SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

X線回折による小麦粉二次加工品および澱粉質食品の糊化・老化の解析
X-ray diffraction (XRD) Analysis of Gelatinization and Deterioration of Starch in the Cereal Products

DOI:10.18957/rr.8.2.400
2017B1818 / BL19B2

牧野 裕樹a, 入江 謙太朗a, 張替 敬裕a, 田中 昭宏a, 篠崎 純子a, 佐藤 眞直b, 佐野 則道b

Yuki Makinoa, Kentaro Iriea, Takahiro Harigaea, Akihiro Tanakaa, Junko Shinozakia, Masugu Satob, Norimichi Sanob

a (株)日清製粉グループ本社, b(公財)高輝度光科学研究センター

a Nisshin Seifun Group Inc., bJASRI

Abstract

  一定期間保管し老化した品種の異なる生米を用いた米飯および配合の異なる冷凍パスタについて、老化による澱粉の再結晶化挙動を SPring-8 のX線回折法により非破壊で評価し、同じ試料の物性測定をテンシプレッサーで行った。それにより、老化による米飯及び冷凍パスタの物性変化と澱粉の再結晶化挙動との相関を検討した。その結果、米飯では品種間で物性の変化の度合いに違いが見られ、この変化が大きいほど澱粉の再結晶化に起因する回折ピークが顕著に現れた。一方、冷凍パスタではいずれの試料でも2ヶ月保管後も大きな物性の変化は認められず、澱粉の再結晶化に起因する回折ピークも顕著には認められなかった。


Keywords: X線回折、ピーク、米飯、冷凍パスタ、再結晶化、老化、非破壊、物性


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背景と研究目的:

 おにぎりをはじめとする米飯や、パスタ等の麺類のような澱粉質食品では、「炊飯」や「茹で」等の加熱加工により内部の澱粉が「糊化」し、食べるのに適した状態となる。惣菜や冷凍食品においては、通常澱粉質食品は糊化した状態で冷蔵・冷凍保管される。低温で保管されることで糊化した澱粉が再結晶化(老化)するため、食感が劣化(ボソボソとした食感)し商品価値が低下するおそれがある[1,2]。

 老化による品質劣化を低減する方法として、米飯では低アミロース米が使用され[3]、麺類ではタピオカ加工澱粉等の配合がなされている[4]。しかしながら、このような老化抑制効果のある生米やパスタは過度にもちもちとした食感となり嗜好的に合わなくなる可能性もあるため、物性と老化抑制効果の関係性を定量的に評価して商品の配合を最適化するための理論的指針を得る必要がある。

 これまで、澱粉の糊化・老化に関する評価は、主に BAP 法(β-アミラーゼ・プルラナーゼ法)といった酵素反応による方法や[5]、DSC(示差走査熱量測定)のような熱分析による方法によって行われていた。しかしながらこれらの手法は老化による澱粉の結晶化を間接的に評価する方法であるため、定量性や再現性に問題があった。

 一方、物質の結晶性を直接評価することのできるX線回折を用いた老化澱粉の結晶化度の評価に関する研究では、品質の劣化と澱粉の結晶化度の関係性を評価できることが示唆されている[6]。しかしながらこの実験で用いた実験室系のX線回折装置では、測定の前処理として試料をすり潰し粉末化する必要があり、この処理が試料の含水率や回折パターンに影響を与える可能性がある。また、測定に時間がかかるため、測定中に試料の乾燥や再結晶化が進行する懸念もある。そこで、食材の組成や原材料の品種の選択による食品の老化度の違いを評価するために、非破壊測定できる SPring-8 の放射光を用いたX線回折測定を行った。このX線回折測定は光源の輝度およびX線の透過性が高いため、パスタや米飯粒などの小さな試料でも十分な信号強度を確保することができ、非破壊で試料内部の平均情報を短時間で得ることが期待できる。

 今回の実験では、測定試料としてチルド(10°C)で保管した米飯と冷凍パスタを用いた。米飯ではアミロース含量の異なる品種を炊飯した試料、冷凍パスタではタピオカ加工澱粉の配合量の異なる試料を準備して、それぞれ保管期間を複数条件設けてX線回折測定を行った。また同時に並行して、同じ試料の物性を測定し、食感の劣化を評価した。こうして澱粉の糊化・老化度合と食品の品質との関連性を評価することにより、米飯に対する米品種の選択やパスタに対するタピオカ加工澱粉の配合が澱粉の老化の進行の制御にどの程度効果があるのかを検討した。このように穀物加工品の品質の劣化を澱粉の結晶状態と関連づけて検討し、さらに高品質な澱粉質食品を開発するヒントを得ることが本研究の目的である。

