
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SiO2/SiC に及ぼすプラズマ窒化処理の影響を角度分解X線光電子法により調べた。まず、SiC 表面がプラズマ窒化されるかを調べ、4H-SiC の Si 面および C 面とも窒化されることを確認した。その後、熱酸化により酸化膜を形成した SiO2/SiC をプラズマ処理したところ、表面がわずかに窒化されるものの SiO2/SiC 界面までは窒素が拡散しないことを明らかにした。
Keywords:プラズマ窒化処理、SiC、角度分解光電子分光法
背景と研究目的:
半導体エレクトロニクス技術は、高度情報化社会を支えるだけでなく、最近では、電気自動車などのグリーンモビリティ技術やスマートグリッドなどの電力インフラの革新技術など、グリーン/ライフ分野にもその応用範囲は広がりつつあり、デバイス性能最大化と省電力の両立に向けて、省電力(グリーン分野)デバイス用に、Si にかわる新しい材料の導入が強く求められている。そのうちの一つであるシリコンカーバイド(SiC)は、パワーデバイスの基板材料として Si よりも優れた物性定数を持ち、かつ熱酸化によって絶縁性の優れた SiO2 が形成できることから大きな期待がかけられている。すでに、2013年6月からは東京地下鉄(東京メトロ)の銀座線に SiC デバイスが使用された車両が導入されている[1]。現在、SiC ダイオードでは材料の物性を活かせるほどの性能を引き出すことができており、量産車の車載充電器等に採用され始めている。しかし、SiC の MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor-Field-Effect-Transistor)においては、材料の物性を十分に引き出せていない。これは、酸化膜形成時もしくは高温熱処理時に SiO2/SiC 界面での炭素の偏析などにより、酸化膜/SiC 界面に高密度な界面準位や固定電荷が形成されるためと考えられている[2]。このため、SiC の熱酸化によって生じると考えられているC関連欠陥などの影響をできる限り軽減することが求められており、その手法のひとつとして、 SiO2/4H-SiC における界面の窒化処理が有効であると報告されている[3, 4]。しかし、現在主流の熱窒化ではプロセス温度は 1000℃ 以上と極めて高く、プロセス温度の低温化が求められている。そのため、プロセス温度を低くするための手段の1つがラジカル窒素を用いることである。本研究では SiO2/SiC のラジカル窒化による影響を調べたので、報告する。
実験:
試料は、HF 処理した SiC 単結晶ウエハ(4° off、4H-SiC の Si 面と C 面)およびに HF 処理した SiC 単結晶ウエハ(4H-SiC の Si 面と C 面)に乾燥酸素中 1000℃ で厚さ約 2-5 nm の酸化膜を形成した SiC 基板に対して、プラズマ窒化処理を行った。プラズマ窒化条件は、マイクロ波電力 100 W、Kr : N2 : H2 = 72% : 7% : 21%、圧力 1 Torr で、基板温度 400℃、処理時間は、30 分である。試料表面の汚染成分の影響を極力低減するために、試料の真空中加熱(400-600℃ 程度)を行った。この処理は、表面汚染の除去のみを狙いとしたものであり、東京都市大での予備実験および課題 2013A1693、2013B1774 で有効性を確認している。実際、本実験においても、C 1s 光電子スペクトルに表面汚染からの信号は観測されていない。角度分解X線光電子分光法は、フォトンエネルギー 1050 eV で、N 1s、Si 2p、C 1s、O 1s 内殻準位からの光電子を光電子の脱出角度 30°、45°、90° で測定した。
結果および考察:
図1に HF 処理した SiC 単結晶ウエハ(4H-SiC の Si 面と C 面)からの O 1s、Si 2p3/2、N 1s 光電子スペクトルを示す。ここで、Si 2p3/2 成分は、Si 2p1/2 と Si 2p3/2 のエネルギースプリット 0.608 eV、強度比 1:2 として、Si 2p 光電子スペクトルから Si 2p1/2 成分を除去することで求めた[5]。また、図は、基板の SiC 中の Si からの光電子強度で、O 1s、Si 2p3/2、N 1s 光電子スペクトルを規格化して示している。図から、O 1s 光電子強度が N 1s の光電子強度より強いことから、シリコンは窒素よりも酸素と多く結合していると考えられ、Si 2p スペクトルからは窒素とシリコンが結合しているかは判断できない。N 1s に着目すると、メインピークの結合エネルギーは、N-Si 結合の場合の値(約 398 eV)と近いことからシリコンが窒素と結合していると考えられる。また、光電子の脱出角度(Take-off angle(TOA))が小さくなるほど N 1s 光電子スペクトルが強くなっていることから、SiC の表面側が窒化していることがわかる。ここで、窒素が SiC の表面に存在すると仮定して量を求めると C 面の場合 3×1017[1/m3]が得られた。なお、観測された O 1s の信号は、プラズマ処理中に雰囲気中に残留していた酸素によるものと考えている。
図1. HF 処理した 4H-SiC をプラズマ窒化処理した試料の光電子スペクトル。
プラズマ処理により SiC を窒化できることが確認できたので、表面を酸化した試料のプラズマ窒化を行った。図2に SiO2/SiC(4H-SiC の Si 面と C 面)からの Si 2p3/2、N 1s 光電子スペクトルを示す。ここで、図1と同様に基板の SiC 中の Si からの光電子強度で、Si 2p3/2、N 1s 光電子スペクトルを規格化して示している。図から、表面が SiO2 の場合にはほとんど窒素が導入されないことがわかる。表面敏感である TOA=30° で測定したときに、わずかに窒素の信号が見られた。すなわち、表面近傍にのみ窒素が導入されたと考えられる。これは、SiO2 中を拡散する間に活性窒素が失活したか、処理の温度が低いために界面まで窒素が拡散しなかったためと考えられる。なお、表面近傍にのみ窒素が存在すると仮定し、窒素の量を求めると、6×1016[1/m3]と求まった。HF面に比べて約 1/5 の量であり、SiO2 のほうが窒化されにくいことを示唆している。
図2. プラズマ窒化処理した SiO2/SiC から光電子スペクトル。
今後の課題:
プラズマ窒化法は、低温で SiC 表面を窒化できるが、SiO2/SiC 構造においては、窒素が界面まで到達しない。そこで、(1)プラズマ処理温度を高くする、(2)処理時間を長くする、あるいは、(3)表面を先に窒化処理をしてから SiO2 を堆積させるなどの工夫が必要と考えられる。とくに、(3)は SiC の酸化を行わないことから、高品質の SiON/SiC 構造形成の有力な方法と思われる。
参考文献:
[1] http://www.tokyometro.jp/news/2013/pdf/metroNews20130326_sic1302.pdf.
[2] H. Watanabe et al., Appl. Phys. Lett., 99, 021907 (2011).
[3] 細井 卓治 等、「NO 窒化処理を施した SiO2/SiC 界面近傍の窒素分布評価」, 応用物理学会分科会, シリコンテクノロジー, No. 217, pp.2-5, 21st, June, 2019.
[4] Y. Iwasaki et al., APEX, 3, 026201 (2010).
[5] K. Siegbahn, Journal of Electron Spectroscopy and Related Phenomena, 36, 113 (1985).
(Received: March 31, 2020 ; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)