Volume8 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
光学薄膜界面の HAXPES 解析
HAXPES Analysis of Interface in Optical Thin Film
a三菱電機(株), bメルコセミコンダクタエンジニアリング(株)
aMitsubishi Electric Co., Ltd., bMelco Semiconductor Engineering Co., Ltd.
- Abstract
-
光デバイス表面の反射率、透過率等の光学特性制御のために用いる光学薄膜は、積層膜であることが多いが、膜のバルク層や界面層が設計と異なる状態となっている場合、その層で意図せぬ光散乱や光吸収が生じるため、設計した光学特性が得られない悪影響が生じる。今回、設計と異なる光学特性を示した積層膜に対し、硬X線光電子分光(HAXPES)を用いた化学結合状態分析を行った結果、界面層が設計と異なる状態となっていることが明らかとなった。
Keywords:光学薄膜、界面層、硬X線光電子分光S
背景と研究目的:
光デバイス表面の反射率、透過率等の光学特性制御のために用いる光学薄膜は、誘電体の積層膜で構成されることが多いが、積層膜の界面に意図せぬ層が形成されると、光の散乱や吸収の原因となる。今回、スパッタ法により Ta2O5 上に Al2O3 を成膜した積層膜において、設計よりも光吸収が多いことが分かった。ここでは、光電子分光による化学結合状態分析を行うことで、積層膜界面に意図せぬ層が形成されていないかを明らかにすることを目的とした。スパッタ法で成膜した膜の場合、XPS で界面からの光電子を取得可能な厚み(数 nm)の膜を成膜すると、面内で均一にならないことが懸念されたため、検出深度が深い HAXPES を用いて、上層の厚みが 15 nm の積層膜を分析することとした。なお、本課題の計画時にはX線反射率測定による層構造解析も実施予定であったが、想定より HAXPES 解析に時間を要したため、X線反射率測定は 2019A5130 に延期して実施し、現在データの解析中である。また、同課題で実施した SiC 基板と酸化膜の界面の解析については、別の文献にて報告済みである[1]。
実験:
試料は、上述の Ta2O5 上に Al2O3 を成膜した積層膜と、比較対象として層の順序を変えたものと、Al2O3 を SiO2 に替えたもの2種の計4種を用いた(表1)。いずれも Si 基板上に基板加熱は行わずスパッタ法を用いて成膜した。スパッタ法におけるターゲットは、Al2O3 成膜時は金属 Al、Ta2O5 成膜時は金属 Ta、SiO2 成膜時は SiO2 を用いた。成膜時のガス組成は Ar に酸素を Al2O3 成膜時は 15% 程度[2, 3]、Ta2O5 成膜時は 25% 程度[4, 5]混合し、圧力は 0.1~0.2 Pa であった。膜厚は、積層膜界面が HAXPES の検出深度に収まるように、上層を 15 nm、下層を 100 nm とした。HAXPES 分析時には、試料帯電抑制のため、分析前に Filgen 製 Os plasma coater OPC60A を用いて試料表面に 5 nm の厚みの Os 膜を成膜した。
表1. 試料構造
HAXPES 実験では、SPring-8 BL16XU の HAXPES 装置を用いた。アナライザーのスリットは curved 0.5 mm を用い、pass energy は 200 eV とした。試料ホルダの Au めっきを用いて Au 4f7/2 スペクトルを取得し、そのピーク位置が 84.1 eV であるとして算出した入射X線のエネルギーは、7947.9 eV であった。ミラーの視斜角は 3.5 mrad とした。4つの試料で Ta 3d5/2 を、sample1, 2 で Al 1s を、sample3, 4 で Si 1s の光電子スペクトルを取得した。光電子取り出し角度(Take off Angle: TOA)を 88 deg として取得したデータで試料間差異が見られた Ta 3d5/2 については、深さ方向の情報を得るために TOA を 50 deg 及び 30 deg とした時のデータも取得した。取得後の各データは、直線であると仮定したバックグラウンドを差し引いた後に、最小強度が 0、最大強度が 1 となるように縦軸を規格化した。
結果および考察:
図1及び図2に HAXPES にて TOA を 88 deg として取得した各試料の Ta 3d5/2、Si 1s、及び Al 1s 光電子ピークを示す。Si 1s 及び Al 1s ピークにおいては試料間で差は見られない。一方、Ta 3d5/2 ピークでは差が見られ、sample2~4 においては、結合エネルギーが 1736 eV 近傍の Ta2O5 由来のピークのみが検出されたが、sample1 では、低結合エネルギー側に Ta2O5 以外の成分由来と考えられるショルダー構造が見られた。ここで sample1, 3 では Ta2O5 由来のピークのブロードニングが見られるが、これは sample2, 4 と比べてより下層に Ta2O5 膜が位置していることで、散乱等が増加している影響と推定している。