 

実験:

 米飯には、コシヒカリとミルキークイーンの生米を用いた。メガザイム社のアミロース/アミロペクチン測定キットを用いてアミロース含量を測定したところ、コシヒカリが 19.6% でミルキークイーンが 10.5% であった。これらの生米を水に 60 分間浸漬後 50 分間炊飯し、230% 歩留り(100 g の生米が 230 g の米飯となる)の米飯を得た。米飯 20 g を直径 3 cm 高さ 5 cm の円柱状容器で成型した後にラップで包み、10°C で1日間、2日間保管した試料(D+1、D+2)と炊飯直後の試料(D+0)を供試した。

 冷凍パスタは、粉原料における「デュラム小麦のセモリナ:タピオカ加工澱粉」の配合比率をそれぞれ「100:0」(試料名 T0)、「80:20」(試料名 T20)として製麺し、茹でて凍結後包装した。これらを −20°C で1週間(1w)、8週間(8w)保管した試料を、測定直前に自然解凍し供試した。

 これらの試料に対してテンシプレッサー(タケトモ電機製 MyBoy 2 SYSTEM)を用いて岡留らの方法[7]を参考に、プランジャーの上下による米1粒の圧縮およびパスタ1本の圧縮による物性試験を行った(n=5)。米飯の測定は、パンクチャ―プローブフラット ⌀ 30 mm を用い(図1左)、毎秒 1 mm の速度で累積移動率 0–95% までは下降(圧縮)、累積移動率 95–120% までは上昇(剥離)させることにより行い、パスタの測定は、V 型プランジャー先端 2 mm を用い(図1右)、毎秒 0.5 mm の速度で累積率 0–98% までを下降(圧縮)させることにより行った。X線回折測定は SPring-8 の BL19B2 の小角X線散乱装置を用い、米飯1粒、またはパスタ1本を 35 mm スライドマウントに固定して装置の試料ステージに設置して行った。実験条件としては、X線エネルギーは 30 keV、カメラ長は 75 cm、測定 q レンジは 0.5–23 nm−1、検出器は PILATUS 2M を用いた。カメラ長の較正はベヘン酸銀の回折プロファイルを用いて行った。露光時間は1分であった。

 

    

  図1.テンシプレッサーによる物性測定の様子。(左: 米飯、右: パスタ)

 

結果および考察:

【1. 米飯】図2に米飯の物性測定結果を示した。コシヒカリにおいては 10°C で保管すると1日(D+1)、 2日(D+2)と時間経過するにつれてプランジャーの下降(圧縮)過程(累積移動率 0–95%)での荷重が高くなり、米飯が硬くなる様子を確認した。またプランジャーの上昇(剥離)過程(累積移動率 95–120%)では1日(D+1)、 2日(D+2)と時間経過するにつれて荷重の絶対値が早く縮小し、米飯の粘りが小さくなることを確認した。一方、ミルキークイーンでは、コシヒカリよりも下降(圧縮)過程での荷重が小さく、上昇(剥離)過程で荷重の絶対値が大きくなり、米飯が軟らかく粘りが大きいことを確認した。加えてミルキークイーンにおいては、保管1日(D+1)、 2日(D+2)と経過しても物性曲線は大きく変わらなかった。

 以上より、ミルキークイーンはコシヒカリよりも軟らかめで粘りが強く、2日間まで保管しても物性が変化しにくいことが示された。

 

    

       図2.テンシプレッサーによる 10℃ 保管後の米飯一粒の物性曲線(n=5)
               左: コシヒカリ、右: ミルキークイーン
             D+0: 炊飯直後、D+1: 1日保管後、D+2: 2日保管後

 

 図3に米飯のX線回折測定結果を示した。全ての試料において q = 9, 14 nm−1 の位置にピークが出現したが、これらは糊化や老化による物性の変化に関係なく存在する澱粉の結晶に起因するピークと考えられた。コシヒカリは 1日(D+1)、 2日(D+2)と時間経過するにつれて q = 4, 11, 12, 17 nm−1 の位置に顕著にピークが現れた。これらのピーク位置は辻[8]や吉田ら[6]の報告における澱粉の再結晶化に起因するピーク位置とほぼ一致しており、保管することにより澱粉の再結晶化(老化)が進んだと考えられた。またミルキークイーンでは、1日(D+1)、2日(D+2)保管しても q = 4, 11, 12, 17 nm−1 の位置にコシヒカリにおいて認められたような顕著なピークはみられなかった。このようにアミロース含量の低いミルキークイーンはコシヒカリに比べて澱粉の再結晶化(老化)が進行しにくいようであったが、この結果は先行研究における結果[3]と一致していた。

