Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
Na-Ge-P-S 系超イオン伝導体の構造学的研究
Structural Study of Na-Ge-P-S Superionic Conductors
a京都大学原子炉実験所, b京都大学工学研究科
a Research Reactor Institute, Kyoto University, b Graduate School of Engineering, Kyoto University
- Abstract
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新しい Na イオン伝導体として Na10GeP2S12 ガラスをメカニカルアロイング法によって合成した。高エネルギーX線回折実験から得られた全相関関数 T(r) には P-S 相関と Ge-S 相関が重なり合った第1ピーク、Na-S 相関に帰属される第2ピークが観測され、pair function 法による配位数解析の結果から、ガラスの短距離構造ユニットとして PS4 四面体と GeS4 四面体が存在し、Na イオンは4配位だけではなく5配位の配位形態も取り得ることが明らかになった。
Keywords: イオン伝導体、高エネルギーX線回折、二体分布関数解析、メカニカルアロイング法
背景と研究目的:
高まるエネルギー需要に伴い、さらなる性能を持った次世代蓄電池の開発が求められており、その開発方針は「現行のリチウムイオン電池の高性能化」と「ポストリチウムイオン電池の開発」に大別される。「リチウムイオン電池の高性能化」については、可燃性の有機電解液に代わって不燃性の固体電解質を用いる電池の全固体化が安全性と高エネルギー密度化の観点から有力なものとして提案されており、そのキーマテリアルとなる固体電解質材料として、室温で 1.2×10-2 S/cm と有機電解液に匹敵するほどの高いリチウムイオン伝導度を示す Li10GeP2S12 結晶が開発・報告されている[1]。一方、「ポストリチウムイオン電池」としてはナトリウム電池が有力な候補であり、全固体化を見据えた固体電解質材料として、メカニカルアロイング(MA)法で合成されたガラスを熱処理することでガラス状態よりも2桁高いイオン伝導度(室温で 2×10-4 S/cm)を示す Na3PS4 準安定結晶が得られることが報告されている[2]。本研究ではこれまでの研究成果で示された材料設計指針を基に新たな Na イオン伝導体として Na-Ge-P-S 系ガラスの合成を試み、高エネルギーX線回折実験によってガラス構造とイオン伝導性の関係を見出すことを目的とした。
実験:
MA 法によって作製した (Na2S)66.7(GeS2)33.3(=Na4GeS4) ガラスと (Na2S)75(P2S5)25(=Na3PS4) ガラスを 1:2 で混合し、さらなる MA 処理によって Na10GeP2S12 ガラスを合成した。得られたガラス試料については交流インピーダンス法によって電気伝導度を測定した。
高エネルギーX線回折実験は BL04B2 において、3連装の CdTe 検出器を備えた非晶質用2軸回折計を用いて実施した[3]。入射X線のエネルギーは 61.4 keV を選択し、透過法により室温で測定を行なった。測定には Na10GeP2S12 ガラス粉末を不活性ガス雰囲気下で石英キャピラリー(内径 2 mm)に密封して用いた。測定された回折データは BL04B2 の解析プログラム[3]を用い、偏光、吸収、バックグラウンドの補正を行い、コンプトン散乱の寄与を差し引いた後に Faber-Ziman の定義[4]に基づいて構造因子 S(Q) を導出した。S(Q) はフーリエ変換によって下記のように実空間の情報である全相関関数 T(r) と関連づけられる。
ここで ρ0 は試料の原子数密度、M(Q) は以下の式(2)に示される Lorchのmodification 関数[5]である。
結果および考察:
図1に交流インピーダンス法によって測定された Na4GeS4 ガラスおよび Na3PS4 ガラス、そして Na10GeP2S12 ガラスの室温における電気伝導度を示す。Na10GeP2S12 ガラスの電気伝導度は原料である Na4GeS4 ガラスと Na3PS4 ガラスのいずれの伝導度よりも低下しており、2種類のガラスの MA 処理によって Na イオンの伝導が阻害される構造が形成されていることが示唆された。
図1.MA 法によって作製された Na4GeS4、Na3PS4、Na10GeP2S12 ガラスの室温の電気伝導度。
図2に高エネルギーX線回折実験によって得られた Na10GeP2S12 ガラスの構造因子 S(Q)を示す。Q = 20 Å-1 までの広い散乱ベクトル範囲で S(Q) を測定することに成功し、回折データに Bragg ピークが存在しないことから完全なガラス化が確認された。S(Q) の1.2 Å-1 には鋭い第1ピークが観測されており、この結果はガラス中に何らかの中距離秩序が形成されていることを示唆している。
図2.高エネルギーX線回折によって得られた Na10GeP2S12 ガラスの構造因子 S(Q)(青)
および pair function 法によって計算された S(Q)(赤)。