図1. Ta 3d5/2 光電子ピークの試料間比較 図2. Si 1s, Al 1s 光電子ピークの試料間比較
図3に TOA を変えた場合の sample1 の Ta 3d5/2 光電子ピークを示す。50 deg、30 deg のデータは、Savitzky-Golay 法による5点スムージングを1回実施したものを示している。TOA が小さく情報深さが浅い方が、ショルダー構造の信号強度が強い。
図3. sample1 の Ta 3d5/2 光電子ピークの TOA 依存性
これらのスペクトルを Voigt 関数により分離した結果を図4に示す。ショルダー構造は 1733.3 eV のピーク(図中 TaOx ピーク)によるものであることが分かった。この TaOx ピークの同定のために、文献[6, 7]における結合エネルギーと Ta 価数の関係と、今回検出された TaOx ピークの結合エネルギーを比較した結果を図5に示す。図中の点線は、Ta0+ から Ta5+ までの化学シフト量が、Ta の価数と正比例であると仮定し、文献[6, 7]のプロットをまとめて線形近似したものである。この近似線によると、今回の TaOx ピークは、Ta2+(TaO)によるものと考えられる。また、ピーク分離により得られたTaO/(Ta2O5+TaO)面積強度比を、TOA ごとにプロットすると図6のようになる。情報負深さが浅くなるにつれて TaO の割合が増加していくことから、TaO は、界面に存在すると考えられる。
図4. 各 TOA で取得した sample1 の Ta 3d5/2 ピーク分離結果
(a)88 deg,、(b)50 deg、(c)30 deg
図5. Ta 3d5/2 の結合エネルギーと Ta 価数の関係
図6. TaO/(Ta2O5+TaO)面積強度比の TOA 依存性(θ = TOA)
TaO 形成のタイミングについては、sample1 と Ta2O5 の成膜条件が同一である sample2~4 では TaO が検出されなかったことから、Ta2O5 成膜時には酸素供給量不足等による TaO の生成は生じておらず、Ta2O5 成膜後に Al2O3 を成膜してはじめて TaO が形成されると考えられる。
各試料作製時の酸素原子の振る舞いについて、上記の実験結果から推定したメカニズムの概略図を図7に示した。sample1 でのみ界面層(TaO)が形成される原因については、Al の酸化反応の方が、Ta の酸化反応よりギブズの自由エネルギー G が低いため (ΔG < 0)[8]、付着した Al 原子が Ta2O5 から酸素を奪った結果と推定している。sample2、4 では、下層の金属原子の酸化反応の方が、付着原子の酸化反応よりギブズの自由エネルギー G が低いため (ΔG > 0)[8, 9]、酸素の移動は生じないと推定される。sample3 では、スパッタターゲットに SiO2 を用いているため、SiO2 分子の形で Ta2O5 表面に付着すると推定している。その場合、やはり下層からの酸素の移動は生じない。
図7. 各試料作製時の酸素原子の振る舞いの推定メカニズム概略図
今後の課題:
/sub> 光電子ピークにて、Ta0+ から Ta5+ までの化学シフト量が、Ta の価数と正比例するという仮定に基づいている。今後、界面層の同定をより正確に行うために、X線反射率測定用いた層構造解析を行う。また、光吸収量のずれの他の要因として、バルク層も設計と異なる状態になっていないかX線吸収微細構造分析を用いて確認する。
参考文献:
[1] A. Kiyoi et al., SSDM Extended Abstract, 741 (2019).
[2] M. Serenyi et al., Vacuum, 128, 213 (2016).
[3] V. Edlmayr et al., Surface & Coatings Technology, 204, 1576 (2010).
[4] J. ZHOU et al., Trans.Nonferrous Met. Soc. China, 19, 359 (2009).
[5] S. Banerjee et al., Journal of Applied Physics, 65, 1140 (1989).
[6] M. Kazar Mendes et al., Scientific reports, 8, 1 (2018).
[7] Y. Wang et al., Jpn. J. Appl. Phys., 56, 01AE01 (2017).
[8] Y. Hayashi et al., IEEE Trans. Electron Devices, 56, 1579 (2009).
[9] I. Kojima et al., J. Phys. D: Appl. Phys., 30, 2143 (1997).
(Received: January 29, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)