SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

X線反射率測定によるイオン液体中で形成された電気二重層の その場構造解析
Study of Structures of Electronic Double Layer Formed in Ionic Liquids using X-ray Reflectiv

DOI:10.18957/rr.8.2.267
2014B3600, 2015B3600, 2016A3600 / BL14B1

田村 和久

Kazuhisa Tamura

日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター

Japan Atomic Energy Agency

Abstract

 水、有機溶媒に続く第3の溶媒として注目されているイオン液体について、イオン液体/電極界面の構造をX線反射率測定により検討することを試みた。X線反射率プロファイルの測定および反射率強度の電極電位依存性を測定した。しかしながら得られた結果は、今回の実験方法では、界面の構造よりも、入射X線の位置の変化に起因する入射光強度の変化を反映したものであることがわかり、今後測定方法について再検討する必要があることがわかった。


Keywords: イオン液体、電極/電解液界面、X線反射率


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背景と研究目的:

 イオン液体は、室温で液体である塩であり、不揮発性、不燃性、高電気伝導度、電位窓が広い(電解液自身の電気分解が起こらない電圧の範囲が広い)といったような、水や有機溶媒にはない性質を持ち、第三の溶媒として近年注目されている[1]。加えて、イオン液体の多くは有機化合物であり、アニオン・カチオン分子の構造を変えることで、容易に物性の制御が可能である特徴を持つ。このような特徴を生かし、近年、電解液に適したイオン液体の研究開発が進んでおり、電池を代表とする電気化学デバイスや[2-3]、水や有機溶媒中で不可能であったメッキや有機合成への応用が注目されている[4]。

 最初に実用化された電気化学デバイスは、イオン液体電気二重層キャパシタであり、従来の電気二重層キャパシタと比較して爆発などの危険性がなく、注目されているが、一方で、容量不足や、低温・高温における性能の低下を解決することが課題となっている。キャパシタの容量は電極/電解液界面の構造に大きく依存するため、性能向上のためには、イオン液体/電極界面の構造を精密に解析し理解することが不可欠である[5]。これまで、電極表面構造については、様々な手法で検討が行われているが[6]、一方で、電解液を構成する分子が電極表面上で電極電位に応じて形成する電気二重層(EDL)の構造は不明な点が未だ多い。これまで、一定の表面電荷を持つ酸化物基板上に形成されたEDLの構造解析は行われているが[7]、表面電荷量(電極電位)に対する依存性を調べた例はない。もし、電気二重層の構造の詳細とダイナミクスが分かれば、イオン液体の特徴を生かした界面を分子スケールでデザインすることが可能となり、イオン液体電気二重層キャパシタの高性能化が飛躍的に進むと期待できる。そこで本研究は、界面に電場があるとき、イオン液体がどのような電気二重層を形成し、さらに、電場の強さに対してどのように構造変化をするかを検討することを試みた。

 

実験:

 作用極には n-Si(100)電極を用いた。Si ウエハーを 10 mm 角にカットし、アセトン、エタノールの順で超音波洗浄を行い、最後に超純水で洗浄した。裏面に InGa 合金を塗布し、オーミックコンタクトを形成した。参照極・対極には白金線を用いた。参照極・対極は、共に実験直前にバーナーで加熱処理した。イオン液体は、実験前に 80℃、真空中で 24 時間以上脱水して、グローブボックス内に導入したものを用いた。電気化学セルは、気密性の高い、X線実験用電気化学セルを用いた[2]。電気化学セルの組立は、グローブボックス内で行った。電極電位の制御にはポテンショスタットを用いた。

 X線反射率実験は、BL14B1 にて、電気化学セルを多軸回折計に取り付けて行った。検出器には NaI シンチレーションカウンタを用いた。X線エネルギーは 20 keV とした。実験中、電気化学セル内の水分濃度が上がらないようにするため、常に超高純度窒素ガスを流し続けた。

 

結果および考察:

 本研究では、イオン液体として、1-butyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethyl-sulfonyl)amide ([BMIM]TFSA) (図1)を選んで実験を行った。[BMIM]TFSA は、疎水性が非常に強く、大気中で分解されないため、工業的に利用可能なイオン液体の候補の1つである。図2にポテンショスタットで電極電位を制御した状態で測定した [BMIM]TFSA/Si(100) 界面の反射率プロファイルを示す。電極表面には 10 Å 程度の厚みの自然酸化膜があり、反射率プロファイルは、自然酸化膜および EDL の構造を反映している。測定を行った電極電位は、Si の酸化膜の生成が起こらない範囲で行っており、反射率プロファイルの変化は、EDL の構造変化によるものと考えられた。得られた反射率プロファイルについて、フィッティングを行ったが、イオン液体の元素組成が軽元素でありイオン液体分子からの散乱強度が小さい一方、イオン液体からのバックグラウンドが大きく、得られた反射率プロファイルからEDL構造の詳細まで検討を行うことが難しいと結論づけた。そこで、EDL の内部構造の解析することに変えて、EDL 構造全体のダイナミクスを追跡することに着目して測定を行うこととした。

 

              

        図1 1-Butyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethyl¬sulfonyl)amide

 

           

         図2 -2.5 < E < 0.5 V における [BMIM]TFSA / Si(100)界面の反射

 

 そこで、反射率強度の電極電位依存性を調べるため、X線の入射角および 2θ 角を一定にして、電極電位を変化させながら、反射率強度を測定した。図3に得られた電流電位曲線と反射率強度の電極電位依存性を示す。観測される電流は、ほとんどが、イオン液体中に含まれるごく微量な水などの不純物の酸化還元などによるものと考えられる。尚、Si の酸化反応では正電流が流れるが、測定を行った電極電位の範囲では、正電流が十分小さく、Si の酸化反応は起きていないことが明らかである。反射率強度変化は、正側、負側への電位掃引で、ともに -1.5 V で最大および最小値を示していること、および可逆に強度変化していることから、EDL 構造の可逆な変化を反映した結果が得られていると思われた。しかしながら、数回に渡って再現性を確認したところ、再現性が悪く、測定のたびに異なる結果が得られることが分かった。再現性が低い原因として、X線照射によるイオン液体の分解の可能性もしくは入射X線の問題が考えられる。そこで、まず測定時にイオン液体へのX線照射時間を可能な限り短くして同様の測定を行った。しかしながら得られる結果はやはり再現性がなく、X線照射が原因ではないと結論した。次に入射X線について調べたところ、測定前後でビーム高さが 130 µm 変化していることがわかった。本測定の条件でのサンプルサイズは、縦方向が 50 µm であり、これはビームサイズおよび位置変化より小さい。加えて、入射X線の形状がピークを持っていることを鑑みると、観測している強度変化は、EDL の構造変化ではなく、入射X線高さが変わったことによる、入射光の強度変化を反映した結果であると結論づけた。本研究では、[BMIM]TFSA の他に、[1-butyl-1-methylpyrrolidinium]TFSA および [methyl-trioctylammonium]TFSA についても検討を行ったが、同様の測定を行っており、得られた結果は、EDL の構造変化を追跡していないと結論づけられた。

 

              

   図3 [BMIM]TFSA 中での(a)電流電位曲線および(b)2θ=0.6° における反射率強度の電極電位依存性

 

今後の課題:

 本結果から、電気化学測定は正しく行うことができていることが確認できた一方で、正しく反射率強度の測定を行うには、入射X線の位置変化の影響を受けないように、測定時間を短縮すること、および、位置変化をキャンセルできるような測定方法を考える必要があることが明らかになった。また、X線の位置変化の原因は、ミラーを収納している架台の位置安定性が低いことにある。これを解決するためには、リアルタイムで架台高さを検出して、高さを常に一定に保つシステムの導入が必要である。X線反射率測定はイオン液体中で形成されるEDLの構造変化を敏感に検出できる測定手法であり継続的に行っていく。

 

参考文献:

[1] 北爪敏夫、淵上寿雄ほか、イオン液体、コロナ社、2005.

[2] M. B. Karimi et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 22 (2020) 2917-2929.

[3] M. Shimizu et al., J. Electrochem. Soc., 167 (2020) 070516.

[4] M. Johnston et al., J. Phys. Chem. B, 109 (2005) 11296-11300.

[5] 西川恵子、大内幸雄ほか、イオン液体の科学、丸善出版、2012

[6] K. Tamura et al., Electrochem. Commun., 13 (2011) 411-413.

[7] M. Mezger, et al., Science, 322 (2008) 424-428.

 

 

 

(Received: March 10, 2020; Early edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)