図3に S(Q) をフーリエ変換することによって得られた全相関関数 T(r)を示す。2.15 Å に第1ピークが観測されるが、これは Na10GeP2S12 ガラスが Na4GeS4 ガラスと Na3PS4 ガラスの混合によって作製されていることから、Ge-S 相関 (Ge-S 相関距離が GeS2 ガラスおよび Na-Ge-S 系ガラスで 2.2 Å[6]) と P-S 相関(P-S 相関距離が P2S5 結晶で 2.08 Å[7], Na-P-S 系ガラスで 2.05 Å[8])が重なり合って形成されているピークと考えられる。さらに、2.85 Å に観測される第2ピークは Na-S 相関に帰属される[6, 8]。T(r) において帰属された3つの A-S 相関 (A = P, Ge, Na) について、pair function 法[9]によって配位数を解析した。pair function 法において、各原子相関の T(r) は原子間距離 rA-S、原子変位パラメータ lA-S、配位数 NA-S の3つのパラメータを用いて以下の式で計算された。
ここで cA は A 原子の原子分率、fA(Q) および fS(Q) は A 原子および S 原子のX線原子散乱因子[10]、〈f(Q)〉は
で与えられる f(Q)の組成平均である。解析によって得られた構造パラメータを表1にまとめる。
P-S 相関 | Ge-S 相関 | Na-S 相関 | |
原子間距離 rA-S (Å) | 2.05(2) | 2.19(2) | 2.85(2) |
原子変位パラメータ lA-S (Å) | 0.085 | 0.095 | 0.155 |
配位数 NA-S | 3.9(3) | 3.9(3) | 4.2(3) |
図2には実験データとともに pair function 法で計算された3つの原子相関のデータを足し合わせて得られた S(Q) が示してある。図2より、T(r) の短い二体相関距離に現れる3つの原子相関について S(Q) を計算することで、Q ≧ 9 Å-1 以上の領域の S(Q) が再現されていることがわかる。図3では式(3)で計算された3つの原子相関の T(r) を足し合わせたものを実験データと比較しているが、表1にまとめられた構造パラメータを用いることで、T(r) の第1、第2ピークをよく再現できていることがわかる。表1より、P-S 配位数、Ge-S 配位数がともにほぼ4となっており、Na10GeP2S12 ガラスの短距離構造ユニットが原料である Na4GeS4 ガラス、Na3PS4 ガラスと同様に GeS4 四面体と PS4 四面体を主として構成されていることが確認された。さらに、Na イオン周囲の S 原子の配位数は平均で 4.2 となり、Na イオンが4個の S 原子に配位された NaS4 だけではなく、5個の S 原子に配位された NaS5 多面体の存在が示唆された。5配位の Na イオンの存在については既報の (Na2S)x(GeS2)100-x の逆モンテカルロモデリングによる構造研究[6]でも示されており、Na10GeP2S12 ガラスの電気伝導度の減少については短距離構造だけではなく、より長いスケールにおいて Na イオンの伝導を阻害するような構造が形成されていることが原因であると考えられる。
図3.Na10GeP2S12 ガラスの高エネルギーX線回折実験で得られた全相関関数 T(r)(青)
および pair function 法によって計算された T(r)(赤)。
今後の課題:
本系のイオン伝導メカニズムをさらに詳細に議論するためには第1配位圏を超えたより長いスケールでの構造に着目した解析が必要である。本研究では引き続き中性子回折データを併用した逆モンテカルロ法[11]によってガラスの3次元構造モデルを構築し、Na、Ge、Pの各原子に S が配位して形成される多面体の分布、多面体同士の繋がり方に着目した3次元的な構造解析を実施していく予定である。
謝辞:
本研究は JSPS 科研費(若手研究(B)25870371)の助成を受けて実施されました。
参考文献:
[1] Y. Kamaya et al., Nat. Mater., 10, 682 (2011).
[2] A. Hayashi et al., Nat. Commun., 3, 856 (2012).
[3] S. Kohara et al., J. Phys. Condens. Matter., 19, 506101 (2007).
[4] T. E. Faber, J. M. Ziman, Phil. Mag., 11, 153 (1965).
[5] E. Lorch, J. Phys. C: Solid State Phys., 2, 229 (1965).
[6] K. Itoh, T. Fukunaga, Solid State Ionics, 180, 351 (2009).
[7] A. Vos, E. H. Wiebenga, Acta. Cryst., 8, 217 (1955).
[8] Y. Onodera et al., JPS Conf. Proc., 8, 031013 (2015).
[9] R. L. Mozzi, B. E. Warren, J. Appl. Cryst., 2, 164 (1969).
[10] D. Waasmaier, A. Kirfel, Acta. Cryst. A, 51, 416 (1995).
[11] R. L. McGreevy, L. Pusztai, Mol. Simulat., 1, 359 (1988).
(Received: March 13, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)