 

    

              図3.10℃ で冷蔵保管した米飯におけるX線回折図
                 左: コシヒカリ、右: ミルキークイーン
               D+0: 炊飯直後、D+1: 1日保管後、D+2: 2日保管後

 

 以上より高エネルギーのX線を用いた本実験では、保管後に生じるピーク位置が過去の報告における米飯の澱粉の老化に起因するピークの位置とほぼ一致し、非破壊で老化を定性的に検出することができた。また、これらのピークは物性の変化が大きかった試料ほど顕著に認められた。このように米飯に関しては、X線回折におけるピークの発生と、物性測定の変化の挙動が連動しており、X線回折を非破壊で実施し同じ試料の物性を並行して測定することにより物性変化と澱粉の老化を直接的に関連づけて評価することができた。また低アミロース米であるミルキークイーンでは2日(D+2)後までは澱粉の老化が抑制されており、物性変化も少ないことが示された。

 

【2. 冷凍パスタ】冷凍パスタについても、物性測定結果を図4に、X線回折測定結果を図5に示した。コントロール品である T0 試料、試験区である T20 試料ともに8週間(2ヶ月、8w)保管すると荷重が若干低くなり軟化は認められた。しかしながら両試料ともに累積移動率 80% 付近の荷重が落ち込むことがなく澱粉の老化に起因する物性の脆さの発生は認められなかった。

 

    

    図4.テンシプレッサーによる冷凍パスタの物性曲線(n=5)
       左(T0):「デュラムセモリナ:タピオカ加工澱粉」の配合率が「100:0」のパスタ
       右(T20):「デュラムセモリナ:タピオカ加工澱粉」の配合率が「80:20」のパスタ
       1w: 冷凍1週間保管、8w: 冷凍8週間保管

 

    

    図5.冷凍1週間保管および冷凍8週間保管の冷凍パスタのX線回折図
       左(T0):「デュラムセモリナ:タピオカ加工澱粉」の配合率が「100:0」のパスタ
       右(T20):「デュラムセモリナ:タピオカ加工澱粉」の配合率が「80:20」のパスタ
       1w: 冷凍1週間保管、8w: 冷凍8週間保管

 X線回折測定の結果においては、全ての試料において、小さな回折ピークは認められるものの米飯で見られたような顕著な回折ピークは認められず、1週間と8週間の冷凍保管試料の間で特異的な違いも見出せなかった(図5)。これは冷凍保管期間が8週(2ヶ月)間と短く、澱粉の老化がほとんど進行しなかったことが一つの原因であると考えられる。このように今回冷凍パスタの実験では、物性の変化と澱粉の老化を関連づけて評価することはできなかった。

 

 

今後の課題:

 米飯に関しては、回折ピークを定量化して、各試料の澱粉の老化のレベルを定量的に評価する。また、品種や炊飯条件等の違いによる澱粉の老化や物性の変化の違いについてさらに掘り下げて検討し、品質設計の最適化につながる理論的な指針の獲得につなげる。

 パスタに関しては、さらに長い期間冷凍保管を行って品質を劣化させ、澱粉の老化との関係性を明らかにする。

 

参考文献:

[1] 松永暁子 他、家政学雑誌、32 (9), 653–659 (1981)

[2] 古橋 敏昭 他、冷凍、89 (1036), 66–73 (2014)

[3] 鈴木啓太郎 他、日本食品科学工学会誌、53 (5), 296–304 (2006)

[4] 川田可南子 他、JP WO2015/115366 A1 (2015)

[5] 貝沼圭二 他、澱粉科学、28 (4), 235–240 (1981)

[6] 吉田咲 他、日本食品工学会誌、11 (2), 85–90 (2010)

[7] 岡留博司 他、日本食品科学工学会誌、43 (9), 1004–1011 (1996)

[8] 辻昭二郎、家政学雑誌、 34 (4), 200–205 (1983)

 

 

 

(Received: April 18, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)